第115話
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【シュバルツェン視点】
五百年という時間は、魔物族……特に永遠の命を持つ悪魔族にとっては、ほんの僅かな時間に過ぎない。
悪魔族の一生に比較したら、それこそほんの瞬きほどの時間の話であろう。
だが、怒りを持続し続ける時間としては、あまりにも長過ぎた。
姿形を変えて、五百年という時を過ごしてきた私と、駆け足のように出会っては別れ、生まれては消滅してを繰り返す人族という存在――。
そんな存在は、いつしか私の怒りを霧散させ、私に平穏というものを慈しむ感情を芽生えさせていた。
それと同時に、五百年ほど前に魔王が目指していたものも、これだったのかと理解する。
だが、私の計画は既に私だけのものではなかったのだ。
本国には、未だ戦争を求めて止まない同志たちがいる。そんな同志たちのことを考えると、私の感情だけで計画を止めるわけにはいかなかった。
結果、行動を先延ばしにし、五百年という月日が経ってしまっていた。
計画を実行に移したのは、その五百年という月日が重荷に思えてきたからに他ならない。
やるなら、早くやってしまおう、そういう思いが私を突き動かしたのかもしれなかった。
第二王子ディーン・ファーランドをターゲットに選んだのは、たまたまの偶然だ。
私が計画の実行を決断した時期にたまたま産声をあげたという、ただそれだけのこと。
つまりは、人身御供として誰でも良かったのである。
私は王妃の妹を嫁に受け入れていたこともあり、縁戚の者としてディーンに頻繁に接触し、そして教育を施していった。
そこには、徐々に魔物族憎しの感情を植え付ける下地を作る意味合いもあったが、良い先生、良い叔父を演じ、ディーンの信頼を勝ち取る狙いがあったのだ。
そんな私の教育にディーンは懸命になって応えてくれた。
一生懸命に勉学や稽古事に取り組む姿勢には、私でさえも感心させられたし、一歩一歩ではあるが、ディーンが成長する姿は、私の目頭を熱くもさせた。
そう、私はディーンと深く関わることによって、いつしか親子のような関係を築くことに成功していたのである。
だが、計画は計画だ。
情に絆されて、私一人の都合で計画を中止にすることなどできない。
それは、部下にも徹底させていたことだ。
着々と計画を勧める中で、不穏な報告を聞いた。
どうも王国内で魔王様の秘書を見かけたらしい。
それだけで判断するのは早計だったかもしれないが、私は今回の計画が魔王様に露見することを恐れた。
あの人は即断即決。こうと決めたら徹底的にやる人なのだ。なので、今回の計画がバレたらどうなるのかという恐怖に囚われた。
そのため、騎士団内に潜ませていた私の部下を使って、ディーンを早目に焚き付けた。
今が好機だと、今を以て攻め上がるのが得策だと、そう植え付け、そしてディーンはその期待に十分に応えてくれた。
優秀な……本当に優秀な息子であったのだ。
だが、私の計画が潰え、私の息子が瓦礫に潰される姿を見てしまった瞬間――私の胸に去来したのは、酷い後悔であった。
『別に、本当に何とも思ってないで接してたってわけでもないんでしょ?』
その言葉を受けた時、私は非情になりきれていなかったのだと悟る。
五百年という時間は、私が人族に馴染むのには十分な時間で、私は人族に近しい感情を抱いていたのだと知った。
だからこそ、ディーンが瓦礫に押し潰された時に、こんなにも心がざわついたのだと思う。
「止まれ!」
第一騎士団の近衛兵に槍を向けられるが、その兵士よりも先にエリックが出て、やんわりと兵士を引き下がらせる。
この王子もまた優秀である。
「何か用ですか、シュバルツェン元外相?」
そうか。そうだな……。
もう、この国には私の居場所はないのだな。
ならば、これは最後の仕事ということになるのか。
「ここに【蘇生薬】がある。ディーン殿下を救うつもりがあるのであれば使って欲しい」
「…………。貴殿としては、それでいいのですか?」
「私とて大望のためでなければ、彼を巻き込むつもりはなかったのだ」
「……勝手なことを」
「そもそも、エリック殿下の方こそ、ディーン殿下をこのまま回復してしまってもよろしいのかな?」
私がそう挑発するように言った瞬間、胸倉を掴まれる。
その勢いに驚いた。
彼はここまでの激情家ではないと思っていたからだ。
「ディーンは、私の弟だぞ! 弟を心配しない兄がどこにいる!」
そうか。
殺されかけたというのに、その気持ちは変わらないというのか。
これだから、人族というものは……。
「その気持ちをゆめゆめお忘れなきよう」
「当たり前だ! そもそも、こんな事態を引き起こしたのは、貴殿が発端だろう! 貴殿も瓦礫除去を手伝いたまえ! ディーンがあれで死ぬとも思えないが、脚の骨や腕の骨を折っていたら、自力での脱出もままならぬだろう!」
