第338話

 ■□■


冒険担当クラブ視点】


 ガーツ帝国襲撃事件から、凡そ一週間が経過した。


 当初は、世界会議後には即帰国する予定だったんだけど、ドルトムント皇帝に、「せめて、一週間後の戦勝の宴に出てもらえないか?」と慰留された結果、私たちは未だにガーツ帝国に逗留している。


 まぁ、色々と気を張ることも多かったし、少しぐらいはのんびりする時間も必要だよね……。


 ――というのは建前。


 魔王曰く、ここでガーツ帝国と友好的な態度を示しておくことで、人族圏におけるメルティカ法国の影響力を削りたい狙いがあるようだ。


 ちなみに、今回の顛末――。


 当初は何故、帝都襲撃事件が終わったのか、全くの不明だった。


 というか、最終決戦に出向いたはずのアクセルくんとイライザちゃんが、何で決着したのか全く理解していなかった……。


 なので、世間一般では、とりあえずなんかよくわからないけど終わったという認識になっている。


 あれだけ戦って、最終的にはふわっとした感じで終わったので、事情を聞いたみんなも「? ? ?」となったのは言うまでもない。


 まぁ、分身体わたしたちは本体から事情を聞いて、決着の全容を把握したし、クラン・せんぷくや愛花ちゃんにも事情を話しているので、一部の人たちは事情を理解している。


 ただ、運営を殺さずにゲームから除外したという情報については、なるべく運営の耳に入れたくなかったため、本当に信頼のできる人間にしか話をしていない。


 その関係で、実はイライザちゃんにも真実は伝えてなかったりするのだ。


 まぁ、イライザちゃんはメサイアに戻るっていうからね……。


 ほら、メサイアに戻った後で、何かの際にポロッと真実をこぼして、そのことをメサイアのメンバーが掲示板か何かに書き込んだりしたら、コトだからね。


 運営を殺さずにゲームから除外してるとバレちゃったら、「何やっても殺されないぜ! ヒャッハー!」と調子づく可能性もあるし……。


 それで、より目茶苦茶な行動されても困るというか……。


 むしろ、運営たちには、しばらくは慎重に行動してもらいたいので、秘密主義を貫くのである。


 ふふふ、運営たちよ、怯えて眠れ……!


 というわけで、真実を教えられなくてゴメンね、イライザちゃん?


 でも、お姉さんは死んでないから早く元気出してね?


「しかし、こうして見ると、やはり被害は甚大だな」


 帝城の屋上――。


 本日は例の戦勝の宴とやらが催される日で、明日には帰国することが予定されている日だ。


 私はそんな日に、魔王と共にこの場所までやってきていた。


 魔王曰く、魔王国に帰ったら帝都の復興を支援する組織を派遣することを考えているんだそうだ。


 とはいえ、過剰に支援団体の規模を大きくしても、帝都での住む場所やら、食料やらの問題もあるから、魔王は帝城の屋上から帝都の被害状況を把握し、送り込むのに最適な人数を計算してる……んだと思う。


 流石だよね。


 これも、多分、メルティカ法国の影響の切り崩し作戦の一環で、ガーツ帝国に魔王国を信頼させる作戦のひとつなんだろう。


 というか、ガーツ帝国のドルトムント皇帝から嫌な話も聞いたので、それの対抗措置という意味合いが強いのかもしれないけど……。


 そう。


 ドルトムント皇帝曰く、竜を率いてきた女とアーサー法王が魔王国滅亡のために手を結んだ……らしい。


 当初はmasakiのことかな? と思っていたんだけど、エルフではないと皇帝は言っていたから、別人がアーサー法王と友好関係を結んだっぽいんだよね。


 ただ、masakiが率いていたのも竜なので、もしかしたら、masakiじゃない別の運営が法国と手を結んだのかもしれない。


 そうなってくると、途端に苦しくなってくるのは魔王国なんだよね……。


 竜の超高機動高火力攻撃と人族の物量作戦を組み合わせて攻められると、流石に魔王国でもかなりの被害が出るんじゃないかって、魔王は予測してるみたい。


 なので、なるべくメルティカ法国に与する人族国家が出ないように、細かなところでケアをする作戦を展開しているんだと思う。


 そんな魔王が、帝城の屋上の手摺りに手をかけながら、ポツリと呟く。


「死にたい……」

「え?」


 そして、おもむろに手摺りを乗り越えようとし始めたので、その襟首を掴んで元の位置に戻す。


「なにしてるんですか、魔王様?」

「わからないのか、ヤマモト?」


 魔王の首根っこを押さえながら尋ねると、むしろ逆に尋ね返された。


 え? わからないって……。


 危険だよね?


 それ以外に何かあるの?


