可愛い先輩に嘘をついた

伽藍

第1話

「実は今日……親が死んじゃったんだよね……」



 もっさりとしたボブヘアの先輩は、顔を俯けながらいきなりそう言った。正直、この人はよく僕に嘘をつくし本当なのか分からない。それに――



「なーんてね! どうビックリした? 今日、エ・イ・プ・リ・ル・フ・ー・ル・だよ?」


「……どうせそうだろうと思ってましたよ」



 僕は先輩を軽くあしらい、落ちかけたメガネを上げ直した。先輩から勉強しようだなんて言い出したのに、直ぐにふざけて僕をからかおうとしてくる。これじゃ大学落ちるぞ。



「……先輩、ついて良い嘘と悪い嘘があるって理解してますか?」


「ウグッ!」


「それに図書館でする話ですか? しかも朝から。後エイプリルフールで嘘ついていいのは午前中だけです。午後になってから二度と嘘つかないでくださいね」


「すみません……」



 先輩はそれから何も話さず、黙々と数学を解いていた。悪意があったわけじゃない。流石に先輩が可哀想になってきた。

 そうだ、僕も一つ嘘をついてみよう。騙されたと分かれば先輩も嘘をつかれる気持ちってのが理解できるだろう。



「先輩、そういえば僕入院することになりました」


「え? ……いや、嘘だな? 仕返しだろっ!」


「……そうですよね、そう思いますよね。後こんな話は図書館ですべき話じゃなかったです。黙っておきます」


「むっ」



 しばらく沈黙が続いた。先輩はずっとムッとしたまま数学に取り込んでいた、が五分も経たずに問題で躓いたようだ。

 先輩は今にも泣きそうな顔で僕を見つめてくる。いつも先輩が僕に助けを求める時にする表情だ。仕方なくその問題を手伝う事にした。



「――先輩、因数分解苦手ですよね」


「何というか……概念? がね、難解にさせているような気がするんだ」


「難しい言葉使っても伝わりませんよ? まあこれなら僕でも分かるので教えますよ。ここはたすき掛けを使ったらすぐに解けます」


「た、たすき掛け……?」


「じ、冗談ですよね」


「は、ハハッエイプリルフールだからね、分かるさ勿論!」



 意気揚々と先輩は式を書き出したが、何一つ当たっていない。この人、文系の科目は殆ど満点だけど理系になると一気に弱くなるんだよなあ。そこが面白いんだけど。



「たすき掛けはですね、こことここを掛けた数を足し算して等式になればいいんです」


「な、なるほど?」



 明らかに理解できていない表情を見て笑いをこらえる。そうして説明していくうちに眉も下がり五分で理解してもらえた。



「なぁるほど! こんな簡単な問題解けないと恥ずかしいな!」


「ハハッ、そうですね。それ解けないと落ちますよ大学。あっ、嘘じゃないですよ?」


「今日なんか当たり強くないか……? なぁ、もう結構勉強したし、十一時だから食べに行かないか?」


「分かりました」



 そうして僕達は図書館を後にした。




 * * *

 今日のお店は先輩に決めてもらい、当日まで教えないと二人の約束事があるが、大抵はお互いに行った事のある場所を選んできたが、今日来たここは来たことない、オシャレな店だった。



