第368話

冒険担当クラブ視点】


 とりあえず、状況が落ち着いたので現状を整理してみよう。


 まず、圧倒的な早さで決着ケリがついたのは、阿行、吽形とタツさんたちの勝負だった。


 というか、ツナさん、Takeくん、タツさん……あと、オマケのジェイス……をたった二人で相手にしなきゃいけない時点で無理ゲーだったね。


 阿行、吽形が「我らが渾身の拳を受けてみよ!」と言いながら、拳を振るってくるんだけど、それをツナさんが「もっと腰を入れてこねろ!」と、そば生地で受け止めてる姿は完全にギャグだったよ……。


 二人はその後、麺棒で殴られて気絶しちゃうし――。


 まぁ、三分もかからずに終わったんじゃないかな?


 阿行も吽形もスキンヘッドだったし、ポクポクポクポクチーンって感じである。


 次いで決着がついたのは、ブレミサコンビとフェンリルたちの勝負かな?


 ここは、わりと真っ当に……というか、ブレくんが完璧な立ち回りを見せたので、特に苦戦することもなく決着したみたい。


 まぁ、ブレくんは魔剣フィザニアを帯剣してるからね。


 【挑発】でフェンリル二体を引き付けて、ガブガブ噛まれてる間に、ミサキちゃんがフェンリルを一体ずつ屠って、勝負あり。


 正直、魔剣フィザニアの効果で、ブレくんの自動回復オートリジェネのスピードは鬼のように早くなっていて、ほぼダメージを食らったそばから回復してるし、気をつけるにしても、魔剣フィザニアを使って相手を攻撃しない(魔剣フィザニアで斬りつけると相手が回復する)ってぐらいで、そこまで苦戦する要素もなかったみたい。


 ちなみに、ブレくんに渡したコグスリーは盾型だから、魔剣フィザニアとの相性も抜群。


 剣で回復して、盾で相手をぶん殴るという逆転現象が起こっているけど、盾職タンクとしては、かなり理想的な装備なんじゃないかな?


 逆に、ミサキちゃんの装備はかなり不安定だったりする。


 不安定というか、状況に応じて使い分ける感じ?


 回復職がいなくて、自力で回復しないといけない時は長剣型のコグスリーを使ってHP吸収効果で継戦能力を高めて戦ってるし、威力を出したい時はランダムでダメージが跳ねたり、跳ねなかったりする、ギャンブルクレイモアを振り回して楽しんでるみたい。


 まぁ、ダメージディーラーとしてどうなの? といった感じなんだけど、スピード特化のステータスビルドをしてるので、手数で補ってるみたい。


 そんなブレくんとミサキちゃんたちに続いて、決着がついたのはファニルと風魔くんとの戦いだ。


 こっちは弓士であるファニルが、近接戦闘を得意とする忍者である風魔くんに近付かれた時点で、かなり終わった感があったんだけど……蓋を開けてみれば、結構粘られた感じかな?


 最終的には、ファニルも弓を捨てて、短剣で対抗してたみたいだけど、流石に分が悪いと思ったんだろうね。


 阿行、吽形を見捨てて、自分一人で【迷宮抜けの紐】を使おうとしたから、しちゃったよ。


「ぐあっ!?」


 唐突にアイテムが自爆するという事態は、流石にファニルも予想してなかったみたい。


 まぁ、私も、入団試験に参加するプレイヤーがタダで【迷宮抜けの紐】を持ち逃げすることが嫌で付けた機能だったので、こんなところで役立つとは思ってなかったけど……。


 なお、タツさんが配った【迷宮抜けの紐】には、一律でこの機能が付いてるので、使ってなかった人たちの【迷宮抜けの紐】も今頃勝手に自壊してることだろう。


 記念品扱いで大切に保存してる人とかいたら……ゴメンね。


「――【六腑破断掌】!」

「ぐぶっ!?」


 そして、作られた隙に風魔くんのスキルが炸裂する!


 多分、防御無視系のスキルかな?


 衝撃がファニルの全身を震わせ、ファニルはその一撃で白目を剥いて、その場に前のめりで倒れていた。


 多分、弓士なのでHPが低かったのもあると思うんだけど……なかなか強力な技だね。


「で? こっちを襲わなくていいの?」

「…………」


 ファニルを倒した風魔くんは、軽口をたたくこちらを睨むようにしてから、その視線をすぐにシン・サイコパス美へと向けていた。


 やられてるフリをしてるこっちを襲った方が断然楽だと思うんだけど、風魔くんの意識はシン・サイコパス美に向いてるようだ。


 私は眼中にないってこと?


