「ある場所」
赫彩(あかいろ)
ある男の話
「ハア…ハア…」
そこに
いつからだろうか。その男はココにいた。
自分の居場所すらわからないまま、男は逃げていた。
「あいつは…まだ来てないな。フゥ。」
男は息をつく。
そして男は座り込み周りを見渡してみる。
「ココどこだよ、クソッ。」
周りには無情にも見知らぬ景色が広がるだけだった。
男は大きな鉄筋コンクリートに囲まれた、まるで迷路のような場所にいた。
次に男は自身の記憶を読み返してみた。
「確か…新宿の飲み屋で飲んでたな。」
「ギャンブルに負けて、やけ酒してた。」
「それから確か…ダメだ、思い出せねえ。」
男は自身の置かれている状況に徐々に怒りを覚えてくる。
「なんなんだよココはよお!」
もしかして夢か?
そう希望をもって考えていると、男は何かを耳にした。
「ァ、、、ゴ」
その音は男を絶望に叩き落した。
男は口を両手でふさぎ、息を殺した。
男が逃げていたのはヤツからだった。
ヤツは光のような、闇のような、動物のような、そしてニンゲンのようなカタチをしていた。
男は青ざめた顔で静かに立ち上がり、ヤツから逃げる準備をした。
音の聞こえたほうに背を向けず、ゆっくりと後ずさりをする。
すると男の背中に何かが当たった。
「ん、なんだ?」
振り返るとそこにはベットがあった。
「なんでこんなのがここにあんだ?」
男の顔は強張っていた。
ベットに気を取られている場合じゃない。
逃げなければ!
男は静かに、そして着実にヤツから距離をとる。
また一息付けるまで逃げた。
男は先ほど目にしたモノを思い出す。
「あのベットは確か、俺のかあちゃんのやつだった。」
「なんでここに?」
男の母は介護を要する高齢者で、先のベットはその母が寝ていた寝具であった。
そんなものがこの見知らぬ場所に?
なぜ?
そんな考えが男の頭で巡っていた。
巡っていた考えはやがて、一つの記憶に結び付いた。
「そうだ…俺は。」
男はぽつりぽつりと声に出す。
「かあちゃん。ごめんよ。でも、俺も限界だったんだよ。」
そう、男は自らの手で母を殺めていた。
男に婚約者はおらず、親戚を頼ろうにも電話番号を知らなかった。
また男は「人に迷惑をかけてはいけない」という自身の考えを持っていた。
「親戚に連絡しても迷惑だと思われるだろうし。」
その考えから、自分一人で家事炊事、仕事に加え、祖母の介護まで行っていた。
男は真面目だった。
いや、真面目過ぎたのだ。
誰にも助けを求めず、自分だけが苦労する道を選んだ。
自分の心を殺す道を選んだ。
しかしその道の果てで、気づけば母を殺していた。
「ァ、、、ァ」
ヤツの音が聞こえた。
男の顔から強張りは消えていた。
「ごめん。かあちゃん。ごめんね。」
ヤツの前で男は泣き崩れた。
ヤツの姿があらわになっていく。
優しい顔をした高齢な女性へ。
ヤツは一瞬口を開いたと思ったら、光となって消えていった。
男は泣き崩れていた。
見知らぬ土地で、ただ一人だけで泣いていた。
ひとしきり泣いた後、男は顔を上げた。
そこは見知った路地だった。
「ここ。帰れたのか。」
見知った路地は、母と暮らしていた家の近くだった。
男は泣きはらした顔を近くの公園の水飲み場で洗った。
男の顔には恐怖などなく、どこか晴れたような顔だった。
男は家に帰り、そこから凶器となった包丁を持ち出した。
そして男が向かったのは駅前だった。
今日も多くの人が行きかうターミナル駅。
誰も男に目もくれない。
男はそんな生きるのに必死な人々を見て一瞬笑った。
そして男は
「どうされました?」
優しく訪ねてくれた旭日章の男。
そして
「人を殺しました。」
男は最後まで晴れやかな顔をしていた。
「問題ないんですか?彼。」
「大丈夫だ。彼は過去と向き合った。」
「それに。彼女は話したいことを話せたみたいだしな。」
「ふーん。まあいいですけど。」
「次の人はもうすぐ来ますから、またお願いしますね。」
「ああ。準備しとくよ。」
二人の声が響く。
そこがどこかはわからない。
ただ日本のどこかにあると噂されている「あの場所」。
「あの場所」とは日本の都市伝説としてまことしやかに囁かれているものだ。
そこでは行方不明になった人が、過去のトラウマや罪と向き合う為の場所だとか。
しかし、その場所から帰る者は記憶を等しく無くしている。
それゆえ、帰ってきた人は口を揃えて「あの場所」と言うそうだ。
「ある場所」 赫彩(あかいろ) @akairo3
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