「一週間も無駄に逗留したせいで、魔王城に帰ったら三週間分もの溜まった仕事をやらなければならないんだぞ? のんびりに慣れてしまった体で、それは無理だ。だから、死にたい」


 パーソナルダイレクトアタックを食らったわけじゃないのに、ちょっとのんびりしただけで魔王のメンタルがメタメタになってる!


 どうしてこうなった!


「そんなことないです、魔王様! 思い出して下さい、エナジードリンクのあの味を! カロリーバーのあのモサモサ感を! コーヒーで無理やり眠気を覚ます不快感を! そして、なにより残業する悦びを! ……すぐ慣れます」

「そうだな、すまない。体から倦怠感が抜けたので、少々弱気になっていたようだ」


 わぁ、重症だぁ……。


「特に、あそこに背の高い建物があるだろう?」

「私たちが守った病院施設と消防施設ですね」

「あれが書類の束に見えて仕方なくてな。気分が優れないのだ」

「だったら、壊しましょうか?」

「あぁ、うん……。いや、待て。うん? いや、駄目だろう。……駄目か?」


 長期休暇のせいで判断力が鈍ってらっしゃる!


 冗談で言ったのに、冗談が理解できないほどに、魔王がダメダメになってる! 緩み過ぎだよ!


「おいおい、勘弁してくれよ……。俺らが命を張って守った建物を簡単に壊すとか言うなよな?」

「ふむ、なんだ裏切り者か」

「裏切り者ってヒデェな」


 肩で風を切って、堂々と屋上にやってきたのは水色の短髪をした鼻筋に真一文字の刀傷を刻んだおっちゃんだ。


 …………。


 いや、どちら様?


「魔王様、誰ですかこの人? 知らない人なのに馴れ馴れしくないですか?」

「マスラオだよ! マスラオ! 呪いの全身鎧脱いだらこんな感じなんだよ! 声でわかれよ!」

「そんな高度なこと求められても」

「別に高度じゃねぇよ! ったく、礼を言いに来たってのに、調子狂うぜ……」

「礼?」


 あー、アレかな?


 最後に出てきた巨大竜四体。


 その中の暗黒竜を倒した功績が認められて、マスラオとルーメルはS級冒険者になることが決まったって……タツさんから聞いた気がする。


 本当は、S級冒険者になるには、このガーツ帝国を攻めてきた大将首――masakiの討伐ぐらいの功績が必要になるんだけどね。


 そのmasaki自身がよくわからない内にいなくなったからね。


 次点の巨大竜を倒した功績が称えられ、マスラオたちはS級冒険者として叙されるみたいなんだ。


 更に同じ感じで、空を飛ぶ青龍を倒したツナさんもC級からA級に特例のランクアップ。


 街中の竜と機械人形を大量に殲滅したタツさんとリリちゃんもB級からA級冒険者に特例で上がるみたい。


 なお、砂の竜相手に足止めを行っていたブレくんとミサキちゃんは、結局、倒し切れずにトドメを私がさしちゃったために、特例でのランクアップはなし。


 同じく、裏手で巨大竜の足止めに八面六臂の活躍を見せていたTakeくんも特例でのランクアップはできなかった感じだ。


 やっぱり持つべきものは圧倒的な火力なんだろうか?


 足止めできるだけでも大したものだとは思うけどね……。


 そんなわけで、ようやくS級冒険者になったマスラオたちなんだけど……。


 そもそも、彼らは魔王の命を狙っていたわけで――。


 それを、魔王に説得されて翻意したのもあるから、魔王に何か思うところがあって、わざわざやってきた……ってことなんだと思う。


「ちょっと世話になったってことでよ……」

「ふん、魔王国側でも私を救った功績を称えて、S級にしてやる準備があったというのに……それを蹴って、ガーツ帝国でS級冒険者になることを選びおって……この、裏切り者め」

「人族の冒険者が魔王国でS級冒険者になるって、なんかおかしいだろうが!?」


 なんかラノベとかにそんなタイトルありそう……。


 人族の俺が何故か魔王国でS級冒険者にされちゃいました――とか?


 ……出オチ感凄そう。


「私は優秀な人材は手元に集めておきたいタイプだからな。そもそも、貴様らを諭して、国を守るように言ったのは私ではないか。それなのになんでガーツ帝国でS級冒険者になるんだ? ふん、裏切り者め」

