閑話

【司馬視点】


 彼らは唐突にやってきた――。


司馬威スーマーウェイだな?」

「どちら様ですか……?」

「政府の者だが、少し話せないかね?」


 政府……?


 まさか、中国チュングオ政府……!?


 彼らの訪問は寝耳に水で、私は一瞬何かマズイことをやったのではないかと記憶を探るが、そんなことをした覚えがない。


 それでも、家にあげるのは抵抗があったので……。


「すみません、中は散らかってるので……。すぐそこにハンバーガー屋があるので、そちらで話せませんかね?」

「…………。まぁ、いいだろう」


 私が住むボロアパートの扉の前には、私の対応を行う男とは別に、もう一人の男も待機してるようだ。


 私一人に対して二人掛かりか……。


 どう見ても、絶対に逃さないといった態勢に私は覚悟を決める。


 政治批判のような書き込みをネット上に行った覚えはないが、そのような書き込みをしてそうなネット上の友は大勢知っている。


 もしかしたら、その関係かもな……と予想を立てながら、家の中に戻って外套と財布を引っ掴むと、男二人に連行されるようにして、近くの大手ハンバーガーチェーン店に向かうのであった。


 ■□■


「もう四月だぞ? 暑くないのか?」

「え?」


 言われてから気が付く。


 あぁ、もうそんな季節なのか、と。


「あぁ、私の外套コレは着てる物を誤魔化してるだけなので……。スウェットの上下で街中をウロウロしてたらみっともないでしょう?」

「なら、まずはその寝癖をなんとかしたらどうなんだ」

「寝癖はファッションとして見てくれる人もいますから、これでいいんです」

「わからん奴だ……」


 呆れた顔を見せる政府関係者を名乗った男たちだけど、意外にも優しく、私にハンバーガーセットを奢ってくれた。


 というか、その見た目に反した優しさに詐欺師の臭いをプンプンと感じているのだが……さて、どうしたものか。


 私が彼らをどう煙に巻こうかと考えていると、男の一人が少しだけ改まった口調で話しかけてくる。


「司馬威、二十歳。大学受験のために北京市に出てくるも受験に失敗。以降、田舎に戻ることを気不味く感じたのか、市内で日雇いのアルバイトをしながら生計を立て、最近ではストリーマーとしてそこそこの収入を得ている、か……」

「…………。もしかして、税金関係の方ですか? 一応、国にきちんと納めてるつもりなんですけど……」

「いや、我々はそういう者じゃない。あぁ、名刺を渡しておこう」


 中華人民共和国国防部……?


 国防とか、私にはとんと関係のない部署だと思うのだが……。


 何故、私に接触を図ってきたんだ……?


「これ、本物ですか? というか、肩書きが大雑把に過ぎません?」

「私たちが偽物だと言うのかね? まぁ、肩書きが大雑把なのは認めるがね。我が国には、色々と表に出せない部署も多いということだよ」


 薄っすらと笑う男にぞっとする。


 彼らが本物の政府関係者かどうかはわからないが、その落ち着き払った胆力は多分本物だ。


 下手に逆らわない方がいいと、私の本能が告げている。


「わかりました。百歩譲って、貴方たちが政府関係者だと認めます。ですが、私に接触してきた理由がわかりません。何故です?」


 私の言葉に、見たことがないタイプのヘッドギア型デバイスを政府の男が渡してくる。


 なるほど……。


 どうやら、他人の目が沢山ある場所では話したくない内容ということらしい。


「かぶってひとつだけあるアプリを起動したまえ。それで専用の回線に繋がる」


 デバイスをかぶるのは私一人だけなのか……。


 二人が見守る中でかぶらないわけにもいかず、私はデバイスをかぶってアプリを起動する――。


 ■□■


 ――まさか!


 アプリを起動した私の目の前に現れたのは、なんと国家主席だった!


 いや、これはリアルタイムじゃないのか……?


