第347話

デスゲーム担当スペード視点】


「――というわけで、加入試験を開くことにしたんだよ」

「何が、『というわけ』なのか、さっぱりわからないけど、何でそんな話を私にするの……?」


 リンム・ランム共和国の半壊した宿屋。


 帝国からえっちらおっちらと船に乗りつつ帰国した私たちは、その半壊した宿屋の一角にテントを立てながら、今はミタライくん率いるプロゲーマー集団SUCCEEDと、司馬くんが所属する中国プロゲーマー集団の二チームとで共同生活を営んでいる。


 まぁ、共同生活というか、幸いにも炊事場や屋根の一部が残ってたので、格安の宿賃を店主に渡しつつ、場所を提供してもらってる感じだ。


 当初は宿の空いてる部屋とかもあったんだけどねー……。


 私たちが帝国から帰ってきた時には、宿の部屋は満室になってて使えなくなってたんだよ。


 どうやら、ミタライくんがSUCCEEDの他のメンバーを呼び寄せたのと、司馬くんが中国プロゲーマー集団に情報を流したのが重なったっぽいんだよね。


 おかげさまで二つの集団がリンム・ランム共和国にやってきて、大所帯になった結果、宿の部屋も満室になったということらしい。


 まぁ、私的には自分の治める国となるわけだから、プレイヤーがやってきて活気が出るのはありがたいことなんだけど……。


 人数が多くなった分、狩り場やら素材やらを巡ってちょいちょい衝突が起きてて困ったことになってるみたいなんだよね。


 まぁ、簡単に言っちゃうと、中国プロゲーマー集団の方にね、ちょっと勘違いしてる人が多いというかね、自己中な人が多いみたいなんだよ。


 例えば、SUCCEEDメンバーがモンスターを狩ってたら、横槍を入れてきて勝手にトドメを刺して、素材を掻っ攫ったりだとか。


 前日までSUCCEEDメンバーがモンスターを狩ってた場所に翌日に行くと、「ここは我々の狩り場だ!」とか言って、中国プロゲーマー集団が占拠してて追い出されたりだとか。


 別に中国プロゲーマー集団の全部が全部、そういうことをやってるわけじゃないんだけど、一部がSUCCEEDに対する嫌がらせみたいな行為を行ってるみたい。


 ミタライくんも司馬くんを通して、中国プロゲーマー集団に対して、抗議の声を上げてるんだけど、あちらとしてはどこ吹く風。


 そもそも、司馬くんの立場がそんなに強くないというか、司馬くん自身も他の中国プロゲーマー集団のプレイヤーに脅される感じで、情報を流したっぽいんだよね。


 ついには、アスラと模擬戦をしてたミタライくんたちに対して、俺たちも混ぜろとか言って勝手に割り込んできて――挙げ句、アスラに半殺しにされたらしい。


 まぁ、アスラはお供え物を貰うことで、相応の願いを叶える土着神様だからね。


 お供え物も用意しない相手には容赦しないってことなんだろう。


 それで、大人しくなればいいんだけど、中国プロゲーマー集団の一部がヒートアップして、「SUCCEEDに神をけしかけられて、殺されかけた!」とか言い始めたみたいで……。


 まぁ、私たちが帰ってきた時には、取り返しのつかない空気になってたんだよ。


 その辺のことを、帰ってくるなりアイルちゃんに教えてもらって……すぐだよ?


 翌日に愛花ちゃんたちと久し振りにリンム・ランムで狩りでもしようかと森に入ったら、中国プロゲーマー集団に尾けられて、モンスターのトドメを遠距離攻撃によって掻っ攫われそうになったというね?


 まぁ、中国プロゲーマー集団の遠距離攻撃は全部私が叩き落としたから、横槍を入れられなかったんだけど……失敗したらしたで、「チッ」とか言って去ってくしさぁ……。


 とにかく、感じの悪い目にあったんだ。


 で、そこで気づいたんだけど、彼らはSUCCEEDとか関係なく、リンム・ランム共和国の狩り場……もとい、リンム・ランム共和国という国自体を独占したいみたい。


 要するに、私たちを締め出して、中華街みたいなものを作ろうとしてるのかな?