「このゲーム、俺は妹と始めた」


 風魔くんから唐突に放たれた言葉。


 一瞬、なんのことかと考える私を無視して、風魔くんはポツリと続ける。


「お前も姉なら妹を大切にすることだ」


 …………。


 なんとなくだけど、風魔くんがPKKになった理由を察する。


 いや、それがわかったところで、私には何も言えない。


 多分、こういうのは憶測で同情するものじゃないだろうし……。


 だから――、


「妹は大切にするよ」

「そうしろ。……じゃあな」


 ロキ・レプリカに胸を貫かれてるはずの私がペラペラと喋っていたからか、演技をしてるとバレたみたい。


 風魔くんは【迷宮抜けの紐】を【収納】から素早く取り出すと、それを使って早々に進化の塔から脱出してしまった。


 元々、クラン・せんぷくに入団することが目的じゃなくて、私を狙ってるPKを狩ることが目的だったんだろうね。


 そして、ステータスが三倍になるシン・サイコパス美の相手は、自分よりも私が相応しいと判断したみたい。


 なかなかクレーバーな判断だと思うよ。


「お姉様、あの者にこの入団試験で嘘をついてた者のリストでも送りましょうか?」


 アイルちゃんが、気を利かせたのか、小走りに近付いてきてそんなことを言ってくるけど、私は軽く首を横に振る。


「風魔くんには同情するけど、殺人の幇助はできないよ……。私には彼を助けることよりも、周りの人間を守ることの方が大事だし……。まぁ、色々と難しい話だとは思うけど……」


 私も風魔くんのように、愛花ちゃんがPKによって殺されてしまったらと考えると……。


 いや、はよそう。


 今はやるべきことをやるだけだ。


「結局、全身を【吸収】というわけにはいかなかったけど……。ムツにゃんがちょっと危なそうだし、ここらが潮時だよね?」


 体内に取り込んでた腕を【吸収】し終えたところで、私は自分からロキ・レプリカとの距離を離す。


 正直、【トリックオアトリート】が【吸収】できたのかどうかは本体にしかわからないけど、私の直感としてはと思ってる。


 というか、ロキ・レプリカ自体が、ロキの偽物で、そのスキルにも(偽)と書いてあったので、本物じゃないと【吸収】できないとか、そんなところじゃないかな?


 まぁ、あくまで勘だけどね。


 というわけで、【吸収】を途中で解除した私は片腕を失くしたロキ・レプリカと睨み合う。


 静止したのは一瞬。


 というか、あっちは動けない上に、スキルも使えない状態なのだ。


 こっちが脅える理由がない。


 【収納】から【うごうごエストック】を取り出すと、私はロキ・レプリカを滅多刺しにして、その姿を光の粒子へと変える。


 ▶神化の塔シークレットモンスター『ロキ・レプリカ』を初討伐しました。


 ▶称号、【上り詰めし者】を獲得しました。


 ▶【旧神の克服(弱)】を獲得しました。


 ▶【旧神の克服(弱)】を既に取得済みのため、【旧神の克服(中)】に統合します。


 ▶【旧神の克服(中)】を取得しました。


 ロキ・レプリカを倒して、なんか取得したけど……なんだろ、これ?


「ロキといえば、北欧神話で物語をシッチャカメッチャカにかき乱すことで有名だけど、原典同様に私の思考もかき乱してきたってこと?」


 そう考えると、大したトリックスターぶりだね。


 …………。


 ……あ。


「トリックスターだった……」

「「なにが……?」」


 愛花ちゃんとアイルちゃんに同時に怪訝そうな顔をされながらも、私はようやく腑に落ちたとばかりに、うんうんと頷くのであった。


 ■□■


 その後、サクッとシン・サイコパス美を大人しくさせたところで、今回のクラン入団試験は終了。


 結局、残ったのは、愛花ちゃん、ユウくん、アラタくん、ミクちゃん、ミンファちゃん、荒神くん、それにムツにゃん、カリカリ、ジェイスの九人ということになった。


 これで、ウチのクランも総勢十六人の大所帯だ。


 ちなみに、アイルちゃんは、SUCCEEDからの出向組なので、クラン・せんぷくに所属することはない。


 とりあえず、今後は新規入団メンバーの装備を作成するのと並行で、新規入団メンバーにはしばらくレベル上げに励んでもらう予定である。


 具体的なプランとしては、新規入団組にはこれからリンム・ランムに向かってもらう。


 なにせ、リンム・ランムにはお供え物さえすれば、言う事を聞いてくれる都合の良い神様がいるからね。


 あそこで神様相手に稽古をつけてもらいながら、タツさんが言ってたコモンスキルを伸ばしていけば、今よりも格段に強くなることは間違いない。


 まぁ、【黒姫】メンバーにとっては、日常が戻って来る感じになっちゃうのかもしれないけど……。


 あとついでに、新規入団メンバーには褒賞石を貯めてもらって、リンム・ランムに第二のクランハウスを建ててもらいたいかな?


