20.ペガサス最初の砦

 ヒトカク山の貴族たちを回収し、フィシオ砦に俺たちは帰る。

 人は仕える主を選ぶもの。貴族となれば、その傾向は顕著になる。オベールの見込んだ実力主義の者たちは、俺に王の器を見て取ったのか、俺に従う道を選んだ。

「ディール。」

「なんだ、兄貴?」

「そろそろ兄上とかにしろよ……いや、いい。」

ディールが兄上と呼んでくるところを想像して、鳥肌が立った。アシャト様と呼ばれるよりも気持ち悪い。言うわけにもいかないだろうが、ついついそんなことを思ってしまった。

「そろそろ配下の『像』を増やそうと思ってな。唯一の『像』だし、伝えておこうと。」

「エルフィール様はどうするんだ?」

その扱いは考えていない。俺はそう口に出す。

「正直、持て余している……。エルフィは友人として非常に嬉しいが、政治価値が高すぎるんだ。」

そう。政治価値である。エドラ=ケンタウロス公爵家に名を連ねる彼女では、あまりに今のアシャトと比較して政治利用の価値が高すぎた。


 元より平時では政治駆け引きに用いられる『配下の像の権利』だ。いくら戦時とはいえ、軽々しく人に与えられるものでもない。

「アファール=ユニク子爵家に下手に力を持たせるわけにもいかない。しかし、アメリアの指揮能力を無駄にもできない……。」

戦える指揮官など、探すのは非常に難しい。アメリアはその珍しいタイプの人間だった。


「ゲイブ子爵本人には領土を与え、中央の政治から外す。そうすれば、アファール=ユニクに権力集中は……いや、そうなると領土を任せられるものがいなくなる。」

後継者問題が起こる。それはそれで見過ごせない。

「ディール、お前、弟とかはいないのか?」

「いるぜ。まだ五歳だがな。」

五歳。領主として政治が出来るほど有能か、全くわからない。

「……ディールが誰かと子どもでも作れば問題ないんだが。」

「その前に国を安定させてよ、アシャト……。」

ディアが呆れたように呟き、それはそうなんだが、とアシャトも返す。正直、国王とは相当厄介な職業だった。


 そうこうして、悩む間にもフィシオ砦は近づいてくる。もう一時間で日が暮れるという頃には、もうその威容は目につくような距離まで近づいてきていた。

「野営をする!準備をしろ!!」

何かがあればすぐに砦に信号を放てる距離。その距離まで近づくと、俺とペディアは野営の指示を出した。


 ほどなくして、アシャトたち指揮官の天幕と会議用の天幕が出来上がる。多少の手伝いだけ終えると、エルフィが俺に手招きしてきた。

「どうした、エルフィ?」

「とりあえず、こっちに来い。」

手頃な天幕を選んで俺を連れ込みえ、ディールに誰も入れないよう言いつけると、エルフィは真剣な表情で俺を見た。


「俺は……私は、お前の配下にはなる気がない。」

「わかっている、エルフィ。俺とお前はあくまで対等だ。」

今更なことを、と思う。だからこそ、彼女の次の言葉にははっとした。

「私を『像』に選ぶ必要はない……それは、対等である関係を損ねる。」

そんなの、言われずともわかっていた。だが、同時に思ってもいたのだ。それでは、俺の他の部下たちより、彼女の地位が低くなる、と。

「なんだ、そんなことか。」


嬉しそうに、エルフィはそれに対する見解を述べる。

「気にする必要はない。文句を言うやつは、実力で黙らせる。」

確かに彼女なら、それはできるだろう。しかし同時に、軍内不和の原因にもなる。

「……安心しろ。俺はお前の同盟者だ。それに、私の名前を聞いて私を侮れるものなど、基本的にいないさ。」

何しろ王族がこぞって危険視しているからな、と笑う。確かに、アメリアのような辺境子爵家でも知っている名前だったのだ。ペディアやエリアスのような、平民でも。


「なら、信じる。もしお前を侮る奴がいるなら言え。」

「ああ。わかった。その時は遠慮なく頼らせてもらう。」

