第49話

 山本愛花、二十三歳。


 確か、大手商社に勤めるバリバリのビジネスウーマンだ。


 私の四つ下の妹で、中卒から引き籠もってる私とは違い、順風満帆でエリートなコースを歩んでおられる山本家の実質的なエース様です。


 え? 私?


 私は山本家では、戦力外通告を受けてるような身だからね。肩身の狭い存在なのですよ。


 というか、愛花ちゃんは本当、昔っから大人びた性格をしていて、中学でのイジメ……というか、完全無視されて家に引き籠もっていた私を、小学生ながらに慰めてくれたスーパー小学生だったんでね……。


 私は、愛花ちゃんに頭が上がらんのです!


 むしろ、苦手意識すらあります!


 しかし、私同様にLIAを遊ぶっていうのに、愛花ちゃんってば、顔を全然いじってないのもどうなんだろ? おかけさまで、私は愛花ちゃんだって、すぐにわかったんだけど……。


 もしかして、私が愛花ちゃんを探しやすくするためにいじらなかったとか?


 まさか。ナイナイ。


 でも、こうして私のことを心配して探してくれているっていうのは嬉しいなー。


 お姉ちゃんも、愛花ちゃんの無事が知れて嬉しいよ〜!


 なんて、感慨にふけりながらも愛花ちゃんたちの会話を盗み聞きする私です。はい。


「そういえば、例のEOD殺しのヤマモトっていうのはどうなんだ? 名前だけで言えば、ドンピシャだよな?」

「あの人はあまりアクティブに動くタイプじゃないから無いとは思うけど……。でも、そうね。もし、EOD殺しのヤマモトがお姉ちゃんなら……」


 二杯目の毒スープをお茶と共に飲みながら、愛花ちゃんは何かを考えた後で――、


「マジ説教」

「うん?」


 ……ん?


「泣くまでマジ説教するわ。あ、店員さん、お代わりもらえるかしら?」

「は、はい……、た、ただいま……」


 思わず裏声が震えちゃったよ!


 いや、完全に愛花ちゃんキレてんじゃん!


「マジ説教って……」

「だって、いきなりデスゲームを始める危険な運営の、しかも未知のモンスターにソロで挑むなんて……。心配しているこっちの身にもなってみなさいよ! うまく倒せたからいいって問題じゃないでしょ!? マジのガチで説教よ!」

「お、おま……、おまたせしま、した……」

「おい、aikaあんまり怒るなって。店員さん、怖がっちゃってるじゃないか」

「あら、ごめんなさいね? あなたに怒ってるんじゃないのよ? ちょっと何処にいるか分からない、ちゃらんぽらんな姉に怒ってるだけだから、気にしないでね?」


 私がそのちゃらんぽらんな姉でございます……!


 アカン。


 駄目だ。


 こんなの絶対正体なんか明かせないよ!


 ゴメン、愛花ちゃん。


 あなたのお姉ちゃんは、もうしばらく消息不明になります……。


「あ、本当に【毒耐性】が手に入った」

「お、丁度いいタイミングだな。アラタたちの方も予選が終わったみたいだから合流しようってさ」

「ふぅん? 勝ったの?」


 メッセージでも見てるのかな? ユウくんの視線が宙を泳ぐ。


「予選一回戦は勝ち残ったってさ。二回戦はまだかかるみたいだから、俺たちと合流しようって」

「別にいいわよ。でも、私が飲んだらユウも飲むって約束だったよね?」

「え? いや、それは……。あははは……」

「騙されたと思って飲んでみなさいよ。ものすごく美味しいわよ」

「いや、でも毒だぞ……?」


 どうやら、何かしらの理由をつけて毒スープを回避したいらしいユウくん。


 そんなことをしなくても、普通に美味しいのにねぇ。


「あ、店員さん、お持ち帰りってできます?」

「できますよー」

「おま、ちょっ!?」


 というわけで、死なばもろともというか、巻き込むなら大勢がいいというか、パーティー分の毒スープまで買って帰っていく愛花ちゃん。


 うん、ユウくんの表情が引き攣っていた気がするけど、まぁ、美味しいから心配しなくていいと思うよ。


 それにしても……。


「あれってリアル知り合いなのかな? 大学時代のサークル仲間とか? 結構楽しそうだったよねー。ま、とりあえず元気そうで良かったかなぁ」


 私は去っていく愛花ちゃんの背を見つめながら、ヴェールの奥で一人妄想を膨らませるのであった。


 ■□■


「ムンガガさーん、そろそろ店じまいにするー?」

「せやな。そろそろ退き時や……。イモ引いて、退き時を間違えたらあかんでぇ……」


 何だろう、イモ引くって?