 クランハウスはいくつ建てても内部が共有なので、別荘といった感じにはならないんだけど、クランハウスから出る時は何処のクランハウスの位置から出るかが選べるんだ。


 現在、クラン・せんぷくのクランハウスはチェチェックにある一軒のみだけど、これがリンム・ランムにも建てられたら、人族国家のリンム・ランムと魔物族国家のチェチェック間で海を越えてワープできることになる。


 というわけで、長距離移動手段として、是非ともリンム・ランムにクランハウスを建てて欲しいところだ。


「それって聞こえはいいが、入ってきたばかりのクランメンバーに雑用を押し付けてるだけじゃねぇのか……?」


 私の話を聞いて、ジェイスは若干げんなりとした表情でそう言うけど、新規入団メンバーばかりが苦労をするわけではない。


 もちろん、既存のクラン・せんぷくメンバーにも相応の活動を求めていくつもりである。


「一応、その間、私たちはエリア6まで行く予定だから、苦労を全部そっちに押し付けてるわけじゃないよ。エリア6、もしくはエリア7まで辿り着いたら、私たちもクランハウスを建てて、成長した新規入団メンバーと合流しようって考えてるんだ」

「はぁ……?」

「お姉ちゃん、それ大丈夫? 魔物族のトッププレイヤーが今ようやくエリア5に辿り着いたところなんだけど? ペース早くない?」


 確か、ユズくんの【黄金の旋律】がようやくエリア5の領都である鉱山都市ゴダに辿り着いたって話をタツさんが言ってたような……?


 砂漠都市フィザの内乱騒動が収まりをみせたこともあって、今の最前線のプレイヤーたちのトレンドはエリア5に行こうぜ! ということらしいんだけど……。


 私たちはエリア5をさっさと通り抜けて、更に次の都市を目指そうとしている。


 というか、更に次ぐらいを目指してるというか……。


 それには、理由があって――、


「なんかタツさん曰く、フェンリルがエリア6のボスモンスタークラスらしいんだよね。でも、見ての通り、私たちなら楽勝でしょ? だから、エリア5でコツコツと準備する必要もないだろうし、なんならエリア6も素通りして、エリア7まで目指せるんじゃないかなーって思ってるんだけど……」


 でも、そこはちょっとだけ謙虚になって、エリア6までにしとこうってなったわけだ。


 流石、私。謙虚な女。


 奢ってくれるジュースは9本でいい。


「あと、鉱山都市って響きがあんまり惹かれないんだよねー。だから、スルーでいいかなーって」

「装備のパワーアップには必要不可欠な重要な都市なはずなんやけどなぁ……」


 まぁ、私には【魔神器創造】があるしね。


 今更、鍛冶素材に一喜一憂するような感じじゃないんだよ。


「あぁ、鉱山と聞くと、美味い食べ物がなさそうだしな。さっさと通り過ぎるに限る」


 それはツナさん観点の話だけどね。


「なんか事前リサーチした感じだと地酒が美味しかったらしいですよ?」


 そして、そういう細かいところまで調べちゃうブレくんは配慮のできる男の子である。


 というか……。


「美味しかった……? なんで過去形なんだ?」


 Takeくんに言われて気づく。


 そういえば、そうだよね。


 なんで過去形なんだろう?


「なんか数ヶ月前に領都が消し飛んじゃったらしくて……。今は復興に力を入れてるので、嗜好品の生産の数々は後回しにされてるんだとか……。ヴァーミリオン領エリア5の他の衛星都市は無事っぽいので、地酒が飲みたいなら、その辺を巡る必要があるかもしれないですね」

「領都が消し飛ぶとか物騒だな。まさか運営の仕業か?」


 …………。


 きっと運営の仕業だね! 多分、きっと! 恐らくきっとそうに違いない!


「まぁ、エリア4とエリア5の間にはワイが進化するために寄らなアカン場所があるから、ワイ的にはそこにさえ寄れれば満足や」

 

 何だっけ? 竜の祭壇だっけ?


 そこに寄れれば、ついにタツさんも大蛇卒業かな?


 次は何になるんだろ?


 ついに本格的なドラゴンさんになったりするんだろうか?


 まさかクリスタルドラゴンさんとかにはならないよね?


「まぁ、攻略はワイらが進めたるから、ジェイスたちはさっさとスキルとか磨いて、最前線で戦えるようにしとくんやな」

「ふん、言われないでもわかってるさ。というか、いつかテメェらも抜いてやるからな。覚悟しとけ」


 どこか挑戦的な目でこっちを睨みつけるジェイスを尻目に、私はささっとムツにゃんに近付くと――、


「それはそれとして……。――ムツにゃんさん、ファンです! 改めてサイン下さい! 今度はサイコパス美じゃなくて、ヤマモトさんへでお願いします!」

「えーと……」


 ムツにゃんは困った顔をしてたけど、最終的には『ヤマモトさんへ』とサイン色紙に書いてくれた!


 やったぁ!


 そして、私がムツにゃんからサインをもらったことで小躍りしてると、ジェイスがムツにゃんに近付いてきて――、


「お前には絶対負けねぇからな!」

「なんで?」


 何故か、ムツにゃんにライバル心を剥き出しにするのであった。

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