第299話

 ■□■


【???視点】


 わかっている――。


 これは夢だ――。


 あの時から、何度も何度も繰り返し見る夢――。


 俺の目の前に立ち塞がるのは金色に輝く巨大なロボット。


 バララララッ!


 当たれば一撃で即死であろう巨大な弾丸が胸部バルカンから発射され、俺たちは散開しながらもなんとかギリギリのところで攻撃を躱す。


 厄介なのは、目の前のロボットが強敵というだけではない。


 足場は既にゴウンゴウンと鳴動を始めており、俺の目の前で一瞬で広がった緑色の光は、長い年月を掛けて積み重なっていたであろう土砂の堆積を押し流していく。


 どういう仕組みかはわからないが、あの緑色の光はキャラクター以外のオブジェクトを強制的に排除するようだ。


 そういえば、なんとなく決闘フィールドに感じが似ている気がする。


 やがて、堆積した土砂が取り払われたことで、ようやくこの遺跡の全貌が見えてきた。


 それは全体が黒鉄色の輝きに包まれた巨大な航空母艦だ。


 しかも、そのデザインはどうやら十字の形をしているらしい。


 その甲板に土が積もり、植物が生え、山となり……人が穴を掘って、たまたま空母を掘り当てて、謎の遺跡の発見となったのだろう。


 だが、その空母の上に降り積もっていた諸々が緑の光に取っ払われた今、俺たちはその全容を把握していた。


 それと同時に絶望も噛み締めなければならない。


「何体いるんだよ……」


 空母の奥から次々と現れる金色の輝き。


 ダンジョン内に急に現れた金色のロボットを強敵と思って戦っていたら、それと同型のロボットが空母の奥からゾロゾロと現れる恐怖。


 レアモンスターかと思ったら量産型かよ……。


 足下の鳴動が徐々に大きくなり、周囲の景色が下へ下へとゆっくりと流れていく。どうやら、この空母は上昇しているらしい。


「【ファイアーブラスト】!」


 クロウが放った【火魔術】の炎線がロボットが片手に構えていた光の盾によって弾かれてしまう。


 そして、ロボットが光の剣を振り上げる。


「アクセル! 避けろ!」

「わかってる!」


 今の今まで俺がいた場所を身の毛もよだつような音を残して、光の剣が通過していく。


 あれは、ライト○ーバーか? それとも、ビーム○ーベルか?


 銃や機械文化の進んだスチームパンク国家であるガーツ帝国にだって、あそこまでの武器はありはしない。


 見たこともない装備の存在に、俺の背をひやりとしたものが流れる。


「駄目だ、アクセル! ドルトムント皇帝陛下からの直接の依頼だとか、リーゼンクロイツ遺跡を運営に奪われちゃならないだとか、そういう問題じゃない! このまま、ここに留まり続けたら全滅するぞ!」

「ダンジョンじゃなくなったおかけで、他のみんなの動向がよく見えるけど、みんな逃げてるみたいだよ! どうするの、リーダー!」

「クロウ、ミーサ……」


 潮時か。


 俺たちが、ガーツ帝国皇帝ドルトムントから直々に依頼を受けたのが二週間ほど前の話――。


 依頼の内容としては、リーゼンクロイツ遺跡内にモンスターが巣食ってしまったようなので調査、できれば殲滅して欲しいといったものだった。


 そもそも、リーゼンクロイツ遺跡はガーツ帝国保有の超重要古代遺跡で、許可のない者は入ることすら許されない特殊なダンジョンだ。


 この遺跡から発見される技術を解析、応用することでガーツ帝国が発展してきたという歴史を考えると、帝国にとっては世界文化遺産レベルに重要と考えて良いだろう。


 俺たち『メサイア』も、皇帝から直々に重要な依頼を任せられるようになったかと当初は喜んだものだが……こんなことになるとはな。


 当初の調査では、リーゼンクロイツ遺跡に巣食っていたのは、蟻型のモンスターの群れであり、それを殲滅させることが俺たちの目的だった。


 一匹を倒しても、怯まずに集団で襲ってくるといった特徴を持つ蟻のモンスターを相手に、俺たちは二週間もの時間をかけて、ちょっとずつ群れを間引いていったのである。


 そして、その間に俺たち『メサイア』の仲間のフリをして、運営の連中がいつの間にかリーゼンクロイツ遺跡内に入り込んでいたらしい。


 正直、メサイアはクランとして巨大になり過ぎているきらいがあったが、まさかクラン員同士であまり面識がないことを利用して、こうも大胆に侵入してくるとは思ってもいなかった。


