いじめられていた子を助けたら妻になりました。

MiYu

第1話 救い

いじめ。

それは、表向きに発覚することはほぼ無い。

誰かに助けられるなんてこともほぼ無い。

それでも、誰かは気付いている。

それを見て見ぬふりする者もいる。

しかし、それでも助けたいと思う者も確実に存在する。


「(また落書き…)」


とある女子高生はいじめを受けていた。

内容は、物に落書きや物を隠されたりなど。

日によっては、バケツの水をかけられたりだ。

いじめを受け始めたのは、高校一年生の7月辺りからだ。

そして今では、3月…。


「(はぁ…)」


彼女は、どこか遠くを見つめていた。


「(引き出しには…手紙?脅迫文とかかな…)」


彼女の机の引き出しには、手紙が入っていた。

その内容は、放課後一人で旧校舎の教室に来ることだった。


「(もう嫌だな…)」


荷物を持ち、教室を後にした。

彼女が向かった先は、屋上だった。


「高いなぁ…」


彼女は、屋上の手すりから身を乗り出していた。


「ねぇ」


屋上には、彼女以外にもう一人居た。


「ここでの自殺はおすすめしないぞ」

「あなたは誰?」

「人に名前を尋ねる時は、まずは自分からだろ」


彼女の前に現れた男は、彼女に言い返した。


「私は、桐島雪香きりしまゆきか。それであなたは?」

「俺は、紅羽柊人くれはしゅうと。よろしく」


こうして2人は、運命の出会いを遂げる。


「それで、桐島さんは手すりから身を乗り出してるけど何をしようとしてたんだ?」

「さっき紅羽君が言った通り自殺だよ」

「そうか。それは困った。俺は、目の前で人が死ぬとこを見ないといけないのか」

「何が言いたいの?」

「俺の目の届かないところでやれ」

「あなたには心が無いの?」

「さぁ…」

「何で自殺するのか聞いたりしないの?」

「別に」

「そう」

「ああ」


2人の会話が途絶える。


「…じゃあさ死ぬ前に何があったか聞かせてくれよ」

「何で?」

「なんとなく」

「あなたは、本当に心が無いみたいだね」

「心に響く良いキッカケかもしれないぞ?」

「ふざけないで」

「はいはい」

「それで、あなたは私の話を聞きたいの?」

「正直どうでもいい」

「あなたね!!」


桐島は、紅羽の態度にイライラする。


「お前は、このままで良いのか?」

「はぁ…?」

「だからお前はこのままで良いのかって聞いてんだ」

「何を…」

「お前の事情は俺は何にも知らないし、興味もない。だけど、お前はここで死んでいいのかって聞いてんだ」

「っ!!」


紅羽の言葉に、桐島は息をつまらせる。


「じゃ、じゃあどうすれば良いのよ!!私は、もう我慢できない!!誰も信用できない!!それなのに死ぬななんて…どうすれば良いのよっ!!」

「…」


桐島は、思いの丈を紅羽にぶつける。


「気が済んだか?」

「はぁ!?」

「それでお前は死にたいの?それとも生きたいの?」

「そんなの死にたいからここに立ってるんじゃない!!」

「それもそうだな。すまん」


桐島は、紅羽の態度に怒りを募らせるばかりだった。


「もう放っておいてよ!!」


そう言って桐島は、手すりから手を放し、屋上から身を投げる。


「…何でよ」

「何がだ」

「何であなたは私の手を掴んでいるの!!」

「だから何となくだよ」

「何で放っておいてくれないの」

「それもなんとなくだ」


紅羽は、屋上から飛び降りる桐島の手をしっかりと握っていた。


「あなたは私の苦しみなんて分からないでしょ!!」

「そうだな」

「なのに何で!!」

「文句なら上がってからにしてくれない?そろそろ手が辛い」

「じゃあ放せば良いじゃん!!」

「そうだなぁ。じゃあ俺も一緒に落ちるか」

「はぁ!?」

「心中って奴だな。どうする?お前は、大して知らない男と一緒に死ぬことになるぞ」

「どう言っても離さないのね」

「ああ。その通りだ」

「…」


桐島は、どこか諦めたように屋上の手すりに摑まる。


「それで、今日死なないといけないのか?」

「私は、今日の放課後ひどい目に遭う」

「そうか」

「だからその前に死のうと思ってた」

