薔薇の名前
山口三
第1話 白いフリルの天使
僕には弟がいる。4つ年下の弟。そして今日妹ができた。
5月の半ば過ぎた頃、心地いいそよ風が肌に温かく気持ちのいい晴れの日だった。僕と弟は母に連れられて大きな邸宅にやってきた。
僕達が住んでいる屋敷は商業地区と貴族邸宅街のちょうど中間くらいに位置している。裕福な商人の屋敷で贅を尽くした豪奢な物だった。この辺りでは一番の建物だ。なのにこの邸宅はその僕達の屋敷がただの離れに見えるくらい大きくて立派な物だった。
僕たちの屋敷はこれのレプリカでこちらが本物なんだな、と幼い心に思ったものだ。門から望むその佇まいは重厚でどっしりとしてここからは邸宅の全貌が見えないほどい大きい。
弟もキョロキョロと忙しなく辺りを見回している。ふと顔を上げると執事らしい人が近付いてきて母に声をかけた。
「リンドル夫人、ようこそおいでくださいました。旦那様がお待ちですのでお庭にご案内致します」
「こんにちは、お久しぶりですねジョージ。」
母は懐かしそうに目を細めてその執事に笑いかけた。母はここに来たことがあるのかなと思いながら僕は弟の手を握った。
ジョージは歩き出しその後を母が、母の後を僕と弟が付いて歩き出した。
門からまっすぐ邸宅に続く道の両側に広い庭が見える。緑の垣根はちょうど僕の首のあたりの高さで僕はかろうじて庭が見えた。
少し行くとジョージは垣根の間にある細い小道を左に曲がり庭園の中に入っていった。緑の風景が一気に鮮やかでカラフルな世界に変わった。そこは薔薇の花園だった。淡いピンクや白、輝くような黄色のバラ、バラ、バラ。
時折風に乗ってバラの香りが僕の鼻をくすぐった。大きな白いアーチには濃いピンクのつるバラが咲き乱れいくつものアーチが連なってピンクのトンネルを形成していた。アーチの裾野には紫色の小花が揺れている。
奥の方から子供の笑い声が聞こえる。ふとトンネルの向こうから小さな女の子が笑いながら飛び出してきた。黄金色の柔らかな髪をしたその子は侍女と追いかけっこをしているようだ。
フリルが沢山ついた白いドレスを翻しながらバラのトンネルから飛び出してきた様子はまるで小さな天使だった。
「兄さん、天使がいる!あれは天使だよね?」
弟は手を握ったままの僕を見上げてこっそり言った。僕はその子から目を離すことができず弟の質問にすぐ答えてやれなかった。
「ねぇ、兄さんってば。」
見とれてぼーっとしている僕に、弟は手を軽く引っ張って返事をせがんだ。
「僕だって天使を見たのは初めてなんだよ」
やっとそう答えたけれど視線はまだ小さな天使を追っていた。
「レン、ウィル~こっちよ」
母の声がしたほうを向くと僕達は大分置いて行かれたらしく、白いアーチとは反対方向にいる母と執事が手を振って呼んでいた。少し恥ずかしくなって弟の手を引き駆け足で母の方へ向かった。
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