第8話 真実の愛という名の舞台劇
神々が住まうアスガルドにおいて、その愛らしさで誰からも好かれるだけではない。
神の力となる黄金の林檎を管理する者であるイズンの存在は、なくてはならないものだったからだ。
だから、イズンはアスガルドから姿を消した。
黄金の林檎とともに……。
向かった先は当時、ニブルヘイムと呼ばれていたヘルヘイムである。
冥府と呼ばれるのにふさわしい荒涼とした大地が広がる不毛の地は冷涼という言葉では生易しいほどに厳しい極寒の地だった。
彼の地が変わり始めたのは
穏やかで麗らかな陽気はイズンにとって、心地良いものだった。
(殺されかけるとは思わなかったけどね。黄金の林檎がなければ、即死だった!)
イズンはその時のことを思い出して、身震いする。
ヘルは本気ではないとはいえ、よりにもよって
下手をしたら、神でも消滅しかねない。
だが、ヘルとの衝撃的な遭遇はイズンにとって、運命だった。
顔色を窺う者ばかりで上辺の付き合いしかしてこなかった彼女にとって、初めて自分自身を見てくれる者が現れたのだから。
以来、イズンとヘルは親友というよりは悪友という距離感で過ごしている。
「『真実の愛』はあるのよ。わたし、見たんだから」
「また、始まった。そんなの夢よ。夢と現実をごっちゃにしてはダメだってば」
うっとりとした顔で夢で見た前世の恋物語について語っていたヘルに辟易としていたイズンは、そんな物語のような話が存在するはずはないと否定する現実的な一面を持っていた。
愛らしい少女のような容姿で常にフードの付いた赤い装束を纏うことから、『赤ずきんちゃん』と呼ばれていながらもどこか、冷めている。
それがイズンという女神の本質でもあったのだ。
ところがある日のこと、恋に恋をする幼子だったヘルが本当に恋をした。
恋する乙女になったヘルの姿こそ、自分の追い求めていたものに違いない。
イズンはそう確信した。
「あたしも『真実の愛』を見つけられるかな?」
ふと零したイズンの呟くをヘルが聞き逃さなかった。
「なければ、作ってしまえばいいのよ」
「そうね。ありありのありだわ」
ここに人間にとって、迷惑極まりない力を持つ二人の女神による『真実の愛』の探求が始まったのである。
しかし、『真実の愛』などという漠然としたものはおいそれとそこらに転がっているはずもない。
そこで作ることにしたのだ。
まずはイズンが好みの男を見つけるところから、始まった。
彼女は自身が人並外れた容姿を持っており、人の表裏を知りすぎたせいか、美丈夫は好まなかった。
どこか、朴訥としていながらも人の良さを感じる男が好みだったのだ。
そうして、イズンの眼鏡にかなった男こそ、エルドレッドだった。
田舎の村で生まれ育った実直な青年。
「普通では『真実の愛』にならないわね。わたしに任せて♪」
その時、イズンは断るべきだったと激しく、後悔している。
魔法に長けた
そこに彼女が好き好んで読んでいたロマンス小説の影響が出なかったとは言い切れない。
かくして、何も知らないカムプスという辺境の村は女神による恋愛劇の舞台となったのだ。
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