水と油は恋で交わる?

かがみ

第一章

水1――ああ、それにしても、酒臭い。

 恋するオトメと酔っぱらったオッサンに大差はない。


 どちらも盲目的と批難すべき身勝手な行動を起こして周囲に混乱を与える。


 いや、酔いから醒めるまでの時間を考慮すればオッサンの方がまだマシかも。


 水谷みずたに千早ちはやは恋愛をそう酷評する。


 恋を不治の病と語る連中もどうかと思う。恋など幻想でしかない。時間が経てば風化していく。しつこい風邪にでも罹ったと解釈する程度が妥当だろう。


 金欠病の方がよっぽど厄介だ。未だに初恋の酒すら味わったことがないからやや偏見もあるものの、恋愛が貧困と違って死活問題に直結しないのは紛れもない事実。


 そう。もっと現実的に考えるべきだと千早は思うのである。


 しかし千早の高校は非現実主義者の巣窟だ。日に一度は恋の噂を耳にする。


 実に酒臭い。やっと忌々しい花粉の季節が終わったのに、校内は空気清浄機を求めたくなるほど恋の臭気が漂っている。廊下を歩けば嫌でも鼻孔を刺激するほどだ。


 夏が近いから。単純ながら尤もらしく解説したのはクラスメイトだった。


 思えば彼女は先月まで春を理由に浮かれていたから、何かと理由を付けては飲み会に繋げようとする酒好きみたいなものだろう。


 そんな彼女に千早は憐憫の情を感じてやまない。


 何せ彼女は甚だしく酒に弱い。


 しかも行く先々に恋の酒が放置されているようなのだ。


 そして度数の高いらしいその酒は気化して近くの空間を漂い、図らずも吸引してしまった彼女は瞬く間に泥酔する。


 まもなく出会った異性に胸を高鳴らせることは言うまでもないだろう。


 可哀想に。心から同情しながらも、千早は決して彼女の肩を持ったりはしない。


 なぜなら――、


「俺と付き合ってください」


 千早は名前も知らない酔っぱらいによく絡まれる立場だからだ。


 恋の酒など販売は疎か所持すらしていないし、おまじないのつもりで消臭スプレーを毎日のように浴びてもいる。


 それでも千早は年頃の異性を惑わせる香りをふんだんに撒き散らしているようで、学校でも街中でもこの調子だった。正直、勘弁して欲しい。


 いい迷惑だ。よく知りもしない酔っぱらいに絡まれて嬉しがる人などいるはずもない。相手を素面に戻すまでの過程や、介抱することを考えるだけで辟易とする。


 だからこそ千早は今日も思うのだった。


 可哀想に。


 恋の酒で頬を染めた少年に心の底から同情しながらも、決して肩を持たない。


 これが水谷千早の日常である。

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