対魔導学園35試験小隊 特別番外編『6years after』
柳実冬貴/ファンタジア文庫
Episode 桜花 『六年越しの告白』
桜花①
――第二次魔女狩り戦争終結から、六年。
ここ数ヶ月、いろいろあった。
南極にある某国親衛隊の残党が潜伏していたシェルターに乗り込んで、時代錯誤も甚だしい銃撃戦を繰り広げたり。
鬼の呪いを解くために、閉じ込められていた陰陽師の末裔を解放しようとしたら、実はその末裔が某社が協力して作った複製だったり。
その複製に組み込まれていたフェニックス遺伝子が覚醒して某社のCEOがコンニチワして、陰陽術と科学が入り乱れるシッチャカメッチャカな戦いに発展したり。
すべてが終わったと思ったら、約束を果たすために金髪糞野郎との再戦が待っていたり。
本当にいろいろあった。
――結果として、
だがそれは呪いが次代に受け継がれないだけで、タケルの魂やキセキの身体は呪われたままだった。
しかし、キセキの身体に変化はあった。
鬼呪の蓄積が止まり、完全なコントロールが可能になったのである。
引き続き監視は必要とされているが、これからは自由に外を出歩くことも可能だ。
キセキの許容量を超えて鬼があふれ出す可能性は、皆無となったのである。
それだけでも十分だったが、何より嬉しかったのは、今代で草薙にかけられた呪いは終わりを迎えることができるということだ。
つまりタケルやキセキの子供からは、人ならざる魂に苦しむ男児も、鬼の肉体に苦しめられる女児も生まれてこないということ。
何百年にも及ぶ草薙に課せられた悲劇は終わりを迎えたのである。
…………。
それはいい。とてもいいことだ。
タケルやキセキは、もう自由に恋愛をしていいのだ。
万が一、できちゃった場合を考えないでいいということである。
ようはつまり、タケルは、
――これで何の憂いもなく、童貞を捨てられるということなのだ!
「いやいやいやいやいや! 何考えてんだ俺……! そうじゃねぇ……! その前にやることがあんだろーが、バカッ……!」
弾丸飛び交う教会の礼拝堂で聖卓を盾にしながら、草薙タケルは刀の峰で激しく自分の額を殴打した。
銃声にも負けないくらいの打撃音を何度も響かせていると、突然横から怒声が響く。
「草薙! この非常時に何をしているっ! 私の話を聞いていたか!?」
驚いて顔を上げると、美しいものが目に飛び込んできた。
夕焼け色の髪を弾丸の暴風に晒しながら、銃の引き金を絞るその姿に、思わず見惚れてしまう。
(ああ……やっぱ綺麗だ)
思えば、彼女に見惚れるのはいつも戦っている時だ。
最初に模擬戦で倒された時も、タケルは彼女の燃えるような髪と、凜々しくもどこか儚げな顔に心を奪われた。
今は夏だからワイシャツだが、エグゼの制服も似合っている。
あの頃と変わらない……どころか、ますます綺麗になった。
うーん、綺麗だ。
綺麗だなぁー。
「草薙!――おい! タケル!」
「はひぃ?」
惚けていると、
目と鼻の先に桜花の顔があるだけで、タケルは心臓が止まりそうになった。
桜花は頬を膨らませながら銃のリロードをしてから、頬をペチペチと叩いてくる。
「はひぃ、じゃないぞ! 状況がわかっているか!? 何を惚けているんだ、お前はっ!」
「……え、ああ……えっと、何だっけ?」
「任務中だぞ! 二人で現場検証にきたら、違法教団の連中に出くわして戦闘中だ! 今日は西園寺も他のエグゼの隊員もいない、シャンとしろ副隊長!」
「あー……あー、そうだ。え、そうだったか?」
見つめ返すばかりで歯切れの悪い返事しかしてこないタケルを心配に思ったのか、桜花が額に手を伸ばした。
「どうしたというのだ? 熱でもあるのか?」
ひんやりとした掌を当てられて、冷たくて気持ちいいのに顔がますます熱を持つ。
「……うん?」
熱いと思ったのか、今度は額を押し当ててきた。
唇が触れあう距離に彼女の顔がある。桜花はいつもなら肌が触れあうようなスキンシップはしてこない。
非常時だから大胆な行動に出てしまったのだろうか。
翻弄されるのはいつもなら桜花の方なのに、タケルはあまりの動揺に息もできない。
胸が苦しい。どうにかなりそうだ。
「かなり熱いじゃないか……どうしたんだ」
額を触れ合わせたまま、桜花が上目遣いで心配そうに見てくる。
不意に、思考が全て吹き飛んだ。
もうしがらみは無い、全部終わった。
気後れもない。
この想いを縛るものは何も無いのだ。
何を躊躇する必要がある?
