その29「モーション練度とその結果」




ノリヒロ

「その余裕、後悔させてやる!」



 ノリヒロは、青い魔剣を構えた。


 そして即座に、ヨーイチに斬りかかった。


 ヨーイチは、それを下がってかわした。



ヨーイチ

「今度は合図ナシか?」


ノリヒロ

「悪いかッ!?」


ヨーイチ

「べつに」



 ノリヒロは、連続でヨーイチに攻撃した。


 その全ての斬撃を、ヨーイチは軽々と回避してみせた。



ノリヒロ

「なぜ当たらん!?」


ヨーイチ

「ヘタクソだからだよ。お前が」


ノリヒロ

「っ……! 凍えツブテ!」



 ノリヒロは、呪文を唱えた。


 氷のツブテが、ヨーイチへと飛んだ。


 ヨーイチはそれを、サイドステップでかわした。


 そして……。



ヨーイチ

(踏み込み強突き)



 ヨーイチは、ノリヒロを突いた。


 攻撃呪文の使用後は、術者に隙が発生する。


 ノリヒロは、動けなかった。


 ヨーイチの突きが、ノリヒロを吹き飛ばした。



ノリヒロ

「ぐっ……!?」


ヒロタケ

「若様……!」



 ノリヒロは、地面に転がった。


 そして仰向けになったまま、ヨーイチを見た。


 2人の目が合った。


 ヨーイチは興味無さそうに、ノリヒロを見下ろしていた。



ヨーイチ

「お前は予備動作が、おおげさすぎる」


ヨーイチ

「だから攻撃を読まれるんだ。簡単にな」


ノリヒロ

「っ……!」


ノリヒロ

「その目だ……!」


ノリヒロ

「貴様のその目が……俺を……!」




 ……。




 入学直後の頃。


 ヨーイチたちのクラスの教室。


 ノリヒロは、取り巻きを連れて、ヨーイチに話しかけた。



ノリヒロ

「オーカイン=ヨーイチだな?」


ノリヒロ

「俺はマツマエ=ノリヒロ」


ノリヒロ

「マツマエ藩の嫡男だ。よろしく」



 ノリヒロはそう言って、ヨーイチに握手を求めた。


 ヨーイチは、握手を返さなかった。



ヨーイチ

「マツマエ……」


ヨーイチ

「ってどこだっけ?」



 ヨーイチは、実に愚鈍そうな、ぼんやりとした表情で、そう言った。



ノリヒロ

「な……!?」


ウヅキ

「マツマエは、アシハラの北端に有る、大藩ですよ」



 隣に居たウヅキが、ヨーイチに助け舟を出した。



ヨーイチ

「ああ……」


ヨーイチ

「そうだったかな……」



 ヨーイチは、興味が無さそうに、ノリヒロから視線を逸らした。



ノリヒロ

「…………!」



 ノリヒロは、衝撃を受けた。


 マツマエ藩は、北の要所だ。


 幕府中央であっても、無視出来るものでは無いと思っていた。


 それなのに……。



ノリヒロ

(御三家からしたら、俺なんか眼中に無いってのか……!?)


ノリヒロ

(所詮、外様は外様なのか……)



 悔しさが、ノリヒロの心を焼いた。


 今。


 ヨーイチに燃えるような視線を返し、ノリヒロは立ち上がった。



ノリヒロ

「俺は……マツマエ=ノリヒロだ」


ノリヒロ

「マツマエ藩の跡継ぎだぞ!」


ヨーイチ

「それがどうした」


ノリヒロ

「お前に勝つ!」


ヨーイチ

「やってみろよ」



 ヨーイチは、槍を構えた。


 そこへノリヒロが、再び斬りかかってきた。


 ノリヒロの動きが、少し改善されていた。


 おおげさな予備動作が、無くなっていた。


 勝つためであれば、敵の助言も受け入れる。


 それがノリヒロの、今の心境らしかった。


 ヨーイチはノリヒロの攻撃を、ガードし続けた。


 この世界では、ガードするだけでも、バリアを削られてしまう。


 だが、ヨーイチは冷静に、ノリヒロを観察していた。


 そうすることで、ノリヒロの技量をはかっていた。



ノリヒロ

「どうした! 手も足も出ないか!?」


ヨーイチ

「……7割ってところか」


ノリヒロ

「……? 何を言っている?」


ヨーイチ

「お前のパーフェクトモーションの、成功率だ」


ノリヒロ

「決闘中だぞ? 何をのんきに数えている?」


ヨーイチ

「悪いが……」


ヨーイチ

「その程度じゃ、ゲームにならねーんだよ」


ノリヒロ

「ほざけ!」



 ノリヒロの斬撃が、ヨーイチに襲いかかった。


 それがグッドモーションであることを、ヨーイチは即座に見抜いた。



ヨーイチ

(中突き)



