第四章、おいでよ暗黒の森

幕間

 全国集団仮想現実監禁殺人事件と呼称された事件が発生してから、現実では既に一ヶ月の時間が経とうとしていた。


 事件が発覚したのは、最新のVRMMORPGであるLife is Adventure稼働直後のこと。


 警視庁宛に届けられたひとつの郵便物に入っていた記憶媒体に、LIAのチーフプロデューサーである佐々木幸一のビデオメッセージが収められていたことから始まる。


 そのメッセージには、『LIAをプレイしている全国十万人のプレイヤーをデスゲームに招待した』ことや、『日本政府はこのプレイヤーたちを死なせないためにすぐに最寄りの病院への収容を行うこと』など、事細かな要求がなされていた。


 なお、その記憶媒体には、十万人にも及ぶプレイヤーリストのファイルも同時に格納されていたという。


 当初は、その犯行声明を馬鹿げたものとして取り合わなかった警視庁や日本政府であったが、LIAというゲームを強制的に終了したところ、息子が起き上がらなくなってしまったといったような通報が病院や警察に相次いだために、急遽方針を転換。


 国民に対して、各種メディアを使って事件の詳細を明らかにし、LIAプレイヤーたちを保護する運びとなったのであった。


 そして、それらの騒動から一ヶ月が経ったものの、未だにプレイヤーたちを救う明確な手立ては講じられていない。


 ゲームのプレイヤーたちは今も病院、あるいはホテルなどの施設にて、点滴を付けたまま寝たきりの状態だ。


 そんな悲惨な状況だというのに、どこにでも空気を読まない者はいるらしい。


 警視庁サイバー犯罪対策課に勤める八津川はネット上に流れるニュースを見ながら、思わず顔を顰めていた。


「八津川さん、やっぱり睨んだ通りでした……って、何見てるんですか?」


 八津川に話しかけたのは、丸顔の小太りな男だ。


 ひと昔前のザ・オタクといった風貌だが、これでもサイバー犯罪対策課ではエースである。


 八津川はその問いには答えずに、ディスプレイを男の方に向ける。


「見てよ、亀ちゃん、これ」

「あぁ、政府と我々を訴えようというLIA被害者の会ですね」

「訴えるべきは、これを仕組んだ佐々木幸一だろうに……。筋が違くないかね?」

「上層部の判断や、政府の対応が遅れたのは事実ですからね。それに肝心の怒りを向けるべき相手がゲームの中に入ってるってんじゃあ、訴えるにも訴えられませんからね」

「佐々木も何を考えて、こんなことをし始めたんだか」

「その佐々木について調べたんですけど、やはり佐々木兼一議員と関わり合いがありましたね」

「ネットワーク革命をゴリ押ししていた議員かい? やはりねぇ」


 ネットワーク革命とは、『早い、切れない、どこでも繋がる』といった便利さを訴え、日本中に百年先まで使える無線ネットワーク環境を作ろうとしたプロジェクトである。


 そんなプロジェクトを一番に推し進めていたタカ派の議員が佐々木兼一となる。


 佐々木兼一の尽力もあってか、プロジェクトは完遂し、日本は世界に先駆けた超無線ネットワーク大国となった。


 携帯型の端末はどこに持っていっても安定して電波が入るし、超高速の通信は絶対に途切れるといった心配もない。


 学校や会社といった環境に集まることも減り、電車や車などでの通勤時間が減ったことで、総じて日本人の生活にはゆとりが持てるようになったとされる。


 新規無線ネットワーク構築のために大規模な工事や装置の設置業務なども生み出し、雇用や金の流れも生んだことからネットワークバブルとも呼ばれたそれは、一般的には大成功な事業案件であったはずなのだが……話はそれだけで終わらなかったのだ。


「佐々木兼一は佐々木幸一の叔父にあたり、佐々木幸一から多額の献金を受け取っていたようです。ネット上の記録に金の動きが残ってました」


 その佐々木兼一は、LIAの稼働日に自宅で首を吊って死んでいるのが発見されている。


 遺書も見つかっており、大きな犯罪に加担してしまったことを悔やむような内容が書かれていたという。


 その大きな犯罪というのは、言うまでもなく佐々木幸一が引き起こしたデスゲームに関してのことだろう。


「頭の固い爺さんにしては、思い切ったプロジェクトを推し進めたもんだと思っていたんだが、裏で佐々木幸一が世界一進んだネットワークを構築しようと画策してたっていうのなら、分からんでもないな。だが、ゲームを快適に楽しむためだけに、そこまでやるってのは理解出来んがね」

「佐々木の部屋をガサ入れした知り合いの刑事の話じゃ、佐々木は当初は本当に史上最高のゲームを作る気でいたそうです。ですが、極度の過労から考え方が変わっていったようで……。最後には自分がここまで苦労したゲームを途中で投げ出すことは許さないという思考になっていたようですね」

「佐々木ってのは天才だったんだろ? ゲーム業界内でも名の知れたクリエイターで金も腐る程にはあった。けど、最高のゲームを作るという名誉に取り憑かれて、何でもかんでも自分で抱え込み過ぎて、頭がおかしくなっちまったんだな。天才と何とかは紙一重というが、まさしくその一線を超えちまったのか」