 まぁ、気にしなくていっか。


 とにかく、気がついたら、もう夕方だ。


 私とムンガガさんは店じまいをして、商業ギルドに屋台を返しにいく。


 お隣のお爺さんの屋台の方は、ここからが本番なのか、何やら怪しい風体の男たちがチラホラと出入りしているみたい。


 挨拶をして邪魔するのも悪そうだったので、軽く手を振るだけに留めておいたよ。


 で、本日の売り上げに関してなんだけど、まぁ、初日はこんなものかな? って感じだね。


 身内による大量買い占めはあったけど、それ以降は全然売れなかったし、明日に期待だ。


「もうダメやぁ! おしまいやぁ!」


 でも、海の藻屑亭に帰ってきたら、一人が絶望に打ちひしがれ始めた。


 いや、初日からそんなオーバーにリアクションされてたら、残りの日数で体がもたないよ?


「大丈夫だよ、ムンガガさん。明日は今日よりも売れるって」

「なんで、そんなお気楽なんや!? 今日の売り上げもボロボロやったやろが!?」

「そうかな? 一日で5100褒賞石も儲けてるけど……」


 そう言ったら、ムンガガさんの嘆きが収まったよ。一ヶ月分の宿代、五人分よりも上だもんね。そりゃ、嘆きも止まるよね。


「分け前は半々だったから、はい2510褒賞石ね」

「や、家賃二ヶ月分やと!? たった一日働いただけでかぁ!? どないなっとんねん、この世の中!?」


 いや、知らないよ。


 あと、海の藻屑亭の宿賃が安すぎるのもあると思うよ。


「ほんま、恐ろしいでぇ……大武祭効果……」


 まぁ、ムンガガさんの嘆きも止まったみたいだし、いいのかな?


 明日になったら、もっと驚くかもしれないけど。


「よっしゃ、今日は宴じゃあ!」

「え?」

「いつもよりも腕ふるったらぁ!」


 やる気になったムンガガさんは誰にも止められず……。


 私の【状態異常耐性】は、レベル9にまで上がったのであった……。


 もちろん、全てのスキルレベルもね、9にね、なっちゃったね……。


 ガクリ……。


 ■□■


「うー、死ぬ……」


 宿のベッドに横になる。


 死ぬほど美味いものを食べさせられて、死ぬほどの目にあった……。


 何を言ってるのかわからないと思うけど、私も何をされたのか分からない感じだ。


 とにかく、色々と胸がいっぱいである。


 もちろん、胸焼けって意味でなく。


「そういえば、タツさんやブレくんの試合ってどうなったのかなー」


 愛花ちゃんの一件もあり、途中でフロートスクリーンをオフにしちゃったんだよね。


 そのせいで、試合結果がどうなったのか、イマイチ把握してないのだ。


 というわけで、参加者一覧で名前を確認する。


 勝ち残っていれば黄色く名前が変色していて、負けていたら名前がグレーになっている。


 そして、試合がまだなら白のままらしいので、勝敗の結果については、これを見れば一目瞭然なのだ。


「お、タツリリコンビは抜けたね。やる〜」


 タツリリコンビは、初日に勝ったようだ。


 ブレミサコンビに関しては、明日以降に試合らしい。


 とりあえず、おめでとーメッセージをタツさんとリリちゃんに送りつつ、大武祭のお知らせメールを見ていたら、なんか予選の様子を撮影したらしい動画が載ってる公式サイト(?)を見つけちゃったよ。


 なので、さーっとサイト内を流し見ていったら……。


「あ、これ、リリちゃんだね」


 どう見てもロボなサムネが見えたので、スクロールを止めたらやっぱりリリちゃんだったよ。


 これ見たら、予選の様子とかが見れるのかな?