 恐らくは、録画。


 丁寧な挨拶から始まり、是非とも今回の件について、君の力を借りたいという真摯な言葉――。


 国に深い忠誠心を持たない私でも、思わず感動に震えてしまうほどの体験だ。


 そして、その映像が終わったところで、目の前が真っ黒になり、聞き慣れない声が響いてくる。


『君が司馬くんかな?』

「は、はい……。あなたは……?」

『まぁ、イェとでも名乗っておこうか』


 いや、絶対にとんでもなく偉い人だよな……。


 態度には気を付けないと……。


『今回、君に接触したのは君のゲーマーとしての腕が優れているという事と、日本語が堪能だということを見込んでのことだ』

「ゲーマーとしては、それなりに覚えはありますが日本語ですか……?」


 日本語に関しては、中国の難関大学を落ちた後に、海外の難関大学を目指すルートもあると知って、そこで学んだものだ。


 結局、その後は日本語を学ぶ生きた教材として、ネットゲームをやり始め、そちらにハマってしまって、今はストリーマーとして小銭を稼ぐようになってしまったのだが……。


「その技能を活かして日本でスパイ活動でもしてこいというのですか? 無理ですよ、そんなこと……。素人ですし……」

『いや、そうじゃない。君にやってもらいたいのは、日本に行って、とあるゲームにログインしてもらった後で、あるアプリを起動してもらいたいだけだ』

「日本に……?」


 今の時代、ゲームをするためだけにわざわざ海外に行くなんて――、


「まさか……」


 そういえば、今、日本のみで販売、プレイされてるゲームがあるじゃないか!


 しかも、とびきりの問題を抱えてるゲームが……!


「LIA、ですか……?」

『賢い子は嫌いじゃないな』

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 それは何か!? 今、全世界で問題になっているデスゲームの中に飛び込んで来いと言われているのか!?


 そんなの、自殺しろと言われているも同じじゃないか!


「そ、それは私が行く必要があるのですか!? 私よりもゲームが上手い人はいくらでも――」

『少々混乱しているようだな。別に我々は君に死んでこいと言っているわけではない』

「え?」

『そうだな、順を追って話そう』


 そう言うと、カチッという音が聞こえ、その後でジジッという火を点けるような音が聞こえてくる。


 今どき珍しい紙タバコでも吸っているのだろうか?


『まず、日本で発売されたLIAだが……アレには我が国の機密技術が使われている』


 ……は?


 いや、なんで日本のゲームが我が国の機密技術を使っているんだ……?


 日本のスパイが我が国の技術を盗んだ、とか……?


『その技術の漏洩ルートについては調査中だが、使われていることは間違いない。そして、厄介なことにそれを求めて、米国も嗅ぎ回っているという状態だ。あの技術を我が国以外に渡すわけにはいかん』

「それは……、そうかもしれませんが……。ですが、それを私がやるというのは……」


 そういうのはもっと相応しい人間が対応すべきだろうに……。


 そう考えていると、


『我が国の優秀な人材が、沢山の候補の中から君を選んだのだ。それだというのに、君はその信頼を裏切るつもりなのかね? それだと、君を選んだ役人が無能ということになり、更にはその役人を採用した政府まで無能ということになるのだが……君はもしかして、のかね?』


 言外に断ることは許さないという圧をヒシヒシと感じる。


 私としては、そんな優秀な人材にこそ、デスゲームに行ってもらった方がいいのでは? と思うのだが……。


 そういった人材を投入できないからこその私なのだろうな、とも思う。


 要するに、政府としては最低限の能力を持ち合わせており、を送り込もうという腹積もりなのだろう。


 そして、私も彼らと同じ立場なら、同じ事を考える。


 要するに、エリートコースに乗れなかったゴミクズを、丁度良い具合に使い捨ててやろうと考えているのだ。


 ゴミクズ側としては、たまったものではないが……。


『まぁ、君が不安に思うのも無理はない。ただ、こちらも君にただ死んで来いというつもりはないことは理解して欲しい。その証拠といってはなんだが、日本政府にはチートツールの使用を許可してもらうつもりだ』

「チートツール……?」

『C-LEGツールという名に心当たりは?』

「界隈では有名なVRMMORPG系のチートツールですね。あれを?」

『そうだ。あれを持ち込めるようにする』

「…………」


 C-LEGツールは様々な機能を持ったチートツールだ。


 基本的な部分でいえば、オブジェクトを透過して普通では見えないような部分まで確認できたり、遠距離攻撃も自動で補正を加えてくれるので神エイムが常に発揮できたりする。


 防御面でいったら、相手の攻撃が当たったとしても無効にできたりと……まぁ、真面目にゲームをやってる奴らにとっては蛇蠍の如く嫌われるツールだ。


 かくいう私も友達十人掛かりでチート野郎相手に戦ったことがあるが、結果は散々だった。


 最終的には事前に通報したのが効いたのか、アカウントがBANされて、こちらの勝ちとなったが……。


 勝ったというよりは、散々にやられたというイメージが強い。


 そんなチートツールを持ち込めれば、まだデスゲームの中でも戦える……か?


