第2話 過去

あれは、10歳くらいの頃。

小学校の友達とこの家でかくれんぼをしていた。

その時は、私を含めて4人。

私の家はそんなに広くないので、隠れる場所もそう多くない。

数回かくれんぼをしたら、隠れている所はあらかた出尽くしまう。

そうなると隠れる側としては面白くない。私は絶対に見つからない所に隠れてやろうと躍起になった。


どこかこの家でまだ隠れられる所はないか探していると、ふと、以前母に教えられた床下収納のことを思い出した。

非常用の防災バッグや非常用の水が入っているから、開けてはいけないと教えられていた所だ。しかし、かくれんぼに夢中の私にとって、母の言葉は覚えていたが、どうでもよかった。

多少後で怒られても、それよりもここに隠れたかった。

誰も見つけられないであろう所に。


なぜそんなに本気になるのか?

かくれんぼが純粋に楽しかったのもあるが、一緒にかくれんぼをした友達の中に、その時好きだった女の子がいたからだ。

その子にいいところを見せたい。すごいって思われたい。

そんな気持ちが私を包み込んでいた。


予想通り、かくれんぼで私は見つからなかった。

しかし、その後が問題だった。

かくれんぼで床下収納に隠れていたことが、母の耳に入ったのだ。

(普段、私達が居間で遊んでいる間、母は和室にいた。)


母は普段あまり怒らずに、私が反省するまで「やってはいけないことである」と強く諭すのであるが、その時は違った。

母は私を鬼の形相で𠮟りつけた。

今まで聞いたことのない汚い言葉で私のことを罵った。

私は母親に怒られたことと、好きな子の前で情けない姿をさらしていることの

二つで泣いた。


それ以来、床下収納へは近づかなかった。

今思うと、あの時の母の怒り方は異常であった。

瞳孔は開き、顔を赤くし、鼻の穴をこれでもかという程大きくしていた。

眼も血走っており、目玉すら怒りで震えていて怖かった。

それに、あんなに怒ったのも後にも先にもあの時だけだ。


これまでのことを思い出し、この床下収納に何かある。


改めてそう確信し、蓋の金具に手をかける。

中指と人差し指を金具に通して持ち上げる。意外に重かった。

前はよくこれを持ち上げられたなぁと過去の自分に感心しながら開けた。


この家の床下収納は、蓋が取れるタイプではなく、蓋と収納が蝶番で止まっている持ち上げるタイプだ。

中には、以前と変わらず防災バックと非常用の水2リットルのペットボトルが何本かが入っていた。中を見るが何もおかしなところは無い。

普通の床下収納だ。


おかしい!


どこか変なところがある筈だ!探せ!

強い焦燥感に駆られた。

ここにあるはずですだからだ。


必死になって何もない収納箱の中を見つめ、手で探るが、何も新しい発見は無い。

どこかに必ずあるはずだ!


家族がいないことに関して、ここに何かしらのヒントがあるはずだ。


ぴちゃん。

蛇口をしっかりと閉めてなかったのだろう。

水滴が音を立てた。


冷めた。バカらしくなった。

何もない床下収納を必死になって覗き込んでいる自分を俯瞰してしまい、馬鹿らしく感じた。


そもそも何で床下収納なんだ?

もっと他に探すところあるだろう?


ただ近所に散歩でもしに行っているのではないか?

一・二時間すればどっかからか帰ってくるんじゃないか?


自然と笑いが込み上げてきた。

失笑というか自傷というか。これを誰かに見られてたら酷く滑稽だな。なにバカなことしているんだ私は。そんな言葉が感じられる笑い。


ふーっ、よし!

両の膝を叩いて、今まで外に出したものを片付ける作業に入った。

さっきまでの焦りは消え、ジブリのさんぽを口ずさみながら取り掛かろうとペットボトルを掴んだ。


ヒューーウ

涼しい風が腕の毛を撫でた。下から上へ。


えっ。


下から風が出ている。

箱に見た感じ穴は開いていない。

どこからか空気が抜けている。


腕をまくり、収納箱の上を行ったり来たりさせる。

何往復かの後、収納箱と床の間にかすかに隙間があり、そこから風が流れ出ていることが分かった。


隙間に指を入れて落ちあげたみると、箱自体の重さが割と軽いことが分かった。

プラスチック製だからかもしれない。

音を立てないように、途中で落とさないように、収納箱の対角を掴み、そのままゆっくりゆっくり上へ持ち上げる。


箱を床から持ち上げて、目を疑う。

箱の下に梯子がある。

そして、何メートルか下まで垂直にその梯子が続いている。


動悸が激しくなる。

呼吸が浅くなる。

こんなものが家にあったなんて知らなかった。

どうして誰も教えてくれなかったのか。


さらに驚くことによく見てみると

梯子の両端には砂やほこりが溜まっているが、

真ん中は比較的少ない。

つまり、この梯子は頻繁に使用されているのが分かる。


この時点で、私の頭の中に家族の行方と安否についての心配は消えていた。

ただこの先に、何があるのか?何を隠しているのか?その興味だけが私を突き動かしていた。



感情的に行動しその後、後悔する。

私は、床下収納に隠れた時から一歩も進歩していなかったことが

この一件を通して改めて、痛感することになる。






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