 ヨーイチは、ガードと同時に反撃をしかけた。


 その突きは、無防備なノリヒロの体を直撃した。



ノリヒロ

「ぐはっ!?」



 突きの直撃を受け、ノリヒロは吹き飛ばされた。


 地面に転がったが、即座に立ち上がった。


 そして、剣を構えた。



ヨーイチ

「マツマエ……」


ヨーイチ

「対戦相手に、十分なガード硬直を発生させるには、パーフェクトモーションじゃないとダメだ」


ヨーイチ

「グッドモーションじゃ、相手のガードモーションが完璧なら、反撃を受ける」



 ダンプラでは、ガードにも良し悪しが有る。


 相手のガードが未熟なら、グッドモーションでも反撃は受けない。


 だが、オーサコ=ヨーイチは、元アリーナチャンプだ。


 甘いモーションを見逃すようなマネはしない。



ヨーイチ

「ダンプラの対人戦において、グッドモーションっていうのは、ミスなんだよ」


ヨーイチ

「ミスは咎められる」


ヨーイチ

「それが対人ゲーの摂理だ」


ヨーイチ

「お前は10回に3回ミスをする」


ヨーイチ

「お前が10回剣を振れば、俺は3回は、お前に槍を叩き込めるってことだ」


ノリヒロ

「ダンプラ……? 何を言っている……?」


ヨーイチ

「お前はまだ、俺と戦えるレベルじゃないって話だ」


ヨーイチ

「諦めろ」


ノリヒロ

「ふざけるなっ!」



 ノリヒロは、再びヨーイチに斬りかかった。


 それはまたしても、グッドモーションだった。


 ノリヒロの未熟さを考慮しても、2度グッドモーションが続くのは、調子が悪い。



ヨーイチ

(メンタルが崩れたな)


ヨーイチ

(モーションはどうしても、メンタルの影響を受ける)



 宣言通り、ヨーイチにとってモーションのミスは、確定反撃を意味していた。


 ヨーイチはノリヒロに、再び槍を突き入れた。



ノリヒロ

「ぐあ……!」



 さきほどと同様に、ノリヒロは地面に転がった。



ヨーイチ

(ケンザキのやつは、凄かったんだな)


ヨーイチ

(あいつは絶対に、モーションをミスらなかった)


ヨーイチ

(だから、読みを通すしか無かった)



 そこから先は、一方的だった。


 何をやってもヨーイチの方がうわてで、ノリヒロのバリアは削られていった。



ノリヒロ

「どうして……!」


ノリヒロ

「家柄だけの無能じゃなかったのかよ……!?」


ヨーイチ

「まあ、こないだまではな」


ノリヒロ

「くそっ! くそっくそっくそっ!」


ノリヒロ

「雪絡み!」



 ノリヒロは、呪文を唱えた。


 雪絡みは、地面の広範囲に、冷気を発生させる。


 多少動きに優れた相手でも、完全に回避するのは難しい。


 ノリヒロは、そう考えていた。



ヨーイチ

「悪いが……」



 呪文が成立するまでの、僅かな隙。


 ヨーイチは、前方にステップしていた。


 2人の距離が、近付いた。



ノリヒロ

「え……?」


ヨーイチ

(飛翔斬、強)