 いや、それだけで命を懸けるというのは、あまりに……。


『そういえば、司馬くん、君は大学受験に失敗した後、実家に帰ったことは?』

「ないですけど……」


 地方では神童と持て囃されていただけに、大学受験も余裕で受かるものだと思ってた。


 それだけに受験に失敗した時のショックが大き過ぎて、地元に帰りづらくなり、ここ数年は家族の顔すら見てない状況だ。


 そんな私に、家族は今でも仕送りを送ってくれる。


 そして、時折、携帯のショートメッセージに『顔を見せに戻ってきなさい』というメッセージを送ってくれるのだ。


 それを見る度に、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。


 それでも、あれだけ自信満々に「大学なんて簡単に受かってみせるさ!」と豪語してきた手前、家族に負け犬となった自分の姿を晒すのが……とても怖い。


『では、これも知らないのだろうな。一ヶ月程前に君のお母さんが仕事場で倒れたそうだぞ?』

「母さんが!? ぶ、無事なんですか!?」

『命に別状はない。診断の結果としては、心労と過労によるものだそうだ。君の家では、君に対する仕送りに加えて、弟さんの大学進学の費用も捻出しなくてはならないとあって、お父さんやお母さんが昼も夜もなく懸命に働いているそうだ。それが、そういう結果になってしまったのだろう』

「そんな……」


 確かに、そろそろ弟の大学入試がある頃だとは思っていたが、実家がそんな事になってるなんて……。


 仕送りを止めてもらって、私が配信で稼いだお金を送れば、少しは楽になるだろうか?


 いや、配信で稼いでるお金も、私が生きていけるだけのギリギリの額なのだ。


 それを仕送りしたら、今度は私が生きていけなくなってしまう……。


『君の御家族は体を悪くしながらも、それでも懸命に働いてるようだ。君はそれを聞いて何も思わないのかね?』

「その……、助けられるものなら……、助けたいです……」

『ふむ、そうだろうな。そんな司馬くんに良い話がある――』


 その爺の言葉は、私には悪魔の囁きにしか聞こえなかった。


『――君がデスゲームに参加してくれるのなら、君の御家族の面倒は国が責任を以てみようじゃないか。それだけじゃない。弟さんの大学だって一流の大学を推薦するし、君のお父さんにも出世してもらって、君の家族がより豊かな暮らしをおくれるように手配してもいい』