そういうと、あっさり彼女は天幕を出ていく。

「気を遣わせたか。」

これで、遠慮なく部下に力を与えられる……アメリアを除いて。俺はそう確信して、フィシオ砦に入った後について計画を練り始めていた。





 深夜。もう皆が寝静まったころ。見張りに立つ兵士が、その足音に気付いた。

 全く隠す気のない、というよりは慌てていると感じられる足音だ。それを聞いて、兵士たちは直感した。まだ、休む暇はなかったのだと。


「エリアスが?」

「はい。砦内にいた千人、おおよそ全員、全身装備でここに。」

それを聞いた瞬間、まさか、という考えが頭をよぎる。いや、まさか、ではない。ほとんど確定だと考えていいだろう。

「フィシオ砦が、落ちた。」

「申し訳、ございません。」

俺の呟きが聞こえたのだろう。肯定するように、エリアスが入ってきた。


「エリアス。誰が……なんだ!」

もともと騒がしかった外が、さらに騒がしくなっている。それを感じ取って、俺は外に原因を問いかける。

「敵襲、敵襲!敵の旗……ラビット公爵家の旗です!」

アメリアが悲痛な叫びをあげた。

「もう動いたのか、王家は!」

王家には無能しかいないと思っていた、その裏をかかれた気分だった。

「ペディア!」

「わかっています!密集陣形!」

そう叫ぶと、ペディアは兵たちを纏め上げる。アシャトはそれを見届けると、そのままディアを呼び寄せ、ディールを目で探した。


「ディール!」

「兄貴!斬りこめばいいのか?」

すでにディールは力の解放を行っている。暗闇の中で、その鎧は非常に目立つ。

「ああ、出来るだけ敵を引き付けてくれ。……エルフィも、頼めるか?」

「一人になるが、どうする?」

「エリアスといる。後方に下がる。」

それで、エルフィは何をしようとしているか察したらしい。

「やばくなったらディールを呼べ。」

「僕が呼ぶよ。儀式で忙しいだろうからね。」

そう言うと、ディアはペガサスの姿になってアシャトを乗せる。

「ちょっと、そこの君。エリアスを連れて付いてきて。」


ディアは近くにいた馬にそう声をかけると、予備動作なに駆け始める。続いて、その馬もエリアスが乗るのを待って後を追い始めた。

「馬なら操れるのか。」

「あと、牛と象もいけたよ。キリンは難しいかもしれない。」

鹿は?と聞くと試したことないよ、と返された。よくわからないが、今度試してみようか、と思う。


 戦場から百メートルほど。時間にして、ほんの数秒。ディアは足を止めて、後方に向き直る。

 戦場は混沌としていたが、同時に徐々に秩序を取り戻し始めていた。

「エリアス。どうして、ここに連れてこられたか、わかるか?」

「敗戦の責任を問うためでしょう。」

彼は即答する。これはきっと、俺が王だから話を聞かないと思われている感じだった。

「ああ、そうだ、が。今俺にたちは人手がいない。優秀な人材を簡単に斬り捨てるわけには、どうしてもいかない。」

だから、だからこそ。

「敗北の罪は、勝利で贖え、エリアス。……俺の、いや、余の配下として。」


逆転の一手は、彼が俺の配下に降ってくれなければ始まらない。だから、ゆっくり手を持ちあげ、ディアを元の大きさに戻してから、彼に決断を促すように言った。

 彼は何も言わない。最初から返事を決めているかのように、何も。

 ならば、俺はその想いが変わらないのか確かめるだけだ、と思った。瞬間、ディールを配下にしたときの言葉がスラスラと口から出てくる。

「エリアス。姓はないんだな?」

「ありません、陛下。」

急にへりくだるような口調に変わった。これが、王になるという事。きっとこれから、何度も繰り返していく光景。

「では、余の姓からとって『スレブ』の名を与える。改めて、エリアス=スレブ。」

その瞬間、はっと彼がこちらを見上げた。感動したかのように目が潤み、そのまま地面に片脚をつく。


