桜花②
闇夜をひた走り、タケルは息を切らせてその場所にたどり着いた。
「悪い
両腕には桜花を抱えている。いわゆる、お姫様だっこというやつだった。
桜花はだっこされている間、始終顔を真っ赤にしていたが、自分がいる場所を見回して、懐かしさに小さく苦笑した。
「よりによって、ここなのか」
「ごめん……でもやっぱり、俺にとってはここなんだ」
「ここは私がお前をこてんぱんにした場所だぞ?」
そこは対魔導学園の近くにある森の中だった。
鬱蒼と広がる樹と草しかない、ただの緑地。
けれどこの場所は、二人にとっては懐かしい場所だった。
まだ二人が学園に入学したばかりの頃に行われた、クラスメイト同士での模擬戦チームデスマッチ。最後まで残ったタケルは桜花と戦い、そして敗れた。
タケルのプライドはへし折られ、妹を救うために世界を変えるという野望が潰えた。
本来ならば苦い思い出の場所であり、好きな女に告白するような場所では断じてない。
けれど苦み以上のものを、彼は後に手に入れたのだ。
「ここは俺が大切なものを手に入れるきっかけになった場所だ」
「…………」
「お前にこてんぱんにされてなきゃ、今の俺はいない。仲間もできてない。すぐ頭に血が昇る剣術バカ野郎のままだった」
多くの出会いも、別れも、すべてはここから始まった。
「お前が俺を変えてくれたんだ。たとえお前がいまいち覚えていなくてもな」
「む。失礼な、思い出せるぐらいには覚えているぞ。だが……」
桜花も同じように、懐かしさと共に周囲を見回す。
「復讐ばかりが頭にあった私にとって、それ以外はどうでもいいことだった。当時のことを思い出そうとしても、血の色と灰色ばかり……奪われた時の記憶ばかりが鮮明で、歯を食いしばってばかりいた」
桜花には、復讐ばかりだった頃の当時の面影は無い。
彼女はすでに復讐を果たし、その虚しさの先にいる。
「変わることができたのは三五小隊のみんながいたからだ。がんじがらめになって悲鳴も上げられずにいた私の心を、少しずつみんなが解いていってくれた。過去の記憶は色あせて、今が鮮明になっていった」
桜花はタケルに抱きかかえられたまま、彼の胸に手を当てる。
「そしてみんなに出会えたのは、お前がいてくれたからだ。タケルと出会っていなければ、私はあの色あせた世界で孤独なまま壊れていた。だからこの場所は私にとっても、始まりの場所なんだ」
見上げてくる桜花の表情は、これまでに一度も見たことが無いぐらい美しく、澄み渡っていた。
タケルは一度彼女を真剣に見つめ返してから、雲一つ無い夜空に浮かぶ月を見上げた。
「なあ桜花。前に一度、言ったよな。半分じゃ嫌だ、全部一緒がいい。何もかも一緒に背負いたい……ってさ」
桜花は顔を赤くして頬を指で掻いた。
恥ずかしさに目を逸らす。
「い、言ったか? そんなこと……」
「言った。でも俺はお前に応えてやれなかった。一度、一緒にいることを諦めちまったからな……」
タケルは月を見上げながら目を細めた。
それは第二次魔女狩り戦争での、彼が選択した活路の話だった。タケルは最後の戦いで、この世界の神の代役になろうとした。そうすることで、誰からも認識されなくなる代わりに世界を存続させることができる……タケルは大切な者達を守るために、一度はその道を選んだのだ。
結果としてその道は選ばずに済んだが、タケルは大切な相棒を失うことになった。
「そのことを責めたことは一度も無いさ。お前はあの時、選んだのだろう? たとえみんなに二度と会えずとも、みんなを守りたいと……彼女が共にいるのなら、それがいいと思ったのだろう?」
「ああ。でもあいつは、それを望んじゃいなかった」
あいつ、とタケルは言った。
桜花もそれが誰なのかわかっている。
「怒られたんだよ。そんなのは、宿主の選択じゃないって」
「……だろうな」
「今も間違ってたとは思ってねぇけど、俺自身の願いや、お前を裏切ったのは本当だ」
「ふふ……タケルは本当に、自分に厳しいな。まっすぐじゃないと気が済まない」
「わがままなだけさ。全部手に入れないと気が済まない、傲慢なやつなんだよ。でも、それが俺だからな」
「…………」
「俺はお前の気持ちを裏切った。でもその上で、俺からお前にもう一度申し込む」
タケルはじっと桜花を見つめる。
桜花もまた、彼を見つめ返す。
「あの頃だけじゃねぇ、俺の気持ちは――この六年間だ」
桜花の瞳が揺れ、胸が熱くなる。
多くの戦いで数多のものを失ってきた二人は、この六年間も背中合わせで戦い続けてきた。
そこに何も無いわけがない。喜びも悲しみも、あの戦いが終わった後もずっと続いている。
救えたもの、救えなかったもの、守れたもの、失ったもの、全てが今を形作っている。
タケルが今から口にする想いは、この六年間で培われたものだった。
「桜花。これからの全てを、一緒に背負ってほしい。ずっと俺の隣にいてくれ」
変わらず、ただまっすぐに、タケルは想いを伝えた。
不安そうで、自信が無くて、それでも迷うことなく彼は桜花に告白した。
桜花の火照った顔が……ゆっくりと綻び、瞳に涙が浮かぶ。
「長いな、六年は」
「ああ、長い。待たせてごめん」
「ううん。とても満たされた六年だったぞ」
「これからはもっとお前を満たしてやるつもりだ」
「うん。私も……ずっとタケルと一緒にいたい」
お互いの唇に熱いものが触れる。
「ずっとずっと、隣にいてほしい……」
まるで心が解け合うように、二人はいつまでも、いつまでも口づけを交わすのだった。
二人の長いキスを、蒼い月だけがまるで祝福するかのように、いつまでも見守っていた。
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