27.幼き二人のエルフ
閃光玉の眩しさに気を取られた瞬間、何かが風を切る音が聞こえた。
反射的に首を左にそらすと、名も知らぬ兵士が首に矢を受けて崩れ落ちる。
「てめぇ!!」
ディールが怒声をあげて俺よりも前に出ると、今度は上から二、三冊の本が彼をめがけて降ってきて……
「しゃらくせぇ!!」
拳でそれらを叩き落とす。一応価値のあるものだとわかっているのか、槍で切り裂いたりはしていなくて安心した。
ディールの後に続いて数歩歩くと、今度はディールが穴に落ちたのを見つける。
「ディール殿!」
その穴めがけて射られた矢を、オベールが駆け寄って叩き落とし、小さな刃を取り出して、矢の飛んできた方に投げる。
パタパタ、と小さな足音がした。
「子供……?」
エルフィが呟く。みたいだな、と俺は返し、その足音の主を探して……
「“
飛んできた光の小剣の魔法を魔法で止める。
「待て!!俺はここの管理者、時の妖精フェルスに君たちのことを頼まれた!君たちに危害を加えるつもりはない!」
俺が敵対の意志を持たないことを伝えると……
「じゃあ、おじちゃん。」
年のころは十ほどだろう。耳の長い、エルフの少女が歩いてきた。
「おじちゃん……。」
まだ20歳にもなっていないのにおじちゃんと言われてショックを受ける。いや、そんな呼ばれ方をするほど老けて見えるほどではないと思うのだが。
「どんまい。」
小声でエルフィが言い、ポンポンと肩を叩いてくる。だが、その声にはからかうような意味合いが込められていて、俺は鬱陶しげな眼を彼女に向けた。
「あのね、近くの村を襲っている盗賊をね、やっつけて欲しいの。」
その言葉を聞いて、「やはりどこかしこに盗賊が蔓延っているな」と感じたあたり、この国も相当な末期状態なのだろう。
「わかった。でもさ、場所がわからないな。案内してくれるかい?」
エルフィが彼女に近寄り頭を撫でようとし……
そんな彼女にエルフの少女は、唐突に短剣で斬りかかった。
「おっとっと。」
エルフィは危なげもなくそれを回避すると、その腕を掴んで逆に少女を拘束してしまう。
「お姉ちゃん!“
「“魔法障壁”!!」
二階の端、手すりから身を乗り出した少女が放った魔術を、俺は防御魔術で受け止めた。
「『ペガサスの衛像』よ!」
落とし穴から這い出たディールが叫んだ。その叫びを聞いて、エルフの少女の動きが固まったのが、遠目にもわかった。
「『ペガサスの衛像』?」
拘束されている少女の方は何のことかわからないようだったが。おそらく、こちらの少女が狩人で、あちらの少女が読書家なのだろう。
ディールは力を解放して、二階まで三メートルはある高さを一気に跳躍した。
「いや、来ないで!」
手に持っていた、とても高価そうで重そうな本をディールに向かって投げつける少女。ディールは空中で、片手を使ってそれを掴み、少し勢いを落としながらも無事手すりの上に乗っかる。
そして、数言、数分会話したのち、彼女はディールに抱きかかえられて俺たちのもとに降りてきた。
こんな重たいものを投げるなんて、大した嬢ちゃんだ、と俺は思った。
この少女はおそらく八歳くらい。俺と十近い差があるだろう。
こんな武装している集団の中で、これほど抵抗してきた彼女らの気概、心の強さに、俺は素直に感心していた。
だから、こんなところで命を無駄にしないで欲しい、と思う。でも、それを素直に伝える言葉を、俺は知らない。
「お嬢ちゃん、観念しな。兄貴がお前を保護することをお望みだ。」
「……『ペガサスの王』様?」
だから、ついついその言葉が悪口のようになってしまう。違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそうじゃあないのに。
だが、この小さいのはそんな俺の葛藤には気づきもしなかった。どころか、この年で兄貴の正体を看破してのけた。
「おま、どうして……。」
「あなたが『ペガサスの近衛兵像』だって言うのなら、仕えるのはただ一人、国王様だけ……お願い、お兄ちゃん。私を王様のもとへ連れて行って。」
図々しい小娘だ、と思うと同時に、何か面白いものを見ている気分に、俺はなった。
「いいぜ。わかった。」