 臣下の礼を取った彼に、俺は躊躇いもなく言葉をつづけた。これは、逆転のために必要なこと。遠くでディールが、敵を殺し続けている光景が目に映る。

 焦るように、ディアが前に出てきて言葉を継いだ。ディアの目にも、それがディールとエルフィールが繋いでいる一瞬の停滞であるとわかったのだ。

「汝、『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアの下で忠誠を誓い、天下泰平の援けを為すか?」

「誓います。アシャト王。あなたが王で、良かった。」

ほんの一瞬、この有能な農民の素顔が見えた気がした。


「エリアス=スレブ。お前は命尽きるまで、王に仕え、国を守ると、誓うか?」

ディールの時とは違う文言。ディールの時はあくまで俺を守らせた。しかし、今ディアは、エリアスに国を守るよう、誓いを要求している。

「誓います。」

エリアスは余計なことは言わなかった。学のない彼には、この後どう発言するべきかわからなかったのだろう。

「『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアが、汝を『ペガサスの砦像』に任ず。……現状を打開せよ、我が砦!」

叫ぶように命令する。ディアの翼が一枚抜け、エリアスの肩口に触れる。


「続けて、エリアス。『ここに主を守りし砦を顕現す』!」

ディアが、すべての説明を省いてそう言った。それを聞いて、エリアスは即座に望みに応えた。

「『ここに主を守りし砦を顕現す』。」

その瞬間、エリアスを中心に世界が変わる。『ペガサスの砦将像』、略して『ペガサスの砦像』の固有能力。

 彼はいつでもどこでも、彼の像が司る砦を顕現できる。彼は歩く砦と言える。

 そんな彼が、今ここに顕現した砦は、見事だった。

 フィシオ砦のような美しさはない。無骨だ。しかし、砦として十分な機能を有していて、兵士を五千は収納できる大きさを持ち、それでいながら純粋な円形であるがゆえに多くの守備兵を必要としない。二千人。二千人いれば、守るに適している。そんな砦だ。


 俺たちは砦の壁、外壁の上に立つ。そこから戦場を見ると……エルフィとディールが敵を引き付けている間に、ペディアが撤退の指揮を執っていた。

 全く勢いを落とさず、統率されきった隊列で、砦の門を潜り抜けていく。

「“炎の柱フレイムピラー”!」

俺は魔方陣に魔力を流し込み、遠隔でディール達を支援する。もうあの二人が入るだけ。その瞬間、砦の門は絶対不可侵になる。

 『像』の力は、『像』の力でしか相殺できない。ゆえに、顕現された固有能力は『像』のない敵に破ることはできない。

「ディール!エルフィを抱えて跳べ!」

壁の高さは五メートルほど。『衛像』の力を顕現させたディールであれば、エルフィを抱えてギリギリ跳べる高さだ。

「承知!!」

エルフィはそれを聞いて、まず己の握った槍を砦内に投げ入れ、続いて拳で三人ほどを殴り飛ばした後、ディールの方へ駆け始める。

 ディールは槍を剣のように一閃させ同時に四人の首を取り、もう一歩踏み込んで三人ほどを串刺しにすると、槍を手から消し去ってエルフィに背を向けた。


 エルフィがディールの背に飛び乗る。その重みを受け止めた瞬間には、ディールの足は地面を蹴り飛ばしている。

 一本の矢のように駆ける彼の背を追おうとする兵士たちに、アシャトは何発かの火球を放ち、足止めする。

「ディール!」

ジャンプして、ギリギリ壁に右手をひっかけた。その状態で、エルフィがまず砦に入る。

「よっと。」

落ちるのでは?と心配する俺を他所に、軽々と片手で壁を越えてきて、ホッと一安心した。


 そのまま、何が起こったのかわからないようにキョロキョロする兵士たちを見て、俺は思う。

 さて、何も知らない兵士たちに、何をどう説明しよう、と。

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