その31「デスサイズと初陣」



ウヅキ

「そうですか……」



 ウヅキは少し、納得がいかない様子だった。


 ウヅキがリングを装着した時は、少しの慣れが必要だった。


 ヨーイチは、初見で軽々とこなしてみせた。


 ……才能が有るということか。


 そんな考えが、頭をよぎった。


 あまり認めたくは無い事だった。


 出会ったばかりだか、ヨーイチのことは嫌いでは無い。


 外見は誰よりも美しいし、一見粗野に見えるが、ウヅキのことを気遣ってくれる。


 彼の子供であれば、産んでも構わない。


 まだ初潮も来ていないウヅキだが、そんなマセたことも考えていた。


 だが、それとこれとは話が別だ。


 ウヅキは生まれた時から、命がけで戦うことが決められていた。


 対するヨーイチは、御三家の長男だ。


 成功を、約束されている立場だ。


 戦って死ぬことなど、彼の人生とは無縁だろう。


 そんな彼に、自分よりも、武士としてのセンスが有るなどと……。


 面白くない話だった。


 そんな彼女の内心など、ヨーイチには分からない。


 ヨーイチはウヅキを見ず、手中の剣に、視線を向けていた。



ヨーイチ

(マテリアルブレイドか……)



 メタルソードの刀身は、実体を持つ金属だった。


 光の刃、マジックブレイドでは無い。


 ヨーイチはそのことに、落胆を覚えていた。


 そしてその落胆に、疑問を覚えた。



ヨーイチ

(ん……?)


ヨーイチ

(どうして俺は、実体剣じゃ嫌だなんて思うんだ?)


ヨーイチ

(どうしてマジックブレイドの方が、良いだなんて思うんだろうな?)



 相手を吹き飛ばしてしまうマテリアルブレイドでは、連続技がつながらない。


 マジックブレイドの方が、高いダメージを叩きだせる。


 対人戦においては有利だ。


 そんなこと、素人のヨーイチには、分からないはずだった。



ヨーイチ

(……まあ良い)



