消えゆく炎に魂を爆ぜて


 こちらは、出っぱなし様の「管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~」の二次創作となるコラボ作品です。第6章までのネタバレを含みますのでご注意ください。




 走馬灯そうまとうとは、回転しながら表面に影絵を映し出す照明器具である。


 中国で作られ、江戸時代中期に日本に伝来し、夏の娯楽品として親しまれている。


 人や馬が動き続けるそれは、さながら人生の縮図のようでもあり、死の間際に見かける光景としてたとえられている。


 なお、これらは本編とは一切関係ない。



 ………………………………



「ここは、いったいどこなんだ?」


 気が付くと真白の空間に俺はいた。前後左右、上下に至るまで全てが白に覆い尽くされ、自分の他には……いや、自身すらも認めることが出来ない。


 かつて、ギルドの依頼で険しい山中に足を踏み入れ、濃霧に包まれて方角を失ったことはあったが、それすらもまるで比較にならないほどだ。


 この有様では迂闊に動くのは危険だ。俺はその場に腰掛け――地面があるのかも定かではないが――ぼんやりと思考を巡らせていた。


 いつからここにいるのかは知らない。ついさっきのようでもあり、永遠に彷徨っていたような気もする。


 そう言えば、俺は何をしてたんだったか。冒険者として何か依頼を受けていたような気もする。まあ、どうせ全て酒代に消えていくのだが。


 そんな俺でも以前は王国の男爵位を叙爵じょしゃくした騎士だった。しかし、急速な出世が他の貴族の不興を買い、婚約者を国王に奪われてからは転落の一途を辿った。


 運良くギルドマスターの爺さんに拾われはしたが、かつての栄光はうに燃え尽き、俺の心は完全に冷え切っていた。


『力のないやつは、この世界じゃ何も出来ない。』


 そうさ、俺には力がなかった。愛する女性を守れなかった……いや、守ろうとすら出来なかった。だから俺には負け犬の人生がお似合いなのだと、そう思っていた。


 でも、そんな俺の心に火を灯してくれたアイツがいた。こんな俺を片腕として厚遇してくれた殿下がいた。そして、俺は今度こそ王妃を守るのだと誓いを立てた。


 そうだ、俺にはまだすべきことがある。こんなところで油を売ってる暇などない。早く皆のところに帰らなくては……。


「おぉーい、誰かいないのか!? いたら返事をしてくれぇ!」


 俺は立ち上がると、真白の空間へ声を張り上げて叫んだ。戦場では勢いが重要だ。味方を鼓舞し、敵を動揺させる、ウォークライという技術がある。


 しかし、ここでは誰も応えてはくれなかった。叫声が吸い込まれるように消えていく。それはまるで一切の生をも許さぬようで、次第に俺の心を焦りから諦念へと変えていった。


 曲がりなりにも俺は武力を頼りに生きてきた。故に、今の状況が何を意味しているのか、薄々と理解している。やはり、俺はもう……


「んっ、誰かおるんかぁ?」


 そのときだった。いつの間にか、目の前に男が立っていた。それは丸々と太った中年の男で、冒険者や兵士というよりも商人の印象を受ける。しかし、その割には特有の胡散臭さは垣間見られず、代わりといっては何だがどこか汚く見えた。


「何者だ? いや、それよりもここから出る道を教えろ」


 俺は剣を抜きながら目の前の汚いおっさんを尋問した。武器は持ってないようだが、素手や魔法を使う可能性もある。事実、俺の直感はこいつが只者ではないと警鐘を鳴らしていた。


「なんやお前さん、いきなりけったいな奴やな。ここはワイの作った世界やさかい、先走ったら出るもんも出なくなるで」


 汚いおっさんは俺の剣に動じることもなく、呆れるようにしてジェスチャーを返す。俺はその言葉を反芻はんすうしながら、自分の予想が正鵠せいこくを射たことを知り、ため息混じりに剣を収めた。


「ああ、お前さん、ひょっとしてデカタイムネ族のとこのもんか。いつもヒラタイムネ族と乳繰り合ってばかりおってからに、ワイも少しは挟まらせてほしいもんやで」


 言葉の意味は分からなかったが、恐らくは聖教会が唱える神のことなのだろう。信仰心など欠片も持ち合わせてはいないが、それが神秘の一端に触れることになるとは皮肉としか思えなかった。


「ワイの世界はまだ作りたてのホヤホヤでな。残念ながらお前さんを管理者にすることは出来へん。まあ、大人しく成仏しいや」


 ……そうか、俺はやはり戦いに敗れて死んでいたのか。


『力のないやつは、この世界じゃ何も出来ない。』


 あのとき、最愛の女性を国王に凌辱され、それでも奴を守る戦闘人形の前に、俺は一歩も動けなかった。


 大切な人を守れなかったことが悲しかった。でも、それ以上に……ことを後悔していた。


「結局は、ただの負け犬の人生だったな」


 俺は自嘲気味に呟いた。王妃、殿下、爺さん……そして、アイツの顔が浮かぶ。もう二度と会えず、そして合わせる顔もない。世界中の全ての人間が俺のことを嘲笑っているかのように思えた。


 しかし、なぜか目の前のおっさんだけは笑っていなかった。それは不覚にも神々しく、慈愛に満ち溢れ、そしてやはり汚かった。


「よーく思い出してみぃ、お前さんが死んだときのことをな」


 汚いおっさんの啓示を受けて、徐々に俺の脳裏に記憶が蘇ってくる。


 不貞の罪を着せられ処刑を宣告された王妃――


 俺たちはギルドを総動員して救出に赴き――


 マスターである爺さんを失い――


 そして、俺もまた戦闘人形の前に斃れた――


 その先のことは分からない。そこで終わってしまったから。何もかも途中で残して、俺の人生は幕を閉じた。


 もっと、やりたいことがあった。


 俺を抜擢してくれた殿下の力になりたかった。


 愛する王妃を結ばれなくとも守り続けたかった。


 俺の心に火を付けてくれたアイツの成長を見ていたかった。


 悔いはある、未練もある、口が裂けても満足だなんて言えやしない。それでも……


「今度は、ちゃんとやれたんだな」


 その結果は分からない。守れたのか、守れなかったのか、汚いおっさんは何も答えてはくれなかった。


『力のないやつは、この世界じゃ何も出来ない。』


 それでも、俺は。そこだけは、今度こそ間違えずに済んだのだ。


「あとのことは任せたぜ、アル……」


 天から伸びた光柱の先に、アイツの笑顔が浮かんだような気がした。




 幕

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