兵士Cだった息子が魔王を倒したため、なぜか俺が新魔王になってしまいました

九重

第1話

突然だが、俺は前世日本人の記憶を持つ転生者である。

転生したのは、剣と魔法の世界。

だからといって、元々が一般ピーポーだった俺にチートなんてあるはずもなく、普通に村人として生まれ、村人として育って、幼馴染の少女と結婚して、村のおっちゃんになった。

前世の記憶があってよかったことは、早々に妻に先立たれ男手一つで息子を育てることになっても、それほど困らなかったことぐらい。

(前世でも一人暮らしが長かったからなぁ)

貧乏学生で自活していたことがこんなところで役立つとは思いもしなかった。

おかげで、俺は我が子と二人なんとか生きている。

息子が二十歳になり子育ても一段落した俺の次の目標は、息子が嫁さんをもらって孫ができたら、いいじぃちゃんになってわがまま放題に甘やかすこと。

自分の息子は多少厳しく育てたが、孫は猫可愛がりしたって許されるだろう。

俺は元々溺愛して、デロデロに甘やかしてやりたいタイプなんだ。


しかし、ここで予想外のことが起こった。

なんと、この世界に魔王が現れたのだ。

それに呼応するかのように勇者も現れて、あれよあれよという間に国を挙げて魔王討伐の軍が編成される。

(さすが異世界、展開がベタすぎるぜ)

半ば呆れて傍観していたのだが、それが悪かったのか知らない内に息子が兵士になっていた。

「へ? なんで? お前村人Cだろう?」

「なんだよ親父、その“C”って?」

「いや、AとかBだと烏滸がましいかなって思うけど、Cならいけるかなって?」

「はぁ~。相変わらず親父の言っていることはよくわからないな。まあ、いまさらだけど。――――村から最低でも一人は兵士を出さなきゃいけないんだよ。この村、俺しか若者がいないだろう?」

過疎化の進む限界集落の村に俺と息子は住んでいる。のんびりまったりないい村なのだが、少子高齢化の問題は異世界でも同じで、確かに若者は息子しかいない。

「お前が行くくらいなら、俺が行く!」

「徴兵対象は二十歳から三十五歳の成人男性だ。親父は三十八歳だろう?」

「雇用対策法と男女雇用機会均等法で、年齢や性別を限定した募集はできないんだぞ!」

「なんだよ、その雇用なんちゃらって? ホント、親父はわけのわからないことを言うよな」

心底呆れたように息子は肩をすくめた。

くそぉっ! 異世界の法律は遅れている。俺は断固、国王のリコールを求めるぞ!

とはいえ、ただの村のおっちゃんの俺が、お国の方針に逆らえるはずもない。

そこそこ厳しい教育方針で真面目ないい子に育った息子は徴兵を断って逃げるなんて考えもしないらしい。

俺は、涙を呑んで息子に言い聞かせた。

「いいか。お前は兵士Cなんだからな。無理して戦おうとなんてするなよ」

「だから、そのCはなんなんだよ? だいたい村人Cじゃなかったのか?」

「いいんだよ、そんなもの適当で! それより、人間死んじまったらお終いだ。できるだけ戦いから離れて、関わらないようにするんだぞ。勇者とか強い奴を自分の盾にして逃げ回るんだ! どんな卑怯な手を使ってもいい。絶対生き延びろ!」

「……いいのか、それで?」

「いいんだよ。父ちゃんが間違ったことを言ったことがあるか?」

「いっぱいあるけど」

息子は大きなため息をついた。

しかし「たしかに死んだらアリサちゃんと結婚できないもんな」と呟いていたから、一応納得はしたのだろう。

アリサちゃんとはこの村一番の器量よしの娘で、常々息子が嫁さんにしたいと狙っている子だ。年齢は十三歳。――――二十歳の息子の性癖がちょっぴり心配な俺である。

「わかった。徴兵は最低三年って話だからな。三年間魔王討伐軍で逃げ回って、給料だけもらって帰ってこよう。そしてアリサちゃんと結婚だ」

三年後ならアリサちゃんは十六歳。ギリギリセーフ…………なのか?