「オシャレだろう? 暇な時に見つけたんだ! ここは何もかも完璧なオシャレスポット! 君と来るって決めてたんだ」


「そ、そうですか……なんか、緊張するんですが」


「まあまあ、さっさと入りましょ!」



 るんるんと店内に入っていった。僕もそれに続いていく。店内は静かで落ち着いている。メニューを見ると、オシャレな食べ物しかなかった。


「パ、パンケーキか」


「まだ迷ってるの? しょうがないなぁ、私のおすすめ5選でいくわよ!」



 先輩が勝手に頼みだした。まあ、楽だからいいか。

 暫くすると料理が運ばれて来た。量が多くて食べ切れるか心配している僕を置いて満面の笑みで先輩は食べ始めた。それを見て僕も食べ始めた。



「…………そういえばさぁ、さっき言ってたこと……本当、なの?」


「そうですよ。今日先輩と勉強する口実で来たのはそれともう一つ伝えたい事があるからです」


「…………! それで……もう一つの事は?」



 思った通り、先輩はくいついてきた。そのまま僕は話をした。



「好きな人が出来ました」



 僕がそう言うと、先輩が握っていたスプーンが床に落っこちた。



「ち、ちなみに……だれ? 私が知っていると思わないけどさ」


「佐藤。佐藤日和です。確かバスケ部です」


「あー……めっちゃ上手いって言われてるあの子ねー……へ、へーそうか」



 先輩はたどたどしく話しながら床に落ちたスプーンを拾うために机の下に潜った。

 ドンと鈍い音と共に頭をぶつけるほど動揺していた。まさか、先輩僕以外に友達居ないのか? きっと先輩は僕から一緒に勉強会をしないと勘違いしてそうだ。



「……に、入院は」


「僕、生まれつき心臓が弱くて今までは運動を控える事で何も無かったんですけど、最近急激に病状が悪化したので入院する事になりました」


「死なないよね?」



 一言、先輩が言った。店内は沈黙に包まれた。



「……死にはしませんよ! だってそこまで重くないですから!」



 そう僕が言うと、先輩は泣きだしてしまった。僕は突然過ぎて慌てふためいてしまった。



「え、ええっ! ちょっと、泣かないでくださいよ!」


「ううん、良かったって思った。ちゃんと私以外に友達いそうで。佐藤さんと君が繋がってほしいと心から願ってるし、入院している間は私がどうにかして、結びつけてみせるから!」


「え、いやいや……う、嘘です! 今日、エイプリルフールですよ!?」



 罪悪感に勝てず、とうとう勢いで白状してしまった。



「……え、嘘?」


「そうです、だから泣かないでください!」


「……へ、へへへっ」



 突然、先輩はニタニタと笑いだした! さっきまで大粒の涙を垂らしていたのに今度は妖怪みたいな顔をしていた。



「嘘って知ってたよ? 本当に泣いたと思ったー? 普段から嘘ついてる私信じるなんてチョロいね」


「……え……な、なんですかそれッ! めっちゃ心配したじゃないですか! 一つ嘘つかれたから、僕も返してやろうと思ったのに!」



 僕が嘘をついてやったのに、何だか嘘つかれた気分だ。少し怒りが湧いてきた。



「……でどっちも、嘘なんだろ?」


「……え?」


「入院も、好きな人が出来た事も嘘なんだろ?」



 笑顔で僕の目をレンズ越しに見つめてくる。悪意のない表情が僕を震え上がらせた。チラリと掛け時計を見、再度先輩を見た。



「入院は、本当です」


「……は? いや、そんな訳」


「嘘は好きな人が佐藤さんだってことだけです」



 そうだ。その一点だけ嘘をついた。他は、紛れもなく真実だ。ポカンと口を開けたままの先輩に話を続けた。



「……新学期、僕は迎えられないんですよ。入学式の頃には病院です。今日は先輩と会う最期の日で、思い出を作れる最後の日です」


「先輩、そんな悲しい顔をしないでくださいよ。先輩にだって友達は出来ますし、大学だって今から努力すれば受かりますよ。だから、僕の代わりに頑張ってくださいよ」


「お金、僕が払っておきますね。この店は良いですね。パンケーキ、美味しかったです。……だから一旦出ましょうか」




 それから僕達は無言で会計を済まし、店を出た。それからの帰り道は二人とも何も話さない。着々と先輩の家に近づいていった。



「なあ」



 先輩の家に辿り着くと、先輩が重い口を開き、僕に話しかけた。僕は足を止めた。



「お前、私の事好きだろっ? じゃなかったら、入院前にデートに誘わないだろっ?」


「何を言い出すんですか、そんなわけ……」



 そう言いかけた時、ハッと思い出した。先輩と初めて出会ったときを。その頃から心臓病が悪化し始め、入学してすぐに図書館に通い出したある日、一人で勉強している先輩を見つけた。偶然隣だったから、分からない所を解かされた。それから僕達はこうして勉強を教えあっていた。今思えば、高校に入ってから先輩との思い出しかない。



「図星だね?」



 先輩を無視して再び足を動かさそうとしたが、腕を掴まれ逃してもらえなかった。



「君が良いなら、私が彼女になってあげる。――そうすれば、君は後悔しないだろう? 抱き締めてあげるよ」



 そう言って先輩は無理矢理僕を抱き締めた。服越しの先輩は柔らかくて、髪からは上品な香りがした。



「……ありがとう、ございます。最高のエイプリルフールになりました」



 僕がそう言っても先輩は離さなかった。



「僕も好きですよ、先輩」



 思わずこぼれ出た。僕が空を仰ぐと、綺麗な花吹雪が舞っていた。



「……ハハ、君、もう午後じゃないか」


「……言って良い嘘と悪い嘘がありますよ、先輩」


「……『エイプリルフールで嘘ついていいのは午前だけです』」


「……先輩?」


「『午後になってから二度と嘘つかないでくださいね』」



 桜が綺麗に咲いていた。

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