第12話 会議

 アメリアがノックをする。


「どうぞ 」 


 澄んだ声。部隊長嵯峨惟基の実娘、嵯峨茜警視正の声が響く。そのまま開いた扉の中を見れば振り返るカウラと法術特捜担当ということで呼び出された実働部隊長のクバルカ・ラン中佐の幼い顔があった。


「なんだよ神前。髪の毛濡れたままじゃねーか……。西園寺。そんなに神前を急かす必要なんてねーんだぞ」 


 ランの言葉にむっとした表情のままかなめはランの隣の椅子にどっかと腰を落ち着ける。その大人気ない様子にカウラは大きくため息をつく。


「さあ、皆さんそろったんですから……」 


 なんとか和ませようと中腰で仲介するのは技術部の整備班長の島田正人准尉。隣にいるアメリアの部下のサラ・グリファン少尉も雲行きの怪しい誠達のとばっちりを避けたいというように頷きながらかなめを見つめていた。


「そろったと言うことで」 


 ホワイトボードの前に立つ茜が室内を見回す。


「まあな。それじゃあ何のためにアタシ等が呼ばれたか聞かせてもらおうか」 


 かなめの声に茜は微笑みで返す。


「実は最近演操術系の法術を使用しての悪戯のようなものが多発していますの」 


 紺の東都警察の制服が似合う茜。以前の主にこの豊川司法局実働部隊駐屯地に詰めっぱなしだったときの東和陸軍と共通の司法局実働部隊のオリーブドラブの制服とは違う新鮮な姿に誠は惹きつけられていた。


「例の件か……結局アタシ等にお鉢が回ってきたわけだな」 


 かなめの苦笑いを見ながら茜はなにやら端末を叩いている助手のカルビナ・ラーナ警部補に目を向けた。


 白いボードに何かの映像が映る。焼け焦げた布団。ばっさりと切り裂かれた積み上げられたタイヤの山。ガードレールが真っ二つに裂かれているのにはさすがの誠もぎょっとしてしまった。


「ごらんのようにボヤや器物の損壊で済んでいますが……」 


「おい待てよ」 


 話を進めようとする茜をかなめが不機嫌な表情で止めた。


「なんだよなんだよ。アタシ等の知らないところでこんなことまでやったのか?」 


「お前は馬鹿か?同一犯とは決まったわけじゃないだろ?」 


 立ち上がって叫ぶかなめにポツリとつぶやくカウラ。かなめは完全にカウラの言葉に切れていつものように一触即発の雰囲気が漂う。島田とアメリアはとりあえずいつかなめがカウラに飛び掛ってもいいように身構えているのが誠からすると滑稽に見えて噴出してしまう。


「神前君。不謹慎よ」 


 同じくにやけながら噴出した誠をサラがいさめる。


「どれも容疑者として上げた法術師はそんな意識は無かったと容疑を否認しているって訳だな……神前達が出会ったのもそんな事件の一つってことだな」 


 一人離れた場所からこの様子を見ていたランの言葉に茜は大きくうなづいた。


「恐らくはそうでしょう。ですが……」 


 そう言うと茜は従姉に当たるかなめに目を向けた。かなめは首筋のジャックにコードをつなげてネットワークと接続している最中だった。


「どの事件も発生場所は東都東部に集中しているな。それに時間も夕方6時から夜中の12時まで。唯一の例外が正月のアタシ等が出会ったボヤ。同一犯の犯行と考えるのを邪魔する要素はねえな」 


「馬鹿にしないでくださいよ。そんくらいのことは捜査官もわかって話してるんす!」 


 不愉快だと言うようにラーナが叫ぶ。茜は彼女の肩を叩いて頷きながらなだめて見せた。


「でもそれならうちよりも所轄に頼むのが適当なんじゃないですか?うちは豊川ですよ。どんなに急いでも都心まで出かければ半日は無駄にしますから。それに先日の厚生局事件の時に活躍した東都警察の虎の子の航空法術師部隊を待機させてローラー作戦でもやれば一発で見つかるでしょ?」 


 アメリアの言葉にもっともだと誠もうなづく。


「反対する理由は無いな。クラウゼの言うことが今のところ正しく見えるのだが……」 


 カウラも同意しているのを見てかなめはやる気がなさそうに端末につないでいたコードを引き抜く。


「オメー等の言うとおりだが一つ大事なことを忘れてんぞ。東都警察がこの種の事件に興味を持っていればって限定が入るんじゃねーのか?アメリアのような捜査手法をとるにはさー」 


 ランの一言。見た目は8歳くらいにしか見えなくても司法局実働部隊副長の肩書きは伊達ではなかった。そして自分達が遼州同盟の司法捜査官であり東都警察の捜査官と違うと言う現実に目が行った。


「確かに東和警察は解決を急ぐつもりは無いようです。どれも他愛の無い悪戯程度で済んでいますから……でも得てしてこういう愉快犯はいつか暴走して……」 


「要は大事になる前に捕まえろってことか?面倒だなあ。どうせならこっちに引っ越して来てくれるといいんだけど」 


「そんなに都合よく行くわけ無いだろ?」 


 かなめの言葉に突っ込むカウラ。そのいつもどおりの情景に誠はいつの間にか癒されるようになっていた。


「でもあれだぜ。あの正月の事件以来同種の事件は発生していねえからな。もしかすると……」 


 周りを見渡してにんまりと笑うかなめ。だが全員が大きなため息をついて白い目で彼女を見つめた。


「西園寺さん。もしかして犯人は現在引っ越し準備中で豊川近くに部屋でも借りに来ているとでも言うつもりですか?」 


 それまで沈黙を黙っていた島田の一言。隣では彼に同調するように赤い髪のサラが大きくうなづいている。


「でもあれだぞ!今の時期は年度末を控えていろいろ引越しとか……」 


「だとなんで豊川市に引っ越して来るんだ?」 


 呆れるを通り越して哀れみの目でかなめを見つめるカウラ。追い詰められたかなめは必死に出口を探して頭をひねる。そして手を打って元気良く叫んだ。


「そりゃあ法術を最初に展開して今みたいな状況を作ったアタシ等に復讐するため!」 


「あのなあ、西園寺。その発想は島田レベルだぞ……まあいいや。もし隊長の許可が出たら司法局にかえで達第二小隊を詰めさせるから。それで勘弁してくれよ」 


 ランの言葉に茜はうなづくとテーブルを整理始めた。周りの面々もそれぞれに立ち上がり持ち場へと急ごうとする。


「何だよ!テメエ等!寄ってたかってアタシを馬鹿にしやがって!」 


 怒鳴るかなめの肩にそっとランが手を乗せる。


「まあ良いじゃねーか。要は犯人を捕まえれば分かるってわけだ」 


 これ以上無い正論を言われてさすがのかなめも参ったというように肩を落とす。誠もカウラもこれから先彼女と付き合って捜査を行うだろう今後を思いやりながらそれぞれに席を立った。

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