第2話 異種族会議、開始

 黒い壁紙に、白く、艶があるテーブル……、広い空間だった。

 しかし、広さのわりに人の密度はまったくなく、すかすかである。


 異種族会議なのに今日の出席はわたしこと天使、年老いたドワーフ、美人なエルフ、わたしと同じくらいの悪魔の――四種族だけだった。


 え、もっといるよね……? 妖精とか人魚とか人間とか、その他諸々いるはずなのに、なんでこの数人しかいないわけ?


 しかも――え、勇者が殺害された?

 魔王を封印できる唯一の血族の……?


 それって……かなりやばいんじゃないの?


「勇者を殺したのはあたしだよ!」


 と言ったのは、隣に座る悪魔の娘だった……、あー、はいはい、悪魔特有のいつものね。どうしてこの子が代表なのか分からないけど……、悪魔って人手不足?

 それとも見た目と言動では分からないリーダーの才能でもあるのかな。


「自身を強く見せるための虚勢はやめなさい。立場を悪くするだけよ……、それともそれが目的? 悪魔と魔王には強い繋がりがあることを示したいのかしら……。

 だけどあなたたち悪魔は魔王に追い出された種族よね? 繋がりはもうないでしょう。勇者を殺害することで魔王に気に入られたいという動機があっても――でも、魔王は勇者と争うことを楽しんでいた節があるわ……。

 表向きの『邪魔な奴』という発言を素直に受け取って、本当に勇者を暗殺すれば、あなたたちが魔王に近づくことはもうできなくなる……。

 それほどのリスクを背負ってまで、するほどのことじゃないわよね?」


「それでも勇者を殺したのはあたしなの!」


 テーブルに両手をばんっ、とついて、そう主張する悪魔っ娘。……構ってほしいって言っているようにも聞こえるんだよね……、自分を強く見せたいだけのような――。


 種族とか立場とか関係なく、面白そうだから手を挙げた、みたいな感じ……。


 わたしたちを困らせて遊んでる?

 たぶんだけど、この子は殺してない。


 本当に殺していてこの態度なら、とんだ食わせ者である。

 エルフもドワーフも、彼女への印象はわたしと同じのようだった。……この娘じゃない。間接的に殺していた、という可能性を切り捨てることはできないけど……。


「勇者が殺害された当時の情報を確認しよう」


「? どうしてそれを、ドワーフさんが知ってるわけ?」


 やば、おとなしく相槌を打って終わらせようと思っていたけど、思わず指摘してしまった。思えば情報くらい、共有されているはずだ……ドワーフが代表して説明しようとしていただけで、知っていることが、彼を疑うに値する理由になるわけではないのに……。


 顔を上げた老いたドワーフがわたしを見つめ、


「ドワーフの領地内での殺害だったからだ。最も早く情報を得られるのは当然だろう」


 ドワーフ領地……。


「そして、近隣である我々エルフ領。上空の天使領。それから、その時間帯、ドワーフ領に不法滞在していた悪魔のその子が、この会議に出席しているわけね」


 うわ、それを聞かされると悪魔っ娘が怪し過ぎる……、過ぎて、逆に白なんじゃないかって思ってしまう。

 不法滞在していながら勇者殺しを主張するのは、不法滞在していた本当の目的を煙に巻くためとも言えたけど……――頭が空っぽそうな彼女に企みがあって不法侵入したようには見えない。

 散歩していたら気づいたらドワーフ領だった、と言われたら素直に信じてしまう。


 じっと見つめるわたしに気づいた悪魔っ娘が、にっ、と笑顔を見せた。


 状況、分かってるのかな……。

 あんまり近づくと火の粉がわたしにも降りかかってきそう……。


「勇者を殺し、得をする種族はどこでしょうか。魔王、悪魔、でしょうね……。それ以外の種族は魔王勢力に敵う戦力を持っていません。勇者、そして人間たちが魔王の抑止力になっているわけで――人間の士気に関わる勇者の殺害は、百害あって一利なしです」


「そうかもしれん。しかし種族ではなく個人で考えてみればどうか? あんたたちエルフの総意は、勇者を必要としているが、個人個人を見て見れば、誰か一人くらい、勇者は死んだ方がいいと思っているやつもいるんじゃないか?」


「かもしれませんね。だとして――では、どうやって勇者を殺害するか、です。暗殺される勇者ではないでしょう、間接的な事故を起こして殺すとしても、難しいでしょう……。

 個人だからこそ抜け駆けができる環境です。チームとなればすぐさまばれるでしょうね……そんな中で、事故とは言え、あれほどの規模の災害を起こし、勇者を殺せる個人がいるとは――」


「災害?」


 エルフとドワーフの話し合いに、気になったワードがあったので声が出てしまった。


 ……嫌な予感がする。


 災害――とは?


「勇者が死んだ状況がの、巨大な岩による圧死なんだ……、山の斜面を転がり落ちてきた大岩に、勇者は押し潰され、死亡した――あの勇者が避けられなかった、というのも気になるがな」


「…………」


「事故、と見てもいいですが、やはり気になりますよね……。故意による事故は事故ではなく、明らかな殺意を持っておこなわれた攻撃です。

 ……このまま放置し、裏切り者を野放しにするのは危険です。たまたま勇者だっただけで、もしかしたら仲間たちが同じ目に遭うかもしれないと思えば……解決しないと夜も眠れませんよ」


「簡単に見つかるとは思えんが……、だが、止まらなければ、着実に追い詰められるとは思っている……時間はかかるかもしれんが――。

 それに、天使さん、関係ないって顔で非協力的な行動はやめてくれよ――、一応、あんたたちも容疑者なんだからな」


「容疑者……」


「ああ。天と地で距離はあるが、上空から山を崩すこともできるだろう」


「……して、意味があるんですか?」


「人によるとしか言えんな」


 個人による、他者には理解できない動機で動いているとすれば、確かに――意味を見出すのは行動した者であり、外側から見ているわたしたちではない……んだけど。


 これ、もしかしてわたしのせいなのかな……? さすがに確信がないし、冤罪だったとしたら責められて損なので、挙手はしなかったけど……。


 わたしが放った矢が、山を崩し、大岩を転がさせて――勇者を殺した。


 ……え、そんな偶然、ある?


 発端がわたし、ってことはあるかもしれないけど……、これ、わたしが挙手して、解決することなのかな? ……いや、認めたら、なんかヤバイ気がする……。

 怒られるどころじゃなく、もしも相手が聞く耳も持たずに、この事件が有罪になれば、わたしの翼は無理やりもがれて、天使として落命する――それは嫌だ、絶対にッッ!!


 ここは、ひとまず誰のせいにしてもいいから、逃げるしかないッッ!!


 幸い、現場に証拠はない、はず……。

 光の矢は、すぐに消えているはずなのだから。

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