Ⅲ 追憶の部屋

 坊ちゃんがドアを開けると、ほこりっぽい空気が充満している部屋に出た。両親二人が共同で使っていた書斎だと、トワは言っていた。

 本棚を埋め尽くす分厚い蔵書以外にも、どこの国の物かもわからない仮面や武器、彫像や壺などが整列して飾られていて、書斎というよりも小さな博物館のようだった。


 父オリバー・ジョーンズは元冒険家の貿易商で、冒険家時代に数々の秘宝を発見し、それらを元手にしてこの屋敷の権利を何十年先まで購入した。部屋に置いてある奇妙な物品は彼の発見物だという。

 母サンドラ・ジョーンズは考古学者。専門は民俗学や文化人類学、研究者として名が通るほどだったらしい。蔵書のほとんどは母の私物で、様々な言語で土地の伝説や伝承が書かれた書物を集めていた。

 部屋の品々から二人とも趣味人なのだろうと、そういう印象を坊ちゃんは持っていた。


 両親の部屋に、坊ちゃんは長らく入っていなかった。

 用が無かったというのが一番の理由だ。何かあってもトワに言えば大抵のことが解決したし、両親の部屋にあるものは日常生活に必要ない物ばかり。寂しくなって、この部屋に来ることもない。むしろ、トワの部屋に行っていた。

 そもそも、坊ちゃんが物心ついた頃には二人とも亡くなっていた。

 坊ちゃんにとっては、さほど大きな存在とは言えない。

 だから、血のつながった親でこの屋敷とトワを残してくれた人たちということ以外、知っていることは多くない。精々がトワに聞かせてもらった内容ぐらいだった。


 坊ちゃんは部屋を見回した。

 トワが毎夜、この部屋に来ていた理由を探す。

 気になる物は多い。だが、核心に迫るような物は目に付かない。


「……」


 もしかしたら、展示されている物品じゃなくて、もっと小さい物かもしれない。あるいは隠されているのかも。

 そう思い、坊ちゃんは部屋をじっくり調べ始める。

 しばらくして、本棚前に置いてある仕事机を調査していて、一つ気付いたことがあった。


「これ……細工がしてある」


 天板の裏側にくぼみがあり、そこを押すと、引き出しの一段目からガチャンと錠が外れる音がした。

 試しに音のした引き出しを引いてみるが、まだ鍵がかかっている。


「アンティークの仕掛け机……! すごい……」


 思わず、感嘆の声が漏れた坊ちゃん。

 好んで読んでいた冒険小説に似たシーンがあったことを思い浮かべながら、坊ちゃんはトレジャーハンターになった気分で机のすみずみを丁寧に調べる。


「こういうのはまだどこかに仕掛けがあるはずだ」


 三段目の引き出しの取手を回して引き出すと、また錠が外れた。

 机の脚の一本に奇妙なボタンがあり、そこを押すと、次の錠が外れた。

 そんな調子で鍵開けの仕掛けに夢中になった坊ちゃんは、順調に開錠を進めていく。


 ガチャリ、カチョンッ。

 七個目の仕掛けを解き終わったとき、錠が外れる音と何かが開いた音が聞こえた。

 

「やった!」


 汗をかくほど熱中していた坊ちゃんは息を呑み、一段目の引き出しを開けた。

 中には、「私たちの小さなコロンブスへ」と書かれた封書と牙のペンダントが入っていた。

 

「……」


 坊ちゃんはペンダントを観察する。

 ペンダントになるように加工されているが、サメの牙に似ている。


「これ……ボクの名前……」


 名乗ってはいけないと言われていた坊ちゃんの名前が、ペンダントに彫られていた。

 これは自分に宛てた物だとわかった瞬間、差出人が両親ではないかと直感した。

 坊ちゃんは急いで封書を開けて、手紙の中身を確認する。



 これを見つけたのなら、机の謎を解いたのね。

 流石、私たちの子供。誇らしいわ。

 この手紙を書いている私はアナタの母親、名をサンドラ・ジョーンズと言います。大雑把に言って考古学者です。アナタの父親の名は、オリバー・ジョーンズ。立派な元冒険家で今は貿易商をやっていました。


 コランにはこの手紙の意味がわからないかも知れないから、説明します。 

 この手紙はトワに託し、机に隠すように頼んだ物です。

 いつか、私たちやトワのことを知りたいと思ったときのために。

 オリバーは死に、私も長くはない。

 ごめんなさい。私たちはアナタと遊んであげることもできない。

 だから、鍵開けの余興はせめてもの親としての償いです。


 レディ・オブ・ザ・ランドの真実を知らなければなりません。

 どのようにして、私たちがトワと出会って友達となったのか。

 そして、何故アナタは名前を隠して生活し、外に出られないのかも。

 全ては、レディ・オブ・ザ・ランドをコランから遠ざけて、守るためなのです。

 詳しくは、トワに託した日誌に書いています。

 窓に一番近い本棚の二段目にある、ジョン・マンデヴィルの東方旅行記に隠すように頼んでいます。


 覚えていて。

 未知にこそ、世界の広がりがある。

 広い世界には、善悪で計れない想いや折り重なった歴史がある。

 真実とはその全てなんです。

 広い世界を旅するとは、真実を見極めて希望の道を選び取ること。

 希望の道の舵取りは、アナタだけの物。

 信じられる道を信じなさい。


 

 こんな手紙でごめんなさい。

 もっと、アナタに言葉を尽くしたい。

 本当はアナタに、私たちの思い出をたくさん聞かせてあげたい。一緒に遊んで、ご飯を食べたい。

 さよならが悲しい。

 最愛の息子コランと最高の友達トワの未来に、祝福が多からんことを。           


                   母 サンドラ・ジョーンズより


 PS.ペンダントはもう一人の友達から、生まれたばかりのアナタに送られた物です。アナタの名前を付けた人でもあります。大事にしてあげてください。』


 坊ちゃん――コランは手紙書かれていたジョン・マンデヴィルの本を取り出し、その中に隠されていた使い込まれた日誌を見つけた。

 それを開き、両親の過去を追いかけるように読み込む。

 そこに書かれていたのは、レディ・オブ・ザ・ランドの真実とトワの正体だった。


 

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