第288話

 ■□■


「それで? これはどういうことやねん?」


 迷宮抜けの紐を使ってフィザダンジョンを脱出し、そのまま泊まっている宿へと直行した私たち。


 白髪の少女を私たちが泊まってる宿の大部屋……地下ダンジョンを利用しているせいか、十人くらい余裕で泊まれるほどに広い……に待たせたまま、私は街のレンタル調合室に行っちゃったんだけど、それから大体一時間ぐらい経ったかな?


 ようやくキークエ用のアイテムを作り終えたので帰ってくると、砂地と洞窟が一体化したような見た目のリビングで白髪少女を囲むようにして、ワラワラとクランメンバーが揃っていた。


 見たこともない相手が私たちが泊まっている部屋にいたことで、クランメンバーも戸惑っていたみたい。


 で、先程のタツさんの台詞である。


 まぁ、言いたいことはわかる。


「そうだよね。一時間も待たせるなら、お茶とお茶請けぐらい用意すべきだったよね……」

「そうそう――って、ちゃうわ! そうやないやろ!」


 え、違うんだ。じゃあ……。


「お茶とお茶請け出してくれてありがとう……?」

「出したけど! せやなくて、彼女は何者やねんって話が先やろ! なんでダンジョンに潜って疲れて帰ってきたら、宿に知らん人間がおんねん! 部屋間違えたか思うて、一度入り直してしもうたわ!」

「いえーい、ドッキリ大成功ー」

「シバくぞ!」


 ウチのサブリーダーが随分とお怒りなようなので……まぁ、家帰ったら知らない人間が居座ってたらめっちゃ怖いよね……私は事情を説明する。


「彼女はイライザちゃん。ツナさんが海で拾ってきた元目玉です。はい、拍手ー」

「…………」


 全員の注目が集まったのがわかったのか、ペコリとイライザちゃんが頭を下げる。


 そして、みんながポカンとする中で続ける。


「そして、記憶喪失です!」

「ちょい待てや! 多い、多い! 急に情報量が多過ぎる!」


 そうかなぁ?


「あと、ヤマモトさんの説明が足りな過ぎますよ。なんで、今朝は生首だった人が、急に五体満足になっちゃってるんですか?」


 ブレくんが困ったように頭を掻いてるけど、多分、私の説明不足はいつものことだとでも思ってるんだろうね。


 表情から困った人だなぁってのが伝わってくるよ。


「それは、真実の泉っていうのがあって――」


 というわけで、クランメンバーには真実の泉のことをマップ付きで説明する。カクカクシカジカ。


 最初は胡散臭いものを見るような目で見ていたクランメンバーたちだったけど、私が魔剣フィザニアを取り出した辺りから目つきが変わった。


 どうやら、本当の話だと理解したらしい。


「まぁ、泉の話が本当やとして……普通、その泉にナマモノ放り投げるか? 人道に反しとるやろ?」


 投げたのは私じゃないもん! 【バランス】さんだもん! 私は悪くないもんっ!


「色々とハプニングが起きたんだよ。色々と、ね……」

「ヤマモトさんが遠い目をしてますぅ……」

「どうせ、身から出た錆だろ、ほっとけ」


 Takeくん、その言い方は酷くない?


 とりあえず、真実の泉の話を終えて喉が乾いたので、ドリンクボックスを取り出して緑茶をゴクリ。


 かー! お茶美味おいしっ!


「泉の話とヤマモトさんの行動については置いといて……イライザさんは泉の女神様の奇跡で体ごと再生したんですよね? それなのに、何で記憶喪失なんですか? 普通、それも直りそうなものなのに……」

