駄菓子屋除霊組
葉島航
少年少女期(1)
「おい、駄菓子屋行こうぜ」
ツトムの言葉に、キヨヒコは左手のグローブを掲げた。
「ボールとグローブはどうするの?」
「一回家に置いておけばいいって。お前んち近いじゃん」
「え、それって面倒じゃない? まあいいんだけどさ」
言いつつ、二人並んで自転車へと歩を進める。二人の通う小学校では、先週の土曜日に授業参観があった。今日はその代休日で、公園は閑散としている。
「まだキャッチボール始めて十分も経ってないのに」
「ごめんて。やっぱり二人でボール投げ合ってるだけだと、すぐ飽きるな」
「正直すぎるよ」
ボールとグローブを自転車の前かごに放り込み、自転車を押して歩き出す。グローブとボールは跳ねやすく、スピードを出すと飛び出してしまう。一度、ボールを道路に転がしてしまい、トラックの運ちゃんにどやされてから、それらを前かごに入れている時には自転車を押して歩くようにキヨヒコは注意していた。ツトムも、文句ひとつ言わずそれに合わせてくれる。なんだかんだでいいやつなのだ。
「ていうか、お前、またやせたんじゃない? ちゃんと食ってるのか」
「やせてないよ。この見た目で大食いなのはツトムも知ってるでしょ」
「たしかに、給食いつもおかわりしてるな」
スポーツマンのツトムと並ぶと、たしかにキヨヒコは貧弱だ。ここまで対照的な二人が昔からの親友同士だということを、周囲は不思議がっている。ときには、ツトムがキヨヒコを使い走りにしているのではと邪推する大人もいるくらいだ。
五分刈りの頭を汗で光らせながら、ツトムは「あ~あ」とため息をつく。
「二人ともファミコン持ってないんだもんな。外を出歩くくらいしかやることがない」
「とか言いながら、ツトムはゲーム嫌いでしょ。目が疲れるって。カードゲームも、肩がこるってすぐやめちゃったし。ツトムこそちゃんと食べてるの」
「おうよ。昨日もからあげ十個」
「そりゃ育つね」
ツトムは同年代の中で背も高く、がっしりしている。小学四年生ながら、中学生と間違われることもある。この前は、映画館で中学生料金を取られそうになったとぼやいていた。
「あっ、いつもの二人発見!」
ツトムとキヨヒコがほぼ同時に振り返ると、ワンピース姿の女の子が駆け寄ってくるところだった。
「げ、ミサ」
「げって何よ、げって」
ミサは同級生の女子生徒である。クラスの中では珍しく、女子同士で群れることを嫌って、何かと二人にかまってくる。
「今から駄菓子屋に行くんだよ」
「おうよ。レッツラゴー駄菓子屋!」
「うわ、ツトムのテンション高っ」
口の端を引きつらせるミサをよそに、ツトムは「じゃあな」と踵を返す。
「ちょっと待ってよ! これ完全に一緒に行く流れでしょうが!」
ミサのツッコミに、ツトムは「うえええ」とわざとらしい悲鳴を上げた。
「お前、一緒に来るの? 困るわー」
「別にいいじゃん、どうせ暇だし。ね、キヨもいいよね?」
「僕は構わないけど」
「やりー」
最近は、休みになるとこの三人で過ごすことが当たり前になっている。示し合わせるわけではなく、今日のように、気が向いたときにキャッチボールに誘い合ったり、行き会ったところから合流したりすることが多い。
「やっぱりキヨは優しいな! ツトムも見習った方がいいよ」
「うるへー」
ミサとツトムのやりとりは夫婦漫才のようだ。
「いい気になるなよ、キヨヒコ。お前は後で五分刈りの刑だ」
「なんでだよ」
「さらさらヘアーを自慢してんじゃねえぞ。誰がいがぐりじゃあっ!」
「何も言ってないし」
キヨヒコとツトムのやりとりも、負けたものではない。
キヨヒコの家に自転車とキャッチボールセットを置き、三人は駄菓子屋に到着した。
地元で数少ない、昔ながらの駄菓子屋だ。太ったおばあさんが一人で営んでいる。三人が幼稚園にいたころは、店の前で不機嫌そうに水をまいているのを見かけたこともあったが、最近は店内で椅子に座っていることが多い。
「こんにちはー!」
ツトムがガラスのはまった引き戸を開け、中に入る。誰に対してもあいさつを欠かさないのがすごいところだ。所属している野球チームで、怖い髭面サングラスの監督に、徹底的にしごかれているらしい。
