真剣勝負
幸村と妖刀が
「氷霧、氷結結界」
双葉はフィンクに深傷を負わせてしまった立場で何も言うことが出来ずにただ呆然と眺める事しか出来なかった。
アゾットは自らも深傷を負いながら這うようにして氷の棺に進みながら、青い少女を殺意を込めて睨みつける。
「何をした・・・まさかお主も人外あったとはな。・・・お冬、フィンクに何をした!」
「だまりなさい!! よくも、よくも・・・よくもフィンクさんを死ぬ目に遭わせましたね!? 許しません。絶対に。あなたの事など認めてなるものですか!!」
「く・・・だ、だが、ここにはあの魔剣が人には越えられぬ結界を張ったと言うておった。なぜ、フィンクは入ってこれたのじゃ・・・!」
「あなたほどの付喪神が分かりませんか。教えるつもりもありませんが。・・・もっと早く、辻斬りの正体が妖刀だと判っていれば・・・
「何の説明にもなっておらん! 妾は・・・妾とて、フィンクを守ろうとー」
「守れていないではありませんか!」
お冬にピシャリと咎められてぐうの音も出ず、アゾットはほぞを噛みながら妖刀と対峙する幸村に視線を向ける。
双葉が呟いた。
「フィンク殿は、おそらく半妖なのです。あれほど綺麗な波長の妖気を持った方を、私は見たことがなかった。なぜ、術者にならなかったのでしょう。なぜ、剣士の道を選ばれたのでしょう。稀有な実力を持った存在になれたでしょうに・・・」
双葉の言葉はしかし、アゾットには届いておらず、お冬もそれを聞き流していた。
フィンクが氷の棺で眠る中、幸村と妖刀の睨み合いが続く。
今にも刃が交わされそうな状況でありながら、二人の剣士はジリと間合いを測るように右に左に摺り足で互いの出方を伺っていた。
詰将棋。
武士同士の一騎打ちは度々そのように言われる。
側から見ると、ただ切先を向け合ってじっと相手の出方を伺っているだけだが、対峙する者達の間では目に見えない戦いが激しく続いていた。
視覚化できる者がいたら彼らにはきっとこう写っていることだろう。
二人の分身が、闘気の侍姿が刀を燕のようにひるがえして振るい、刃と刃がぶつかり合い、黄色い花火をチリチリと散らしているように。
幸村が、妖刀を持った浪人が歩幅を肩幅ほど開いて摺り足で、時に大股に地を蹴り、袈裟に斬れば刃を横に薙ぎ、一文字に振えば逆袈裟に斬り上げて打ち払い、突けば突き返して互いの刀を捉えて時計回りに打ち払い、縦一文字に振り下ろせば目にも止まらぬ勢いで後退って紙一重で躱す。
激しい攻防を互いの闘気をぶつけ合う中で、時計回りに、あるいは反時計回りに摺り足で位置を取っては時折前に一歩踏み出し、踏み出されては一歩下がり、間合いには入らせない。
ジリジリと続く無言の攻防。
妖刀を持つ浪人は冷や汗が目立ち始めていたが、幸村に至っては動じることもなく涼しい顔をして静かに浪人を見据えていた。
(全く隙がない。これほどの強者に出会うとは面白いものよ)
妖刀は幸村との立ち合いを喜び、強者の血をその刃で啜れる事に歓喜している。
(我が剣気に動じず、一切を受け切るか。人間ながら面白い奴よ! 次の傀儡体にその身体、頂くとしよう)
幸村は妖刀と対峙して考える。
(良い腕だ。並大抵の武士では太刀打ち出来まい、小嵐三姉妹には荷が勝ち過ぎたか)
ジリジリと闘気のぶつけ合い、手の読み合いをしながら、しかし彼にははっきりと妖刀の呼吸が見えていた。
だからこそ、一手が動けば確実な返し手を打つ事ができる事、手前から動いて手を誘い斬り捨てる確実な手応えを感じ取っていたが、決して油断はしない。
妖刀を持った浪人が口を開いた。
「たいがい、我が剣気を浴びれば不用心に斬り込んで来るような者ばかりであったのだがな。クック、貴様は慎重な事よ。良い腕をしている」
「そうか。其の方、幾人の無辜の民を斬ってきた」
「貴様を斬れば百人よ! 斬った数を知るは狩る者の嗜みであるからな」
「フム。では其方の悪逆非道な振る舞い、ここで俺が止めて見せよう」
「出来ぬ事を申す! ただの人の身でこの妖刀村雨が一刀、止められるものなら止めてみせるが良い!!」
どれほど鍛えていようとも、人の身では決して妖刀の域には到達できない。
妖刀はそう、たかを括っていた。
闘気のぶつけ合いで有効な太刀筋が見出せなかったのは、確かに目の前の身なりの良い侍の実力であろうが、いざ斬り合えば妖刀である自らの太刀筋に人が追いつけるはずもない。
故に、妖刀は躊躇うことなく大きく踏み出し幸村に向かって袈裟斬りに斬りかかった。
そして、幸村はそれを待っていた。
妖刀は知らなかった。
彼に挑んで斬り捨てられた者達は皆、妖刀に対する有効な太刀筋が見出せないままに、いざ斬り合えば自分の刃が先に届くはずだと自負していた者達であった事を。
そして、今まさに自分がその思考の元に動いてしまったのだと言う事を。
「その血、その身、頂戴いたす!!」
その場にいた誰も、妖刀の繰り出す瞬足の一太刀を目で追う事は出来なかったが、幸村だけは刃が振り下ろされるよりも速く浪人の心臓目掛けて鋭い突きを放った。
小賢しい、妖刀はそう思って袈裟斬りに振り下ろした刀の刃を合わせて反時計回りに斬り払い、幸村の手の中から見事に刀を奪って天高く弾く。
弾いた手で八相に刀を流して型から勢い幸村を斬り捨てんとしたところに、幸村は左肩から浪人の胸に打ちかまして両手で手首を取って左に受け流しながら腰の脇差しを抜刀しざまに腹を一文字に掻っ捌いた。
(なん、だと!?)