「桜花」
「え?」
タケルは名を呼ぶと、そのまま桜花を自分の方へ引き寄せて唇を触れ合わせた。
手首を掴み、強引に、抱き寄せるようにキスをする。
最初に抵抗らしきものがあったが、やがて桜花は銃を落とし、自然にタケルの背に手を伸ばした。
抱きしめた桜花の温もりは、もう手放したくないと思えるほどに温かかった。
触れ合う唇の感触は、二度と離れたくないほどに心地よかった。
彼女の全てが愛しかった。
惜しみながらも唇を離す。きちんと伝えなければならない言葉があるからだ。
驚きと心地よさに頬を上気させながら、桜花が自分の唇に指を当てる。
タケルはまっすぐに彼女を見つめ返しながら、こう言った。
「――お前が好きだ。俺と一緒になってくれ」
気の良い言葉なんか出てこなかった。
半分背負わせろとか、ある種の決め台詞みたいになってしまっていた言葉も出てこなかった。
ただの願望。ただの要求。ただの感情だ。
いつだって、良くも悪くもまっすぐに生きてきた。
エゴに従って生きてきた。
だから好きな女への告白だって、まっすぐでありたい。
「イ、イヤっ」
…………。
…………。
………………あれ?
「イヤだッ」
あまりにも予想外の一言だった。
これは正直、想定していなかった。
(まさか……俺、振られたのか? でも、桜花の気持ちは前に聞いていたはず……いや待て、はっきりと聞いたことあったか? 俺のことが異性として好きだって、桜花が言ったことあったか?)
タケルの全身から汗がダラダラと流れ始める。
(…………無いんじゃね!?!?!? 確かに第二次魔女狩り戦争の時にキス……のようなものをした気がするけど、もしかしてキス=好きってわけじゃない? えっと、逆から読んだらダメ!? ダメかな!?)
ぐるぐると、タケルの思考が混乱していく。
(お、俺はてっきり桜花は俺のことを好きでいてくれていると思ってた……い、いや好きでいてくれているとは思うんだけど、それは恋愛対象としての好きじゃなくて、あのキスもフレンチキス(誤用)的な、仲間への別れの挨拶的なものだったってことか!? えっ、俺……これ、想定してなかったってのもあるけど、すげぇぇぇぇぇショックだな!? あああ痛い! これは胸が痛いぞ! ただの勘違い野郎じゃねぇか――ッ!)
桜花は目に涙をためて首をブンブンと横に振っている。
これはNOだ。控えめに言っても否だ。まるでダメというやつである。
混乱していたタケルの思考が冷静になっていく。
結果がどうあれ、飲み込むべきだ。勘違いしていた自分を恥じるのも、玉砕したことにへこむのも後でいくらでもできる。
桜花はちゃんと答えを出してくれたのだ。
自分もちゃんとしなければ。
「わかった。いきなりごめんな、桜花」
正面から行って敗れたのだから、引く時だってまっすぐだ。
この先どうしたらいいかなんてわからないけれど、ともあれ自分は振られたのだ。
いきなり唇を奪ってしまったことを土下座して詫びることぐらいはしなければ――!
「――ち、違うぞタケルっ、イヤじゃないっ、けど、イヤなのだっ!」
「……………………???????」
イヤじゃないけど、イヤだって?
なんだそれは、どういう塩梅だ?
もしかしてあれか?
恋人はイヤだけど、友達ではいたい、的なアレか?
え……魔性?
