第2話 「新しいお父さん」
このご時世30代の女が1人で子どもを育てていくのは決して容易い事ではないだろう。
小学生の僕でもこの先が不安になる位だ。
生活費も入れずに当たり散らし、僕らの人生を狂わせた男、もとい調子のいい時だけ構ってくる父親についていくよりは遥かにマシだが。
母親が苦労しているのは子供の僕でも分かる位目にしてきた。
毎月の公共料金や、家賃の支払いに加えて僕の教育費に生活費。
それら全てを母親が水商売とやらで稼いだ金でどうにかしてきたのだ。
今となって分かるが、母親は10代でも20代前半のお嬢さんではない。
小学生の息子が居る30代だ。
それでも離婚してから何不自由ないように僕の願いを叶えて来てくれた。
だから僕は子供ながらにもう一度願ったんだ。
「お母さん。俺、新しい父さんが欲しい。」
母親は僕が言った唐突な一言に荷造りする手を止めて目を見開いた。
そんな様子を見ながら僕は続けた。
ここまで言ったなら僕は全部言いたい。
「次の父さんは、もっとイケメンで、お金持ってる人がいいな。」
分かってるよ、僕と母さんは親子なんだ。
お母さんの顔見れば分かる。
「うん。私も。そりゃ私だってイケメンで金持ちがいいわよ。でもすぐには無理だからちょっと待ってて。」
ほらね。僕達はそっくりだ。
お金持ちってワードを聴くと僕たちは笑顔になれる。
これも今まで苦労してきた反動かもしれないね。
僕は父親と別れたのが嫌なんて少しも思ってないんだ。
むしろ別れてくれて清々してるくらいなんだ。
もっと稼いでくれて僕にこんな思いをさせないで、母親に苦労をかけない人がいい。
僕達の新生活が始まってからも母親は相変わらず水商売に励んでいた。
服装や化粧の雰囲気で何となく分かるのだ。
確かに周りの友達の親に比べるとうちの母は若い方だけど・・近所のスーパーでパートしてた時はもっと地味だったからね。
「星奈ちゃん、この人どう?」
ある日の夕方4時頃、僕がサッカーソックスを一生懸命伸ばして履いていると、母親が背後から声かけてきた。
見せられたのはスマホの画面。
LINEのトーク画面に送られて来たであろう写真には、母親と僕の知らない若い男が肩を寄せ合って映っていた。
「かっこいい・・誰?」
「んー?何かママの事好きなんだって~。28ってママよりちょっと若いんだけど、お金は持ってそうだよ。」
「マジか!いいじゃんいいじゃん!太ってない?臭くない?」
僕ら親子にとって体臭、体系は死活問題なのだ。
僕達はニオイに敏感で、「太ってる」と「体臭キツイ」は=で結ばれると認識している。
「あー・・・体臭まんべんなく嗅いでないから分からないけど・・・太ってないかな。どっちかってゆーと細い!178センチあるしモデルみたい!」
「それならいいや!で、どんな人なの?」
「まだ知り合ったばっかなんだけど、もう星奈ちゃんの事は話してて、それでも付き合いたいって言ってくれてるよ。」
「付き合ってないんだ?次いつ会うの?」
「とりあえず今週の日曜に会うから星奈ちゃんさ、ばぁばの所でもいい?」
「いいよ。」
母親は日曜日は極力僕と過ごすようにしてくれていた。
たまに予定があるとおばあちゃんの所に行くようにしている。
それなら僕は友達と遊びたかったのだが、何かと心配だからと言われておばあちゃんの元に連れて行かれた。
何も知らない人がこんな話を聴くと「子供を置いて遊びに行くなんて!」と思うかもしれないけど、はっきり言って大きなお世話だ。
いつまでも母子家庭で苦労してこれから中学生、高校生ってなっても僕に干渉してくるような母親になられるより、僕らの暮らしを守ってくれて父親になってくれる人を探してもらった方がいい。
母親の笑顔が僕の笑顔にも繋がるんだからさ。
父親になる人が変な人だったらもちろん阻止するけど。
結局その男とは僕が会う前に付き合って2カ月位で別れたらしい。
ちょっとかっこよかったし1回会ってみたかったな~って思うけど、母親が言うには「自分の事しか考えていない」「彼の未来に自分達は居ない」らしい。
だからすぐ別れたんだと。
その後も母親は何人か付き合ったり別れたりを繰り返していたが、結局新しい父親は見つからないままだ。
僕は高学年になり、この生活が落ち着いてきた頃、母親は水商売を辞め、ずっと夢だった編集部で働く事になり、それ以来あまり男の話をしなくなった母親だが、以前よりも生き生きしていたのでまぁいいか・・・と思い始めていた。
もう「新しいお父さんが欲しい」って言った事なんてすっかり忘れていた僕の目の前に、まさかあの人が現れるなんて思いもしなかった。
母親すら忘れていたんじゃないかな。
今さら現れるなんてずるいよ。
僕はずっとあなたに会えるのを待っていたのに。
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