第12話 ローズマリー=エイミ




「ローズマリー=エイミ! 何しに来たの!」


 1番の受付窓口を担当していたジェーンが、彼女の姿を認めるなり、立ち上がって大声で叫んだ。


 ローズマリー=エイミは、この冒険者街で娼館兼酒場『黄金の夜明け亭』を経営するオーナーだ。『黄金の夜明け亭』はかなり敷居が高く、冒険者は中クラス以上銅級、銀級、金級でないとお断りされる。ファーテス市街地からも高級市民などがお忍びでやってくる。

 俺も営業する上での情報収集のためにたまに足を運ぶ。

 ただ、オーナーのローズマリー=エイミは『黄金の夜明け亭』でも滅多に姿を現すことは無く、俺も数回たまたま顔を合わせたことがある程度だ。

 噂では彼女も転移者らしいが、コッチの世界での便宜のために洗礼名パプティスマルネームを名乗っているのだとか。


 真っ直ぐ俺の担当する受付に歩いてくるピンクのチャイナドレスを着たローズマリー=エイミはジェーンの叫びを一切気にすることなく俺の担当する受付前まで来ると「魔石を持ってきたのぉ。引き取って下さるぅ?」と優雅にほほ笑みながら俺に伝える。


「待ちなさいよ、自分のお高く止まった店で忙しいんでしょ、ローズマリー=エイミ! 帰んなさいよ!」


 ジェーンが受付から出てフロアに回り、ローズマリー=エイミのすぐ横で食って掛かる。

 ローズマリー=エイミはそんなジェーンの対応にもどこ吹く風だ。


「あらあ、私も一応冒険者の端くれなんだけどぉ? 冒険者が魔石を持って冒険者ギルドに赴くのって、そんなにおかしなことかしらぁ?」


「普段は『黄金の夜明け亭』に引きこもって緊急要請も受けようとしないアンタが良く言うわね! だいたい魔石なんて何処で手に入れてきたのよ!」


「どこって、洞穴ダンジョンに決まってるでしょぉ」


「アンタいつ洞穴攻略ダンジョンアタックの依頼受けにギルドに来たって言うのよ! オーダーリーダー受付魔道具には全く登録されてないんだけど!」


「あらぁ、変ねぇ。確かに受けてるはずなんだけどぉ」

 そう言ってローズマリー=エイミはチャイナドレスの胸元から一枚の茶色い紙を取り出し、ジェーンの方向を向かずに紙だけジェーンに差し出した。


 茶色の紙を受け取ったジェーンは書かれている内容を確認する。


「アンタこれ、8年前の依頼書じゃない!」


「ええ、それくらいになるのかしらぁ? 確かダンブルの冒険者ギルドで受けたはずだけどぉ」


 8年前は、まだファーテス支部は設立していない。

 ジェーンはダンブルの冒険者ギルドで発行された依頼書茶色い紙に目を落としたままワナワナと震えた。

 勢いで依頼書を破ってしまいかねない。


 ローズマリー=エイミはそんなジェーンからサッと依頼書を取り返すと「だから私が魔石を持ち込んでも問題ないって解ったでしょぉ、美人有能受付のジェーン=マッケンジーさぁん?」と言って優雅な勝ち誇った笑みを浮かべる。


「くっ、……だったらその依頼書、いったん完了にして新しい依頼として受け直しなさいよ! アンタにやましいことが無いんだったら!」


「そうねぇ、別にやましい事がある訳じゃないけどぉ、何となく勿体ない気がするわぁ。ずーっと肌身離さず持っていたものだからぁ」


「いいから貸しなさい! 私が処理する!」


「ええ? いいのかしらぁジェーン=マッケンジーさぁん? 貴方の窓口にはまだ手続きを待っている冒険者の方々が列に並んで待ってるじゃなぁい。順番に割り込んでしまうなんて待っていた方々に申し訳ないわぁ。空いているこちらの窓口で手続きさせていただく方が、お互いにとって良いのではないかしらぁ?」