「それには感謝してる。だから、礼を言いに来たんじゃねぇかよ」

「…………。ガーツ帝国に愛想を尽かしたら魔王国に来いよ? 千年以内なら取り立ててやるからな?」

「人族の寿命はそんな長くねぇからな!?」


 試合が終わったらノーサイドとはよく聞くけど、殺し合いが終わったら、マスラオはイジったら面白いただのオッサンだった件。


 まぁ、本人的にはイジられるのが不満なのか、ガシガシと後頭部をかいてるけども。


「とにかく、礼は言ったぞ。アンタらのおかげで、これからはちっとは楽できそうだ」

「楽?」

「言ってなかったか? 俺たちがS級を目指してたのは、実力の足りねぇA級冒険者共と組まされて、ソイツらの尻拭いをするのが面倒だったからってのが一点」

「二点目もあるの?」

「これは俺個人の願いだが、S級と聞いて怯まねぇで襲ってくるほどの猛者との戦いを望んでんのよ……」


 奇特なおっさんだね。


 私なら、そんな相手なんて願い下げなんだけど。


「強者って意味でなら、魔王軍特別大将軍は申し分ねぇんだがな?」

「やらないよ?」


 というか、スキル無効にしちゃう相手なんて、相性悪過ぎるし。


 私にとことん不利じゃない。


 本体が相手なら、逆にマスラオがボコボコにされるんだろうけど。


「ま、今んトコはS級になれたってだけで満足しといてやるよ。じゃあな、魔王に特別大将軍。機会があったら、またりあおうや」


 マスラオはカッカッカッと笑うと、その場を去っていく。


 その背中を見ながら、私はコテンと首を傾げていた。


「そんな暇なんてあるのかな?」

「さてな?」


 偉くなったら、その分やること増えるんじゃない?


 それに、そもそも……。


 魔王と私は未だ痛々しい光景が広がる帝都の街並みに視線を向ける。


 パッと見ただけでも、全壊した建物が四割、半壊している建物も五割ぐらいはありそうだ。


 ここからガーツ帝国は、帝都を復興していくんだよね?


 この状況で、S級冒険者がのんびりできるなんて思えないんだけど?

 

「まぁ、S級冒険者というのは、国が定める名誉職のような側面もある。故に、任命した国との結びつきが強くなるのが必然だ。彼らには面白くないだろうが、ドルトムント皇帝はS級冒険者を復興のシンボルとして扱うだろうな」

「具体的にはどんな感じなんです?」

「復興のためには褒賞石が要る。そして、ガーツ帝国には帝都の東西南北に巨大な都市があり、そちらは健在だ。まずは、東西南北の大都市の領主たちと会食パーティーだろうな。あとは、今回の戦いで帝都の戦力も随分と減ったであろうから、帝国の大動脈とも言える街道の警邏任務なども負わされるだろう。なんにせよ、彼らが冒険者として自由に冒険するような立場でなくなったのは確かだろうさ」


 それって、ほぼ政治の道具ってこと?


 大変だなぁ。


「まぁ、連中が大人しく上の言う事を聞くとも思えんがな」


 そう言って、魔王がこちらをチラリと見る。


 なぁぜ、こちらを見るんですぅ……?


「まぁ、貧乏クジばかりを引くことになるとも思えん」

「と言いますと?」

「帝国は今回の一件で、集団の平均戦力を伸ばしていくだけでは、それ以上の平均戦力を持つ集団には勝てないことを知った。そして、また突出した個の力が戦況を変えることもな」


 だから、なぁぜ、こちらを見るんですぅ……?


「そこに、奪取されたリーゼンクロイツが稼働状態で戻ってきて、多くの機械人形のサンプルも手に入り、竜の素材に至っては呆れるほどに入手できたことだろう。今は帝都も荒廃しているが、街の機能が回復してくれば、すぐに好景気に沸くことになる」

「それは豪気な話で」

「それだけの好景気、良い素材も山とあり、軍部のあり方も見直すべき状況――S級冒険者がアドバイザーとなって、口出しする場面も増えるだろうさ。そこで、猛者を作り出すようなシステムが作れれば、アヤツの願いも叶うだろうよ」


 自分を楽しませるために、強者を生み出すシステムを構築する……?


 忙しさの代償の褒美がソレって、個人的にはどうかとは思うけど、人の価値観はそれぞれだからね。


 マスラオにとっては、自分を倒し得る後輩がニョキニョキ生えてくる環境の方が、退屈しなくていいのかもしれないし。


「まぁ、この現状に一番ほくそ笑んでいるのはドルトムント皇帝かもしれないがな」


 帝都滅亡からの一転好景気。


 更に未知の技術の研究も捗るとなれば、確かにドルトムント皇帝が一番喜んでいそうだ。


「さて、それでは我々も戦勝の宴に行く準備をするか」

「そうですね」


 こんな時のために、持ってて良かったパーティードレス。


 【収納】から取り出した真紅のドレスに、私は一瞬で換装すると魔王があからさまに嫌そうな顔をする。


「今回は武踏会じゃないからな?」

「知ってますよ」

「地獄極楽大車輪天地返しはやるなよ?」

「いや、そんなのやりませんよ」

「…………」


 …………。


 なぁぜ、こちらを見るんですぅ……?


 信用ないのかな? 私?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る