第17話 私、私の事を推してくれる人の為にロボに乗って戦います!

「……はぁっ」



あの衝撃の配信から3日が経過した。


知奈は店を早退してから一歩も家の外に出ず

ネットに入り浸る事しかしていなかった。


知奈はこれからどうすべきかは知っている。

しかし、割り切って動くだけの力が湧き起こらない。


八月朔日はVtuberだから、

例え配信を止めたからと言っても

この世界から完全に消える訳ではない。


アニメキャラの様にストーリーや台詞が

決まっている訳でも無いし、Vtuberは

リアルとのシンクロ率の高さが一番の特色だ。


彼は私の知らない所でこれからもずっと生きていく。

ほづみ君が望んで新しい事を見つけたのなら

むしろ喜んで送り出すのが正しい姿なのかもしれない。


しかし、頭ではそう考えられても

この現実を受け止めるのは決して容易な事ではない。


特に最後の配信をリアルタイムで

見る事が出来ないという事実は耐えられない。


推しに見てもらう為に頑張ってきたのに

それが原因で彼の最後の配信が見れないなんて

本末転倒過ぎる。



「なんやかんや言っても同好会とは

 正式に契約した訳でも無くお手伝い状態だし

 店長も許してくれている。だったら……!」



♪~♪~



その時、知奈のスマホから聞きなれた音楽が流れてきた。


「着信?誰からだろう……みぅだ」


正直、今は誰からの電話も取る気にはなれなかったが、

周りの現在の状況が気になるのも確かであり、

そしてみぅに謝りたい気持ちもあるので

そのままスワイプした。


「もしもし。みぅ?」


「ねいねちゃん……元気?」


凄く心配そうな声が聞こえてくる。


「うん。ご飯はちゃんと食べてるよ」

「よかったぁ」


「大学やお店に行かなくてごめんね」


「ううん。こっちは大丈夫だから気にしないで

 で、でね?ねいねちゃん……」

「ん?」


電話の向こうからでも緊張しているのがわかる。


「み、みぅ。どうしたの?」



「あのね? ロボバト決勝戦だけど、

 私、ねいねちゃんの代わりとして

 追放天使に乗ろうと思うんだ」


「はぁっ!!??」


知奈は思わず大声を出してしまう。


「い、いや、私はずっとねいねちゃんの傍にいたから

 操縦の仕方は良く知ってるし、ハンドクリックは

 ねいねちゃんよりずっと上手かったんだよっ」


頑張って明るく振舞っているが

強がっているのは声のトーンと震えで

わかってしまう。


「確かにみぅの射撃は凄かったけど……違うでしょ!

