第50話

 大武祭も予選二日目。


 今日も暇になるかなーとのんびりと屋台の開店準備をしていたんだけど、何故だかポツリポツリと人が待っているっぽいので、開店の準備を急ぐ。


 昨日のポップとか捨てないで良かったよ。


 屋台は毎回ギルドに返さないといけないから、派手に装飾したのを一回捨てちゃって新しく作るかどうしようか悩んでたんだ。これなら、貼り直すだけですぐに準備できるね。


 というわけで、ちゃちゃっと準備しながら、ムンガガさんに伝達。


「ムンガガさーん。もしかしたら、今日はちょっと忙しくなるかもしれないよー」

「えぇことやんけ! 暇よりもよっぽどえぇわ! 嬢ちゃん気合入れろや! 客のタマ取ったるけぇの!」


 いや、タマ取っちゃダメでしょ。


 しかも、毒を扱ってるだけあって、ちょっと笑えないし。


「とりあえず準備出来次第開けるから、ムンガガさんも追加のスープの準備はしといてねー」

「ククク、その日がくればえぇのう……」


 いかにも怪しげに言ってるけど、それ本音だよね?


 ちょっと悲しくなってきちゃったよ。


 ■□■


 というわけで、本日は早めに屋台を開店!


 それを待っていたかのようにお客さんが並び始める。


 一瞬、待ちの順番で揉め事が起こりそうになったんだけど、「なんやワレェ?」とムンガガさんが顔を出したら、一気に揉め事は沈静化したよ。


 うーん。お客さんが増えたのはいいんだけど、列整理とかそういうので人が要りそう。


 ただ、いきなりそんな人員を用意できるわけもないので、今日に限ってはプレイヤーの良識に頼ることになりそうかな?


「すみませーん、一列に並んで通行人の邪魔にならないようにしてくださーい」


 声をかけるが、なんかちゃんとした列にならない。一人で並んでたり、二人で並んでたりするからかな?


 あ、そうだ。


「あー。列の並びが歪だなー。列の【バランス】が取れてないんじゃないかなー?」


 …………。


 チラチラッ。


「おい、列の並びが歪だってよ?」

「そこ、一列に並べ並べ」

「やっぱネトゲでもマナーは大切だよな」

「みんなー、ちゃんと並べー。道の端なー。飛び出さないようにー」


 列はきちんと並び直されたけど……違う! そうじゃない!


 いまいち【バランス】さんの発動条件が分からないことにモヤモヤしながらも、私はちゃんと並んでくれたお客さんに説明しながら、毒スープを売るのであった。


 ■□■


「おう! ワレェ、スープ追加じゃあ!」

「オッケー、ムンガガさん! お客様、お待たせしました。販売再開になりますー」


 くはっ、忙し過ぎる!


 朝早くに並んでくれた人たちを何とか捌き切ったと思ったら、それを超える人数がいつの間にか列に並んでるんですけど!?


 口コミでいきなりバズった超人気店の店員の気分でも味わってるかのようだよ! 休む暇がないんですけど!


 私がひーひー言いながらお客さんをさばいていたら……。


 ▶【バランス】が発動しました。

  混雑状況のバランスを調整します。


 え、ここで!?


 さっきは発動しなかったのに!


 でも、この混雑状況が改善されるなら何でもいい!


 【バランス】さん、お願い!


 ……?


 あれ?


 列に並んでいる人数が減っていく……。


 ――わけでもない?


 ん? 何か変わった?


 んんん?


「なぁ、おい……」

「あぁ……」

「あの店員さんの動き、なんかスゲェ……」


 あれ?


 お客さんの注文しようとしているメニューが手に取るように分かる?


 お客さんの動きが急激に遅くなったように感じる……。


 今なら、一人で何人分もの仕事をこなせそうな……?


 ▶【思考加速】スキルLv1を取得しました。

 ▶【並列思考】スキルLv1を取得しました。

 ▶【観察眼】スキルLv1を取得しました。

 ▶【先読み】スキルLv1を取得しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  スキルのレベルバランスを調整します。


 ▶【思考加速】スキルがLv9になりました。

 ▶【並列思考】スキルがLv9になりました。

 ▶【観察眼】スキルがLv9になりました。

 ▶【先読み】スキルがLv9になりました。

 

「なぁ、あの店員さん分身してないか?」

「動きが早すぎて残像が見える……」

「いや、俺らの注文よりも先に動いてねぇ?」


 違う! 違うんだよ、【バランス】さん!?


 私を何とかすることで混雑状況を解消させるんじゃなくて、混雑状況に直接働きかけて何とかして欲しいの!


 でも、私の思惑とは裏腹に、混雑状況はどんどん緩和されていく!


 結果オーライ?


 いや、何か納得いかないんですけど!?


「あ――」

「毒スープレベル1、六つですね。600褒賞石になります。まいどありがとうございます。解毒用のお茶と共にお召し上がり下さい」

「れ――」

「毒スープレベル2、五つですね。1000褒賞石になります。まいどありがとうございます。解毒用のお茶と共にお召し上がり下さい」

「いや、おか――」

「1200褒賞石になります」

「なんで、こっちの注文――」

「まいどありがとうございます。解毒用のお茶と共にお召し上がり下さい」


 あっという間に列に並んでいる人数が減っていく。


 そして、スープの在庫もどんどんと減っていき――、


「本日の毒スープ完売でーす!」

「えぇー」

「マジかよー」

「出遅れたかー」


 というわけで、全て売れて売り物が無くなってしまいましたとさ。


 いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったねー。ほっとしたよ。


 【バランス】さんのせいで、モヤっと感は残ってるけどもね! 本当、意味わかんないスキルだよ!