妖刀は驚きを隠せない。
詰将棋とは、言い得て妙である。
幸村は剣速では僅かに妖刀に劣っていたのかも知れない。
だが「次の一手」を知る者は、先んじてその「一手前」を打つ事が出来る。
幸村ははなから「呼吸」が見えていたからこそ、妖刀が前に出た瞬間に刀を捨てる一手を打って懐に飛び込んだのだ。
腹を掻っ捌いた勢いのまま、浪人の腕を引いて上に跳ね上げるようにして右腰に抱え込むように体を引くと脇差しを手首に添えるようにして思い切り捻った。
ズシュと浪人の手首を骨まで断ち、幸村が妖刀を握りしめたままのかの者の手を投げ捨てる。
腹を裂かれ、手を切り取られてしまった浪人が驚愕の表情で中腰のまま地面をじっと眺めて言った。
「な、何故だ・・・これは、一体どういうことだ・・・」
「悪は討たれる、ただそれだけの事」
仁王立ちして脇差しを振るい血を切る幸村。
三姉妹に向かって叫んだ。
「一美、双葉、三江! 姿の解放を許す。封魔の一族が力、俺に見せてみよ!」
「「「はいっ!!」」」
三姉妹が毅然として立ち上がり、双葉に続いて一美と三江も背中に大きなカラスの翼を発現させて刀を抜刀し切り落とされた浪人の手に、いや、その手に握られた妖刀の周りに正三角形に飛翔して降り立つと、刀を腰に溜めるように右手で構えて左手で印を結ぶ。
「「「リンピョウトウシャ、カイ、ジン、レツ、ザイ、ゼン! 悪鬼悪霊、ことごとく、封滅せしめん天の牙。レイゼン・ホウ・ア・クシタリ・ソワカ、レイゼン・ホウ・ア・クシタリ・ソワカ。悪霊退散! えい!えい!えい!!」」」
印を結び指で勢い空を切ると、三姉妹が刀の切先を天に向け正三角形陣を作り上げた。
「ナム消滅奉る、ナム消滅奉る! 護法! 封魔! 滅殺陣!!」」」
『ギイイイインンン! ギャン! ギャギャーーーーーン!!』
耳障りな金属音が、金切り声の悲鳴とも聞こえる破壊音が鳴り響いた。
三姉妹の術の中で、妖刀村雨の一刀はその刀身に持っていた妖力を破壊されて、その刀身も真っ二つにたち折られて、存在その物を掻き消されたのである。
糸が切れた操り人形のごとくその場に崩れ落ちる浪人。
幸村は、満足げに笑って三姉妹を労った。
「見事。よくぞ役目を果たした。これにて幕引きである」
「「「はい、幸村様!」」」
一美は女の顔で喜び、三江もまた上気した頬で微笑んでいたが、双葉だけは辛そうに俯いて破壊した妖刀をただ見下ろしている。
幸村は脇差しを納刀すると、双葉の肩に右手を置いて言った。
「行ってやるが良い。其方の想い人にはすまぬ事をした」
「いえ・・・いいえ、幸村様。未熟な私がいけないのです。我を忘れて飛び出さねば、フィンク殿と力を合わせることが出来ていれば、あのように傷を負わせることはなかったのです」
「ならば側に居てやるとよかろう。今の其方ならば、出来ることはあるはずだ」
「・・・はい、幸村様!」
一つ羽ばたいて氷の棺に飛翔する双葉。
三江が頭の後ろに手を組んで笑う。
「双葉姉様の趣味はわっかんないなあ。なんであの弱っちい異人にあんなにもご執心なんだか」
「今はわかるまいが、いずれ分かる日も来よう。三江、ひとっ走り与力を呼んで参れ」
「かしこ!」
軽く敬礼して駆け去っていく三江。
一美はしおらしく幸村の腕に絡みついて震える身体で甘えた。
「申し訳ありません幸村様。敵の正体を暴くのが遅れたどころか、足留めすら満足に出来ず」
「気に病むことはない。皆が無事で良かった」
「けれど、フィンクさんがあのような・・・」
「大丈夫だ。あの者ならば、そう簡単に死にはせぬ。それより一美」
「はい、幸村様」
「かの者、フィンクと申したか。良い
「幸村様、まさかフィンクさんを忍びに?」
「だめか?」
「いえ、決してそのような。ですがあの風体、アザイの民の中では浮いてしまいます。出来るでしょうか」
「目立つから出来ることもある。それに腕前はともかく、単身ここまで乗り込めたのは才能であろう。俺とて三江やお冬殿の助けが無ければ辿り着くことは出来なかった」
「幸村様・・・承知致しました。それとなく手を打ってみます」
「頼む」
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