19.閑話 他国の王たち

 グリフェレト王国、王都ニメート。

 そこで、一人の男が、トウモロコシの生産に精を出していた。

「おい、マルス。どうしてお前まで農作業などやっている。」

「必要だからだよ、ニメル。上が命令したことを率先してやらないと、下から文句が出る。」

「だが、他の貴族たちから責められているはずだ。」

「だから、彼らにも命令したよ。自分たちも苦労を知ったらどうだい、ってね。」

ザっと、彼は地面に鍬を突き刺す。黙々と作業をする彼らの側には、兵士や身なりの整った男たちが何人も同じように鍬を振り下ろしている。

「どうしてこんなことを?」

彼の判断や命令を黙って側で聞いていた私が、初めて疑問の声をあげる。それを聞いて、彼のパトロンたちも鍬を動かす手を休めて、こちらに耳を傾けてきた。

 そんなに気になることかなぁ、とグリフェレト王国の次期国王は首を傾げる。

「うちの国の借金はデカすぎる。このままじゃ、軍隊を整えることもままならないだろう?」

「それほど窮しているのか?」

「うん。今上は必死に隠しているけどね、隠せるものでもない。」

王としての器は、とっくに花開いている。しかし、彼は王たるには環境が厳しすぎるらしい。それは仕方のないことだったのかもしれない。私がこの国の『王像』である以上、私はこの国の貧しさと向き合わなければならないのだから、私は彼から離れる理由が見つけられない。

「納得できない?」

「出来んな。どう考えてもおかしかろうよ。」

そうでもないんだけれどなぁ、とマルスは呟く。その横顔を眺めながら、さらなる説明をするよう、私は彼の背を蹴った。

「農業ってさ、身体を鍛えるのにけっこうちょうどいいんだよ。」

マルスは笑って言う。

「僕はちゃんと考えているさ。もうとっくに、ドワーフにもアタリをつけて話をつけてる。」

何か設計図を持っていかせていることは知っていた。それを作らせようとしていることも。

「あれを作るのって結構骨でさ。素材が足りないんだ、まず。」

何をさせたいのかはわからないが、本当に考えていることはなんとなくわかった。

「必要なのは、人手と食糧でさ。正直それさえ整えば、あとは隣のあの盗賊の国でも攻め落とせば借金は返せるんだよ。」

新しい借金を抱え込むことになっちゃうけどね、とマルスは笑う。

「わかった?僕は三年でそこまで漕ぎつけたい。多分だけど、ペガシャール、フェリト両王国は自国のことで忙しい。ドラゴーニャ、フェリト、ヒュデミクシア各国とはまだ国境が接していない。」

それを見込んでも三年なんだよね、と彼は笑う。余裕の笑みを取り繕っていられるのが、たった三年しかないのだと彼は告げた。

「うちの『魔術将像』の未来予知では、六王国全てがあと五年以内に国権を確かにするらしいんだ。」

もちろん、ドラゴーニャ王国という稀有な例外こそいるけれど、と言いながら、地面に鍬をめり込ませた。

「グシードには面倒な戦いもさせているし。」

『グリフォンの工作将像』を得た彼は、隣の国、盗賊王ヒンデルが治める悪辣の国から罪人を拉致、国内に溢れている鉱山に連れ込みつつ、住民たちに新しい住む場所の提供を持ちかけ、亡命を呼び掛けている。