俺は彼女を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っことかいうやつだ。
「しっかりつかまれ。じゃねえと落ちるぞ。」
「う、うん。」
首には腕が短くて回らないのだろう。俺の肩にしっかりと手を回したのを確認すると、俺はふわりと飛び降りた。
(将来が楽しみな嬢ちゃんだ。)
そんなことを思いながら。
「はじめまして、国王陛下。わたしは、マリア=ネストワ。この近くにあったエルフの村の娘でした。」
俺と対面した妹の方のエルフは、いきなりそう挨拶してきた。
「うむ。今代『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアである。」
反射的に名乗り返したのはいいものの。彼女がいきなりそんな挨拶をしてきたことで、動揺してしまった。
「しかし、さっきのあれだけでこいつが王だって気付くのか。」
「はい。彼に、「王様のところに連れて行って」って言いましたから。」
俺はじろりとディールをにらむ。
「俺が連れてこなくても、誰のことかは気付いていやがったよ。」
面白そうにクックッ笑う。この少女は、どうやらディールの気に召したらしい。
「あなたは、エルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア様ですね。人相書きで見たことがあります。」
「っていうことは、私はあれか、指名手配されているのか?」
「はい。近隣の村の人たちは、発行者がアダット様と知って無視することを決めたようですが。」
歳不相応にハキハキとした態度。こんな少女に、こうさせなければいけないという現状に、俺は嫌気を覚える。
「国王陛下にお願いがあります。」
これだけのメンツを前にして、俺の目を見て話せる彼女の度胸。そして、フェルスとの約束。
俺は彼女の願いをかなえてやりたい。そう思った。
「言ってみよ。」
「この近隣に、私たちに食糧を恵んでくれる村がいくつかあります。それらを脅かす賊どもの討伐をお願いしたいのです。」
聞いてやりたい。聞いてやる意味もあるだろう。だが、それでも、ただで聞いてやるわけにはいかない。
この娘の姉は一人の兵を殺した。これから一週間の休みだと告げたのに、それを破らせてしまうと兵士たちの信用にも関わる。
「余らに、利益はあるのか。」
「もちろんにございます。」
即答が返ってきて、俺は驚いた。この質問で即答をしてくる。つまり、この質問を予想し、返事を用意していたということだ。
「三つ、ございます。一つは、名声。アシャト陛下。私はあなたの名前を、寡聞にして聞いたことがございません。」
当然だ。俺はディアに選ばれるまで、実力を伏せ、名前を伏せて生きてきた。
このあと、師匠とオロバス侯爵家に渡りをつけて、彼らをバックに反乱を起こす予定だったのだ。それが成らなかった以上、俺はまだ無名の国王でしかない。
「旧王都に近いところを拠点にする賊どもの討伐。それはおそらく、第三派閥……ケンタウロス公爵家を筆頭にする静観派の貴族たちに、あなたの名を売ることになります。それだけにとどまらず、国内すべての貴族に。」
ふむ、と俺は顎に手をやって、その意見を考える。静観派の貴族たちは、ディアの存在を出せば俺に従ってくるだろうとは思う。だが、その忠誠度を上げ、俺を正しい国王であると支持してもらうには、ディアだけでは足りないか、とは思っていた。
エルフィの存在もある。が、彼女をあまり表に出しすぎると、彼女の思惑如何に関わらず、彼女を旗頭に女帝を立てようという動きも、少なからずあるだろう。
その点、マリアの提案は魅力的だ。総指揮官として、俺の名声が高まれば、自然静観派の視点も俺に向く。ディアだけでも、エルフィだけでも、その両者だけでもない、俺という国王を見てもらえる。
「二つ目に、資産。この軍は、おそらく近隣……最も有力な勢力は、アファール=ユニク子爵でしょうか。彼らの支援なしにも一年は持つほどの金銀、あるいは鉱物があります。」
それは、おそらくこの周辺に近づいてきた商人や、土着の富豪などから奪い取ったものだろう。
「それだけではなく、奴隷として利用しているエルフやドワーフなどの亜人。彼らという名の人的資産も手に入るでしょう。」