「くっ……覚えてなさいよ、ローズマリー=エイミ!」


 ジェーンは悔しそうに捨て台詞を残し、自分の受付に戻り業務を再開する。

 「お待たせいたしました、次の方」と今までのやりとりが無かったかの如く、営業スマイルを振りまきながら。

 プロだ。



「では、魔石の引き取り、お願いできるかしらぁ」


 ローズマリー=エイミはチャイナドレスの首元のボタンを外し、首に掛けている冒険者証を取り出すために胸元を広げる。

 胸元まで開いて見える、大きすぎず小さすぎずのふくよかな白い胸の谷間に挟まるように掛かっていた冒険者証を見せつけるように外す。

 ローズマリー=エイミが俺の手を握りながら手渡した、彼女の体温が残る冒険者証の色は銀。

 シルバー級だ。

 やはり俺の手を握るように渡された依頼書と共にオーダーリーダー受付魔道具に掛ける。


 依頼内容は洞穴探索ダンジョンアタック。特定の洞穴ダンジョンは指定されていない。難易度を考慮して洞穴ダンジョンを指定する最近の依頼書とは違っている。


「依頼は完了にしますか?」


「うーん、継続でお願いできるぅ?」


「承りました、継続で」


 オーダーリーダー受付魔道具に継続を入力。


「では、戦利品がありましたらお出しください」


 俺がそう言うとローズマリー=エイミはハンドバッグ型の収納鞄マジック・バッグから魔石の入っているであろう袋を取り出す。ハンドバッグは小さいながら高性能な収納鞄マジック・バッグのようで、ハンドバッグよりも大きな袋がむにょんと出て来る。収納時の空間歪曲機能付きだ。


 俺はローズマリー=エイミが取り出す魔石入りの袋を、背後に控える資材管理部の職員に次々に渡していく。


「ねえ、まだまだあるんだけどぉ」


 ローズマリー=エイミはそう言って次々に魔石入りの袋を取り出す。

 8、9、10、11……


 資材管理部の職員がたまらず悲鳴をあげる。

「すみません、一度そこでお止めください! 計量が追い付きません!」


 資材管理部職員が魔石を投入する魔石計量機のカウンターの数字が恐ろしい勢いで回っている。魔石が入っていた袋も収納鞄マジック・バッグの一種のようで、片手で持ち上げられる程度の重さの袋から延々と魔石が計量機に流れ落ち続ける。

 その様子を見ていた、今日は裏方に回っている受付業務担当職員のレイチェルの顔がどんどん青ざめていく。

 彼女は今日、裏方として窓口への貨幣の供給を担当していた。


 レイチェルはまず1番窓口を担当している窓口業務主任のジェーンに報告に行った。

 その後俺の側に近寄ると、青ざめた顔で俺にそっと耳打ちする。


『カワイさん、これ以上受けると今週分の窓口現金が足りなくなります……』

『……わかった、とりあえず現時点で魔石計量機に投入された分だけ現金を用意できるかい?』

『……主任との相談次第です』


「ローズマリーさん、申し訳ありませんが、本日は魔石計量機の調子が悪いようでして、現在計量している分だけ、ということにさせていただきたいのですが何卒ご容赦下さい」


「あらぁ、まだまだあるのにぃ、仕方ないわねぇ」

 ローズマリー=エイミは残念、という様子で小首を傾げた。


「魔石、全部で534.4㎏です」資材担当職員が後ろから俺に伝える。


 オーダーリーダー受付魔道具に魔石534.4㎏と入力。

 これは、このファーテス支部としては莫大な金額になる。

 オーダーリーダー受付魔道具に表示された金額は……16,032,000デイス。

 ギルド組合費や諸々の税を引いても7,214,400デイスの払い出し。


 以前エディのパーティが魔石600㎏を洞穴ダンジョンから持ち帰った時も、当日は換金できず、貨幣が用意できた数週間後に支払いとなった。

 受付終了間際にふらっと来て換金するような量ではない。


 1番窓口に並んだ冒険者を捌き終わったジェーンが、ローズマリー=エイミを睨みつけながらバックヤードに急ぎ足で入って行った。多分エイジや支部長と対応を協議するんだろう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る