34.エルフィの父

 旧王都、ディマルス。アシャトは、愕然として、そこから見える光景を見下ろしていた。

「なんか、すごいね。」

「ディア。語彙が減っているぞ。」

「仕方ないだろう。なんだい、あれは。」

そこにいたのは、総勢十万以上をはるかに超えるような、人間がいた。

 ペテロは下の方で、各グループの代表者の名前を聞いては記述し、必死に記述して回っている。それを見て、俺は長々とため息をついた。

「じゃあ、始めるか。」

「そうだね、まずは、選別だ。」

謁見の間に急ぐ。少し歩くと、兵士たちが必死に雑巾で床を拭いているのが見えた。

 やはりというか、間に合わなかったらしい。

「マリア、できてないのか?」

「二十は。それぞれの隊長に持たせてありますが……。」

「模倣魔術を使わなかったのか?」

「あ。」

マリアは思いもよらなかったというように声をあげると、近くの隊長のもとへ走っていった。

「貸してください!」

その手から木彫りの魔法陣を奪い取ると、懐から出した紙片にかぶせ、別の紙をその上からかぶせて魔術を発動させる。

 無事、マリアの手に“清掃魔術”の魔法陣を映し終えると、それを持って全力で走っていった。

「うーん、でもこの様子じゃ、謁見は明日かな。今日は大掃除だ。」

「俺が手を出すわけにもいかんからな、こういうのは……エルフィを探そうか。」

俺はゆっくりと方向を変える。この状況について、彼女と、ペテロ、マリアと話し合う必要性があった。

「それはそうとさ、いつまでにどれくらいの『像』を揃えるつもりなんだい?」

「決めていない。……が、『跳像』と『車像』、あと『術像』は一ずつ欲しい。」

「『三超像』は?」

「まだ、いいな……だが、理想はある。」

『三超像』。武術、身体能力において最強の力を得られる、『武術将像』。魔術、魔力において最大の力を得る、『賢者像』。そして、その両者の力を八割ほど得た、配下筆頭になりうる力を持てる、『英雄像』。