「それは……」

『それだけじゃない。君個人に対しても成功報酬として500万元を用意しよう』

「ご、五百万っ!?」

『それだけ、政府が事態を重く見てるということだ。この条件でも、まだ気持ちは動かないかね?』


 事態を重く見ているのなら、私のような素人を雇うなと言いたいが……そもそもデスゲームのプロなんていないのだから、能力のあるなしでしか測れないのか……。


 条件としては破格……。


 作業自体も、ゲームにログインして、アプリを起動するだけだというのなら……。


「最初に言われたように、作業としてはゲーム内でアプリを起動するだけでいいんですね?」

『あぁ、こちらが指定したプログラムをゲーム内に持ち込んで、起動して欲しいだけだ。そのプログラムが上手く動けば、デスゲームもすぐに終わるはずだ』

「終わらなかった場合は?」

『自力でデスゲームを攻略するか、誰かが攻略するまでデスゲームの中を生き残ってくれ』


 簡単に言ってくれる……。


 デスゲームとなったLIAの中身がどうなってるかもわからないんだぞ……。


 …………。


 けど、家族のことを考えると……。


『今まで親に苦労ばかりを掛けてきたのだろう。そろそろ親孝行をしてみたらどうかね?』

「……わかりました。その話、引き受けます」


 気が付いたら、私は爺と名乗った男に、そう返事をしていたのであった――。


 ■□■


 案の定、というべきか。


 LIA内に持ち込んだプログラムを起動させても、ゲームは終了しなかった。


 そして、このゲームはリアルタイムで改修されているとでもいうのか、頼みの綱であるチートツールもすぐに使えなくなってしまっていた。


 後に残されたのは、ただ絶望のみ。


 いや、それでも私はまだ諦めずに生き延びようと足掻いている……。


 こんな生活がいつまで続くのかわからないが、まだ私は諦めてはいない。


「お、司馬。こんなトコロにいたカ」


 リンム・ランムの村の長閑な景色を丸太としか言いようがないベンチに腰掛けて、お茶を飲んでいたら、そう声を掛けられる。


「Minghuaか。【黒姫】たちのところにいなくてもいいのか?」

「今は自由時間ヨ。それよりも、少し聞きタイことあって来たネ」

「聞きたいこと?」


 私がデスゲームを始めるにあたり、驚いたのは中国側のプレイヤーが、皆、私のように政府からの密命を帯びているわけではないということだ。


 せいぜい、居て十人前後といったところか。


 考えてみれば、私のように都合良く脛に傷持つプレイヤーを何十人も揃えられるわけがない。


 政府としては、国から送り込んだプレイヤーが真っ当にクリアする可能性を残しつつ、裏でも密命を帯びた私のような者が暗躍することを望んでいたに違いない。


 とりあえず、多くの可能性を内包しつつ、どうにか転べばいい……そういう考えだったのだろう。


 その考えを裏付けるようにして、中国のプロゲーマー集団には割と多様な人間が混在している。


 というか、日本政府には中国のプロゲーマー集団だといって説明しているが、本物のプロゲーマーなんて十人いるかいないかだ。


 このMinghuaだって、美容技術とゲームのストリーマーというだけでプロではない。


 更にいえば、私のような密命を帯びてるタイプでもない。


 確か、本人が言うには、ストリーマーとして、整形手術を受けてることを公開せずに、美容系の案件を受けてたことからプチ炎上して、どうにかその炎上を収めようとデスゲーム参加を決意したのだとかなんとか……。


 それだけでデスゲームに自ら飛び込むとは、本物のアホである。 


「この村を出ていった王者荣耀ワンチューロンヤーのコトヨ」

「あれは、仕方ない。そもそも、ワンは反日感情が凄いから、この村で仲良く暮らすことなんてできなかったと思うよ?」

「それでも、リンム・ランムの敵ツヨイから心配ネ……」


 Minghuaは心配するが、私はこれでいいと思っていた。


 現状、私はヤマモトというデスゲーム攻略の最前線に立つであろう存在のお膝元に、小判鮫のように引っ付いている。


 デスゲームを生き延びるには、これ以上ないポジションに位置取ったと言っても過言ではないだろう。


 だが、逆にいえば、ヤマモトは運営に最大の敵対勢力として睨まれている。


 つまり、私の立ってる場所は、安全でありながら、一歩間違えれば、非常に危険な場所になりかねないというわけだ。


 そして、万が一にもヤマモトが敗れるようなことがあった場合に、私を受け入れてくれる場所があるのは助かる。


 王の方も同じような考えを持ってるからこそ、袂を分かったのではないかと私は考えているが……どうだろうな。


「王ならきっとなんとかするさ」


 恐らく、彼女も私と同じ、脛に傷を持つプレイヤーだろう。


 開始初期にチートツールの力を使ってみせてたから知っている。


 まぁ、今はチートツールの力も失くしてしまったが、それでもそう簡単にやられる程ヤワではないだろう。


「そうカ? それならイイケド」

「話はそれだけか?」


 王だけに限った話じゃない。


 我々中国人プレイヤーが人族国の各地に散らばっているのは、全員が一網打尽にされることを恐れているからだ。


 多くの場所にいつでも逃げ込めるようなコミュニティを作っておくことは有効だ。


 だからこそ、王のことも私としてはそこまで気にならない。


 生き残るために、やるべき事をやっているだけだという印象を持つ。


「そういえば、司馬が注文してた足装備がデキタとヤマモトが言ってたネ。クランハウス前に取りに来いトモ」

「むしろ、そっちが本題だろう……。じゃあ、行くか……」


 このデスゲームが今後どう動いていくかは私にもわからないが……。


 私は最後の最後まで生き延びるために足掻いてやるぞ……!


 ■□■


 以上で、七章終了です(多分)。


 その内、八章も始まるかと思いますのでお待ち下さい。(たまにはプロット作るかなー)


 あと宣伝。


 デスゲームに巻き込まれた山本さん、気ままにゲームバランスを崩壊させるの3巻が電撃文庫様より、2025/1/10(金)に発売されます。


興味お有りの方は是非とも手に取って頂ければと思います。m(_ _)m


 それではではノシ

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