「佐々木が宣言した仕掛けについても、まさしくソレですね」

「デスゲームの主催である四人のゲームハードのどれかひとつでも外部からの影響により、機能停止した場合には、十万人のプレイヤーが全員死ぬって奴か……」


 八津川は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 これでは、十万人のプレイヤーが人質に取られているのと同じだ。


 そして、その首謀者である佐々木たちの居所はわかっていない。


「くそっ、犯人を見つけたとしても、決して手出し出来ねぇってのはもどかしいな」

「一番は、内部からこの事態を終わらせるしかないというのが……。いや、それでも私たちで何かできることを探していきましょう」


 八津川と亀こと……亀川が悔しさに歯噛みをしていると、サイバー犯罪対策課の室内に一人の男が血相を変えてやってくる。


 若手の日下部だ。


「八津川班長、大変です!」

「騒々しいな。なんだ?」


 八津川が悠然と構える中、血相を変えてやってきた日下部は、だんっと八津川のデスクにひとつのディスクを叩きつける。


「LIAの二次出荷が始まりました!」

「なんだと!? パッケージ化している工場は既に押さえていたはずだぞ!?」

「それが、同人製品などを扱う小さな会社の数社に佐々木は内容を知らせずにメディアを増産させていたようで……。また、仕事の内容を知らせずにフリーターを雇ってもいたらしく、LIAの抽選に応募していた家庭に二次出荷のディスクが届いたという話が次々とネットに……」

「日下部くんの持ってるそれは?」

「私も応募してたんで……今朝方、私の家にも届いていました!」

「だとすると、デマというわけでもないのか! 大事だぞ、これは!」


 八津川は上司と連絡し、直ちに政府を通じて注意喚起をして欲しい旨を報告する。それと同時に刑事課と連携して、配布されたというソフトの回収を急ぐ。


 だが、いくら急いだとしても、既に後手に回ってしまっている状況だ。


 一日が経ち、警視庁にまたも佐々木幸一からのタイムカプセル郵便(指定の日時に郵便物が届くシステムである)が届き、二次出荷の当選者の名簿が届く。


 それを頼りに回収を急いだものの、一部の民間人は興味本位なのか、天邪鬼なのか、LIAの世界に飛び込んだ後であった。


 政府からのお知らせや報道番組などで、LIAの危険性を散々に説いていたにも関わらず、こういった命知らずは一定数以上いるらしい。


 いや、命知らずというよりも、人生に疲れた者か。


 元々、LIAは『新世界で新たな人生を歩もう!』というフレーズを売り文句にしていた。


 だからこそ、それに惹かれ、応募を決めた者も多く、そして陰鬱な人生を変えようとして、危険だと知っていながらもLIAの世界に飛び込む者が多かったのかもしれない。


「私には理解できませんが、そういった理由でLIAの二次出荷に合わせてゲームを開始してしまう人も多かったようです。止められなかったことが残念でなりません……」


 亀川の報告を聞きながら、八津川は短く嘆息を吐き出す。


「今までの人生で積み上げてきたものを全て放棄してまで、死のゲームに飛び込むかね? 彼らにとってはそれが幸せだと?」

「死のゲームに飛び込むくらいなら、もっと挑戦できることはいくらでもあると思うんですがね」

「私も亀さんの言う通りだと思うよ」

「問題は回収した二次出荷のソフトです。世論では、ゲームの上手い救出チームを作って救出しに行けといった声も出ているようですが」


 八津川はその言葉に思わず耳を疑う。


「そんな馬鹿げた意見には政府も耳を貸さないだろう? 一歩間違えば、二次災害で大勢の人間が死ぬことになるんだぞ。あの弱腰政府がそんなことをするはずがない」

「そう思うじゃないですか。ところが、一部ではデスゲームをやらせてくれと立候補する声があるそうです」

「正気かね?」

「アメリカや中国などの国外のプロゲーマー集団です。彼らは日本語まで覚えて、来日しようとしているらしいですよ」

「何故、そこまでして挑戦しようとするのか……。わからんな……」

「恐らく、本件に対して日本政府が多額の報酬を払うと考えているのでしょう。ネットワーク革命が成功したことにより、円高になりつつありますから。あとは、最新の技術を体感したいと考える者や、ゲーマーとしての最高峰の名声を求めているものもいるかもしれません」

「ゲーマーの性という奴か。それにしたって、デスゲームだぞ。怖くはないんだろうか?」

「なんでも彼らに言わせれば、JRPGなんて子供のお遊戯程度の難易度らしいので、あっという間に問題を解決してみせると息巻いてるそうですよ」

「随分な自信家だな。だが、そこまで言うのだから、相応に実力もあるのか……」

「WRPGに慣れ親しんだアメリカなんかは、VRMMORPGにも高い適正を示すでしょうね」

「となると、あとは日本政府がどう動くかといったところか」

「まぁ、間違っても我々が行くということはないとは思いますが……」

「わからんぞ。日下部あたりだったら、喜んでLIAの世界に行ってしまいそうだ」

「ははは、日下部はまだ若いですからね」


 八津川と亀川がそんな会話をしていた一週間後――。


 日本政府はLIAというゲームの世界に、特殊救出チームを派遣することに決めた。


 その特殊救出チームの中には、アメリカや中国といった国外からのプロゲーマー集団の姿もあったのだった。

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