 それらの存在をどうするか、その理想は俺にもある。

「『英雄像』はエルフィに与えたい。」

「僕が拒否するよ。彼女の役割は、配下じゃない。」

そう言われるだろうと思っていた。というより、エルフィを国内の、俺の近くに安全に置き続ける方法など、一つしかない。

「まあ、それはさておこう。『英雄像』は、人間がいい。『武術像』は竜人。『賢者像』は、エルフ。」

世界あらゆる種族から、一人ずつ俺の麾下として『像』の役割を与えるつもりだった。

 ドワーフ族は、いずれ誰かが『兵器将像』に収まるだろう。

 国内ですべての種族を受け入れる。言うは易し、証明するのは難しい。だからこそ、『像』という国の象徴を利用する必要があるのだ。

「エルフはもういるじゃないか。マリアとメリナがさ。」

「だが、『賢者』となりうるほどの人物は、ほかの種族からは取りづらい。」

「うーん、それはそうなんだけどさ。今度は種族間のバランスで難儀することになるよ?」

わかっている。だからこそ、まだ『三超像』を任命する気にはなれないのだ。

「全く、無一文の王様は大変だ……どうしたんだろう、あれ?」

謁見の間に近づくにつれて、何かしらの喧騒が聞こえてくる。

「だから、兄貴は今ここにはいねぇんだって!」

「お前の兄に興味はない。私は『ペガサスの王』に会わせろと言っているのだ!!」

「だぁかぁらぁ!その『ペガサスの王』が俺の兄貴なの!!」

「嘘をつけ、子爵の息子ごときが、王の兄弟になどなれるわけあるまい!!!」

ディールと誰かが言い合っていた。そして、面倒な言葉も聞こえた気がした。

「あちゃあ。そうか、身分差、あるもんねぇ。」

「それを言うなら、俺は騎士爵だぞ……。」

領地経営に失敗して、騎士爵まで落ちた。先祖に文句を言う気はないが、目の前の貴族には言いたい。

 俺のことをもう少し調べてから来てくれ、と。

「まあまあ。フィリネス候。待たれよ。ディール様、アシャト陛下はいつ帰ってこられますかな?」

「その前に、誰だお前は。」

あちゃあ、と俺とディアは頭を叩いた。貴族相手にあの物言いでは、喧嘩を売っているのと変わりない。

 案の定、さっきまでディールにかみついていた子爵がさらに文句を言おうと口を開ける。

 俺は面倒ごとがこれ以上悪化する前に、間に割って入ることにした。

「ディール。俺の義弟とはいえ、礼儀というものは覚えろ。厄介ごとを増やすな。初めまして、フィリネス侯爵。余が今代『ペガサスの王』アシャトである。」

その声に、その場にいた全員がこちらを向いた。フィリネス候を宥めた貴族の顔を見て、俺はハッとする。

「ディール。オベールは?」

「城下町の片づけを手伝いに行ったぜ。なんでも、軍を駐屯させるにはあまりに厳しい環境だ、ってな。」

気が利くな、とは言わない。あいつが人のことを気に掛ける性格なのはよく知っている。

「フィリネス候。誰の許可を得てここまで来た。まだお前たちが来ることは許されていない。疾く失せよ。」

「しかし!その前にこの下賤の者を処分せねば!」

「聞こえなかったか、侯爵。疾く失せよと申したのだが。」

二度繰り返すと、彼は焦ったように走りだした。これでいい、と一度首を縦に振る。

「ディール。エルフィはまだ中にいるな?」

「ああ、いるぜ。」

「ならよい。」

エルフィがいてくれてよかった。これで、何かあれば彼女に間に入ってもらうことができる。

「では、エドラ=ケンタウロス公爵閣下。謁見の間に入られよ。」

俺は先頭に立って、彼を案内した。そう。

 フィリネス候を宥めた貴族。彼は、エルフィの父親、エドラ=ケンタウロス公爵である。

 確信した理由は特にない。ただ、雰囲気がそうだった。顔だちも少し似ているかもしれない。

 それ以上に、なんとなく彼女の父だと思える風格があった。彼女を育てたものだと思えば納得できる感覚があった。

「父上?」

「おお、エルフィ。久しいな。」

彼女は一瞬唖然とした後、こちらにギギギ、と顔を向けてきた。

 なぜかはわからないが、表情もかなり引きつっている。

「良かったのか、連れてきて?」

「前にいたんだ。ちょうどいいだろ?」

さすがに家族の再会を邪魔しなければならないほど、余裕のないわけではない。

 それに、いまこの軍は、『ペガサスの王』という顔とエルフィの名声で成り立っているのだ。彼女の家族を邪険にすることはできない。

「エルフィ。この王は、お前が認めるほどの王か?」

「ああ。武勇はないし才も薄いが、それを補ってきた努力の形跡はある。それに、『ペガサスの王』として最も必要なものは、俺以上に持っている。」

それは重畳。エルフィの父は嬉しそうに二度、三度と首を振る。

「陛下、玉座にお座りなさりませ。」

これは俺に媚びる声か。それとも、純粋に臣下の例を尽くそうとする礼か。

 わからないが、見極めるためにも彼と話さなければならない。俺は玉座までまっすぐ進む。

 ここでしくじってはならない。明日以降、大量の謁見があるであろうことはわかっている。

 今失敗すると、明日にも響く。特に、貴族たちの取り込みに失敗する恐れがあった。

 玉座に座る。ディールが後方で控え、エルフィが下座に降りる。

 顔をあげると、エルフィと彼女の父が、臣下の礼をとって控えていた。これが、王。いかに仲の良くなった戦友といえど、公的な場ではこうして俺の前で跪く。その光景に、俺は寂しさを感じてしまった。