「なるほどな」

「本当にあなたは何がしたいの?」

「ん?俺か?特に何もしないけど」

「私を助けないくせに自殺させなかったり…。あなたも私をいじめる一人なの?」

「俺は、別に誰かをいじめないと自己を確立できないような奴とは違うでね」


その時の紅羽の目は、何にも映ってないような感じだった。


「桐島さんって言ったよね」

「そうだけど」

「お前は、いじめから解放されたいのか」

「当たり前よ」

「そうか…」


紅羽は、空を見上げる。


キーンコーンカーンコーン


「予鈴か…」

「あなたのせいで死ぬタイミングを失ったんですけど」

「何を言っているんだ。人間なんていつ死ぬか分からん生き物だろ」

「そんな事言ったって…」

「ほら、さっさと教室に戻れ」

「あなたは?」

「俺は…サボる」

「人には授業を受けさせておいて、あなたはサボるのね」

「まあな」

「本当に最低ね」

「自覚はある」


桐島は、紅羽に対して失望をしていた。


「教室に戻る前に一つだけ」

「何?」

「俺の見えている所では死ぬなよ」

「私の勝手でしょ」


こうして屋上での出来事は幕を閉じる。

紅羽は、そのまま屋上でサボる。

桐島は、教室に戻り授業を受ける。

桐島の教科書は、使い物にならず筆記具さえ盗まれていた。

桐島の心には、いじめよりも紅羽柊人という男が強く刻まれていた。


「(何なのよ…)」


そうして今日一日の授業も終わり、放課後を迎える。




「ねぇ桐島。手紙見てくれた?」

「さっさと行けよ」

「あなたを待っている人がいるんだからね」

「「「あははは!!」」」


桐島は、何にも言い返すことが出来ず、従うしかなかった。


「(終わったら今度こそ死のうかな)」


桐島は、死の事ばかりを考え、旧校舎の教室に着いた。

その扉を開けると数人の男子生徒がいた。


「おう桐島。待ってたぞ」

「じゃあさっそくやりますか」

「そうだな」


そう言って複数の男子生徒が桐島の身体を押さえつけていた。


「きゃっ!!」

「おい、うるさいぞ!!」

「はいはい静かにねー」


桐島の口にガムテープが貼られる。


「んー!!」

「じゃあまずはカメラで撮りますか」


1人の男子生徒がスマホのカメラを起動し、桐島を撮影し始める。


「じゃあ脱げ」

「ん!!」

「はぁ…。手間かけさせんなよ」

「じゃあ無理やり脱がせますねー」

「んー!!」


桐島の制服が剥ぎ取られる。


「おうおう。綺麗な身体してんじゃねぇか」

「さっさとやろうぜ」

「撮影もして動画でも売るか!」

「そうだな!!」


桐島は、抵抗することも出来ず犯されるのを待つだけだった。


「(もう嫌…)」


桐島の目からは涙が零れ落ちる。


「(助けてよ…)」


桐島が助けを願った瞬間、教室の扉が開かれた。


「ふーん。楽しそうな事やってんじゃん」

「誰だお前?」

「呼んでない奴は帰れ」


開かれた扉の先には、紅羽柊人が立って居た。


「いやあ、この教室に忘れ物してな。それを取りに来ただけだから」


そう言って紅羽は、机の引き出しからスマホを取り出していた。


「じゃああとはごゆっくり」

「おい待てよ」


紅羽が教室を後にしようとする瞬間、一人の男子生徒が呼び止める。


「お前も混ざらないか?」

「は?」

「ここで混ざったらお前も共犯だ。それに見て見ぬ振りも同罪だと思うぞ」

「うーん。確かにそうかもしれないな」

「だろ?じゃあお前も一発…」

「でも断るわ。お前らの後だとなんか変な病気にかかりそうだし」

「あ?」

「お前喧嘩売ってんの?」


紅羽は、桐島を襲っていた男子生徒に喧嘩を売っていた。


「というかお前らあれか?童貞か?」


更に、紅羽は喧嘩を吹っ掛ける。


「何を言ってんだてめぇ」

「殺すぞ」

「おい、まずはこいつをやってから全部罪を押し付けようぜ」

「それ良いな」


紅羽の挑発に載せられ、その場にいた男子生徒は紅羽を潰すことを決めていた。


「はぁ…。面倒くさ…」

「死ねぇ!!」


紅羽に向かって一人の生徒が殴り掛かって来た。


「素人かよ…」


ドゴンッ!!


