第310話
魔王が言うには、世界会議で主に気をつけなきゃいけないのはメルティカ法国だという。
主神ルナを抱き、人族至上主義の国――。
当然のように問題なのは、メルティカ教と言われる宗教の教義が、とにかく人族至上主義で『魔物族死すべし、慈悲はない』の精神だってこと。
つまり、こっちの理由とか関係なく断罪に走りそうってことだね!
最悪、世界会議においては会話にならない可能性もあるみたい。
そう聞くと、本当に狂った宗教だと思うんだけど、意外にも人族側には超優しいらしい。
なんでも、人族国家(リンム・ランム共和国を除く)の様々な地域にメルティカ法国の自腹でメルティカ教の教会を作って、地域の奉仕活動を行いつつ、格安の御布施で傷の治療をしたり、行き場のない子供たちを引き取って育てたり、無償で子供たちに教育を施したりと、とにかく社会貢献が凄いらしい。
そのため、メルティカ教は人族国家では各国での国民人気が高く、メルティカ教をぞんざいに扱うと、国内で反乱が起きる危険性すらあるんだってさ。
それは国同士の関係にも当然のように影響を与えてくるわけで……。
世界会議の場で、メルティカ法国が私を責めるようなら、ガーツ帝国もファーランド王国も倭国も、全てがメルティカ法国の味方になる可能性があるらしい。
で、多数決とかやり始められたら、まず負けると。
その結果、無茶な要求を飲まされたりとか、そういうことになる可能性もあるらしい。
とにかく、現状では魔王国の味方はリンム・ランム共和国しかいないので、魔王としてはメルティカ法国を中心にした四国連合の図式を崩したいみたい。
その四国連合の内の一国でも、魔王国側に寝返れば、三国vs三国の図式になるからね。
魔王が狙ってるのはそこみたい。
帝都に着いたら、こっちの肩を持ってくれそうな相手に事前交渉するつもりだって、船上で言ってたんだけど――、
パパパーパッ! パパーッ!
「うわぁ!? ビックリしたぁ!?」
何事かと思ったら、前の方を走る蒸気自動車の一台がクラクションを鳴らしたみたい。
ガーツ帝国の蒸気自動車にはクラクションも付いてるんだー、と感心してたのも束の間。
クラクションを鳴らしていた蒸気自動車が大きく街道を外れて街道沿いの草原に突っ込んでいく。
ん? 事故?
街道を外れた蒸気自動車に目を向ける。
蒸気自動車は特に大破した様子も見られないし、単純にハンドル操作を誤ったって感じで止まってる。
居眠り運転でもしてたのかな?
そんなことを考えていたら――いた。
なんか禿頭の筋肉ムキムキで裸の上半身に入れ墨を入れまくった変態みたいなのが、大街道の真ん中を塞ぐようにして立っている。
アレを避けようとして、蒸気自動車は大きくハンドルを切ったんじゃないかな?
状況把握をしている間にも、その人影はフラリとミサキちゃんの馬車の進行方向に向かって歩いてくる。
「なんやねん、あのオッサン!? 轢かれたくなかったら
タツさんが箱馬車の天井で叫ぶけど、それを聞いて人影は更に加速した。
というか、走り出した。
むしろ、ミサキちゃんの箱馬車を狙ってる?
というか、これだけ速度出てると今更止まれないよ!?
ツナさんとTakeくんが人影を止めようと、馬車の前に出るけど――、
「コイツ……!」
「なんだ今の……!?」
ツナさんとTakeくんが見送るように足を止める。
ちょっと二人共!?
駄目だ! 人影を避けられない!
バシャッ!
それは、最初、首無し馬が人を轢いた音だと思った。
馬車に向かって人影がやってきたのだから、飛び込み自殺だと思ったのだ。
だが、違う。
「魔王様!? 今、【蘇生薬】を――!?」
なにそれ……?
どういう理屈……?
男は、今度は私たちの乗る荷台の真ん中を、それこそ
瞬間、見えている世界がスローモーションのように遅くなり、右腕を血に濡らした男の呟きがはっきりと聞こえた。
「核を砕いた手応えはあったんだがのぅ。【解体】が発動せんかったか。死体が残りさえすれば、【収納】して持ちされたものを……。忌々しい……」
その言葉を聞いて、瞬間的に【ファイアーストライク】を男の後頭部に向けて放つ。
だけど、刹那で飛んだ炎の細槍は男の肉体を素通りして、街道の向こう側にまで飛んでいってしまった。
物理透過というだけではない?
攻撃全般全てが無効……?
冗談じゃない!
「ミサキちゃん、速度を上げて!」
「わかった……!」
荷馬車を降りて男と戦うか迷ったけど、男がこちらの攻撃を全て無効にしてしまうのなら、戦いようがないと判断。
だったら、ここは逃げの一手だろう。
どこの刺客だか知らないけど、ガーツ帝国国内でいきなり襲ってくるとか勘弁して欲しい!
男はこちらを値踏みするように肩越しに振り返るが、追いかけて来る様子はないようだ。
グングンと姿が遠ざかっていく。
もしかしたら、待ち受けていたこともあって、早さにはそんなに自信のないタイプなのかもしれない。
「【鑑定】!」
▶空無状態の相手を鑑定することはできません。
距離が離れたところで【鑑定】を使ってみたけれど、【鑑定】が通じない!
攻撃だけじゃなくて、何もかもが通じないってこと!?
それに空無状態って何!?
