第66話

【イコ視点】


 まさに、技のビックリ箱――。


 そう呼称するのが相応しいかしら。


 一個、一個はそう大したものじゃない。


 下級のスキルで、そこまで脅威に捉えるものではないのだけど……。


 問題はその種類の多さ。


 魔術の基本六属性は言うに及ばず、肉弾戦も普通にこなしてしまう守備範囲の広さ。


 だというのに、本人は肉弾戦に固執したりすることなく、魔術や奇策を以て戦ってくる。


 【アースウォール】ひとつ取ってみてもそう。


 【アースウォール】で足止め目的かと思った瞬間には、その【アースウォール】から【アースハンド】のパンチが横に飛び出してくる。


 アレには、一瞬、虚を突かれた。


 でも、私が戸惑うとは思ってなかったみたいで、ヤマさんの追撃自体はヌルかったけどね。


 とにかく、発想が自由。


 ある程度、修練して強くなった者というのは、その行動の根幹にセオリーがあって、それを軸にして動く傾向がある。


 だからこそ、経験を積んだ私やゴブ蔵さんみたいな人はその動きを読みやすく、優位に戦うことができるんだけど……。


 彼女にはセオリーがない。


 あるものは何でも使うとばかりに、見たこともない戦い方をとにかくやってくる。


 だから、技のビックリ箱。


 次に何がくるのか分からないから、即応で反応していかないといけないというのは、酷く面倒でせわしない。


 おかげさまで、こちらの【魔力浸透激圧掌】が狙い通りに出せないのも、もどかしいわね。


 多芸にして多才。


 次はどんな手でくるのか、楽しみな相手でもあり、賑やかしエンタテイナーとしての才能はピカイチだ。


 だが、それは賑やかしとしての評価であって、闘技者としての評価ではない。


 では、弱いのか?


 それこそ、『馬鹿な』だ。


 全盛期の私を越えてくるステータスの暴力で押し込んでくる姿を見ると、冗談でも弱いなんて言えない。


 技は稚拙だけど豊富。


 そして、力は既に魔王軍の幹部クラスにも匹敵する。


 なんてチグハグな娘。


 それでいて、生産職だと名乗っているのだから、タチが悪い。


 何度目か、既に忘れてしまったぐらいの拳の応酬を繰り返した後で、ぴたっとヤマさんが止まる。


 なんだい? もうバテたのかい?


 そう思っていたら……。


「思い出した」


 彼女はそう言うと、


「もしかしなくても、イコさんって名前の頭に『ラ』が付くでしょ?」


 ズバリ言い当てられて、私は思わず笑ってしまう。


 彼女は強く、多才なだけじゃなくて、相応に頭が良いときたものだ。


 その才能には、思わず嫉妬すら覚えてしまう。


「その笑い……やっぱりねー。強過ぎると思ったんだよ。A級冒険者ですら軽く捻れる私がだよ? なんで、こんなに苦戦するのってずっと考えてた。普通に考えたら、イコさんが、それ以上ってことでしょ? じゃあ、そうかなーってさ」

「私も若い頃は色々とヤンチャをしたからね。あまり、本当の名前は出したくないのよ」

「ま、それはこっちも一緒だから、いいんだけどさー」


 黒の刺々しいデザインのままに、肩を竦める姿はなかなかにシュールだ。


 それでも、侮れない相手であることは、十分に理解している。


「はー。やっとスッキリした。あー、手や足が痛いや。【ヒールライト】」


 そして、本人はその事実に気づいていないかのように、軽挙で奔放に振る舞う。


 彼女は気づいているのだろうか?


 今、自分が誰と打ち合っており、そしてどこに届いているかということに……。


 多分、気づいてないか、意識的に無視しているんだろうね。


 それでもいい。


 私は彼女が気に入った。


 試合結果次第では……後が忙しくなりそうだよ。


 フフフ。


 ■□■


『魔王軍第三都市、エヴィルグランデにようこそ! ここは四天王であられるライコ様が治める地! くれぐれも騒動などは起こさぬようにな! では、行って良し!』


 私が最初にエヴィルグランデに辿り着いた時に門番に言われた言葉だ。


 当初は誰だろう、ライコって? って感じだったけど……。


 …………。


 目の前にいるこの人じゃん!