紅羽の回し蹴りが殴り掛かって来た生徒の顎に当たる。


バタンッ…。


「しばらくは目が覚めないかもな」

「てめぇ!!」

「全員でやるぞ!!」

「くたばれ!!」


残りの男子生徒も紅羽を目掛けて殴りかかる。

しかし、一発も紅羽には当たらなかった。


「あーあ。手を出さなかったら示談で済ませようと思ったのにな」


そう言って紅羽は、一人残らず、気絶させた。


「おい。大丈夫か」


紅羽は、桐島の口を塞いでいたガムテープを剥がす。


「ぷはっ…はぁはぁ…」

「まあいいや。はい」


紅羽は、自分のブレザーを桐島に掛ける。


「どうして…」

「何となくだ」

「本当に何がしたいの…?」

「さあな。俺は、やりたい事をやるだけだからな。俺にとってこいつらは目障りだった。そんだけだ」


紅羽は、気絶している男子生徒のスマホを操作し、動画を自分のスマホに転送し、その後削除した。


「さてさて、あとはこいつらから金でも巻き上げるか」

「えっ…?」

「桐島さんにもあげるぞ。お前が示談をするというならな。被害届を警察に出すのも良し。証拠ならこいつのから転送した動画と俺が撮影していた動画もあるからな」

「どういう事…?」

「まあ授業をさぼっている間に色々調べて、ここにカメラを起動したスマホをわざと置いていたんだ」

「私の為…?」

「結果論から言うとそうかもな」

「どうして…?」

「だから何となくだよ」


紅羽は、どういう訳か桐島を助ける行動をしていた。

授業をさぼっている間にその準備までやっていた。


「うぅ…」

「おっ、目が覚めたか」

「て、てめぇ…」

「さて話し合いでもしようか」


紅羽は、椅子を目が覚めた男の上に置き、座る。


「まず一つ、お前らが撮影した動画のデータは俺が持っています。二つ、お前らがやろうとしていた所の動画も別で撮ってあります」


紅羽は、スマホをちらつかせる。


「それで、ここからが本題だけど。お前らには二つの破滅の選択肢があります。一つは、示談。二つは、警察にこの証拠と共に被害届を出す事。さてどうする?」


紅羽は、男に選択を迫る。


「わ、分かった…。いくら払えばいい?」

「そうだなぁ。桐島さんの言い値で良いよ」

「えっ…」


急に話を振られた桐島は驚きを隠せないでいた。


「まぁこんな事があってすぐだし、何とも言えないか。じゃあそうだなぁ」


紅羽は、顎に手をあて考える素振りをする。


「とりあえず、一人200万から始めようとするか」

「200だとっ…」

「そう200。後はお前らの態度次第だな」


紅羽は、一人につき200万の示談金を請求する。


「そんなの払える訳…」

「じゃあ警察の世話になるか?」

「くっ…」

「ほら早くー」

「わ、分かった」

「おっ、払うのか?」

「払うわけねぇだろうがよ!!」


紅羽の背後には、椅子の下敷きにしている男とは別の男が椅子を持ち殴り掛かろうとしていた。


「危ないっ!!」


桐島がすぐに気付き、紅羽に危険を知らせる。


「はぁ…。そっか」


紅羽は、背後から殴り掛かって来た男の攻撃を寸前で避ける。


「はーい。もう一回寝ててねー」


紅羽は、相手のこめかみに向けて脚を振り払う。


ゴンッ!!