正直、タケルは若干泣きそうだった。
「あのさっ、俺バカだからイエスかノーでお願いしていいか!?」
「タケルが私を好きと言ってくれて嬉しい! すんごい、頭を枕に埋めてジタバタしたいぐらいに、今私は嬉しいのだっ! でもでも、嫌……イヤイヤイヤ!」
顔を真っ赤にして、イヤイヤ言いながらブンブン身体を振っている。
よくわからんが可愛い。めっちゃ可愛いがそれどころじゃない。
どういうことなのかはっきり言ってくれと、タケルは桜花の両肩に手を置く。
すると桜花は、涙目で口をへの字に曲げながら周囲を指さした。
「――なんで今なのだ!? どしてこの状況なのだっ!? こういうのはもっとロマンチックなシチュエーションでするものではないのか!?」
「アッ」
「いいやロマンチックであるはずだ! ロマンチックじゃなきゃヤダー!」
そういうことか、とタケルは納得する。
銃声は今もなお止めどなく響いている。弾丸が椅子やら聖卓やらに当たって木片が飛び散っている。香るのは硝煙の匂いばかり。
正直そこまで頭が回っていなかった。
全ての問題が片付いた後、タケルはずっと告白チャンスを窺ってきたのだ。
エグゼで仕事をしているとなかなか二人の時間というのを作れないため、二人きりになれる時が訪れるのを待ってきた。
違法教団の調査を行うため、手の空いている隊員は手伝ってほしいと桜花が言い出したため、今日はタケルが手を上げて半ば無理矢理同行したのである。
ずっと告白のことしか頭になかったが、いつの間にか教団が攻め込んできていて大惨事になっていた。
信じられないだろうが、全然気づいていなかった。
確かにこれはシチュエーション最悪だ。
女性からしたら普通に嫌だろう。
しかし告ってしまった以上は答えが聞きたい。
なんとか取り繕わねばとタケルは思った。
「でもほら、ここ教会だし、神聖な場所だし告白するのにいいかなって!」
「邪教じゃないか! どうして私達の門出を邪神に祝福してもらわねばならんのだっ! 空気を読め!」
いかん、墓穴を掘った。
ステンドグラスとかすごい綺麗だけど、祀られているのはよくわからん触手の生えたバケモノだった。神父様らしき教団の長も、胡散臭い三角頭巾を被っているし、扉の前で教徒と一緒にマシンガンをこちらへ向けて乱射している。
確かにこれは空気を読めていない。普段空気を読まない桜花に、空気を読めだなどと無体なことを言わせてしまった。
しかし何はともあれつまり、まだ振られたわけではないということはわかった。
答えを聞くまで戦いは終わっていない。
ならばやることは一つだ。
――もう一回、やり直す!
タケルは桜花の両肩を掴むと、銃弾飛び交う中で立ち上がった。
真剣な顔で迫られて、桜花は竦んだように肩をびくつかせる。
「じゃあ、全部片付けたら、改めて答えを聞かせてくれるんだな!? ちゃんと空気を読んで、TPOを弁えてプロポーズしたら、ほんとの気持ちを教えてくれるんだな!?」
「とと、当然だっ!」
「よぉしわかった! だったら――」
タケルは掃魔刀を発動し、自分と桜花に目掛けて飛んできた銃弾を抜刀と同時に斬り落とした。
瞳はまっすぐ己が敵へ向け、闘志を迸らせる。
「――草薙諸刃流師範、草薙タケル。惚れた女に告るため、テメェら全員ぶった斬るッ! 覚悟はいいな、犯罪者共!」
聖卓から踊り出て、掃魔刀により目にも止まらぬ速さで敵を倒す。
迷いはなく、気持ちは晴れやかだった。ただ惚れた女に想いを告げられるというだけで、ここまで気分がいいのかと、タケルは笑みを浮かべる。
草薙タケル。呪いの申し子、鬼の魂、それは変わらない。
けれど彼には居場所があった。掛け替えのない仲間達がいた。
今まで戦ってきたのも、全てはそれらの大切なものを守るためだった。
そして誰かを愛することを許された男は、ただ一人の女性に想いを告げるために、今まさに我武者羅に戦うのだった。
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