「頑張れ! 絶対死ぬなよ」

「任せとけ、親父!」

こうして、俺の一人息子は出征していった。


その後、人間と魔王軍の戦いは熾烈を極めた……らしい。

断定できないのは、仕方ないだろう。超がつくほどド田舎な村には戦火が及ぶこともなく、戦況など伝聞でしか知ることができないからだ。

俺は、日々田畑を耕しながら息子の帰りを待っている。

一年、二年、三年の時が過ぎ、ようやく風の噂で勇者一行が魔王を倒したと聞いた。

息子も帰ってくるなと、俺が思いはじめたある日のこと……家の古いドアがドンドン! と叩かれた。

「誰だ? こんな時間に。――――息子だったらいいんだが」

俺は、すっかりクセになった独り言を口にしながらドアの方へと移動する。

もっとも、そうは言いつつも訪れてきたのは息子ではないだろうとも思っていた。

なにせ我が家のドアには鍵なんてかかっていない。息子ならノックせずに入ってくるに決まっているのだから。

「はいはい、どなたさま? ――――って、へ? 息子ぉ?」

俺は予想が外れてビックリした。

息子の無事な帰還は嬉しいのだが、どうしてこいつは柄にもないノックなんてしたんだろう?

「……ただいま、親父」

「――――はじめまして。お父上さま」

その答えは、すぐにわかった。

なぜか元気のない息子のすぐ後ろに、見たこともないような立派な衣装を着た男が立っていたからだ。

長い黒髪に切れ長な黒い目。白い肌と赤い唇。おまけに頭の両脇に大きな巻き角をお持ちの人外イケメンに、俺はパカンと口を開ける。

「お、お、お父上さまって?」

それはいったい誰のことだ?

「あ~。とりあえず、中に入れてよ、親父」

頭をボリボリとかく息子の言葉に、俺は混乱しながらも二人を招き入れた。

俺の古い木の家のすり切れた床板に、人外イケメンの長いローブが引き摺られる。

高価な布が傷まないといいなと、チラッと思った。


そして、その後、男所帯でいろいろとっちらかった我が家のリビング兼ダイニング兼キッチンのテーブルに座った息子と人外イケメンから、俺は事情を説明される。

「…………は? 魔王を倒した? 兵士Cのお前が?」

これ以上ないほどに目を見開く俺に、息子は渋い顔で頷いた。

「だから、その兵士Cってのが、わけがわからないんだけど。……まあ、でもその通りだ。……だいたい、親父がいけないんだぞ! 『勇者を盾にして逃げ回れ!』なんて言うから」

息子は恨みがましく俺を睨んだ。

なんでも、律儀に俺の言葉に従った息子は、進軍しはじめた当初の頃はひたすら戦いから遠く離れて逃げ回っていたのだそうだ。

そして、兵の数が減って逃げることができなくなった戦争終盤では、自分よりも強い仲間の背中に隠れる作戦に切り替えたという。

しかも、どうせ隠れるなら軍の中で一番強い勇者がいいと思ったのだと。

「はあ~? バカなの? お前」

「バカって言うな! 親父がそうしろって言ったんだろ!!」

たしかに言ったが、まさか本気でそんなことをするなんて思っていなかった。

「比喩だよ! わかれよ!」

「わかるか! んなもん!!」

親子の世代間ギャップは、異世界でも大きい。

ともかく結果として、息子は勇者の背中につき従うようになった。

そして、そんな息子を勇者は気に入ったのだ。

『俺の背中を任せられるのは、常についてきてくれるお前だけだ!』

勇者からの信頼を得てしまった息子は、戦いの最前線に出るようになったという。

「――――勇者は、友だちの少ないタイプだったのか?」

「ああ、まあ“勇者さま”だったからな」

英雄は、時として孤独なものだというが、そういうものかもしれない。

それでも勇者は強かったし、勇者の周囲には聖女や国一番の魔法使いが常に結界を張ってくれていたから、ついでに息子も守られて安全だったそうだ。

――――しかし、それも魔王との決戦の場まで。

魔王城の玉座の間ではじまった戦いは熾烈を極め、聖女も魔法使いも次々に倒れ、そして勇者は魔王と相打ちになった。

「俺も、もうちょっと魔王の剣が長かったら勇者と一緒に串刺しになるとこだった」

いやぁ、危なかったと息子は言い、俺の背筋はぞっとした。

「そんな危険な場所までついていかなきゃよかったのに!」

「だって仕方ないだろう? その頃には他の奴らは全滅していたんだ。勇者と離れたら最後、俺もその場で死んでたよ」

あっさり言われた言葉に、俺は目を瞬かせた。

「へ? 全滅?」

「そうそう。生き残ったの俺一人」

息子は自慢そうに胸を張る。

…………それって、人間側の負け戦ではないだろうか?