 というか、四天王って、魔王軍四天王ってことでしょ!?


 なんで、普通にワールドイベントに参加してくれちゃってるの!?


 むしろ、イベントがもっとゲーム進行の後半で出てくる予定だった?


 それとも、これ、負けイベント!?


 分かんないけど、リリちゃんやTakeくんが応援してくれてる手前で、しょっぱい負け方……というか、負けイベントだとしても、手を抜くことなんてありえないよ!


 というか、私は強制負けイベントには、散々に抵抗するタイプだからね!


 今回も散々に抵抗させてもらうよ!


 【見た感じ魔道王】を発動させて、【ファイアーストライク】をニードルガンのように乱射!


 クールタイムが元々少ない【ファイアーストライク】だからこそ、【見た感じ魔道王】と組み合わせると恐ろしいほどの牽制力を発揮する!


 素早く走って、細い炎の槍を躱していくイコさん。


 その足元に!


「【フォールダウン】!」


 【土魔術】レベル7で穴を開ける!


 だけど、イコさんはそれを簡単に躱す。


 いや、ナニソレ!?


 ▶まねっこ動物が発動しました。

  【空歩ですよ?】を習得しました。


 まねっこ動物が反応したってことは、そういうスキルがあるの!?


「【ジェットストリーム】!」


 もう、【ジェットストリーム】で距離を離すしかないよ!


 空中戦?


 無理無理、やったことないことに付き合うほど余裕ないから!


「【ファイアーストライク】! 【ファイアーストライク】! 【ファイアーストライク】! 【ファイアーストライク】!」


 そして、【ファイアーストライク】で牽制しつつ、


「【ジェットストリーム】!」


 今度は【ジェットストリーム】で一気に距離を詰めて、殴りにかかる!


 【ジェットストリーム】で一回避けてるとこを見せてるから、一転攻撃に転じたら驚くでしょ!


「む!?」

「おりゃりゃりゃー!」


 私の手打ちの連打と、イコさんの拳の連打が空中で衝突する。もの凄いと音と衝撃が弾け飛び、イコさんが吹っ飛ぶ!


 体重差やステータスのおかげかもしれないけど、これは勝機!


「【ファイアーブラスト】ォォォッ!」


 ぷすん。


 ……あれ?


 【火魔術】レベル9を撃とうとしたら、何も出なかったんですけど?


 ▶MPが足りません。


 あぁぁぁぁーーーっ!?


 徹夜で作業して、MPが全回復してなかったツケがここに来て!?


 私の動揺が態度に出てたのだろう。


 イコさんがニヤリと笑って、私との間合いを詰めようと前に出ようとしてガクンとつまずく。


 つまずく?


 いや、足元には何もないけど?


 違う。


 イコさんの体から煙のようなものが出て、イコさんの体が縮んでいく。


「時間切れか……」


 そして、品の良い老婆の姿に戻ってしまったイコさん。


 あー。


 結構、戦ってると思ってたけど、一時間が過ぎちゃったんだね。


 だから、スキルの効果が消えちゃったんだ。


「お互いに締まらない感じになっちゃったけど、どうしよう? 私、お婆さんを本気で殴る拳なんて持ってないんだけど?」

「ふむ、気質も良し。ますます、気に入った」


 気に入った?


 何か気に入られるようなことしたかな?


「私も歳でね。そろそろ、後釜に誰かを据えて引退したいと思ってたのよ。そこで、見込みのありそうな冒険者をエヴィルグランデで待ち受けてたんだけど、無事に見つかって良かったわぁ」


 イコさんの後継……?


