第13話 引受人指定依頼

 



 バックヤードでは裏方に回った窓口職員たちが金貨銀貨、ありったけの貨幣を数えている音が聞こえてくる。


 まだ他の窓口に並んでいる冒険者たちも、この異様な成り行きを固唾を飲んで眺めている。


「ローズマリーさん、多量の魔石をお持ちになる時は事前にご連絡いただけると有難いのですが」


「あら、ごめんなさぁい。ダンブルやシャンリーの冒険者ギルドではこれくらいの量なら問題なく当日換金できてたものだからぁ、つい」

 ローズマリー=エイミはしらっと言う。


「問題あるのかしらぁ?」


「ここファーテスのようなまだまだ小さな冒険者ギルドでは、貨幣準備高が十分ではないもので」


「そう……なら支部長たちも説明にお出ましになるかしらねぇ」

 そう言ってローズマリー=エイミは悪戯っぽく笑うと、窓口のカウンターに両肘を付いて衝立に顔を寄せ、俺に小声で話しかける。ボタンを外しっぱなしのチャイナドレスの胸部がはだけて形のいい胸の谷間が神秘の陰影を作っている。


『カワイ=ケイスケ営業部長、あなた新規の大口契約を取りに外部へ営業に出るんですってねぇ? 増加している低ランク冒険者のために』


 何故そんなことを知っている?


『あらぁ、図星のようねぇ。なら丁度いいわぁ。営業先はシャンリーね』


 …………


『どっちみち行かざるを得なくしてあげるけどぉ。よろしく、インプローダーさん』


『何処でそれを聞いた!』


 バックヤードからドス・ドス・ドスと足音が響いた。

 ウイラード支部長とエイジ、ジェーンが受付に姿を見せる。


 支部長たちが姿を見せると、ローズマリー=エイミはゆっくりと上半身を起こして元の優雅な立ち姿に戻る。


「エイミ、済まんな、うちの貨幣が足りん。支払いは後日にしてもらえんか」

 ウイラード支部長がローズマリー=エイミにそう伝える。


「……」


 無言のローズマリー=エイミに、エイジが更に補足説明をする。

「正確には払えない訳ではないが、それをしてしまうと明日以降の冒険者たちへの払い出しに支障が生じる。貨幣は2週間後であれば用意できる。貴方も冒険者であればそれで納得して欲しい」


 ジェーンはひたすらローズマリー=エイミを睨みつけている。


「……ええ、よくってよぉ。別に旧知のウイラード達を困らそうなんて思っていないものぉ」

 意外にもすんなりローズマリー=エイミは承諾する。


「ローズマリー=エイミ! あんた何が目的なのよ! 私たちを嘲笑いに来たってコトなの!」


「まさかぁ、そんなコトする筈ないでしょぅ? ジェーン=マッケンジーさぁん。 ひとつ依頼を頼みにきたのよぉ」


「依頼ですって!」


「そう、依頼よぉ。そのための資金を魔石の換金で作ろうと思っただけよぉ」


「その依頼とは、どんな内容でしょうか」

 営業部長の俺が確認する。


「引受人指定依頼。シャンリーのランキン商会に指定の冒険者を派遣し、そこで言われた仕事を手伝って欲しいのよぉ。期間はそうねぇ、移動も含めて1カ月よぉ。

 引受人指定の冒険者は……カワイ=ケイスケ。

 今日の魔石が534.4㎏だったから、払い出し金はだいたい700万デイスにはなってるはずよねぇ? 全額依頼の報酬にするとお上にガッポリ持っていかれるからぁ、200万デイスを依頼報酬にして、残りは端数も含めて冒険者ギルドへの寄付ってことでどぉ? そうすれば払い出しは必要ないでしょぉ?」


「ふざけないで! ケイスケはうちの営業部長なのよ! そんな長く不在にされたらこの支部の営業は回らなくなってしまうわ!」

 

「あらあ? 今日はあちこちでギルドの新人営業職員が入ったって聞いたけどぉ?