 今は悩む時では無い。


 そう考えたヨーイチは、思考を断ち切った。


 そして、ウヅキに声をかけた。



ヨーイチ

「やろうぜ」


ウヅキ

「はい」



 お互いが、剣を構えた。


 同じメタルソードを構えたまま、2人は見つめ合った。



ヨーイチ

「来ないのか?」


ウヅキ

「先手は譲ってさしあげます」


ヨーイチ

「なら、遠慮なく」



 ヨーイチはすり足で、ウヅキに向かっていった。


 そして、間合いに入ると剣を振った。



ヨーイチ

「はあっ!」



 それは、素人の振りだった。


 グッドモーションですら無い、ただの大振りだった。


 威力も速度も無い。


 回避するのは容易かった。


 ウヅキはヨーイチの剣を、ステップで回避した。



ヨーイチ

「っ!?」



 大振りを回避され、ヨーイチの体勢に、大きな隙が出来た。



ウヅキ

「ふっ!」



 その隙を、ウヅキが突いた。


 強突きの、グッドモーションだった。


 ヨーイチは胸を突かれ、吹き飛ばされた。


 ヨーイチの体が、地面に転がった。



ヨーイチ

「ぐっ……! 痛……くない!?」



 ヨーイチは、突きを食らった部分を見た。


 そこには傷一つ無かった。



ウヅキ

「バリアが有りますからね」


ウヅキ

「それで、何でしたっけ? ユニークモンスターを倒す?」


ウヅキ

「ユニークモンスターは、私の100倍は強いですよ」



 ウヅキはそう言って、ヨーイチを煽った。


 ウヅキ自身、言っていて悲しくなる。


 だが、紛れも無い事実だった。



ヨーイチ

「……これからだ」



 ヨーイチは、立ち上がった。


 そして再び、ウヅキに斬りかかった。


 だが、ウヅキはそれに、冷静に対処していった。


 隙を晒すたびに、ヨーイチは攻撃を受けた。


 2人はまだ、クラスの力を授かっていない。


 パーフェクトモーションには、クラスの武器適正が必要だ。


 だから、今の2人では、パーフェクトモーションは成立しない。


 グッドモーションが限界だった。


 なので、1度で大ダメージを受けることは無い。


 だが、対するヨーイチのモーションは、ウヅキ以下だ。


 何度剣を振っても、かすりさえしなかった。


 ヨーイチのバリアは、徐々に削られていった。


 顕在魔力の残量が、ゼロに近くなった。


 あと1撃受ければ、緊急用バリアが発動するだろう。



ウヅキ

「現実が分かりましたか?」


ヨーイチ

「…………」


ウヅキ

「私の勝ちです!」



 ウヅキはとどめを入れようと、ヨーイチに斬りかかった。


 そのとき……。



ヨーイチ

(俺の負け……?)


ヨーイチ

「ふざけんじゃねえっ!」



 燃えるような熱いイシが、ヨーイチの内面から湧き起こった。


 ヨーイチの剣が、ウヅキの剣を弾いた。



ウヅキ

「えっ……!?」



 ウヅキの体勢が、崩れた。


 僅かに魔力干渉が起きたが、ヨーイチの魔力は、まだ残っていた。


 ウヅキの隙を、ヨーイチは逃がさなかった。


 ヨーイチの水平斬りが、ウヅキの胴に入った。


 中スラの、完璧なモーションだった。


 だがクラスの力が無いので、その威力は、グッドモーションの範疇だった。


 試合を見守っていた使用人の目が、僅かに見開かれた。



ウヅキ

「っ……!」



 ウヅキは吹き飛ばされたが、即座に立ち上がった。


 そして、ヨーイチを見た。


 2人の視線が交わった。



ヨーイチ

「俺はな……ウヅキ……」


ヨーイチ

「このゲームで負けるのが、死ぬより嫌いなんだよ」


ウヅキ

(変わった……?)



 ウヅキはヨーイチの気配が、変化したのを感じた。



ウヅキ

(だけど、何が? どうして……?)



