眼の前のメリーさん
桐山じゃろ
僕とメリー
夏休みも残りあと一週間。
僕は宿題を全くやっておらず、今現在急ピッチで答えを写している最中だ。
だから邪魔をしないで欲しい。
さっきから、そう言ってるよね?
「私メリーさん。今あなたの眼の前にいるの」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、巫山戯た口調で僕の邪魔をしているのは、
家は隣同士。親同士の交流もある。近所には他に年頃の遊び相手が居ない。
幼なじみとして役満揃ったメリーは、事ある毎に僕の目の前にやってきては、先程の台詞を繰り返す。
なんでも、メリーと同じ名前の都市伝説を模しているのだそうだ。
その都市伝説とはこうだ。
ある少女が引っ越しの際、古くなった人形を棄てた。
引越し先での生活が落ち着いた頃、その少女のもとに一本の電話が掛かってくる。
『私メリーさん。いま✕✕✕にいるの』
人形のはずのメリーが電話をかけ、言葉を発するだけでも十分に怖い話だが、これには続きがある。
メリーは電話の度に自分の現在地を告げてくるのだが、それが電話を掛けてくる毎に、少女の引越し先に近づいてくる。
少女は怯えて電話を取らずにいたり、電話線を引っこ抜いたり、親戚の家へ逃げたりしただろう。
それでも電話は鳴り、少女は電話に出てしまう。
『私メリーさん。いま貴方の後ろにいるの』
少女が後ろを振り返ると……。結末は凄惨なものだ。
中学生の僕でもスマホを持ち歩く時代だから、この話を初めて聞いた時、電話線や受話器という単語にまずピンとこなかった。
しかしスマホの時代だからこそ、
メリーさんは時代の先を行っていた怪談話なのかもしれない。
……って、今はそんな事考えている場合じゃない。
やってもやっても宿題が終わらない。
「私メリーさん。今あなたの眼の前にいるんだけど、お茶くらい出してよ」
眼の前のメリーは宿題を手伝うどころか、僕の手を宿題から手放そうとしてくる。
お茶のある場所くらい、知ってるだろう。勝手に飲んでろ。
「私メリーさん。今あなたの眼の前にいるんだけど、スマフラしよ?」
スマッシュフラッシュは複数人で遊ぶと友情が崩壊しても遊び続けてしまうという恐ろしく面白いゲームだ。
だから、それどころじゃないと何度言ったら分かるんだ。
僕はメリーを睨みつけた。メリーは口元に笑みを浮かべたまま、首を傾げた。
「私メリーさん。今あなたの眼の前にいるの」
知ってるよ。何度言うんだよ。それしか言わないbotか。
僕はため息をついて、宿題に向き合う。
何冊目かのノートが終わり、次のノートに手を付ける。
毎年こうだ。毎年、宿題を後回しにして自分で自分の首を絞めている。
メリーは毎年ちゃんと計画を立てて宿題を終わらせられるタイプだ。今はこうして馬鹿なことをしているが、頭はいいのだ。納得いかないが。
「私メリーさん。今あなたが目の前にいるの」
台詞が突然微妙に変わった。言い間違えたのだろうか。
何度も聞いているうちに、僕はメリーの口から出る音を環境音として認識し始めていた。
図書館の静かな物音、カフェのジャズ、フードコートのオルゴール。
そこに、子供の泣き声が、エレキギターが、ボーカロイドが混じった気分になる。
僕はメリーの顔を久しぶりに見た。
何年かぶりにまともに見るメリーの顔は、随分と大人びていた。
短かくしていた髪はポニーテールが結えるほど長くなり、ぺたんこだった胸もしっかり膨らんでいる。
頬杖をついている仕草もどこか、色っぽい。
僕と同じ中学生のはずなのに、いつのまにこんなに成長していたのだろう。
「私メリーさん。今あなたが眼の前にいるの。どうして?」
どうして、はこちらの台詞だ。宿題を終わらせなくちゃいけないのに、どうしてメリーが僕の部屋にいるんだよ。
「おばさんに相談されたときは信じられなかったよ」
メリーとまっすぐ視線を合わせてから、あの馬鹿みたいに繰り返した台詞をまるっと言わなくなった。
「最初は鉛筆だったんだって。しまい忘れてたのが、この前の地震で転がって出てきたのかと思ったって」
何の話だ。地震なんてあったか?
「次はテーブルにノートが広げてあって」
メリーが指差すのは、僕が終わらない宿題を書き続けているノートだ。
……この宿題、量が多すぎやしないか。
書いても書いても、残量が減らない気がする。
「次に、下半身。おじさんに相談したら、病院へ行けって言われたって。おばさん、泣いてたよ」
メリーの言うおじさん、おばさんとは僕の両親のことだ。
下半身って、誰のだ? メリーは一体、何の話をしている?
「それから日毎に上半身も生えるみたいに出てきて……おばさんに頼まれた私が今、君の前にいるの。何を話しかけても反応なかったから、なんとなくメリーさんごっこしちゃったけど、やっと気付いてくれたね」
メリーの両目には涙が盛り上がっていた。
「私メリーさん。今あなたが目の前にいるの。あなたは二年前に死んだのに」
僕は二年前、小学5年生のときに死んだ。
毎年終わらない夏休みの宿題が嫌で嫌で、どうにかやらない方法はないかと考えていた。
思いついたのは、最悪な手段だ。
宿題をやらなきゃいけないなら死ぬ、なんて言って、僕は二階から飛び降りるフリをして……両親の眼の前で、足を滑らせた。
僕は毎年、夏休みが終わる一週間前になると、メリーの前にだけ現れた。
「私メリーさん。今あなたの眼の前にいるの。あなたはもう、宿題なんてしなくていいのよ」
最後にメリーの手に、触れた気がした。
眼の前のメリーさん 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro
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