第136話

 佐々木幸一からのボイスメッセージはまだ続いていたけど、最後まで聞く気にはなれなかった。


 いつまでもLIAをやり続けるわけにはいかないというのはわかっていたし、いずれは現実世界に戻らないといけないんだとは思ってはいたんだけど……。


 けど、デスゲームを終わらせる方法が、人を殺すことだなんて……。


 今までゲーム内で人族なんかは倒してきたけど、あれはあくまでデータだ。


 人そっくりだし、人にしか見えないけど、人間じゃない。


 電子の海が作り出した架空の存在である。


 普通のRPGの中の敵役を倒したとしても何も感じないのと同様に、LIAの中で人型のNPCを倒したとしても、それはゲームの中での出来事であり、それを現実とごっちゃにしてしまうほど、私はVRゲームの素人というわけでもない。


 だから、特にLIAの中でプレイヤーを殺すということに忌避感はないのだが、それが現実世界にも直結するとなれば話は別だ。


 四人の運営を殺して、デスゲームを終了させたとなれば、きっと世間はその人物を英雄扱いすることだろう。


 けど、それと同時に一部では確実に「人殺し!」という意見が噴出することになる。


 ……人間とはそういう生き物なのだ。


 虐めてる人間と、虐められてる人間がいたとして、多くは「虐めてる人間が悪い!」と言うだろうが、極少数の人間は「虐められてる人間にも悪い部分がある!」と言ったりするのだ。


 そして、そういった人間の中には、自分の意見を曲げないで自分が全て正しいと突っ走ったりする人や、自分の影響力を考えずに大声で周囲を動かしたりする人がいる。


 迎合しやすい我を持たない人間は、そんな意見にすぐに乗って、きっとその英雄を叩くことだろう。


 それぐらいのことは容易に想像がつく。


 しかも、最悪なのが、その悪意がその英雄だけでなく、英雄の家族や知り合いにまで向けられるだろうということだ。


 それを想像するだけで、私は過大なストレスを感じる。


 特に、佐々木幸一は天才ゲームクリエイターとして名を馳せた存在。


 一介の絵師に殺されたとなれば、叩く要素には事欠かないように思える……。


「はぁ、最悪……」


 気分が重くなって、気持ちが悪くなる。


 しばらく、魔力を充填しながらぼーっとする。


 ぶっちゃけて言うと、今の私にはデスゲームをクリアする力があると思う。


 全プレイヤーの中で、初めて神になったわけだし、運営サイドが卑怯なチートプログラムでも組んでない限りは、普通に実力行使で何とかできると思うのだ。


 マリスとかもそんなに脅威に感じなかったしね。


 けど、と、は別物だ。


 デスゲームをクリアするってことは、同時に私が人殺しにならなきゃいけないってことで、先に述べたような悪意に晒され続けなきゃいけないってことだ。


 名誉を手に入れたとしても、それと同時に職や取引先を失うかもしれないし、事あるごとに人殺しというレッテルを張られることを覚悟をしなくちゃならないってことなんだ。


 私に、その覚悟があるかって聞かれたら……。


 そんなの無いとしか言いようがないんだよね……。


「あー、どうしたらいいの? デスゲーム……」


 誰かがクリアしてくれるのを願うしかない?


 でも、マリスですら、ステータスがオール300のスキル無効化とかいう強力助っ人を用意してた。


 そんな相手に、現状でステータスが50くらいしかない一般のプレイヤーが成長したところで勝てるんだろうか?


 でも、ミタライくんの【必殺技】ならあるいは?


 いや、それもNPCに止められたら、終わっちゃうだろうし……。


 そもそも、キルというのはゲーム上での死を意味してるの? それなら、一度殺して復活させればセーフ? それとも、完全にプレイヤー本人の死亡が確認されて成立するの? それとも、キル以外のデスゲームクリア方法があったりする? そこらへんも謎だらけだ。


 とりあえず、一人で悩んでても仕方がない。


 私はテレパシー……もとい、【心霊術】レベル1で取得した【ラップ音】を使って、他の私に連絡を取る。


 多分、【心霊術】を取ってない相手には、パキだとか、ピシだとか、そんな音にしか聞こえないと思うけど、【心霊術】を取ってる相手なら、ちゃんと意味のある言葉として通じるはずだ。


 そもそも、分身体の私は元々私のスキルである【並列思考】や【多重思考】なので、私一人じゃ思いつかないようなアイデアを出してくれるはず! そう信じたい!