 ウヅキは、オーサコのことなど知らない。


 転生などというものも、信じてはいない。


 ヨーイチの変質が、何によるものなのか、さっぱり見当がつかなかった。



ヨーイチ

「だいたい、何なんだよ。このクソみたいな剣は」


ヨーイチ

「モーションは平凡。リーチもねえ。コンボも入らねえ」


ヨーイチ

「こんなんで対人戦しようとか、舐めてんのか?」



 ヨーイチは独り言を呟きながら、オリハルコンリングを見た。



ヨーイチ

「もっとねーのかよ。まともな武器が」



 ヨーイチは腕輪に意識をやり、収納されている武器を探った。


 すると……。



ヨーイチ

「…………!」



 ヨーイチの表情が、驚きに染まった。



ヨーイチ

「どうしてコイツがここに……?」


ヨーイチ

「まあ良い」


ヨーイチ

「来い。デスサイズ」



 ヨーイチの剣が消滅し、代わりに長い柄が現れた。


 柄から光の刃が現れ、大鎌の形を取った。


 小学2年生の体には、不釣合いに大きい。


 それはオーサコ=ヨーイチの代名詞。


 最強の証。


 デスサイズだった。



ヨーイチ

「ちょっと体に合わねーが……」



 大鎌を構えたヨーイチは、少し不自由そうだった。


 闘気の力が有るので、重さに苦しむことは無い。


 だが、体型が変われば、モーションも変わる。


 オーサコの時と、同じようにはいかなかった。



ヨーイチ

「さっきまでのナマクラよりはマシか」


ヨーイチ

「さあ、行くぜ」



 そう言って、ヨーイチは前に出た。


 ヨーイチの大鎌が、ウヅキに迫った。



ウヅキ

「っ……」


ウヅキ

「うああああああああぁぁぁっ!」



 それからウヅキは、1撃も加えられず、ヨーイチに敗北した。



ウヅキ

「……………………」



 5分後。


 ウヅキはバリアに囲まれて、動けなくなっていた。


 それに使用人が触れた。


 外部から、必要なだけの魔力が充填されると、バリアは消滅した。


 ウヅキの両足が、地面を踏んだ。



ヨーイチ

「おかえり」



 ヨーイチが、ウヅキの正面に立っていた。


 デスサイズは、既に収納されていた。


 ウヅキはそれを見て、剣を腕輪に収納した。



ウヅキ

「むぅ……」


ウヅキ

「武術の心得が有ったのですね」


ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

「武器を持ったのは、今日が始めてだって言ったら、信じるか?」


ウヅキ

「そんなの、信じられません」


ヨーイチ

「そうか」


ウヅキ

「初めてだというのなら、どうしてそんなにお上手なのですか?」


ヨーイチ

「分かったんだ」


ヨーイチ

「お前に負けそうになった時、どうしてか……」


ヨーイチ

「戦い方が、武器の使い方が、頭に浮かんできた」


ヨーイチ

「それに、負けたくないって気持ちも」


ウヅキ

「不合理です」


ヨーイチ

「信じなくても良いぜ」


ウヅキ

「では、そうさせていただきます」


ヨーイチ

「ああ。そうしろ」


ヨーイチ

「信じようが信じまいが、俺の勝ちには変わり無いからな」


ウヅキ

「む……」


ウヅキ

「ヨーイチ。こちらへ」



 ウヅキはヨーイチを、手招きした。



ヨーイチ

「うん?」



 言われるままに、ヨーイチはウヅキに近付いた。


 ウヅキは、ヨーイチの後頭部に、手を回した。


 そして、彼に口づけをした。



ウヅキ

「んっ……」



 柔らかい唇が、ヨーイチの口に触れた。



ヨーイチ

「…………!」



 驚きで、ヨーイチは動けなくなった。


 5秒ほどすると、ウヅキは口をはなした。



ウヅキ

「はぁ……」


ヨーイチ

「な……なな……!」



 自由になったヨーイチは、慌ててウヅキからはなれた。



ヨーイチ

「何してんだよお前っ!?」


ウヅキ

「何と言われましても、ただのスキンシップですが」


ヨーイチ

「ただのって……」


ウヅキ

「夫婦であれば、これくらい当然でしょう?」


ヨーイチ

「まだ婚約者だろ!?」


ウヅキ

「ふふふ。赤くなって、お可愛いことで」


ウヅキ

「武器の扱いは上手くとも、女あしらいには慣れておられない御様子」


ヨーイチ

「ウヅキ……」


ウヅキ

「はい?」


ヨーイチ

「俺は負けるのが、死ぬほど嫌いなんだよ」



 ヨーイチは、ウヅキの傍まで近づいた。



ウヅキ

「ヨーイチ……?」



 ヨーイチの腕が、ウヅキを抱きとめた。



ヨーイチ

「覚悟しろよ」


ウヅキ

「え……」


ウヅキ

「んむ~~~~~~~~~~~~っ!?」



 その翌日、ウヅキは赤飯を食べた。


 幸福な日々が始まった。


 だがそれは、長くは続かなかった。




 ヨーイチの母親が、死んだ。




ヨーイチ

「父上が、再婚をするらしい」



 ミカガミ家の庭で、ヨーイチはウヅキにそう言った。


 いつもは明るいヨーイチの顔が、暗く沈んでいた。



ウヅキ

「…………」


ヨーイチ

「母上が逝ったばかりだというのに」


ヨーイチ

「父上は母上のことを……愛してなかったんだろうか……?」


ウヅキ

「あるいは、愛しすぎていたのかもしれませんね」


ウヅキ

「だからこそ、心の穴を埋めてくれる誰かが、必要だったのかもしれません」


ヨーイチ

「そういうもんか?」


ウヅキ

「そういうことも、有るのかもしれません」



 ウヅキの言葉は、実体験に基づいたものでは、無かった。


 本や芝居から得た、上っ面のものだった。


 だがヨーイチは、ウヅキの言葉を素直に聞いた。



ヨーイチ

「……そうか」


ヨーイチ

「父上の結婚を、祝福するべきなのかな……」


ウヅキ

「どうしても受け入れられないのであれば、無理をする必要は、無いと思います」


ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

「俺は母上の子だ」


ヨーイチ

「無理なことなんか、無いさ」


ウヅキ

「……はい」



 ヨーイチは、新たな母親を、笑顔で迎え入れた。


 血の繋がりは無くても、きっと家族になれる。


 そう信じていた。




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