どうせ忘れられる夏の話

おねいさん

第1話 毎日の話

「今日の夜ご飯は何を食べたい気分?」

「……それ聞いても、早瀬にはなんの影響もなくない?」

「う……わかってるけど、別になんでもいいの。話題は」

「何それ、相変わらず変なやつ」


 西日が差し込む図書室はグラウンドから聞こえる部活の声で、一層温度が高く感じる。ただでさえエコだのなんだのとクーラーの設定温度に制限が掛かっているから余計にだ。絶対設定温度通りになっていない室内には、図書委員の僕と変わり者の早瀬以外誰もいない。


 僕のいる貸出机の目の前に座る早瀬は、まだ僕の返答を待っているのか熱苦しい視線を僕に投げかける。だけど僕はそれを真っ向からは受け止めてやらない。夏休み前だからと適当に借りられる本たちの整理と要望処理で何かと忙しいのだ。


「私は、そうだな……ハンバーグ、とか?」


 顎の下に人差し指を当てて、本当に想像しながら話しているのだろう。若干早瀬の口元が緩んでいる。


「上に目玉焼きも乗っていると、いいな。ふふ、想像したらヨダレ出ちゃう」


 この通り、僕が放っておいても勝手に話を進めるのだから、真面目に悩んで返答するのもアホらしい。


「図書委員さんは、目玉焼き乗せる方が好き?」


 僕はため息とおすすめ書籍の情報を載せた書類をまとめるガサガサと乱雑な音で答えた。


「あ、この質問は答えたくないやつだったか、ごめんね。図書委員さん」


 彼女の持つ大きな瞳が下がり、申し訳なさそうな顔で僕を真っ直ぐに見つめてくる。別に答えたい答えたくないとかそんな感情の話ではない。夕飯のメニューなんてこんなところで話しても何にもならないだろう。そんなの既に家で決まっていることなのに。不毛なことをしたくない、それだけだ。


 彼女は僕の視線が自分に向かないのを見て、首を上に向けて大きく伸びをする。細く白い腕が真っ直ぐと伸びて天井と垂直になった。チラチラと視界に入る早瀬の一挙一動を感じてしまう自分にも少し腹立たしい。作業をする手は決して止めていないけれど。


 まとめた書類を立てて端を揃え、ふと見上げた先の早瀬と目があった。

 向日葵みたいな笑顔を咲かせ、西日のせいでより色素の薄く見えるふわふわと軽そうな髪が肩で揺れる。


「じゃあ別の話。宇宙人って信じる?」


 ……本当に彼女の話はどうでも良いことばかりだ。

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