あれか? 突撃軍は壊滅したが敵の大将首だけは取ったとか、そういうこと?

人間は勝ったのか? 負けたのか?

魔王軍はどうなったんだ?

俺の頭は混乱する。

「……勇者が魔王を倒したんだよな?」

「違う違う。言ったろ、魔王を倒したのは俺だって」

そう言えば、そんな話だった。

「あ、でも、さっき相打ちって?」

「あ~、そうなんだけど。そうじゃなくってさ。…………えっと、魔王の剣は勇者の心臓を貫いたんだけど、勇者の聖剣は、ちょっとだけ浅かったんだ。瀕死にはしたんだけど、息の根は止められなくって……だから、勇者の後ろにいた俺が、勇者の脇から手を伸ばして『エイッ!』って最後の一押しをしたんだよ。それで魔王は死んだのさ」

息子は片手を伸ばし「エイッ」と言って手を突き出す身振りをする。

俺は「ああ」と納得した。

兵士Cなはずの息子が魔王を倒したなんて、どんなマジックかと思ったが、聞いてみればなんてことない。瀕死の魔王にとどめをさすくらいなら、兵士Cでなくても、DでもEでもできるだろう。

そうそうそうかと納得していれば、ここまで黙って聞いていた人外イケメンが、ずずいっと身を乗り出してきた。

「それでは、この後の話は私がいたしましょう」

「はい?」

「申し遅れました。私、魔の国の宰相アモンと申します。お父上さまにはお目にかかれて恐悦至極に存じます」

「は? はあ」

急に立ち上がり丁寧に頭を下げてくる男に、俺もつられて頭を下げる。

魔の国の宰相ってことは、魔王の一の手下ってことじゃないか?

まさかこいつは、うっかり成り行きで魔王を倒してしまった息子に復讐するためにここにいるのだろうか?

それにしては態度がへりくだっているのだが?

頭に疑問符を飛ばしている俺に、アモンはとんでもないことを言い出した。

「実は、魔の国の掟では、魔王を倒した者が“次の魔王”になると決まっておりまして」

「へ? はぁ?」

「ご存じの通り、あなたの息子さんが魔王を倒されてしまいました。このため息子さんには、新たな魔王となる義務が生じます。ところが息子さんに固辞されてしまったのです」

心底困ったようにアモンは眉をひそめる。

息子は、バン! とテーブルを叩いて立ち上がった。

「当たり前だろう! 俺は魔王を倒すつもりなんてなかったんだ。ついうっかり倒しただけなのに、魔王なんてやってられるかよ!」

息子の言い分は正しい。

っていうか、息子は人間なのに魔王が人間でもいいのだろうか?

魔の国の掟、どうなっているんだ?

「そうは言われても掟は掟。魔王を倒した責任をとっていただこうと思ったのですが――――息子さんがおっしゃるには、ご自分が魔王を倒せたのは、全てお父上さまのお言葉のおかげだと」

アモンはチラリと意味深な視線を俺へと向けた。

息子は勢いよく首を縦に振る。

「その通りだ! 俺が魔王を倒せたのは親父の変な助言のせい。そして俺は親父の『どんな卑怯な手を使ってもいい。絶対生き延びろ!』って命令に従っただけなんだ! ――――つまり、魔王を倒したのは俺じゃない! 俺に指示した親父なんだ!!」

…………なに? その無茶苦茶な三段論法。

いくらなんでも無理がありすぎるだろう?