「えーと、動画タイトルは、魔王降臨……。――魔王降臨!?」


 なんか、物騒なタイトルがつけられてるけど……。


 ちょっとドキドキしながら、再生ボタンを押してみる。


 あ、始まった。


 あー、NPCによる実況とかはないんだ。


 ただ、淡々と予選の映像だけが流れるよ。


「おー、なんかみんな雰囲気あるねぇ」


 タッグの名前が呼ばれて、次々と参加者が舞台に上がっていく。


 やはり、腕に覚えがある人が多いのか、装備が初心者のソレじゃない感じだ。


 もしかしたら、エリアボス周回で稼いだ素材で作った装備なのかもねー。


 そんな中で、ようやくリリちゃんたちの名前が呼ばれて、舞台に上がったわけだけど、なんか一瞬でざわざわし始めたね。


『なんだ、あの装備……?』

『ロボ……?』

『見た目だけのハッタリか? それとも……』

『いや、何か小さくね? 中身は女か?』


 参加者の声のいくつかが映像から聞こえてくるよ。


 まぁ、ちょっとそうなるのも分かるかなー。


 リリちゃん……というか、コグツーの見た目がかなり威圧的というか、場にそぐわない感じに変わってるからね。


 真っ黒な全身は変わってないんだけど、高機動を実現するためにマントのような大型の推進装置スラスターを背中に搭載してるし、直感の精度を上げるために、大分トゲトゲしいセンサー機器を全身にくっつけたからね。


 アニメの2クール終盤に出てくる敵のライバル機とか言われても、違和感ないぐらいの見た目には仕上がっちゃってるんだ。


 なので、ちょっと一人だけ違和感というか、威圧感が尋常じゃない感じだよ。


 その後も、続々と参加者が舞台に上がるんだけど、リリちゃんほどのインパクトを残した参加者はいなかった。


 というか、隣にいるはずのタツさんが自然とステルス状態になってるのがジワるね。ヤバい、変なツボにハマりそうだよ。


「お、始まるかな?」


 舞台上の人の流入が止まったからそろそろかな?


 やがて、舞台上のピリピリが最高潮になったところで、人が一斉に動き出す。


 ある参加者は手近な人に斬りかかり、ある参加者は魔術を放って後退し、ある参加者は目立たないように身を潜めようとする。


 そんな中でタツリリコンビがとった行動は、他とはちょっと違う。


 開始と同時に、タツさんが【ファイアーストライク】を上に向かって撃ちながら、上空へと上昇。


 その後を追跡するように、リリちゃんも推進装置を噴かせて上空へと一気に飛び上がる。


 コグツーは空中戦用の設定ではないけど、短い時間であれば空中に浮くことも可能だ。それを活かして、二人して上空に飛び上がったのだろうけど……。


「あ」


 タツさんの【ファイアーストライク】が上空で弾けた。


 多分、あの辺が上空に上がれる限界なんだろうね。


 その高度を見切るために、どうやらタツさんは【ファイアーストライク】を放ってたっぽい?


 二人は上空の限界地点ギリギリまで上昇したところで、その動きを止める。


 え、どうするんだろう?


 と思っていたら、リリちゃんの駆るコグツーの両手が赤く光り始めている。


 うん、魔力を光弾にして撃ち出す機能を、そういえば手の平の中央部分に付けたね……。


「うわー、リリちゃん上空からグミ撃ちしちゃってるよー」


 光の弾丸が舞台上にいる参加者に無差別に襲いかかる。誰と戦ってようが、隅っこに逃げてようがお構いなしだ。上空から降り注いだ光の弾丸が絨毯爆撃よろしく舞台を覆っていく。


 あっというまに舞台が粉塵に包まれていくのだけど、それでもリリちゃんは光弾を撃つ手を止めない。


「そういえば、リリちゃんのユニークスキルって【必中】だったっけ……」


 【必中】は遠距離攻撃に補正がかかるスキルで、どんなに的を外した攻撃だったとしても、強力な追尾機能が働いて、必ず相手に命中するスキルなんだそうだ。


 なので、リリちゃんの場合、適当に上空でグミ撃ちしているだけで、舞台上にいる参加者全員に必ず命中する攻撃が届くことになる。


 しかも、コグツーは魔攻を上げる改造も施しているので、多分、魔防を上げていない参加者は開始数秒で溶けているのではなかろうか。


 やがて、推進装置の滞空時間が過ぎて、リリちゃんとタツさんがゆっくりと地上に降り立ったんだけど……。


 煙が晴れて半壊した舞台には誰も残っていなかった。


「うーん、確かにこれは魔王降臨だね」


 私はそのタイトルに思わず納得したのだった。

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