 そんな状況だからか、私たちも攻撃の的になってるというか……。


 まぁ、全部の中国プロゲーマーがそういう考えってわけじゃないけど、一部の過激派が暴れていて、その過激派が中国プロゲーマー集団の中では発言力があるみたいだっていうのが問題らしい。


 当然、お姉ちゃんとしてはこんな状況のリンム・ランムで愛花ちゃんたちが無事に活動できるか心配なわけで……。


 そこで、先の加入試験の話に繋がるわけである。


 私たちはテントの近くで、冷たいレモネードを飲みながら会話を続ける。


「いや、現状のリンム・ランムってきな臭いでしょ? だから、私としてはクラン・せんぷくの加入試験に全員で合格してもらって、クラン・せんぷくに正式加入してもらえれば、その心配も減るかなぁって……」

「心配が減るっていうのは、クラン・せんぷくに加入すれば、クラン・せんぷくが後ろ盾になってくれるから、私たちも安全になるよって話?」

「ううん。物理的に強くなるから安心って話」

「権力的な強さが全くないってどうなの……?」


 あのクランはヤベェ……とは、よく言われるけど、多分、危険だとか、手を出すなとか、そういう意味じゃなくて、ネジが一本抜けてるって意味でのヤベェだろうし……。


 クラン・せんぷくの名前にそこまでの抑止力はないんじゃないかな?


「でも、愛花ちゃんたちって、【黒姫】パーティーとかいう異名で呼ばれてるけど、まだどこのクランにも加入してないよね?」

「まぁ、そうだけど……」

「私と同じクランに加入するのは嫌かな?」

「…………。そういう言い方はズルくない?」


 あらら、拗ねちゃった。


 でも、実際問題として心配してるのだ。


 中国プロゲーマーチームの嫌がらせは元より、これから運営の逆襲が始まった時に命を落としやすいのは、やはり弱いプレイヤーになると思う。


 私も全力で愛花ちゃんの護衛をする予定だけど、アスラの時にあっさりと攫われてる事実もあるし、可能であれば愛花ちゃんにもパワーアップして貰いたいのが本音だ。


 特に今は、運営も次の一手をどう打つか考えてる頃だろうし、まだ時間的に余裕はあるはずなんだよね。


 その猶予期間をどう過ごすのかは、割と重要だろうし、何よりも事が起こってから備えてたら遅いとは思う。


「ほら、愛花ちゃんたちが強くなってくれれば、ユウくんと密会デートしてる現場まで、私もストーカーしなくて良くなるしさ。加入試験受けてみない?」

「え、ついてきてたの……?」

「キャーって感じで見てました」

「むしろ、こっちはギャーなんだけど!?」

「私だって、愛花ちゃんたちが強ければ、あんなことしてないんだからね!?」

「なんで逆ギレしてるの、この人!?」


 若干引きながらも、愛花ちゃんはオトガイに手を当ててから視線を落とす。


 やがて、恐る恐るといった感じで口を開いていた。


「ちなみに、その加入試験っていうのは、どんなことをやるの?」

「えーとね、まずは入団希望者を募るでしょ」

「まぁ、それはそうでしょうね……」

「その後で、全員で進化の塔に行くの」

「うん……?」

「で、進化の塔でクラン・せんぷくのメンバーと一週間寝食を共にするんだよ。勿論、全員でパーティーを組むから貰える経験値は雀の涙程になるし、出てくるモンスターは入場者のトータルの強さに合わせて、死ぬほど強い奴が出てくるから安心して」

「何も安心できないし! 貰える物ももらえないし! あと私たちを殺す気!?」

「大丈夫、大丈夫。死んでも生き返らせるから。何度でも復活できるから」

「そういう問題じゃないでしょ! このデスゲームは痛みがリアル基準なんだから! 死ぬってことは相応の痛みが伴うってことじゃない! それを生き返らせて、死んでって繰り返してたら、精神がやられちゃうことぐらいわかるでしょ!」

「いや、わかってるよ、それぐらい」

「だったら、試験の内容ぐらい見直したらどうなの!?」

「でも、私たちはそれで強くなったから」

「…………」


 正直、死にかけたり、死んだりしたことは幾度もある。


 最初はクリスタルドラゴンさんにやられそうになって涙目になってたし、【衆中一括】のフィーアにだって殺されそうになった。


 アスラ戦では、実際に何人かの分身体は死んじゃって、本体に至っては死の痛みを消えた人数分だけ脳内に刻まれただろうし……。


 全てが順風満帆で上手く進んだわけじゃないんだよね、当然だけど。


 タツさんたちだって、私やツナさんと一緒に進化の塔に入ることで、自分たちの討伐レベルよりも遥かに格上のモンスターがバンバン出てきて、何度も死んで蘇ることで、自分たちよりも格上のモンスターを倒し続けてレベルアップしてきたわけだし。


 死を恐れて、安全安心にいったプレイヤーが、現状ではあまり役に立ってないのは、要するにそういう冒険をしてこなかったからじゃないかな?