「よろしいのですか?」
「私だって、叔父上のことは見てきたのだ! 政務に没頭し、倒れられた我が父上よりも……よほど叔父上の方が我らにとって父親と言える存在だった……! 貴殿に少しでも弟に対して悪いという気持ちがあるのであれば、誠意をみせるのが筋というものではないのか!」
「……分かりました。手伝いましょう。何より、ヤマモト殿の話によればデイダラの封印が解けたとのこと。急ぎディーン殿下を救出し、城を脱出せねばなりますまい」
「デイダラが!? 先の揺れはそれか……! 全く次から次へと! 今日は厄日か!」
エリックと第一騎士団の兵士たちに混じって、瓦礫の除去を行っていく。
ディーンよ、こんな私に救い出されるのは腹立たしいとは思うが……それでも、私はお前に謝るためにも救い出したい。
頼むから、無事であってくれよ……。
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動き自体は鈍重な(私基準)デイダラの攻撃を【わりと雷帝】で軽く躱しながら、私は幾つかの事実を確認する。
まずひとつ。
トータルの戦闘力ではデイダラの方が圧倒的に上だということ。
ステータスの合算値的にはデイダラの方が上だと思うんだよね。
だから、本来は【鑑定】が弾かれて然るべき格上だと思うんだけど、多分、運の良さでたまたま【鑑定】が通ったんじゃないかなーと思う所存。
というわけで、デイダラは私が舐めプ出来るような相手じゃないってことがわかった。
そもそも、最初から舐めプできるほどの余裕もないけど。
そして、二つ目。
デイダラが持つどのスキルかはわからないけど(私の予想では多分【亜神デイダラ】)、【水魔術】と【土魔術】をデイダラに当てたら、デイダラの最大HPが増えた。
なんか、HPバーの六つ目がちょっとだけ出来てるし。
まぁ、普通に考えてみたら、泥でできたモンスターに【土魔術】をあてても、【水魔術】をあてても効果がないか、回復するのは予測できる。
でも、最大HPが増えるのは予想外だったよ!
というか、【冷気弱点】なんだから、おんなじような冷たい【水魔術】で凍えさせてやれ! とか思っていきなり【水魔術】をぶっ放した自分を殴ってやりたいよ!
そんなわけで、【火魔術】を中心に攻撃してるんだけど、全然HPバーが減っていかない。
やっぱり魔術や魔法だけで、レイドボスと渡り合うには私は火力不足みたい。
かといって、この場を離れてガガさんの魔剣を修理しに行こうとしたら、ヘイトが王城に移って、シュバルツェンさんとかも死んじゃうからなー。
せめて、もうちょっと持ちこたえてくれる戦力がいればなー。
というか、私以外のエントリー者二人はどうしたのよ! 全然姿を現さないじゃん!
「【ファイアーピラー】」
正直、終わりも見えないので、MPを派手に使うわけにもいかず、コスパのいい【ファイアーピラー】を、こうコツコツと設置しては誘導して踏ませて……みたいな戦い方を繰り返してます。
それでも、一応、削ってはいるようで、ようやくHPバー1本の二割は削れたかなーって程度。
うん、すごく効率が悪い。
この間にも、私のMPは減っていってるし……短気起こして大技連発しちゃう?
いやいや、駄目でしょ。
誰か、味方が来てくれるのを待つしかないかなーと思っていたら……。
ボンッ! ボン! ボボボン!
何か紫色の光弾が飛んできて、デイダラの腹で弾けた! それも何発も!
「着弾した。オーバー」
「ミリ減ったか、減らないかニャリー」
「どうやら、あれがレイドボスのようで間違いないみたいだね」
「ん? アイツは……」
どこかで見たような面々が続々と橋を渡ってやってくる。
援軍? 援軍ってことでいいの?
いいよね!
SUCCEEDを筆頭に、PROMISEや王都の冒険者ギルドに所属する冒険者たちがワラワラとやってくる。
恐らく、彼らもレイドボスイベントのシステムメッセージを見てやってきたんだろう!
やっぱり
「おーい、そこの空飛んでるの! 情報交換できるかー!」
ミタライくんの隣に立つ、少し歳を食ったオジサンがそんなことを大声で言うけど、私がそっちに行ったら、デイダラのヘイトがそっちに移りかねないんだよ!
ちょっと直接の話し合いは無理かな!
私はデイダラを引き付けながらも、空中で大きく腕を交差して✕印を作り出す。
その動作に向こうも気づいたようだ。
あっちも大声で怒鳴ってくる。
「なら、レイドチャットに入れ! そこで情報交換しよう!」
レイドチャット……。
えーと、どこだ?
あ、これかな?
私はレイドチャットに入って他のプレイヤーと交渉を開始する。
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