「それは、彼女のユニークスキルの効果がまだ残ってるからだよ」

「ユニークスキルの効果?」

「イライザちゃん、みんなに【鑑定】してもらってもいいかな?」

「…………」


 私がイライザちゃんに聞くと、彼女はコクリと頷く。


 というわけで、各々に【鑑定】してもらう。


 ちなみに、イライザちゃんのユニークスキルはこちら。


====================

消去イレイズ

 消去したいものを消去できる。

 ただし、消去したものに応じて反動を受ける。消去することが難しいものを消去した時ほど、反動が大きくなり反動時間が伸びる。

 ※反動……自身の肉体、感覚などが消去される。消去されたものは部位欠損扱いではなく、反動扱いで処理される。

====================


 なんでも消せる削除スキルがイライザちゃんのユニークスキル。


 けど、消したもの難易度(?)によって、自分の肉体や感覚なんかも反動として消えちゃうという重めのデメリットも付いている。


 そのスキルの有用性については、ジャグラーとのカード勝負でも見せてくれたように、トランプカードのインクの一部だけをすることによって、♡8を♡7に変えたりと、色々と応用も効くみたい。


 うん。


 その節は大変お世話になりました(深々)


「望んだものをなんでも消去できるやと……。つまり、相手の攻撃や受けたダメージ、下手すれば痛みとか敵対した相手自身でも何でも消せるっちゅうことか……」

「ある意味究極ですね……」

「でも、デメリットもある」

「その結果、目玉だけになったってことか? いや、何を消せばそんなとんでもねぇ反動を受けるんだよ……」


 各々が唸る中で、私はお茶を啜りながら続ける。


「どうも、その反動でみたいで、多分反動時間が終了しないと、何も思い出せないみたいなんだよね」

「身体的、精神的な問題やなくて、スキルの効果がまだ続いてるっちゅうことか? 強いように見えて、使い勝手はどうなんや、それ?」

「さぁ? 私に聞かれても。とりあえず、記憶喪失のこの子をその辺に追い出すわけにもいかないから、宿にまで連れてきたんだけど、ダメだったかな?」

「そんなん言われてダメ言うたら、ワイがとんでもないヒトデナシになるやんけ!」

「じゃあ、少しの間だけど、イライザちゃんをウチのクランに臨時で入れていい? 放り出すのも忍びないし」

「えぇけど……ちゃんと記憶が戻ったら、元のクランに戻るように言うんやぞ? お仲間がいるんやったら、きっと心配しとるやろうしな」


 というわけで、イライザちゃんを無事ウチのクランで保護することが決まった。


 これから、よろしくねーとみんなが挨拶する中で、ツナさんだけが何を考えてるのか分からない顔で壁を背にしてポツンと佇んでいる。


 まぁ、ツナさんは食のこと以外は、いつも何を考えてるのか良くわからないんだけど……私はそれが気になったので、思わずツナさんに声をかけにいく。


「どうかした、ツナさん?」

「気になる」

「気になるって何が?」


 もしかして、ツナさんってばイライザちゃんに一目惚れしちゃったとか?


 そう思って声を潜めたんだけど、ツナさんは眼光鋭くイライザちゃんを睨みつけていた。


「あまりに落ち着き過ぎている。普通、記憶が失くなったとなれば、不安になったり、怯えたり、記憶がないことに苛立ったり……そういう素振りを少しは見せるものじゃないのか? なのに、彼女はこの流れを知っていたかのようにひどく落ち着いて見える」

「えーと、それは私がこう上手く立ち回って、イライザちゃんの心をケアしたからであって……」

「ゴッドにそんなことができるわけがない」


 断言されちゃったよ!


 そして、【野生の勘】持ちは面倒だね!


 仕方がないので、私は【収納】から山吹色のお菓子を取り出す。


「こちら、EODの和邇わにのヒレと卵になります……」

「……何のつもりだ?」

「そういう疑念はちょっと心の奥底にでもしまっておいて貰えると有り難いかな、と……」

「俺がこの程度で引き下がるとでも?」

「EODから取れた特別製の素材なんですが、要らないというのであれば仕方ないですね」

「誰も要らないとは言ってない」


 そして、いそいそとツナさんは【収納】にお土産をしまう。


 ふっ、堕ちたね?