それに、俺は命令したわけじゃない。旅立つ息子に助言をしただけだ。

そう思うのに、アモンは苦笑しながら頷いた。

「さすがにそんな言い訳は通じないと言おうとしたのですが、息子さんから聞くお父上さまのお話に私が興味をひかれまして。……なんでも『雇用対策法』とか『男女雇用機会均等法』とか、お父上さまは政治に非常に詳しいそうで」

俺は、まずいと思って視線を逸らした。

それは俺の前世の知識で、この世界には人間の国はもちろん他のどこの国にもないだろうものだ。

内心冷や汗ダラダラなのに、息子はイイ笑顔を浮かべた。

「ああ、俺にはちんぷんかんぷんな話だけど、親父はそういうことをよく言うんだぜ。――――国を発展させるには、社会のインフラだかテンプラだかの整備が必要なんだとか、生産性を向上させるには子供の教育だか調教だかが重要なんだとか」

鼻高々に自慢する息子に俺は頭を抱える。

インフラとテンプラはまったく違うものだし、教育はよくても調教はダメだろう。

アモンは、ニヤリと笑った。

「それは素晴らしいお考えです。お話を聞けば聞くほど、次の魔王にはお父上さまが相応しいと思えてきました。――――お父上さま、ぜひ我ら魔族の王となってください!」

俺はブンブン! と勢いよく首を横に振った。

いくら転生者だからって、村のおっちゃんの俺に魔王なんて無理だ!

「そうしろよ、親父。この家は、俺がアリサちゃんと結婚し守っていくから、親父は安心して魔王になっていいぜ!」

息子! お前、それは自分がアリサちゃんと結婚したいだけだろう!

面倒ごとを親に押しつけようなんて、なんて不逞な奴なんだ!

親の顔が見てみたい! ――――って、俺かよ!!

断固として断ろうとした俺の直ぐ横に、アモンがヒュンッ! と移動してきた。

狭い家の中なのに、瞬間移動なんて高等魔法を見せてくれなくてもいいのに。

「お父上さま――――これは、言うべきか迷ったのですが……『魔王を倒した者が次の魔王になる』……この掟は実に便利なものなのです。要は、魔の国にとって“イラナイ”魔王が立った時は、その判断をした者が“イラナイ”魔王を倒せばいいのですから」

アモンは、この言葉を俺の耳にヒソヒソと囁いて、意味ありげに息子に目をやった。

それは、ひょっとして“イラナイ”と判断した俺の息子を、アモンが倒すと言うことか?

俺の顔から音を立てて血の気がひいていく。

きっと真っ青になっていることだろう。

息子は、俺が手塩にかけて育てたたった一人の息子だ。

その息子の命をたてにとられたら、俺には頷く以外の道などなかった。

「…………わかった。俺が魔王になる」

「それは、ようございました」

「やったぜ! ありがとう親父!」

アモンは満足そうに笑い、息子は小躍りして喜ぶ。

「では、善は急げです。お父上さまには、今すぐ魔の国においでいただきます」

「え? 急だな。……もう少しゆっくりしてからでもいいのに。ま、でもいいか。親父が里帰りをしたいって言ったら、アモンさんが送ってくれるんだろう?」

息子は脳天気にそう言った。

アモンはニコニコ笑って「もちろんです」と答える。

その言葉が本当であることを俺は祈るばかりだ。

「それでは参りましょう、お父上さま」

アモンに手を差し出され、俺は渋々手を乗せた。


「…………ソロモンだ」


「は?」

「ソロモンだよ。俺の名前。お父上さまは、よせ。俺はお前の親じゃない」

ぶっきらぼうに告げれば、アモンは嬉しそうに微笑んだ。

「はい。ソロモン王。心よりお仕え申し上げます。――――あなたが私の期待を裏切らない限りは」

それが一番怖いところだ。


最後に俺は息子を振り返った。

「…………あ、そうそう、アリサちゃんだが、去年一つ年下の村長の息子と結婚したからな。お前、へんなちょっかい出すなよな」

俺の言葉に、息子はポカンと口を開けた。

「な? へ? そ、そんなぁ~!!」

涙を流しながら膝から崩れ落ちる息子に俺は背を向ける。

まあ、頑張れ。

父ちゃんも頑張るからな。


――――こうして俺は魔王となった。

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