 私がラップ音を送信した後も返事は返ってこなかった。


 どうやら、みんな頭を抱えちゃったみたい。


 そりゃそうだよね。


 能力含めて、全部私なんだもん。


 そんな簡単に良いアイデアが出るなら、苦労しないって。


 そう思ってたんだけど……。


 パキ、パキ、バンバン、ピシ、ピシ……。


「まさか……。いや、できるの……?」


 八人も私がいれば、その内の一人に【天啓】が降りてきてもおかしくはないとは思ってたんだけど、本当に降りてきたみたい。


 その一人の【天啓】を信じて突き進むのは一種の賭けだと思うけど、現状では他に手立てもないから、それに賭けてみるしかないのかな……。


「あれ? MPが回復してない? 【半我の境地】の判定もわりと厳しいね」


 ぼーっとしてるだけで、MPが最大値の半分も回復するって素敵だよねって思ったんだけど、ぼーっとする判定が意外と厳しいらしい。


 今度こそ何も考えないように気をつけなかわら、私はMPを回復しつつ、作業を続けるのであった――。


 ■□■


 結局、魔力充填には五時間ぐらい掛かった。


 といっても、まだ満タンというわけではないので、これからもちょくちょく魔力を補充していく必要がありそうだ。


 とりあえずの危機を脱したというレベルでは回復したので、一時的に切り上げたというのが正解なのかもしれない。


 そして、今は古代都市の一番中央にある背の高いビルの最上階でミリーちゃんと七人の私で顔を突き合わせている。


 突き合わせているといっても、広大な空間に円状になるように置かれた革張りのソファに座ってるだけだけどね。


 ちなみに、今いるビルの最上階は全面がガラス張りのおかげか、古代都市の全景が見渡せるようになっていて、なかなかの絶景だ。


「さて、一応、この都市の危機は去ったわけなんだけど……ちょっと困ったことになってるんだよね」


 私が腕を組んでそう言うと、全員の視線がこちらに向く。まぁ、勿体つけて言うのも何だから言っちゃおっかな。


「ミリーちゃんが、この古代都市の全権を私たちに委譲したいって言ってきたんだよ」

「「「いや、なんで?」」」


 もっともな疑問だと思うよ。


 でも、ミリーちゃんの方にももっともな理由があるんだよね。


『ワタシタチ、ニクタイ、ナイ、トシカンリ、ムリ』

「「「なるほど」」」

「というか、普通に考えてミリーちゃんたちだけじゃ無理だよね?」

「元々はアストラル体と肉体ある天空人たちの二種体制で、この古代都市を治める予定だったんだけど、肉体ある方の天空人が普通に滅びちゃったから、魔石に魔力もこめられずにこういった事態になっちゃったみたいなんだよね」

「で? 都市の管理を私たちに明け渡すと?」

「肉体からアストラル体になるのは可能だけど、逆は不可能らしくて、魔力が作用しない作業とかはどうしても私たち頼みになるみたい」

「つまり、肉体労働してくれれば、この都市はあげるよってこと?」

『ダイタイ、ソンナトコ』


 権限の要る作業とかは、ミリーちゃんがやってくれるみたいだけど、先の戦いで壊れた町並みの修理やら、ザーヴァの修復、防衛システムの復旧などは、実体がないと行うのが難しいので、都市管理の全権を委譲するので何とか復旧して欲しいってことらしい。


 まぁ、私からすれば、渡りに船っていうか、オイシイ話だよね?


「というわけで、そういう話があるよってことなんだけど? どう思う?」

「いいんじゃない? 受けて?」

「というか、本体含めて、私たちが七人もいるんだし、仕事が増えたところで何とかなるでしょ」

「というか、それも含めた上で仕事の分担をしようよ」

「そうだね」


 というわけで、ある意味、脳内会議とも言える話し合いを行った結果、こうなったよ!


 ①本体(コード:キング)

  古代都市の施設内で生産担当。

  基本的には、やられたら終わりなので外に出ない。

  ワールドマーケットでアイテムを売って、褒賞石と同時に経験値を稼ぐ。

  

 ②【並列思考】(コード:クイーン)

  表の館の警備、暗黒の森周辺の開拓などを担当。

  暗黒の森に紛れる形で黒の仔山羊を周囲に展開して警備などを行う。 


 ③【多重思考】1(コード:ジャック)

  学園生活担当。

  目立たず、ひっそりと学園生活を送り、LIAの常識を学習してくる。

  公式の場への出席なども全て担当予定。


 ④【多重思考】2(コード:スペード)