 これで、ツナさんも余計なことは喋らないでしょ。しめしめ……。


 ちなみに、和邇のヒレはもうひとつあるので、そっちはタツさんに渡す予定である。


 私がひっそりと「計画通り」という顔をしていると、


「貰う物は貰ったが、ゴッドはみんなに真実を言った方がいいぞ」

「ふぇ?」


 アレ? 買収されてない?


「むむむ、かくなる上は、私の予備装備用に作っていた白無垢をツナさんに譲渡すべき……?」

「そんなもの貰ってどうしろというんだ。そうじゃない。ゴッドはもっと周囲の人間を頼った方がいいと思っただけだ」

「…………」


 そりゃ、頼れるものなら頼りたいけどさ。


 一度、周囲の人間に裏切られてる人間は、そう簡単に人を信用できないんだよ?


 信用できてたら、引き籠もりとかにもなってないし……。


 …………。


 そういう考え方がいけないのかもしれないけど、なかなか長い間引き摺ってきたものは、そう簡単には直らないもんなんだよ!


「他人が信用できないか?」

「うっ」


 ズバリ核心を突かれて、私は言葉に詰まる。


 みんなとふざけあったり、みんなと冒険したりはしているけど、私がみんなに隠していることは多い。


 ひっそりと暗黒の森の開発をしてたりだとか、古代都市のオーナーしてたりだとか、本体の分身体です、とかも言ってないしね。


 魔王軍四天王だったというのは風の噂で聞いてるかもしれないけど、多分、魔王軍特別大将軍に就任してることは知らないだろうし……。


 それを、他人を信用してないから話さないのだとなじられたのなら、確かに私は人を信用していないのだろう。


 でも、命の懸かってるデスゲームにおいて、秘密主義がそんなに悪いことかな?


 裏切られたら死に至るかもしれない状況なんだから、秘密のひとつやふたつは抱えていて然るべきじゃないの?


 思わず身構える私に、ツナさんはまるで見透かしたように告げる。


「俺も別にゴッドに全てを曝け出せと言っているわけじゃない。それに、デスゲームという命を賭けた状況の中で、馬鹿正直に全てを曝け出すのは危険だろう。秘密主義にならざるを得ないのもわかる」

「なら、どうして?」


 ツナさんだって、それをわかってるなら、なんで私に人を信用するように言ったんだろ?


 すこぶる不思議って顔をしていたのがバレたのか、ツナさんは深々と嘆息を吐き出す。


 なんで、そんな残念そうなものを見る目で、こっちを見るのさ!


「人を信用しない奴は人に信用されない……ここで嘘をついたことで、クランメンバーに後々信用されなくなって苦しくなるのは、ゴッド……お前さん自身だぞ? 俺はそれを心配してるんだ」

「うぐっ」

「せめて、このクランメンバーぐらいは信用できないか? 俺たちはゴッドに信用されないほど、そんなに頼りないか? それに……」

「それに?」

「信用されない方はわりと寂しいもんだってことを理解してくれ」


 何考えてるかわかんないと思ってたけど、そんな寂しそうな表情もできるんじゃん……ツナさん。


 はぁ、そんな顔見せられたら、なんか急に心苦しくなってきちゃったよ。


 心苦しくなったってことは、なんだかんだで私もクランメンバーを信頼してたってことなのかな? わからないけど。


「あー、もー! わかったよ! 悪いけど、イライザちゃん、私裏切るよ! というか、クランごと巻き込む!」

「……仕方ないですね。ですが、そうなると相応に危険な橋を渡ってもらうことになると思いますよ?」


 今まで一言も喋らなかったイライザちゃんが急に流暢に喋り始めたので、ギョッとするクランメンバーも多かったみたいだけど……もう、ボロを出さないために無口系でいこう! ってキャラ設定も要らないもんね。


 そりゃ、流暢に喋るよ!


「危なくならないように、そこは私が全力でサポートするよ!」

「なんや? 何の話をしとるんや……?」


 イライザちゃんと私の視線が絡み合う中で、


「そりゃもちろん、デスゲーム終了のための第一歩を踏み出そうって話をしてるんだよ!」


 私は決まってるとばかりに、そう堂々と宣言していた――。

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