愛され天使と孤独な義弟

雪蘭

第1話 新しい家族

 古びた書斎の独特な匂い。父からはいつもこの匂いがした。

ちょっとカビた紙とインクの匂いが混ざったような、私の落ち着く匂い。


その匂いをもう、本人から感じることはできない。

唯一残っていた亡き父の私物を押入れに仕舞うと、かつて父が長い時間篭っていたこの部屋から、その面影はあっという間に消えてしまった。


私は、じんわりと込み上げてこようとするものを無理やり押し込み、3日後に引っ越してくる新しい家族を迎えるためひたすら手を動かした。






「お母さん、和真かずまさん、結婚おめでとう〜!!」


新しい家族ができて、最初の晩ご飯。今までお兄ちゃんと二人きりで食べていたけれど、今日はお母さんも、お母さんの再婚相手の和真さんも、その息子のかい君も一緒だ。


 


 お母さんが和真さんと再婚することを知ったのは、半年前のお母さんのお誕生日の日だった。


『お母さん、この人と再婚することになったの!』


そう話すお母さんの顔は、お父さんが亡くなってからは見たことがなかった、幸せを醸し出すような華やかな笑顔だった。そんな顔をするお母さんに反対する理由もなく、その日すぐに和真さんとその息子、海君と顔合わせをすることになった。


お洒落なレストランに入り、私たちを待っていた二人を見て一瞬体が固まった。

立派なタキシードに身を包んだ和真さんも、学生服を着ていただけの海君も、まるで絵画の中の紳士のように私には見えた。

ゴージャスな店の装飾もその二人の背景と化し、周囲の視線を釘付けにするオーラのようなものまで目に見えるようだった。



 


 それから瞬く間に時間が過ぎて、現在では私はそんな人たちとテーブルを囲んでいる。キラキラとした美形二人と目を合わすことはおろか、会話をすることも少し憚られる。.....特に海君!!!海君は私が今までに見たことがないくらいのイケメンで、学生服もそうだけれど、私服だとより一層その美形を引き立てていた。

これから慣れていかなくては、と私は気を引き締めるため、ぴんと背筋を伸ばした。


しかし、家でお兄ちゃん以外の人とご飯を食べるのなんて、一体いつぶりだろう?

空席のないダイニングテーブルを眺めながら、私は期待と不安、そして緊張がごちゃ混ぜになったような、なんとも複雑な思いを抱いていた。




「ありがとう、芽華めいか。今までたくさん苦労をかけたわね。成翔なるとも、本当にありがとう。」

「別にー?俺は全部芽華のためにやってただけだから。」


相変わらず、なぜかお兄ちゃんはお母さんに塩対応をする。何度か理由を聞いてみたことはあるけれど、『芽華は知らなくていいから』の一点張り。

こういう意地っ張りなところは、本当にお母さんそっくりなのに。


「海も、ごめんな。ずっと一人にしておいて。だけど、これからは違う!成翔君と芽華ちゃんと仲良くするんだぞー?」

「気が向いたらね。」



今日から義弟になった楢崎ならざき海君は、お母さんが亡くなられてからずっと、学校から帰ると一人きりで家にいたらしい。関わる時間が少なかったからか、和真さんとはあまりうまくいっていないように見える。


そっけなく言葉を返した海君は、黙って食事を進めていた。そんな彼の大きいはずの背中が、私にはなぜだか小さく感じた。


私、小倉おぐら芽華は、そんなギクシャクとした雰囲気の中、新しい家族との生活をスタートさせた。









 新生活が始まって1ヶ月が過ぎた今現在、私は少しでも夢を見た数週間前の自分に蹴りを入れた。

もちろん、義弟(同い年だけど私の方が誕生日が早い!)になった性格の悪いイケメン男子にも。


私ももう今年十四歳になる年頃の女子中学生。少女漫画の一つや二つ、もちろん履修済みである。

海と過ごすことに少し慣れてきた頃に、親の再婚、からのイケメンの義兄弟との秘密の恋愛..........なんて王道ストーリーをちょっと、いや、一瞬期待していたときもあった。


だが!しかーーっしっ!!!そんなのは、この物語はフィクションであり実在する人物・団体とは一切関係ございません。の世界!!

今の私たちにそんな雰囲気は、一ミリも、一ミクロンもございません!!


「..........なぁ、」

「なぁにぃ?海?」


私には芽華っていう名前があるのに、海はいつも私のことを"なぁ、"とか"ねぇ、"呼ばわり。こんなやつに恋なんてできるわけがない。だから私は、念願の弟として海を可愛がることに決めたのだ。イケメン!!!!って騒いでいた時期が懐かしいなぁ。今なら絶対そんなこと思えない。


「あのさぁ、そのニマニマ顔何?キモいんだけど」

「あーら。海クンはこのお姉さまの優し〜い微笑みをキモいだなんて言うの!?お姉ちゃん、泣いちゃう!!」

「キモいもんはキモい。つか、誕生日三ヶ月しか違わないくせに年上ヅラすんな。」


海はそう言うと、自分の部屋に戻って行った。ちょーっとからかい過ぎたかなー?と少し反省しつつも、今度はどうイジろうか、と新しい"お楽しみ"に頬が緩んだ。

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