  デスゲーム調査担当。

  人族国家に赴き、マリスの情報を探る。


 ⑤【多重思考】3(コード:ハート)

  古代都市の管理機能の把握担当。

  ザーヴァや防衛システムの修理を行う。


 ⑥【多重思考】4(コード:ダイヤ)

  古代都市内部調査担当。

  戦闘で壊れた古代都市の修繕や、古代都市内に残された情報の調査を行う。

  別名ダンジョン探索係。


 ⑦【多重思考】5(コード:クラブ)

  冒険担当。

  とりあえず、タツさんと会ったりだとか、他の街に行ってみたりだとか、真っ当にゲームを続ける。


「まぁ、こんな感じで」

「飽きたらシャッフルしてもいいしね」


 キングなんだから、偉そうにふんぞり返ってればいいかと思ったけど、意外とやること多そうだね。


「とりあえず、学園担当ジャックデスゲーム担当スペード冒険担当クラブは、明日にはもうフォーザインかな?」

「もう会えないかもしれないから、盛大に祝おうか?」

「いや、不吉なこと言わないでよ……」

「とりあえず、みんなに【魔神器創造】で遠話の魔法陣を作って持たせるから、それで連絡取ればいいよね?」


 ラップ音で連絡してもいいけど、いきなりラップ音が鳴り始めるというのも目立つしね。


 逆に素知らぬ顔して、ラップ音での通信を行ってる人の会話を聞いたりもできるから、通常の通信にラップ音を使うのは無しにしといた方がいいよね。


「遠話の魔法陣で思い出したけど、魔王に王都での一件、謝ってないよね?」

「あ」


 言われなきゃ忘れてたよ。


 でも、ここで連絡を取ると、「どこ、そこ?」ってなりそうだから……。


「ごめん、クイーン。魔王に連絡取ってもらえる?」

「上に戻ってからだよね? おーけー」

「というか、私たちって分身してるけど、どういう状態なのか、ちゃんと確認しとかない?」

「流石、私」

「抜け目ないね」


 さっき抜けてたけどね!


 というわけで、色々と試してみる。


 そして、わかったこと。


 ・分身の私は新たにスキルを取得することができない。


 ・分身の私はステータスを上げることができない。


 ・分身の誰かがスキルを使っていても、分身も本体も同じスキルを使うことができる。


 つまり、分身の私の強さ的には現在の私の強さで固定ってことかな?


 けど、私の体ではあるから、分身体が戦えば、経験値は本体である私に蓄積される……のかも?


 その辺は、教会に行って調べないと、ちょっと分からないね。ここで簡単に調べられることじゃないから、後回しにしとこう。


「まぁ、後で調べないとわからないことは、後でいいよ」

「流石、私」

「面倒なことは後回しにする、その精神に痺れる憧れる〜!」

「というか、本体。これ、私たち全員分の装備を新調しないといけなくない?」


 言われてみればそうだ。


 私は分裂できるけど、装備は勝手に増えない。


 人数分の装備を新調する必要がありそうだ。


「とりあえず、冒険担当クラブ用と学園担当ジャック用の装備は優先で用意するよ。一週間もしない内に、ツナさんやタツさんと会うし、学校探しの為にも表に出るでしょ?」

「そうだね」

「ちなみに、分身体の私たち同士ではあまり会わない方がいいのかな?」

「私たちが複数いるってことが知られない方がメリットでしょ? だったら、なるべく隠した方がよくない?」

「そういう裏でコソコソやってるのが、邪神判定される要因なんじゃないかなぁ……」

「「「一理ある」」」

「あ、デスゲーム担当スペードは人族の国に渡る前に、一時ストレージの中のアイテム整理をお願いできる?」

「うわー、大変な奴だ。わかった、頑張るよ。だから、私の装備はちょっと豪華な奴でお願いね?」

「「「それはズルくない?」」」


 なんだかんだ、全員私だから、結構以心伝心だね。


 その後は、あーだこーだと今後の展開を議論しながらも、最終的には「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に」ということで結論づいた。


 簡単に言っちゃうと行き当たりばったりってことだね!


「よし、そろそろ宴会にしよう! ミリーちゃんもお疲れ様会したいよね?」

『エンカイ、スル!』


 というわけで、古代都市を救い出した上に、古代都市を手に入れたお祝いを兼ねて宴会を行ったよ!


 ミリーちゃんは食べられないけど、雰囲気に酔って楽しそうだった。


 明日からはまた忙しくなりそうだけど、今日ぐらいは束の間の休息を楽しんでもいいよね?

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