 そして、俺たちがようやく蟻のボスを倒したところで、リーゼンクロイツの船内放送が鳴り響いたのだ。


『私の名はmasaki。君たちをデスゲームに招待した者たちの一人だ。まずはメサイアの諸君には礼を言わせてくれ。邪魔な蟻の排除をしてくれて……、そして、この空中機動要塞リーゼンクロイツの封印を解くまでの時間を稼いでくれて、ありがとう』


 最初は何を言われているのか、わからなかった。


 だが、今ならわかる。


 このリーゼンクロイツ遺跡はただの遺跡などではなく、古代文明の叡智が結集された巨大な空中機動要塞だったということなのだろう。


 そして、そのリーゼンクロイツの腹の中には、俺たちが今戦っているような凶悪なロボットが沢山搭載されており……。


 それを阻止しようと、メサイアをあげて運営に勝負を挑んだが、それもどうやらここまでのようだ。


 戦力に、差があり過ぎる。


「流石にこれ以上は無理か。やるなら、世界中からプレイヤーを集めるぐらいでないと……」

「全軍撤退でいいんだな? クランチャットに書き込んでおくぞ?」

「頼む」


 テキパキと動くクロウや、ヘイトを取りながら撹乱するように動いてくれているミーサに感謝しながらも、俺は一番の懸念点に目を向けていた。


「イライザ」

「…………」


 イライザの様子がおかしい。


 元々はクロウと同じくらいにしっかりした性格をしているのだが、今も反応が薄い。


 もしかして、防御の反動でそういう感情がか?


 いまいち掴み切れないながらも、放っておくことはできない。


 イライザはウチのパーティーの要なのだ。シャキッとしてもらわなければ困る。


「イライザ、撤退だ。聞こえてるか?」

「え、あ、はい――」


 ズビッ!


 イライザの生返事と、ロボットの集団からオレンジ色の光線が放たれたのは、どちらが先だっただろう。


 俺は一瞬、自分の死を覚悟したが、その次の瞬間には痛みも何もないことに気づいて、周囲を見渡す。


 光線が……俺たちに届く直前で消えていた。


 まるで、俺たちを見えないバリアが包み込んでくれているかのように、光線が不自然に切り取られて、こちらまで光の線が届いていない。


 だが、消えたのは光の線だけではなかった。


「イライザ……お前……」

「…………」


 イライザの左上半身……頭部の左側から脇腹にかけてが全て無くなっている。


 無くなってはいるが、イライザに苦しむ様子は見られない。


 彼女の反動それはそういうスキルの効果だからだ。


 いや、今も撤退を邪魔する光線を消し続けているせいで、徐々に左下半身が消えていっている。


 流石に、これ以上の無理はイライザにさせられない!