 …………。


 それって、まさかね。


 ははは。


「私を直接倒したとなれば、箔もつくでしょう?」

「ちょ、ちょっと待ったー! 考え直そう! イコさん!」


 やっぱり、そういうアレじゃない!?


 無理無理、私には無理だって!


「ダァメ。それじゃあ頑張ってね、さん。……審判、私降参します」


 いや、待って、待って、待って!?


 本当に考え直した方がいいって!


 人付き合いの経験も薄い小娘に、そんな重役の席渡しちゃ駄目だってば!?


 でも、そんな私の目の前でイコさんは光の粒子となって消えていき――、


『勝負あり! 前回覇者を倒して、今回の大武祭を制したのは、何と無名の新星! タツ&リリコンビだー! 激闘をくぐり抜けてきたコンビに沢山の拍手をお願いします!』


 実況の声と共に降るような拍手の音を浴びながら、私は一人呆然としていた。


 うん。


 辛いことがあったら逃げてもいいって誰かが言ってたね。


 ――逃げよう。


 私はそんなことを、ひっそりと心の中で決意していたのであった。

 

 ■□■


 というわけで、『探さないで下さい』というメッセージだけをタツさんに送って表彰式をバックレてきた私です。


 多分、闘技場にいないから、今頃、優勝賞品とか賞金とかはリリちゃんの【収納】に振り込まれてるんじゃないかな?


 バランスさんは闘技場内にいる間だけ、リリちゃんとして扱うって言ってたし。


 あ、リリちゃんって【収納袋】しか持ってなかったっけ? それが壊されちゃってた場合ってどうなるんだろ? タツさんに一時的に渡されるのかな?


 まぁ、私には関係のない話だ。


 とりあえず、元の白銀色の鎧姿に戻って、街中を素早く移動した私は港にまでやってきていた。


 ここで、人族国行きの船に乗って、人族国に逃げちゃえば、流石に魔王軍四天王とか、そういう話もいつかは立ち消えになってくれるでしょ!


 というか、そうなることを願ってる!


 切に! 切に願ってるよ!


「あら、貴女」


 港で人族国行きの船を見ていたら、ふいに話しかけられたので振り向く。


 誰だろ、と思ったら……ゲェッ、愛花ちゃん!?


「あぁ、やっぱり! 毒スープの店の売り子さんよね? どうしてこんなところにいるの?」


 どうして……?


 どうして…………?


「どうして、こんなことになったのか私も知りたい」

「そ、そう……」


 泣きそうな裏声で返したら、愛花ちゃんに同情されちゃったよ。


 あぁ、ムンガガさんとか、蒲焼のお兄さんとか、カッツェさんとかにちゃんと挨拶したかったなぁ……。


 こんな逃げるように去っていくのは不本意だけど、ほとぼりが冷めたら、いつかは戻ってくるから、その時には謝罪行脚をしますんで、どうか許して下さい……。


「なにか、悲しいことでもあったの? お姉さんが相談に乗るわよ?」


 お姉さんは私だよ!


 でも、ガチ説教が怖すぎて言い出せない私はヘタレです。


 ヘタレ過ぎて、四天王からも逃げ出そうとしてるけどね!


 もー、イコさん、恨むよ〜!


「あ、それは大丈夫」

「そ、そう? 結構、反応がドライね……」

「おーい、aikaー」

「呼んでるんじゃない?」

「そうね。また機会があったらお話がしたいわ。いいかしら?」

「機会があればねー」


 というわけで、パーティーメンバーに呼ばれたであろう愛花ちゃんが去っていく。


 私はそんな後ろ姿を見送りながら……。


「人族国行きもなんか面倒くさそうなことが起きそうな予感がするなぁ……」


 そんな呑気な感想を抱くのであった――。


====================


 以上で、第二章は終わりになります。


 プロットもなく、毎日更新しながら伏線を張ったり繋げたり、よくやったと思います(笑)


 次回、掲示板回を二回挟んでから、第三章開始予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る