 ちなみに、明日の販売は昼からになることを伝えておく。


 午前中に、毒を取ってくる時間が欲しいとムンガガさんが言ってるからね。


 ちなみに、毒を取ってくる場所は企業秘密らしくて、私が手伝うわけにはいかないんだって。


 一体、どこから取ってきてるんだろうね?


 とりあえず、今日は完売したので儲けが凄そうだよ。むふふ。


 私たちは、隣の怪しげなお爺さんに挨拶をしてから、のんびりとした足取りで商業ギルドに屋台を返しに向かうのであった――。


 ■□■


「いやぁ、ガッポガッポや! もう一生左団扇で暮らせんのとちゃうかぁ!」

「それは、言い過ぎだよー、ムンガガさーん!」


 一日前とは別人のように、ムンガガさんが明るい。


 本日の売り上げを二人で分け合ったんだけど、結構な額になったからね。


 上機嫌になるのも分かる気がするよ。


 そして、上機嫌になるのは私も同じだ。


 なにせ、私の【バランス】さんは、取得した褒賞石とのバランスをとって、


 つまり、1000褒賞石でスープを売った時点で、私に経験値が1000加算されるのだ。


 これは、別に屋台の売り上げだけの話ではない。


 今はもう需要がなくなって、捨て値で売られている【千変万花】だけど、あれで儲けたお金も普通に経験値として取得されてしまっているのである。


 そのせいか、フォーザインに来てから一度も戦闘を行ってないんだけど、実は結構なハイペースでレベルが上がってるんだよね。


 とりあえず、さっきチラッと見えた表示でも、ヤマモトはレベルが上がったって三回くらい表示されてたから、色々と凄いことにはなってそう。


 むしろ、普通にエリアボス周回してる人たちよりもレベルが高いんじゃないかな?


 むしろ、エリア3に行けるレベルでレベルが上がってるんじゃないかな!


 まぁ、普通はレベルが上がると同時に、同じモンスターから得られる経験値が下がったりするんだけど、私の場合はお金を得るだけで同数の経験値が得られるから取得経験値が下がるということがない。


 つまり、儲ければ儲けるほど強くなっていくというお得な体!


 そりゃ、ムンガガさんと一緒に高笑いもしちゃうってもんだよ!


 ひとしきり、ムンガガさんと高笑いをしてたら、お客さんが店に入ってきた。


 …………。


 お客さん!?


 と思ったら、潮騒の調べ亭にいる弟さんだったよ。ムンガガさんと顔が同じくらい怖いから記憶に残ってたね。


「なに馬鹿笑いしてるんだ、兄貴?」

「おう、よぅ来たな、兄弟! これが笑わんでいられるかぁ! 大武祭の屋台でボロ儲けや! 笑いが止まらへんでぇ!」

「マジかよ……。干上がってるようなら金を貸そうと思ってやって来てみたらまさかのまさかだな……」

「どや! みたか! これが兄の本来の実力や! うははは! ボトル一本入れんかーい!」

「じゃあ、今まで貸してた金の一部も返してもらえるんだな?」

「え、いやぁ、それはどうやろ……?」


 いきなり、ムンガガさんの旗色が悪くなる。


 というか、ムンガガさん、弟さんに借金してたんだ。


 いや、そうでもしないと、経営立ち行かないだろうけど!


 でも、今の勢いはムンガガさんにあるはず! 頑張れ、ムンガガさん! その勢いで、弟さんの借金なんて踏み倒しちゃえ!(鬼畜)


 ■□■


 ……ダメでした。


 潤ったはずの懐のものを無理やりむしり取られて、ムンガガさんはショックのあまり膝を抱えて床に倒れちゃったよ。


 ちょっと復活しそうになかったから、そのまま放置して、私の方は街中へお出かけだ。


 まぁ、ムンガガさんのメンタルは割と強い方だし、その内、戻るでしょ。


 ちなみに、宿に引き籠もるんじゃなくて、わざわざ外に出てきたのは、海水のストックが不足していたからだ。


 だから、海に行くついでに大武祭中の街も見学してみよーって寄ったわけ。


 まぁ、そうでもなきゃ、愛花ちゃんが私を探して彷徨ってるかもしれないような場所に、わざわざ迂闊に足を運んだりなんかしないよね。


「やっぱり、お祭りだからか賑わってるねぇ」


 海岸までのんびりと屋台を見ながら歩いていたんだけど、どこも混んでる。


 いつもの蒲焼き屋さんにも寄りたかったんだけど、ちょっと無理だなーって諦めちゃうくらいには混雑してるよ。


 というか、街中も人が多くて歩きづらい!


 鎧が割と頻繁に他の人に当たって、ごめんなさいって状態だ。


 まぁ、向こうも鱗だったり、棘だったりで、どっちもどっちなんだけど。


 そんな群衆を掻き分けて海岸に向かっていたら、見知った人影が目の前にいることに気づいてしまった。


 うん、背が小さすぎて、最初は子供だと思ったんだけど、あれは……。

 

「おーい、リリ――……」

「わー! しー! しー!」


 声をかけようとしたら、振り向かれてリリちゃんに口を塞がれてしまった。


 新手の嫌がらせか何かかな?


「ヤマさん、ダメですよ! 今、その名前を出したらマズイことになってるんですから!」

「ごめん、そうなんだ?」


 いや、マズイことって何さ?

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