…………。
考えてもわからないことを今考えても仕方ないか……。
「馬車の中の私! 魔王様はどうなった!」
「荷台の私! 死んだけど、生き返らせた!」
「どんな会話してるの、私たち……」
箱馬車と並走していた
冒険担当は第二波に備えて動かなかった感じかな? 私にしては冷静だね。
「どうする? アイツを追う?」
見やれば、既に禿男の姿は大街道の上から消えていた。
逃げた……?
それとも知覚できなくなったとか?
わかんないけど……。
「もう、追えないんじゃない?」
「機を逃したかな……」
「とりあえず、警備をより厳重にしながら帝都まで急ごう。人混みの中でまで襲ってきたりはしないと思うし」
「そうだといいんだけど」
「人族国側の刺客か何かだったら、同じ人族を騒ぎに巻き込みたくないと思うんだよね。特にメルティカの刺客だったりしたら、尚更」
「メルティカが無関係だったら?」
「まぁ……その時はその時?」
ノープランというよりも、とりあえず落ち着ける場所で一度考えをまとめたい。
魔王も死んだことでメンタルがどうなってるのかも気になるし……。
「とにかく、帝都の中に入っちゃおう」
「逆に危険が増えないといいけど……」
冒険担当の言葉を聞きながら、私たちは逃げるようにして帝都を目指すのであった。
■□■
【マスラオ視点】
「ミスター、飲み物は如何ですか?」
「それじゃ、エールを頼む」
飛行船の船内――そこはまるで貴族のダンスホールのように綺羅びやかに彩られて美しかった。
乗船料をそれなりに取るだけあってなかなかに内装が美しい。広く取られた空間にはバーも常設されており、そこでは無料でドリンクのサービスが受けられるというのも良い点だ。
俺たち以外にも飛行船を利用している客はそれなりにいるのか、間隔を取られて置かれたテーブルにはポツポツと乗客が座っており、歓談しているようだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
カウンターで受け取ったエールを片手に適当に徘徊していると、ルーメルの奴を見つけた。
奴は窓際でカッコつけて佇んでるようだ。
コイツは、とにかくどんな時でもカッコつけたがる悪癖があるが、モテているといった話は聞いたことがない。
つまり、自己陶酔型の勘違い野郎ってことだ。
そんな男が窓の外の景色を黙って見ていたものだから、また浸ってるのかと思って、からかうために声を掛けにいく。
「よぉ。なんだよ? 地上の景色でも眺めて、カッコいい自分でも演出してたのか、ルーメル?」
「フッ、違うね。ホーガンの奴が飛行船から飛び降りたから見てただけだよ」
……は?
思わず窓から地上を確認する。
ここからだと豆粒みたいな蒸気自動車が走ってるのが見えるが……ここから飛び降りたって?
「見えるだろう? アレだ。蒸気自動車とは違う明らかに異質な集団。それを見つけるなり、ホーガンの姿がこの場から消えてたよ。フッ……」
確かに何か豆粒とは違う縦長の影が見えるが……。
だが、それにしたって……。
「【色即是空】は判断の遅さが致命傷に繋がりかねないスキルだからね。ホーガンが即行動に移したのも当然さ。フッ……」
ホーガンのユニークスキルである【色即是空】は、事象や物体を『実体』と『空無』の二つの状態に自由に切り替えられるスキルだ。
実体に指定されると、
奴は恐らく、飛行船の床を空無に指定してすり抜けるように落下していったのだろう。
そして、着地の瞬間に体のほとんどを空無状態にして、薄皮一枚を実体状態にすることで落下の衝撃を無くし、魔王を待ち受けたに違いない。
待ち受けられた魔王がどうなったかはわからないが、ホーガンが負けることは考えられない。
アイツには攻撃が通じない。
そして、どんな頑丈な相手だろうと相手の体をすり抜けて、核を抉り取って即死させることができる。
最強の盾と最強の矛を同時に備える男、それがホーガンという男なのだ。
「だとしたら、魔王の首を取る勝負もお前の負けか、ルーメル?」
「フッ、そんなことはないさ。見なよ、ホーガンのあの悔しそうな顔。未練たらしく魔王の方を睨んでいるよ」
ルーメルはそう言うが、俺には地上にいるホーガンの姿は見えない。
ルーメルにしろ、ホーガンにしろ、どちらもとんでもないユニークスキルの持ち主だ。
だが、彼らの強さは決してユニークスキルだけのものではない。
例えば、ホーガンの【色即是空】はとても強力なユニークスキルだが、実体と空無の切り替えにとても素早い判断能力が要求される。
ルーメルについてもそうだ。
コイツのユニークスキルはピーキーさが際立つものだが、そのピーキーさを感じさせないのは、ひとえにルーメルの才能の賜物だ。
つまり、ユニークスキルの強さは、それを持つ者の才能によって変わってくる。
そして、ホーガン、ルーメル、そしてこの俺は、ユニークスキルを活かして戦うだけの
それ故の、自称特A級冒険者。
ただユニークスキルが強いだけでは辿り着けない境地に俺たちは至っているのだ。
「俺にこの距離は見えん」
「そうかい。残念だね、フッ……」
「まぁ、魔王が倒されていないというのであれば好都合。まだまだ俺達には楽しめる時間が残されたってわけだ」
「だが、このまだと帝都の中に紛れるよ? 戦い難くなるんじゃないかな、フッ……」
「そこは工夫次第だろう。決してチャンスがないわけじゃないさ」
言って、エールを呷る。
そう、一般市民に被害を出さずにヤマモトと戦う手段くらいは俺も考えている。
この懐に用意した果し状……。
これを読めば、ヤマモトも一騎打ちに応じてくれるに違いない。
…………。
無視できないよな?
ちょっとそこはかとなく不安になりながらも、俺はエールを飲んで不安を誤魔化すのであった。
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