 それにもし断るなら、今日、この場で魔石の引き取り代金を全額耳を揃えて支払ってもらうわぁ」


 さっき小声で「行かざるを得なくする」と言っていたのは、こういうことか。


「……新人のエディに明日からすぐに全部任せるわけにはいかないんですよ、ローズマリーさん。まだ農村部の営業先も回ってないですし」


「別に今すぐとは言ってないでしょぉ? 出発は2週間後でいいわぁ。

 それにシャンリーでの依頼遂行以外の時間は、このギルドの営業部長として営業活動をしてもらっても構わないしぃ」


 正直、条件としてはかなりいい。

 問題は、大口依頼の営業先がシャンリーに固定されることくらいだ。


 ただ、これだけの金額の話だと俺の一存という訳にはいかない。

 俺はウイラード支部長に視線を送り、支部長の決断を待つ。


「エイミ、その依頼受けよう。ケイスケの出発は2週間後で良いのだな」


「ウイラード、受けてもらえて助かるわぁ。じゃあ冒険者証と依頼書に入力して返してくださるぅ?」


 俺がオーダーリーダー受付魔道具に入力しようとすると、後ろに立っていたジェーンが「ケイスケ、代わるわ」と言って俺をどかす。

 俺に代わって10番窓口に座ったジェーンは、物凄い勢いでオーダーリーダー受付魔道具を操作すると、入力し終わった冒険者証と依頼書をトレーに乗せてローズマリーに差し出す。


「本日の支払いですが、魔石1㎏の引取り額3万デイス×534.4㎏の総額16,032,000デイス。

 こちらから冒険者ギルド組合費5%801,600デイス、教会税10%1,603,200デイス、人頭税40%6,412,800デイスを差し引き7,214,400デイスの払い出しとなります。

 この払い出し額から5,214,400デイスを冒険者ギルドファーテス支部への寄付、200万デイスを冒険者ギルドファーテス支部への依頼費用ということで相殺させていただき、払い出し金額は0デイスとなります。よろしいでしょうか」


「ええ、それでお願ぁい」

 ローズマリー=エイミは受け取った冒険者証を首に戻しチャイナドレスの襟元のボタンを留め、依頼書をしまいながらそう返答する。


「それでは、こちらの依頼申込書に依頼主様の署名と、拇印の捺印をお願いします。その間に寄付と依頼料の領収書を用意いたします」


 ローズマリー=エイミが依頼申込書への記入を終えると同時にジェーンが領収書を2枚差し出す。そして依頼申込書を受け取る。

 その依頼申込書をオーダーリーダー受付魔道具に読み込ませ、冒険者ギルド内掲示用の依頼書を作成し、依頼申込書をローズマリー=エイミに返す。


「これで手続きは終了いたしました。ご依頼、ありがとうございました」


 ジェーンは無機的な声で、だが丁寧にローズマリーに頭を下げる。


「あらぁ、ご丁寧に。ジェーン=マッケンジーさぁん、アナタ昔からは想像もつかないわぁ。本当に美人有能受付ねぇ。

 ああ、そうそう。魔石の入っていた袋もあなた方に寄付するわぁ。低ランクのうちなら重宝するんじゃなぁい? 収納袋マジック・バッグ、高いものねぇ」


 そう言ってローズマリー=エイミは、くるりと受付に背を向けて歩き出した。


「ローズマリー=エイミ様」

 ローズマリーがギルド入口の扉を開く直前、ジェーンが突然無機質な声をかける。


「……冒険者証のランク更新、そろそろ行っては如何でしょうか? あれだけの量の魔石を集めるためには相当な回数の戦闘をこなされたと推察いたします。

 それと、過去の依頼書をいつまでも継続されているのも如何なものかと。

 何か良からぬことを企んでいるのでは、と疑われる元となりかねません。ご一考を」


 ジェーンの言葉を受けたローズマリーは、しばらくそのままの姿勢でいたが、

「考えておくわぁ……ジェーン=マッケンジーさぁん」

 と一言残して、そのままギルドを立ち去った。


 入口の扉が閉まるまで我慢していたジェーンが、扉が閉まると同時にダカン! と10番窓口のカウンターを叩いた。

 カウンターの分厚い板は、ジェーンの握り拳と腕の形に綺麗に抜けていた。


「ねえ、ケイスケ……」


 ジェーンが押し殺したように声を出す。


 ジェーンの丸まった背中に手をあて、顔に耳を近づける。


「昔からアイツはカンにさわるヤツだったけど……私の『第6感特能』が感じるの……アイツに深入りし過ぎちゃ駄目だって……気をつけて、この依頼……」


 ジェーンは絞り出すように小さな声でそう呟いた。







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