 そもそも、戸坂会長がOKする訳無いわ」


「お願いして明日、採寸してもらう事になったよ。

 急場しのぎだけど最低限の動きは出来るって」


「えっ!?」


それを聞いて知奈はかなり驚いた。


自分の意見を突き通すあの戸坂会長が

私以外の選択肢も入れたという事実。


勿論内海さんとかも色々動いたんだろうけど、

みぅがかなりゴリ押ししたのは容易に想像出来る。

彼女はそういう事が出来る娘なのだ。


みぅの優しさはとても嬉しいし

思わずその言葉に甘えたくなる。



しかし、だからこそ……



「……ううん。みぅが追放天使になる必要は無いわ」

「えっ?」


根っからのインドア派であるみぅは

こういう舞台は未経験だろう。


何よりロボバトの実戦を人一倍怖がっている。

そんな彼女に出場をお願いするなんて出来ない。


私のワガママにこれ以上付き合わせる訳にはいかない。



「大丈夫。きっと私は大丈夫だから

 お願い。少しだけ時間を頂戴?」

「う、うん……」


「とにかくみぅは乗らないでね?いざとなったら

 戸坂会長が天使になればいいんだからw」


「あ。それちょっと見てみたいかもw」


おそらくみぅも会長の制服姿を想像したのだろう。

少しだけ雰囲気が柔らかくなった気がした。


……


「あ、そうそう! ねいねちゃんが帰った後

 まりぃさんが血相を変えてお店に飛び込んで来て……」

「やっぱり来たのねw」


それからしばしの間、二人は他愛のない雑談を楽しんだ。


「あ。晩御飯みたい。呼ばれちゃった」

「うん。結構喋っちゃったね。……みぅ?」

「うん?」



「本当にありがとう!」



知奈はみぅへの気持ち全てをこの一言に込める。



「うんっ! また後でね!」



そしてみぅもそれを受け止めて。同じように返して

そのまま電話を切った。



通話が終わってまた一人の時間が始まるが

知奈は今までとは違う穏やかな気持ちになっていた。

勿論それはみぅのおかげだ。



「……あっ。今日の配信はいつもより早いんだった

 先にお風呂入って準備しなきゃ!」



”大事なお知らせ”以来の配信になるから

正直どんな心境で見れば良いか不安だったが、

今ならいつも通り楽しく見る事が出来そうだ。


早くほづみ君の声が聞きたい。

知奈は心からそう思った。



……

………



「だからさ、サンプルさんもこのアニメは

 絶対観た方が良いって」



八月朔日の雑談配信が始まって30分。


やはりサンプルさん以外の視聴者も多く、

最後の配信とかについてのコメントも時折見かけるが

構わず配信はいつもと同じ感覚で過ぎてゆく。


知奈が八月朔日の配信の中でも雑談系が好きなのは

この穏やかな空気感による所が大きい。


特に口数も少なくBGMすら流れない

作業垂れ流し配信はまるで同じ部屋にいるかのような

感じがして大好きなのだ。



しかし、流れるコメントを見て

何かを思い出したかのように

八月朔日は話の流れを変えてきた。



「……あっ。そうだ。

 今日は言っておきたい事があったんだ」


「本当は個人に向けてこういう発言するのは

 あまり良くない事だとは思うけど……」



”んっ?”

”どした?”



知奈も他のサンプルさんもその言葉に反応した。

一体どのような”お気持ち表明”をするのか……


八月朔日は少し間をおいた後

ゆっくりと話し始める。



「みんなも知っているように僕は

 来週日曜、ここで最後の配信をします」


「しかし、サンプルさんの中にはその日大切な事、

 大事な大会がある人もいるのを知っています」



……大会!?



知奈はいきなり出てきたその単語にドキっとした。


「迷惑になると思うのであえて名前は出しませんが

 本人には伝わると思うのでそのまま続けます」


その発言を受けてコメント欄が一気にざわつくし

ねいねの事だと気づく者も当然いる。


普通Vはこういった個人に向けての

メッセージは異例中の異例だ。

いくら個人勢でも普通そんな事はしない。


「僕の休止配信を見るために大会を

 欠場するかもしれないという噂を聞きました」


「でも、そんな事はしないでください。

 僕が推している人が僕の所為で欠場するのは

 とても悲しい事なんです」



えっ……!

思いもしなかった言葉に

知奈のドキドキが止まらない。



「大丈夫です。僕はあなたを悲しませるような事はしません。

 だから、その日はその大切な事に集中してください」


「僕はあなたの勇士をとても楽しみにしています。

 決勝戦、頑張ってください」



その言葉を最後に配信は元の雑談に戻っていく。

大騒ぎしていたコメント欄もゆっくりではあるものの

少しずつ平常の流れになっていった。



「ぅえぇぇっ…!!」


知奈の目から涙が溢れて止まらなかった。



ほづみ君は間違いなく私の事を言っていた。


この前のマイク事件で私がほづみ君推しという事は

一部で暗黙の了解となっていたし、

それが原因でロボバト関連の話題が減ったのも感じていた。


そして、おそらく先日のお店でのやり取りが

どこからかほづみ君の耳に入ったのだろう。


それで彼は配信を見ているであろう

私に向けてメッセージを送ってきた。


しかも配信中のリスナーへの私信という

ある意味タブーとも言える行為で。



「……ずるいよ。ほづみ君」



あんな事言われたら、私は決勝戦に出て

あのカイエンに勝たないといけなくなったじゃない……!



「私、私は……」



もう泣かない。もう迷わない。

私がすべき事はもう決まったのだから。




―私、私の事を推してくれる人の為に

 ロボに乗って戦います!―


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【次回予告】

【12月12日更新!】


遂に始まるロボバト最終日。

様々な人の思惑と共に

巨大な幕がゆっくりと開いてゆく…!


次回 推しVロボ第18話

今年のロボバトは最高ですね


お楽しみに!

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