「人手は欲しい。鉱物も欲しい。食糧も、お金もいる。今は、種蒔き時だ。」

そう言って、再び鍬を地面に盛り込ませる。

「今度創るつもりの新装備と新部隊には、相当力のある兵士がたくさん必要でね。」

それを言われてはたと思い出す。250年ほど前に行われた遊戯、そこで空想された新兵科。

「超重装備兵隊。」

「そう。うちの国なら、それが出来る。なにせドワーフの村落を五つ、味方につけて、国土は多くの鋼鉄がある。これなら、あとは兵士の問題だけだ。」

ようやく、マルスの言った「農業は体を鍛えるのにちょうどいい、の意味を知る。

 彼は、兵士たちに中古ではあるものの鎧を着ながら農作業をするように命令していた。三年もあれば身体を作れる。そういう意味だろう。

「戦車部隊と騎馬兵団に対して、強力な対抗策になる。なにせ、その重量で押し潰す前に馬たちが足を止められかねない。」

しかし、達成するまでの目標も随分遠いようだ。

「さすがにね、準備はしてなかった。僕は『グリフォンの王』だ。『フェニクスの王』みたいに、不倒の軍隊は作れないからね。」

そう言うと、今は雌伏の時だという様に再び大地に鍬を入れる。

「だから、みんなも頑張って。みんなが頑張れば、その分、みんなの出世も楽になるよ。」

マルスはそう言って、額の汗を拭った。




 ヒュデミクシア王国とフェリト王国、国境線にある都市、ビグレット。そこで、長年の宿敵たる二国家の王太子が揃って対談していた。

「敵は、ドラゴーニャ王国。あれと拮抗するまでは互いに不可侵。大まかにはこれでいいな?」

「ああ。両国とも国内事情もある。それに、安定していたとしてもドラゴーニャ王国の勢いは危険に過ぎる。」

拮抗するまで、というフェリト王国の姿勢は、きっとどちらか一方が、という意味だろう。しかし、それでもこの盟約は必要だった。

 フェリト王国がいつ情勢をひっくり返すかわからない。ペガシャール王国がどれほど荒れているのかもわからない。

 グリフェレト王国が借金をどう返済するかも、フェニクシア王国がいつ国土を奪還するかもわからない。

 しかし、これだけは言えた。現状、我がヒュデミクシア王国が陥っている現状を打破するには、まず後顧の憂いを断つ必要があると。フェリト王国に背中を刺されないようにしておかなければならないと。

「フリード。」

「『ヒュドラの王像』フリードの名において、この契約を『フェンリルの王像』カウティスに持ちかける。汝、この契約を受け入れ、破棄するときはペナルティを受け入れるか?」

九つの頭をもつ蛇、そのうちの一つが言う。

「受け入れよう。構わないな、エグリド。」

それに呼応するように、正面にいる銀色のオオカミが応えた。また、それに応えるようにそれを肩に乗せた男が応える。

「構わない。……これで、契約は為った。」

彼はそう言うと、その身を翻す。『王像』を介した契約は、条件を満たさなけば破棄することは決してできない。

「……ふう。なんというか。最も王道から外れた王様の対談なんて、やりたくないな。」

「そんなこと言わないの三番。必要なことだったんでしょう?」

「らしいな、六番。契約、助かったぞ、八番。」

「ああ、気にするな、五番。いざとなっては私が契約を破棄する。」

しかし、それは『ヒュドラの王像』には当てはまらない。九つの頭、九つの脳を持つ『王像』は、どれか一つが犠牲になるなら、その頭尽きるまで契約を破棄できる。

 だから、彼は安心して他の『王像』と不可侵条約を結べるし、遠慮なく破棄できた。

「まずは国家の安定を図る!全てはそれからだ……喰うぞ、我が国を!」

ヒュデミクシア王国王太子オーダイン。彼は足早に、覇道を邪魔する国王とその他貴族を吸収しなければと歩を進めた。




 対して、『フェンリルの王像』に選ばれし王エグリド。彼は『ヒュドラの王像』の契約破棄については知っていた。『ヒュドラの王像』が一度だけ契約破棄をした敵がフェリト王国である。当然のごとく、その記録は残っていた。

「三年だ。我が国の体制が整い、ドラゴーニャ王国に並べるまで。それまでにヒュデミクシアが体制を整えられるはずあるまい。」

言葉少なにツカツカと歩く。彼は、もう次の目標を定めていた。

「グリフェレト王国側へと足を伸ばす。隣、サダナ王国とやらを三年で打ち破るぞ。」

その間にも国政の安定は図れる。そう言うかのように、その足取りは自信に満ちていた。




「報告します!ポニャティア地域、フェニアン城まで奪還に成功しました!」

「報告します!レジスタンス勢力、バティエ砦より撤退!東側の奪還は成功いたしました。」

次々と入ってくる報告。それを国王、カイル=ミール=ネニック=フェニックスは淡々と聞いていた。

「よし、わかった。今どこを攻めているかは知らんが、終わったらそのままその地の民を手懐けることに尽力せよ、と伝えろ。」

フェニックスの王。動きとして一番大きいのは、彼かもしれない。

 彼はすでにかつて奪われた領土の、その半分近くの奪還を終えていた。軽傷ならすぐに治るというのがフェニクスの国の特性であり、『フェニックスの王像』が彼らの国にもたらす副次的作用である。

 だから、兵士たちはかすり傷程度なら気にしない。疲労回復速度も異常に早く、ゆえに彼らは戦場で疲れを知らない。

「さて、どう国を統治するか……。」

国王をすでに退位させ、その地位を簒奪して見せた優秀な王は、ひたすら思考の海に沈む。それをただ、フェニックスの王像は空から悠然と眺めていた。

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