鈍い音が鳴る。


バタンッ…。


「さてと、邪魔ものは居なくなったな…」

「何なんだよ…お前…」

「んー。そうだなぁ…。何だろう」

「はぁ…?」

「強いて言えば、いじめて優劣感に浸っている奴を潰すことが趣味の男かな」


紅羽柊人は、どこかおかしい男だった。


「狂ってる…」

「お前らよりマシだよ」

「ね、ねぇ」

「ん?桐島さん」

「私は…お金とかは良いの。開放されるだけで…」


桐島は、涙ながら訴える。


「そっか…。だとしたらどっちが桐島さんの苦痛にならないかが問題だな。被害届を出したら事情聴取とか起訴されて裁判になった時には証言とかもしないといけないのか…」


紅羽は、桐島の言う開放されるための方法について考える。


「やっぱ示談だな。せいぜい良い弁護士でも雇う事だな」


紅羽は、教室の出入り口に向かう。


「桐島さんも行くぞ」

「う、うん…」


2人は、教室を後にする。


「まずは制服をどうにかしないとだな」

「うん…」


桐島の制服は、強引に破かれているためもう着れる状態ではなかった。

今は、紅羽のブレザーを羽織っているが、いつまでもという訳にもいかない。


「そうだ、保健室に行こう」

「…」


紅羽は保健室に歩みを進め、桐島はただただ黙って付いて行くだけだった。






「さてと、先生居るかなぁ」


保健室の前に着き、紅羽は扉を開ける。


「こんにちはー」


元気よく挨拶をするも、誰も居なかった。


「まあ良いか。説明も面倒だし…。というかスペアの制服ってどこにあるんだ?」

「…ねぇ」

「ん?」


今まで黙っていた桐島が口を開く。


「どうしてここまでしてくれるの?」

「愚問だな」

「ねぇ、真面目に答えて欲しいの。どうしてここまで私の為にしてくれるの?」


桐島は、真っすぐ紅羽の目を見て問いかける。


「俺にも分からん」

「真面目に…!!」

「分かってる。桐島さんが聞きたい事は分かってる。だけど、何とも言えないんだ。やりたいからやった。たったそれだけだよ」


紅羽は、優しく桐島に向かって言葉を紡ぐ。


「私は…」


ポタポタ…。


「うん」

「生きてても良いのかな…」


涙を流しながら紅羽に問う。


「良いか悪いかって言ったら良いだろ」

「そっか…」

「少なくとも桐島さんをいじめていた奴よりかは生きてて良いと思うぞ」

「ん…」

「別に俺は正義の味方をしたいわけでは無いし。俺がやりたいと思ったから、今回の事をやっただけだからな」

「うん」

「まあそういう事だ。ほれ、制服」

「ありがと…」


紅羽は、保健室にあった替えの制服を桐島に渡す。


「じゃあ俺は外で待ってるから」

「待って…」


保健室から出て行こうとする紅羽を桐島は呼び止める。


「私を1人にしないで…」


桐島は、掠れた声で紅羽に願う。


「…分かった」

「…」


紅羽は、保健室に留まり、桐島は、着替えを始める。


「…」

「…」


その間、2人の間には会話は無かった。


「終わった…」

「おう」

「それでこれからどうするの?」

「そうだなぁ。あいつらを揺すっても良いし、被害届を出してさらにどん底に落とすのもありだ。正直、それは桐島さん次第だ」


紅羽は、桐島に選択を委ねた。


「私はどっちでも良い…」

「でもなぁ…」

「もう関わりたくないから…」

「分かったよ…。じゃあ俺の勝手にやらせてもらうな」

「うん…」


桐島は、紅羽に全てを委ねた。


「じゃあ帰るか」

「うん…」

「桐島さんの家ってどの辺なの?」

「夜桜中の近くだけど…」

「そうか…。じゃあ俺の家からも遠くは無いし送って行くぞ」

「でも…」

「1人にしないでって言ったのは誰だよ」

「紅羽君に迷惑が…」

「今更、気にする事じゃないだろ」

「そっか…」


2人は、荷物を持って帰る準備を始める。


「じゃあ帰るか」

「本当に良いの?」

「しつこい」

「うっ…」

「もうこの話は止めだ。キリが無い」

「分かった…」

「じゃあ帰るぞ」

「うん」


こうして2人は学校を後にする。

学校を出て、バス停にてバスを待つ。


「ねぇ」

「何」

「ありがとう」

「…ああ」

「礼は素直に受け取るのね」

「まあな」

「そっか…」

「…」

「…」


全てが解決したわけではない。

それでも、桐島雪香少しは救われた気がしていた。

絶対に現れないと思っていたヒーローが居たからだ。


「(どちらかというとダークヒーローって感じだよね…)」


陽は傾き、夕日が彼と彼女を輝かせる。

空は雲一つ淀みのない空だった。


「春だなぁ…」

「えっ?」


紅羽は一人つぶやく。

そんな彼の顔は、桐島の目からは、とても綺麗なものだった。


「桜も咲き始めてるな」

「好きなの?」

「まあな。桜の色って綺麗だと思わないか?」

「まあ少しは…」

「俺って冬生まれだけど、冬の終わりから春の始まりの季節が好きなんだよ」

「そうなんだ…」


風が吹き、桜の木が揺れる。

その光景を2人は、眺めている。


「あっバスが来たな」