 ヨーイチは槍を振りながら、宙へと浮き上がった。


 強力な呪文をはなったことで、ノリヒロの体は硬直していた。


 ヨーイチの槍が、無防備なノリヒロを打った。


 ノリヒロは、吹き飛ばされた。


 ヨーイチは跳躍によって、足元の冷気を回避していた。


 攻防一体。


 アリーナにおける、対雪絡みの最適解だった。



ヨーイチ

「アリーナじゃ死に技だ。そいつは」


ノリヒロ

「あぁ……」


ノリヒロ

「オーカインに……勝ちたかっ……た……」



 ノリヒロの手から、剣がこぼれた。


 彼の顕在魔力が、枯渇した。


 緊急用バリアが発動した。


 バリアの壁に囲まれ、ノリヒロは動けなくなった。


 決着だった。



ヒロタケ

「若様……」



 ヨーイチは、地面に着地した。



ヨーイチ

「俺の勝ちで良いな?」


ヒロタケ

「……ああ」


ヨーイチ

「勝利報酬だけど、その剣で良いか?」



 固まったノリヒロのそばに、青い剣が落ちていた。


 ヨーイチは、それを要求した。


 特別に欲しいというわけでも無い。


 だが、他に報酬になりそうなものも、思い浮かばなかった。



ヒロタケ

「俺の一存では決められん」


ヨーイチ

「そうか。それじゃ、あとで良いや」


ヨーイチ

「取った装備を返してくれ」


ヒロタケ

「……分かった。タロベエ」


タロベエ

「……はい」



 今、スケルトングリーブは、タロベエの手中に有った。


 タロベエはヨーイチに、スケルトングリーブを返却した。



ヨーイチ

「ドーモ」


ヒロタケ

「ひとまずは、失礼させてもらう」


ヨーイチ

「ああ」


ヒロタケ

「行くぞ」


タロベエ

「……はい」


ジロベエ

「分かりました」



 タロベエとジロベエが、バリアに包まれたノリヒロを、抱え上げた。


 3人は、8層への転移陣が有る方角へと、去っていった。


 ヒロタケたちが去ると、ヨーイチはチナツに意識を移した。



ヨーイチ

「ミナクニ。だいじょうぶ……」


チナツ

「オーカインくん!」



 チナツが思い切り、ヨーイチに抱きついてきた。



チナツ

「凄い! 凄かったよ……!」



 チナツはヨーイチに抱きついたまま、彼を褒め称えた。


 武家の娘としては、いささか慎みに欠ける行為だ。


 それだけ彼女は、ヨーイチの行いに、感動しているらしい。



ヨーイチ

「大げさな」



 ヨーイチは苦笑した。


 そのとき。




ウヅキ

「ヨーイチ……?」




 転移陣の部屋の方に、ウヅキたちの姿が有った。


 下の階層から、逆走してきたらしい。



ヨーイチ

「ウヅキ?」


ヒカリ

「……やあ」


アキラ

「……悪い」



 ヨーイチを、ウヅキと会わせてしまった。


 アキラとヒカリは、気まずそうにヨーイチを見た。



ウヅキ

「家でゲームをしているのでは、無かったのですか……?」


ウヅキ

「どうして……ミナクニさんと抱き合って……」



 ウヅキの顔色は、明らかに悪い。


 婚約者であるヨーイチが、嘘をついた。


 しかも、女絡みの嘘だ。


 ヨーイチが、他の女に抱かれている。


 ウヅキはそのことに、深いショックを受けているようだった。



ヨーイチ

「抱き合ってねーよ。一方的に抱かれてるだけだ」


ウヅキ

「ヨーイチが……不貞を働くなんて……っ……」



 ウヅキの目に、涙がにじんだ。


 ウヅキはヨーイチに背を向け、走り去ってしまった。



ヨーイチ

「待て! 人の話聞けよ!」


ヨーイチ

「追うぞ。離せ」


チナツ

「あっうん。ごめんね」



 ヨーイチはチナツを引き剥がし、走り出した。


 走りながらスケルトングリーブを、チナツへ放った。


 チナツはそれを受け取ると、腕輪に収納した。


 アキラたちも、ヨーイチに同行した。


 4人とカゲトラで、ウヅキを追った。


 彼女の姿は、既に見えなくなっていた。



アキラ

「ところで、このネコ誰のネコだ?」



 アキラがカゲトラを見て言った。



カゲトラ

「みゃ?」


ヨーイチ

「俺の」


ヒカリ

「猫、乗れるんだ?」


ヨーイチ

「……頑張ればな」



 走っていると、分かれ道にたどり着いた。



ヨーイチ

「どっちだ……?」


ヒカリ

「ちょっと待って」



 ヒカリはマップを表示させた。


 マップには、4つのマーカーが表示されていた。



ヒカリ

「パーティ組んでるから、マーカーで追えるよ」


ヨーイチ

「よし」



 ヨーイチたちはマップを頼りに、ふたたび走り出した。


 走りながらヨーイチは、アキラたちに問いかけた。



ヨーイチ

「……お前ら、どうしてここに?」



 アキラたちの攻略階層は、11層を超えている。


 11層からは、ダンジョンドームに直行出来る。


 帰還の際、9層を通る必要は、無いはずだった。



アキラ

「ミカガミがマップを見て、ミナクニがダンジョンに居るのに気付いたんだ」


アキラ

「それで合流しようって言い出して……」


ヨーイチ

「パーティを、組みっぱなしだったのか……」


チナツ

「ボクのせいだ……。ごめん……」


ヨーイチ

「べつに、悪いことしてたってわけでもねーだろ」


チナツ

「けど、ミカガミさんを騙してたわけだし……」


チナツ

「それに、抱きついたのはやりすぎだったよ」


ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

「お前らさ、ミナクニが俺と居るって、思わなかったか?」


アキラ

「一応、電話はしたんだぞ?」


アキラ

「出ろよ」


ヨーイチ

「悪かったな。忙しかったんだよ」


アキラ

「それにまさか、抱き合ってるとは思わなかった」


ヨーイチ

「だから、俺は抱いてねーよ」


アキラ

「お前ら、ホントにそういう関係じゃ無いんだよな?」


ヨーイチ

「俺はウヅキ一筋だ」


チナツ

「…………」


ヨーイチ

(だいたい、ウヅキの奴はなんなんだよ)


ヨーイチ

(俺のことなんか、見限ってたんだろうに)


ヨーイチ

(いまさら俺のことなんかで、ショック受けてんじゃねーよ)


ヒカリ

「待って」



 次の分かれ道で、ヒカリは立ち止まった。


 それに釣られ、他の面々も足を止めた。



アキラ

「どうした?」


ヒカリ

「ウヅキが行ったこの先……」


ヒカリ

「こっちは……進入禁止エリアだ」


チナツ

「…………!」


ヨーイチ

「どんだけテンパってやがんだアイツは……!」



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