「撤退だ! 俺が先頭を切り開く! イライザは殿を――」

「アクセル……」

「何だ!?」


 イライザは自分の左脚が消えつつある状況下で右腕を上げると、ゆっくりとリーゼンクロイツ遺跡の奥を指さす。


「もう少しだけ奥に行けませんか……?」

「何を言っている……?」


 その時、俺は気づかなかった。


 顔が半分になったイライザの様子がどこか変だということに……。


 だけど、俺たちはそれに気付く余裕がなくて――、


「今回は負けかもしれないが、あの奥に進むチャンスはまた来る! だから、今は退くんだ!」

「…………。……わかりました」


 俺の言葉にイライザはそう答え、俺たちはリーゼンクロイツ遺跡……いや、もう遺跡ではないか……空中機動要塞であるリーゼンクロイツからの脱出を試みる。


 正直、脱出自体は容易だった。


 あの金色のロボットたちは俺たちの殲滅が目的ではなく、排除が目的だったようだし、イライザの【消去】のユニークスキルは防御においては無類の強さを誇る。


 だから、他のメサイアのメンバーを守りながらも、甲板の端まで簡単に辿り着けた。


 そして、俺たちはなんとか飛び立とうとするリーゼンクロイツの甲板から飛び降りて脱出を試みるのだが――、


「イライザ、何してる!? クロウの【レビテーション】が効いてる内に早く飛び降りろ!」

「イライザちゃん!」

「このままでは、リーゼンクロイツに連れ去られてしまうぞ!」

「…………」


 イライザだけはリーゼンクロイツから飛び降りることはなく、そのままリーゼンクロイツと共に姿を消したのであった――。


 ■□■


 ――起き上がる。


「やはり、夢か……」


 寝汗はかいていなかった。当然だ。アバターにそういう機能はない。


 だが、気持ち悪さは残る。


 悪夢を見た時の反応というものを心が覚えているのだろうか。


 ここはゲームの世界ではあるが、全てがゲームと割り切るにはリアルに過ぎる。だから、そういったこともあるのかもしれない。


「アクセル、起きてるか?」

「あぁ」

「入るぞ」


 クランハウスの俺の部屋にクロウが入ってくる。


 LIAプレイヤーの中でも最大のクランであるメサイアは、そのクラン規模に見合うほどにクランハウスも立派だ。


 クラン員たちが寝泊まりする場所も拡張、拡張でどんどんと広げられており、外観こそただの洋風の屋敷だが、内部に関しては城のように広くなっている。


 そんなクランハウスの一角に割り当てられた俺の部屋に、現実リアルでも幼馴染であるクロウがいつもと変わらぬ様子で現れた。


 冷静沈着で普段から頼れる男だと思っているクロウだが、今はその鉄面皮が少々恨めしい。


「お前は変わらないな、クロウ……」

「イライザがいなくなって三週間が経った。気持ちを整理するには十分な時間だよ」

「俺には……まだ難しい」

「アクセル……」


 クロウが言いたいことはわかっている。


 俺たちメサイアはプレイヤー内でも最大のクランであり、中でも俺たちアクセルチームはクランの象徴ともいえる存在だ。


 そんな存在が三週間もまともな活動をしていないということが、クランにどのような影響を与えるか。


 多分、俺の知らないところで離反する人間も多いのだろう。


 その状況を何とかするために、クロウは俺よりも早く立ち直って行動していたのではないか……そんな気がする。


「気持ちはわかるが、三週間だ。三週間もあれば、人の気持ちは離れる」

「クランを脱退する者が多いのか?」

「あぁ、元々崇高な理念を持って集まった連中が少ないからな。長いものには巻かれろの精神でやってきた連中が離反し始めている」

「勝手に集ってきて、勝手に離れてく……適当な奴らだ」

「その適当な連中の動きで、メサイアの内部にも動揺が走っているのはわかるか? 俺はこの三週間、そういった連中を説得するのに労力を使ってきた。連中の不満を解消するのに一番効果的な手札を切らずに、な」

「…………」


 クロウが気を使ってくれていたのはわかる。


 そして、このままではメサイアが遠からず崩壊するというのも遠回しに告げてくれたことも。


 俺としてはそれでも構わない。


 デスゲームを終わらせるという俺の意思は挫けていないのだから、クランが崩壊しようとどうしようと、個人になってでもデスゲームの攻略はしていくつもりだ。


 だが、このデスゲームに捕らわれ、恐怖に打ち勝てずに未だにファースの街で閉じ籠もってしまっているプレイヤーにとっては絶望を与えてしまうことになるだろう。


 それだけ、メサイアは他のプレイヤーにも期待されているし、影響力があるクランである。


「まだ、立ち直ることはできないか?」


 クロウが恐る恐るといった調子で尋ねてくる。


 一部では冷徹眼鏡なんて揶揄されているお前がそんな顔するなんてな……。


「いや、大丈夫だ。すまない。パーティーメンバーが死ぬのは初めてのことで、色々と気持ちの整理がつかなかったんだ……。クロウだって、同じくらい落ち込んでいたはずなのに、俺はそれをわかってやれなかった……」

「いや、メサイアはお前が情で束ね、俺が冷徹に計算で動かすクランだ。お前はそれでいい」


 それは、褒めているのか……?