それは、非常に心躍る提案だ。おそらく彼女は、俺が欲しいものを、意図的に選んで言っている。デメリットをあまり考えさせないように、耳に心地いい言葉だけを選んで。
「最後に、民への名声。最初の貴族に対する名声とは別に、民に対して名声が得られます。それはおそらく、あなたが思っている以上に助けになる。万が一あなたが身一つで逃げなければならなくなった時、民たちはきっとあなたを助けるでしょう。」
あなたが、良い王として民に認知されていれば。その言葉を聞いて、俺は確信した。
(この娘、化け物だ。)
敵に回すと危険で、味方にすると頼もしい。エルフィも同じ感想を抱いたようだ。
決意を促すかのように俺の肩に手を添えたが、その手はわずかに震えている。
「わかった。非常にためになる話であった。そなたのその願い、聞き届けよう……ただし、条件がある。」
「何でしょうか?」
「そなたが、余の国に仕えることだ。姉ともども。おそらく、これまで賊どもが近隣の村を滅ぼせていないのは、そなたらの活躍あってのことであろう?」
俺はこの周辺にいる賊が恐ろしいという噂を聞いたことがない。それは、おそらく商人や富豪は襲っても村々を滅ぼしていないから。そして、比較的最近集まった賊だから。
「その、賊から村々を守って来れたそなたの頭と、実行に移してきた姉の実行能力。余は、それが欲しい。」
「では、こちらから検討してほしいことが二つ。」
まるで熟練の貴族を相手しているようだ。一つの要求を聞き入れるために、対価となる要求を突きつける。そうすると、それに対する要求をさらに突きつけられる。
落としどころが、お互いが納得できるところが見つかるまで、互いが互いの要求を突きつけ合うのがこの会話。
そして何より恐ろしいのは。
(この子、凄いね。自分の価値を、かなり正確に見積もっているよ。)
ディールが心の中で言う。彼女らを仲間にすることで得られる将来的な利益。それを考えると、要求の一つや二つ、飲まなければ釣り合いが取れないのだ。
「一つは、過去のペガシャール王国と同様に、私たち亜人の人権をすべて保証していただきたい。」
ペガシャール王国以外の国は、結構重要視する亜人に種類が出る。ドラゴーニャ王国は竜人とエルフ、グリフェレト王国はドワーフと獣人、フェニクシア王国は天使と鳥人、と言ったようにだ。
だが、その中でもペガシャール王国は異色である。『適材適所』を謳う我が国で、種族による差別意識はない。推奨される差別意識は、ただ個人の能力のみだ。
「もちろんだ。認めなければ、良い人材は国に手を貸してはくれない。」
「では、もう一つ。私を『ペガサスの智将像』、メリナ、妹を『ペガサスの工作隊長像』への選考対象としてください。任命は三年後……私たちが二人とも、エルフ式の成人を迎えてからに。」
この姉妹、片方は13、もう片方は12才らしい。見た目通りの年齢であられても困ったが、それでも若すぎる。
エルフの成長期は成人してからとは聞いていたが、全く信じられない才能だ、とつくづく思った。
「もちろんだ。というより、マリアの方は十分に『智将像』の資格を持っていると断言できるな。メリナの方はまだ何も見ておらぬから断言できぬが。」
しかし、閃光玉、そしてあの落とし穴。両方を彼女がやったとするならば、それなりの才はあったのだろう。
「その2つの願い、このアシャトがしっかり聞き届けた。叶えると約束しよう……選考対象として、必ずリストに入れておく。」
いったん三年で、王を名乗れるようにしておかなくてはならない。彼女らを配下にしている王として、俺の地位を不動のものにしておかなければならなくなった。
「では、臨時的ではあるが、そなたに軍師の役割を授ける。姉の方にも、二十人ほどの部下をつけよう。これから、よろしくお願いする。」
俺は軽く、頭を下げた。マリアは年ごろの娘らしく胸を張って、「こちらこそ」と言う。
のちに、ペガシャール帝国史上最初にして最高の軍師として名を馳せる、『
そして、戦端が開かれる前に戦争の終わりを見せると囁かれた、『
この、とんでもない麒麟児たちが、この日、アシャトと出会った。
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