「うん」


2人はバスに乗り込む。

帰るまでの道中、彼と彼女の間には会話は無かった。

紅羽柊人は、バスの窓から外を眺めていた。

桐島雪香は、外を眺める紅羽の事を見つめていた。

バスに揺られ時間が過ぎていく。

バスで20分ほど経ち、2人が降りる停留所へと着いた。






「それで、家はどこなんだ?」

「えっと…あっち」

「俺の家と同じ方向か」

「そうなんだ」

「ああ」


紅羽と桐島の家は同じ方向にあるようだ。


「まあいいや。ほら行くぞ」

「うん」


紅羽に先導され、桐島も歩みを進める。


「ねぇ桐島君って夜桜中出身じゃないよね?」

「違うな」

「そうだよね…。じゃあなんでこの町に?」


桐島は、気になっていたことを口にした。


「俺の姉貴がこの町に住んでて、俺がその家に住まわせてもらってるから。親は、とっくに他界してるし」

「そ、そうだったんだ。ごめん」

「何も謝る事じゃねぇよ。俺は普通に満足してるし」

「そっか…」

「ああ」


何度目かの沈黙が続く。


「まだ家までかかりそうなのか?」

「えっ?」


紅羽からの突然の質問に驚く桐島。


「いや、だから桐島さんの家までまだかかるのかって」

「あっ、ごめん。あと3分くらい」

「そうか。意外に近所なんだな」

「そうなの…?」

「ああ。だってここが俺の家だから」


紅羽が指を指す先には、喫茶店があった。


「姉貴がやっている店でな。1階が喫茶店でその上が家だ」

「そうなんだ…」

「まああと3分くらいなら最後まで送って行くぞ」

「う、うん。ありがとう…」


紅羽は、自宅を通り過ぎ、桐島を送り届ける。


「ねぇ紅羽君」

「なんだ」

「屋上での事はごめん」


桐島は、屋上で紅羽に強く当たってしまったことを後悔していた。


「何も謝る事はねぇよ」

「それでも…。私が死のうとして解決しようとしてた。勝手にこの世界に見切りをつけてしまってた」

「そうか」

「うん…。でもまだこの世界には私を救ってくれる人がいた。

「…」

「あなたは認めないでしょうけど、私にとって紅羽柊人という男はそれほどの男なの。私を救ってくれた。それだけで生きる理由として十分だった」

「そうか…」

「うん。だからありがとう」


桐島は、曇りのない笑顔で紅羽に感謝を告げた。


「じゃ、じゃあ私の家はここだから。わざわざ送ってくれてありがとう」

「ああ」


いつの間にか桐島の家に着いていた。


「紅羽君」

「ん?」


桐島は、家に入る前に紅羽の名前を呼ぶ。


「ま、またね」

「ああ。またな」


2人は、別れを告げる。

桐島は、家の中に入る。


「はぁはぁ…。紅羽君…紅羽柊人君…」


玄関に座り込み、紅羽の名前を呼ぶ。

彼の名前を呼んだ彼女の表情はどこか赤みを帯びていた。


「あら雪香帰ったの」

「ただいまお母さん」

「おかえりって…どうしたの?体調が悪そうだけど…」

「う、ううん。大丈夫だよ」

「そう…。それなら良いけど」

「うん」


家には、桐島雪香の母が先に帰って来ており、玄関に座り込む娘を心配していた。

しかし、桐島雪香は、いじめの事など一度も親に相談していない。

当たり前だ。

いじめなんて相談してどうにかなるわけが無い。

無駄に心配かけるだけだ。

そんなことを話せるわけが無い。


「私、部屋に戻ってるから」

「え、ええ」


桐島雪香は、自分の部屋に戻りに着替えをする。

その時、丁度鏡が自分の身体を写しているのを見て、今日の出来事がフラッシュバックする。


「紅羽柊人君…」


自分の恩人の名前を呼び、平静を保つ。

そうでないと、恐怖で動けなくなってしまうからだ。


「紅羽柊人君」


もう一度名前を呼ぶ。

すると自然と涙が零れ落ちる。


「ぐすっ…。ありがとう…」













その頃、紅羽柊人は家に帰り着いていた。


「ただいまー」

「遅かったね。不良少年」

「まだ補導される時間じゃないだろ」

「ははっ、そうだね」


彼の家で待っていたのは実の姉、紅羽綺夏くれはあやかだった。


「明日が土曜だからってハメ外しすぎじゃないの?」

「あー明日って土曜だっけ」

「そうよ。そんな事も忘れてたの?」

「いやぁ。忘れてた」

「全く。明日は店の方を手伝いなさいよ」

「バイト代は出るんだろうな」

「それは経営者として当然」

「じゃあやるよ」

「そう来なくっちゃ」


紅羽柊人は姉の綺夏の店をバイトとして手伝っている。

自営業の為、なるべく人件費を削減したいと考えているため弟の柊人が駆り出される。

他にも店員がいるのだが、基本的には綺夏の学生時代の友人たちだ。


「もしかして1日中?」

「当たり前でしょ」

「あぁ…マジか」

「何かあるの?」

「いや、何でもない」

「そう。じゃあ明日はお願いね」

「へいへい」








こうして2人の怒涛の1日が幕を閉じる。

これから始まる恋愛話は、2人の物語だ。

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