White Notes -ホワイトノーツ-
御島いる
第一章
1:四季澱
「それでは、
司会者の男性の呼びかけに、雪那は舞台袖から壇上へ出た。拍手で迎える聴衆を見回しながら、ステージ中央へ進んでいく。歩行の振動に合わせて腰が痛んだが、顔に出すほどではない。
中央に辿り着き、手にしたマイクを口元へ運ぶ。「拍手、どうもありがとう。ご紹介にあずかりました、雪那です」
眼鏡のブリッジを指先で上げながら、改めて講堂に集まった人々に目を向ける。事前に聞いていた通り、少しばかりの学生と、カメラ等の機材を伴った記者、それから雪那の同業である研究者で席が埋まっているのがわかる。
「本日は
雪那は苦笑めかし、肩をすくめてみせた。聴衆の一部が、笑い一歩手前の息を漏らした。それによって講堂の空気が緩んだの感じる。それでいいと雪那は内心うなずく。今日は少なからず興味を持ってこの場に集まっている人たちが相手ではあるが、それでも身構えてほしくはない。科学を難しいものだとする壁は少しでも取り除きたい。
「季節の変遷に際して空気中に残る物質。それが四季澱です」
腰を気遣いながら、雪那は壇上を歩きはじめる。動くものを目で追う。人間の動物としての本能を刺激する。突っ立って話すより注意を引ける。
「ここ、ニホンのキョー都で初観測されてから多くの研究がなされてきました。そして今から約130年前、アントーニオ・フランクリンが四季澱を使った発電に成功しました。含む四季澱の濃度に違いがある空気同士が、その差を埋めようとするときに発生するエネルギーを利用したものですね。これは世紀の大発見。世界中の発電事情に変革をもたらしました。ついでにキョー都の景観にも」
ステージの右端まで来た。ゆったりと踵を返す。
「常に空気中に四季澱が存在しているのは、キョー都だけ。キョー都盆地という地形のおかげとする説が一般的ですが、盆地はキョー都以外にも存在していますから、まだ研究の余地があると僕は思います。まあ、これは今日のテーマではないので割愛しますね。さて、世界唯一の
中央を通り過ぎ、左端に到着。
「概ねこんな感じですかね」中央へ戻るべく動き出す。「仔細を語ろうとすればまだいくらでも語れるほど可能性のある分野ですが、これ以上はこの場では相応しくないでしょう。お待ちかねの新しい技術を説明するには充分ですしね」
雪那はもといた場所へ向かいながら、司会者に目配せをした。司会者が頷き、舞台袖に合図を送る。すると台車を押した少女がステージに出てきた。台車の上にはダンベルが複数入った、透明なアクリルボックスが乗っている。
少女は体の線が出るアンダーウェアの上に、ランニングパーカーとショートパンツ姿。後頭部で括った長い黒髪を揺らしながら進み、雪那との間に台車を配置するようにして立った。
つり目がちの大きな瞳にすっと通った鼻筋。一見すると冷たい印象を与えかねないが、左目尻の泣きぼくろがそれを和らげている。助手である
「彼女は僕の助手の人夢永遠。紹介する技術がどのように生活に生かされるのか、それをお見せするために来てもらいました」
雪那が紹介すると、永遠は会場に頭を下げた。
「実はデモンストレーションも僕自身がやるはずだったんですけどね。数日前にぎっくり腰をやってしまって。歳は取りたくないですね、情けない限りです」
聴衆の中から同意の苦笑がいくつか聞こえてきた。同年代、五十歳前後と見受けられる人たちだ。
「とういうことで、まずはご覧いただきましょう。頼んだよ、永遠」
はい、と雪那だけに聞こえる返事をすると、永遠は自身が運んできた台車の横に屈んだ。ボックスに腕を回す。
「このボックスには五キログラムのダンベルが十本入っています。つまり五十キログラム。華奢な彼女がこれを楽々持ち上げて歩き回ったら、すごいと思いませんか?」
雪那の説明に合わせるように、永遠が膝を伸ばして立ち上がった。力がこもっているようには全く見えない。
「あとで確認していただく時間を設けますが、ダンベルは本物ですからね」
永遠はボックスを持ったまま、壇上を歩きはじめた。先ほどの雪那より早足だ。聴衆の目が彼女を追うなか、雪那は言葉を続ける。
「運搬業界や介護業界など、力仕事を要求される職種の方々へ、大きなサポートを可能にする今回の技術ですが、彼女の着ているアンダーウェアに採用されています」
注目が永遠の四肢を覆うアンダーウェアに集まる。それこそが今回の研究の結晶だ。
永遠が中央に戻ってくる。
雪那はわずかな間を置くように、眼鏡のブリッジを押し上げてから口を開く。
「四季澱の常温常圧での固体化。四季澱繊維、それが今回発表させていただく技術です」
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