 じゃあ、冒険できる環境が整ってたら?


 死んでも確実に生き返らせてくれる環境が整っていたらどうだろう?


 それでも尻込みする者と、一歩を踏み出せる者とは分かれるんだと思う。


 今回の加入試験では、寝食を共にして、人の内面を見るという目的もあるんだけど、その一歩の勇気が持てるかも見るつもりなのだ。


 ほら、高所恐怖症や閉所恐怖症の人がいるように、ゾンビ戦法恐怖症の人がいるかもしれないじゃない?


 だから、そこを見極める意味合いもあったりする。


「愛花ちゃんからしたら、きっと私たちは頭のオカシイことをやってるように思えるんだろうね。でもさ、甲子園を目指す高校球児たちが青春の大半をなげうって一生懸命に野球の練習をしたりしてるのも、野球に興味ない人が見れば十分に頭のオカシイことをしてる光景に見えるでしょ。もっと規模を落とせば、好きなゲームをクリアするために寝食を疎かにしてる人とかさ。そういうのもゲーム好きじゃなきゃ、なんでご飯も食べずにゲームしてるの? ってなるわけじゃない」

「それは、そうかもしれないけど……。でも、お姉ちゃんがこれからやろうとしてる事とは違い過ぎるし……」

「別にやってることは同じだよ。規模が違うから、違うように見えるだけ。スポーツマンが全国制覇を狙って、一生懸命練習して、時には練習が行き過ぎて怪我をすることだってあるじゃない? ゲーマーがゲームに熱中して飲めり込んで、寝食忘れて、後で具合が悪くなることだってあるでしょ? 私たちがやってるのだって、それと同じだって。ただ目的が、部活の全国制覇やゲームのクリアじゃなくて、恐ろしい力を持った最悪の殺人鬼から自分の命を守るためって難題なだけでさ。そのために、死ぬ気で強くなるために戦って、最悪死んじゃうのは――まぁ、やってることの本質は一緒でしょ?」

「本質は一緒かもしれないけど! 死ぬほどの痛みを何度も繰り返すなんて、正気の沙汰じゃないでしょ! それは生物としての本能に逆らう行為だよ!」

「確かにそうかもしれないね。でも、成功を掴み取るためには、何かを諦めたり、捨てたりすることも時には必要だと思うんだ。愛花ちゃんだって、全てを手に入れて、現実世界で成功してきたわけじゃないでしょ」

「それはそうだけど……」


 愛花ちゃんは出来の良い妹だ。


 それでも、何かを手に入れるために、何かを諦めたりもしてきた。


 学校の成績を上げるために、遊ぶ時間を我慢したりとかね。


 今回のデスゲームも、そんな些細なことなら良かったんだけど……。


 クソ強い凶悪殺人鬼から自分の身を守りなさいって難題に対して、私が投げ捨てたのは常識とか、正気とかそういうものだったというだけだ。


 逆にいうと、私はそういうものを投げ捨ててでしか、自分の身を守る方法を思いつかなかったんだよね。


 もっと賢かったら、別の手立てもあったかもしれないけど……。


 でも、それで結果が出てるんだから、これも正解のひとつなんじゃないかな、とは思ってるよ。


「生物の本能を捨てることで、お姉ちゃんは私たちにもバケモノになれというの?」

「その言い方は酷くない? その言い方だと、私たちがバケモノみたいに聞こえるんだけど?」

「いや、ごめん。そういう意図があったわけじゃないんだけど……」


 でも、考えてみたら、そういうことなのかな?


 本質的には、人間性を捧げて怪物になることと、あんまり変わらないのかも。


 まぁ、バケモノに対抗するために、バケモノになるって構図は――、


「【バランス】取れてて、いいのかもね」

「え? なに?」

「いや、こっちの話」


 愛花ちゃんにそう嘯きながら、今の件をパーティーで話し合って考えてみて、と丸投げする。


 うん。


 私が全員に説明するよりも、愛花ちゃんが説明してくれた方がよりわかりやすく説明してくれるからね。


 さて、愛花ちゃんのパーティーはどういう選択をするのかな?


 まぁ、どんな選択をしたところで、私が愛花ちゃんを守るということに変わりはないんだけどもね!

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