Ⅲ レディ・オブ・ザ・ランド
リムレット姫も呪いのことをよく理解し始めていた。
呪いの特性は三つ。
死ねない身体になったこと、歳をとらないこと。
そして、任意で人の姿に戻れること。
騎士の一件があってから、姫は浜で船を待つのを止めた。
今ではほとんどの時間を人の姿で生活し、夜にたまに国へ飛んで歌を歌う。
『忘れるな、忘れるな。私はここ居る』
そういう想いを込めて。
一人の青年が孤島にやってきた。
青年は少年だった頃、リムレット姫の歌声と姿を見て、姫に身分違いの恋をした。
姫が姿を消して、少年だった青年は深く悲しんだ。成長し、その事情を知ったとき、自分がやらなければならないと決意して、誰にも告げずに孤島にやって来たのだ。
国では、もう誰もリムレット姫を助けようとしてはいなかった。
むしろ、リムレット姫という名前は忌むべきものとされ、レディ・オブ・ザ・ランドの名だけが残っていた。
青年は孤島の城館に忍び込んだ。
そして、幼い頃に恋したリムレット姫に出会ったのだ。
しかし、姿に違いがある。
ドラゴンの角と尻尾が生え、ドラゴンと人が混じったような顔をしていた。
「何者です?」
リムレット姫は青年に気付き、警戒する。
「あ、あの。オレ、貴女を救いに……来たんです」
青年の言葉を、リムレット姫は鵜呑みにはしなかった。
初めは疑い、追い返そうとした。
けれども、青年がしつこく何度もやって来るので、遂にはリムレット姫の方が根負けした。
姫は青年に自分の呪いのこと、その解呪方法を伝えた。
「私に口づけをする。ただ、それだけです」
「き、キスですか……そんな、恐れ多い」
「そう。出来ないのならば、今すぐに島から出て行って頂戴」
ぴしゃりと言い放つリムレット姫。
まるで冷たい氷のような、取り付く島もない態度だった。
本当に青年の前から姿を消してしまいそうで、青年は慌てて声を上げた。
「で、出来ます! だって、ずっと貴女様とその、恋仲になりたいと夢見ていたのです!」
「……そう」
雪解け。そんな言葉が似合うような、
「私の歌を聞いた少年が、こんな姿になってもそう言ってくれるのは、夢心地のように嬉しいわ」
「……リムレット様!」
青年は意を決して、姫の肩を掴む。
二人の視線が交わる。
遂に夢見た恋が成就し、呪いが解けるとき。
しかし、――
「うぐっ!?」
突如として青年が苦しみ始めた。
リムレット姫は倒れてもがき苦しむ青年をただ見下ろしていた。
「あ、が……!」
「……言ったでしょう。説明した筈よ。私の息はドラゴンの毒と同じ。だから、アナタは毒気を吸い込んだの。ほら、続きをしましょ?」
淡々と必要な説明だけを話し、一変してリムレット姫は熱に浮かされたような紅潮した顔を浮かべている。
「私、初めてなのよ? アナタのような情熱的な恋を聞かされたのも、恋をするのも初めてよ。
ドキドキして、アナタとしたい沢山のことが思い浮かぶわ。アナタこそ、私を救ってくれるんだわ。ええ、そうよ。間違いない。
だって、こんなにも恋しいんだもの。アナタが恋しいわ。
アナタもそうでしょう? だって、少年だった頃から今になるまで、ずっと私と私の純潔を夢見てたのよね?
私もそうよ。ドラゴンにされてから、一度裏切られてからも、ずっと私の勇者様を夢見てた。アナタこそ、私が夢見た勇者様!
……ねえ、どうしてキスしてくれないの?」
リムレット姫の心はどうしようもなく歪んでいた。
裏切りによって凍り付いた心の奥では、怪物が大口を開けるような貪食な女の
恋が自分を救うと信じて、信じて、信じて、――
恋に狂信した姫は青年に顔を近付ける。
青年は近付いてくるレディ・オブ・ザ・ランドの顔――爛々とした瞳と醜いドラゴンと人間の混じり合ったそれ――に、恐れおののいた。
「ひっ、ば、化け物……」
ピタリと、レディ・オブ・ザ・ランドの動きが止まった。
あと少しで青年の唇と触れる距離だった。
「――――」
レディ・オブ・ザ・ランドは顔を離し、咆哮/泣いた。
生物の生存本能を脅かすような
――姫の心で、何かが音を立てて崩れ去った。
レディ・オブ・ザ・ランドが青年を捕まえて、毒の息を吹きかけた。
青年は泡を吹いて苦しみ、終いには血を吹いて死んだ。
死体を捨てて、レディ・オブ・ザ・ランドが自分に言い聞かせるように語る。
「信じるな。男など、糞と欲が詰まった肉袋だ。
信じるな。言葉など、全てウソだ。
信じるな。恋など、現実には何の役にも立たない。
信じるな。人間など、ウソを吐き裏切るだけの醜い肉塊だ」
信頼は裏切られる。
恋は現実を変えられない。
人間は醜い。
レディ・オブ・ザ・ランドは仮面で顔を隠し、人々の前から姿を消した。
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