「面を上げよ。」

ペテロがいない今、俺がこうして直接声をかけるしかない。彼女らが俺の声を聴いて顔をあげたとき……ドタバタという音とともに謁見の間に誰かが来たことを感じさせた。

「入ってもよろしいでしょうか?」

マリアだ。おそらくペテロがいない今、百戦錬磨の政治手管を持つ彼と渡り合えるほどの思考速度を持つのは、彼女しかいない。

 少し、ほっとした。「入れ」と言って俺は彼女を中に呼び込む。

 エルフィの父は、ギョッとしたように俺と彼女を見比べた。

「紹介しよう、エドラ=ケンタウロス公爵。彼女は俺の軍で軍師をしている、マリア=ネストワだ。『クカス』の守護妖精と約束してな、彼女とその姉の将来は俺が面倒を見る。」

「……あなたの愛人かと思いましたよ。」

俺は一体何だと思われているのだろうか。一瞬大真面目に問いただしたくなった。

 が、さすがに冗談であるというのはわかる。彼の驚きは、俺たちが子供を連れ歩いている、ということの方のはずだからだ。

「安心せよ。彼女は非常に優秀だ……恐れるほどにな。」

無用に貴族の恐怖心をあおる。そうすることで、彼の警戒心を、俺から反らすことに成功した。

「マリア。彼が……うむ、自己紹介せよ、公爵。」

彼自身の名を俺は知っている。が、こうして知らないふりをすることで、俺を恐るべき人物ではないと認識させようとした。

「ノルド=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアと申します。この近隣、『ディマルス』の警護の任を承っておりましたが……王が帰ってこられたのでは、必要ありませんね。」

「そうだな、ここの守護は必要ない。ゆえに、次の任務を与えよう。」

貴族には土地が付き物だ。というより、土地を統治しない法衣貴族など、今の俺たちに抱え込む余裕はない。特に、公爵であるならば。

「『クカス』。あの近隣の土地は、荒れ果てておる。領主も土地を治める、ということに関して、理解しておるようには見えん。ゆえに、あの土地をお前に与えよう。」

賊徒の跋扈を許していたクカス近隣であるが、そこを治める貴族はいた。

 だが、アレほどまでの荒廃具合を見るに、仕事をしているようには見えなかった。ゆえに、俺は彼をクカス近隣を統治するように命令する。

「承知いたしました。それより、進言の許可をいただけますでしょうか?」

「構わん。なんだ?」

 失敗しただろうか。なにも話し合わずにいきなり決断したため、間違えていてもおかしくなかった。

「無能のフリはやめた方がよいかと。あなたはあまりに自然に『王』が出来てしまっておりますれば。」

あ。口にせずとも、失敗は感じた。

「……わかった。忠言、感謝する。」

「ただ、思想は理解しました。事なかれ主義、でありますか。」

「いや、事を起こしてほしいのだ。特に、貴族の地位に甘んじる者たちに。」

ディアの神性を疑ってほしい。間違いだったのだと言ってほしい。

 そして、俺がそれを意図していると気付かない貴族を廃したい。自分に、国に忠誠を誓えない者をすべて処分してしまいたい。

 俺は、本気でそう考えている。

「陛下、それはやりすぎです。」

即座に公爵が止めに入ってくる。その反応は予想通りだったが、そのあとに続く言葉は俺の予想を超えていた。

「当代の当主が愚かであろうと、後代の当主が賢しいものである可能性はあります。簡単に切り捨てるのは如何なものか、と存じます。」

実に、その通りだ。内政で失敗した俺の先祖から、俺が生まれて王になったように。優秀な人間というのは、いつ生まれるかわからない。

「後代の可能性の芽を摘み取る行為は、愚かなものではありませんか?」

すでに長期的な視野で物事を見据えている目の前の貴族。やはり、年期の差は大きい。

「ふむ……わかった。では、少し考えを改めるとしよう。」

それでも、できる限りゴクつぶしの貴族は切り捨てておきたい。俺はその悩みを、どう処理するか迷うことになった。


「話は変わりますが、国王陛下は、『妃像』について、お考えはあるのでしょうか?」

来た。それは、当然の疑問。っして俺が下さねばならない、政治的な最重要事項。

 ディアが、何度も俺に遠回しに警告していたもの。そして……すでに、選択肢が一つしかない、悩みの種だった。

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