 だが、クロウの方は既に本調子のようだ。俺も立ち直らないと……。


「それに、俺はイライザは生きていると思っている」

「本当か!? いや、それだったら、何故クランメンバーリストからイライザの名前が消える!?」


 システムメニューから見えるクランメンバーリストには、所属するクランメンバーの名前が白字で確認できる。


 そのメンバーリストの『イライザ』の文字が消えたのは三週間ほど前のことだろうか。


 その文字が消えたのは、クランメンバーがクランから抜けた時、もしくは死んでゲームから除外された時というのが通説だ。


 だから、俺はてっきり……。


「そもそも、イライザのユニークスキルは防御に優れている。どんな攻撃でもかき消してしまうし、最終的には自分自身の存在を反動で消してしまうが、その状態になったら、ある意味無敵状態になれる。つまり、理論的にはイライザは殺すことができない存在なんだ」


 存在は消滅するかもしれないが、プレイヤーとしてのイライザは死なない。それは多分そうなのだろう。


 イライザを殺せるとしたら、スキルを無効化するようなスキルの存在だが、そんなスキルがあるというのは聞いたこともない。


 だから、イライザは死んでいないのではないかと、クロウは言う。


「だったら、何故、メンバーリストからイライザの名前が消えた?」

「それはわからないが……イライザ自身が何らかの目的でクランを抜けたのか、それとも第三者に強制させられて抜けさせられたのか。そこは、本人にでも聞いてみないとわからないな」

「そうか……。いや、クランを抜けたのがイライザの意思だったとしても、俺はイライザが生きていてくれたというだけで……」


 それだけで希望が持てる。


 そして、現金なもので希望が湧いてくると体に活力が戻ってくる。


 それは、クロウにも伝わったのか、俺に一枚の紙を渡してくる。


「やる気が出てきたのなら結構。そんなアクセルに指名依頼だ」

「……ドルトムント皇帝陛下からか。あんな失態をおかしたのに、まだ俺たちを頼ってくれるのか?」

「ガーツ帝国内の依頼は、ほとんどがメサイアが率先してやっているからな。ドルトムント皇帝が俺たち以外に指名依頼をしてくること自体ありえないよ。友好度が違い過ぎる」

「友好度か……。あまりこの世界をゲーム的に捉えたくはないんだが……」

「お前はそれでいいさ。そういうのは俺の役目でいい」


 なんだか、クロウに貧乏くじばかりを引かせてしまって申し訳ないな。この借りはどこかで返したいものだが……。


「今回の依頼は一週間後に行われる世界会議において、ドルトムント皇帝の護衛をすることだ」

「ガーツ帝国の正規兵はどうした?」

「もちろん、彼らと一緒に護衛することになる。会議に俺たちが参加するわけではないし、何もなければ会場警備だけで終わるような仕事だ。復帰戦には丁度いいだろう?」

「そうだな……」


 三週間も戦っていないと勘が鈍っていそうだが、依頼の内容がそれだけであれば、そこまで緊張感を持って臨むこともないだろう。


 いや、リーゼンクロイツの件もある。


 ……油断は禁物か。


「わかった。その依頼を受けよう。あと、ミーサはどこに行った? 鈍った体を少し鍛え直しておきたい」

「引き受けてくれるか。……良かった、助かるよ。あと、ミーサならクランハウスの地下訓練場にいるはずだ。行ってみるといい」

「あぁ」


 俺はようやく日常に戻る決心をする。


 イライザ……。


 生きているなら連絡ぐらい欲しいのだが……。


 君は今一体どこで何をしているんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る