「あん?」
椅子に座って新聞を読んでいたおばあさんが、無愛想な声を上げ、老眼鏡の奥からにらむように目を向けた。きつい物腰だが怒っているわけではなく、もとからだ。
店内は薄暗く、扇風機の音しか響いていない。棚や台に所狭しと駄菓子が並べられている。値札は付いていないので、見たことのない商品があると、おばあさんにいくらか尋ねなければならない。
「あんたら、学校は?」
「今日は代休なんです。この前、授業参観があったから」
ツトムが答える。ハキハキと返事をする様子を見ていると、クラスの人気者である理由も分かる気がする。
おばあさんは納得したのかしていないのか、ふんと鼻を鳴らして新聞に目を戻した。もうすでに三人に対する興味を失ったかのようだが、その実、来店者のことはよく見ている。これでいて、万引きをしようとした小中学生をすでに十人以上捕まえているのだ。
「あ、これ、おすすめ」
ツトムがお菓子を手に取る。干し梅がビニールの中に並んでいる。
「すっぱいの?」
「めちゃくちゃ。これだけ入って三十円だからお得」
ふうん、と言ってミサもそのお菓子を手に取った。キヨヒコは、ラムネをいくつか手に取る。
「キヨは今日もラムネなの?」
「大好きだからね」
「だから頭がいいんじゃね? なんか、ブドウトーっていうのが頭にいいんだと」
三人とも、なんとなく百円以内で買い物を収めることにしている。全員人並みにおこづかいはもらっているのだが、一度にまとめて買いすぎると、楽しみが少なくなるような気がするのだ。
「よし、今日は無理言って来てもらったし、大奮発だ。キヨヒコもミサも、もんじゃおごってやる」
「え? いいの?」
ミサが目を輝かせる。キヨヒコも、ありがとうと言う。
学校では、おごったりおごられたりすることは禁止だと常々言われている。なんでも、六年生の誰かが友達にお菓子をおごり、後から「やっぱり金返せ」と言い出して問題になったそうだ。他にも、六年生が下級生にしょっちゅうたかっていたという話も聞く。六年生にはろくなやつがいない、というのが三人の共通認識だった。
だから、先生たちが口を酸っぱくして注意するのもよく分かる。でも、この三人であれば、トラブルは起きようがなかった。親同士も仲がよく、三人とも帰るとすぐに「今日キヨヒコとミサにもんじゃおごってやった」「今日ツトムにもんじゃおごってもらっちゃった」と報告するはずだ。
それぞれが選んだお菓子の会計を済ませた後、ツトムが「もんじゃ三人分お願いします」とおばあさんに声をかけた。
「はいよ」
おばあさんはさも面倒くさそうに立ち上がり、店の奥に引っ込むと、すぐにボウルを手に戻ってきた。
もんじゃといっても、ちゃんとしたもんじゃ焼きではない。ボウルに入っているのは、もんじゃ焼きからキャベツなどの具材を一切取り除いた、汁のようなものだ。
おばあさんはそのままずかずかと表に出る。三人もそれに続く。駄菓子屋の入口脇には、学校机のような台があり、ホットプレートが乗っかっていた。おばあさんはお玉でボウルから汁をすくうと、ホットプレートに注ぐ。じゅわっと音がして、みるみるうちに薄焼きのせんべいのようなものが出来上がった。
「やけどに気を付けな」
三人にへらを渡しながら、おばあさんが怖い声で言う。三人はプレートからせんべいをはがし、温かいうちに口へ運ぶ。ソースの香ばしさが鼻孔を満たした。
「うん、うめえ」
「おいしー」
「最高だね」
口々に言っていると、おばあさんが珍しく自ら口を開いた。
「あんたら、今日これから暇なのかい」
「はい、昼には家に戻らないといけないですけど」
ツトムの返事を聞いて、おばあさんはふんふんとうなずいた。何かを思案しているようだ。奥に行って何かをごそごそやったと思ったら、三枚の紙を手に戻ってきた。
「ちょっと頼まれてくれないかい? やってくれるなら、このもんじゃ代、ただにしてやる」
三人は顔を見合わせた。
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