第19話

 私の周囲を金髪の女の人がぐるぐると回り始める。


 その目は、完全に私を狩るべき獲物と捉えた肉食獣のようだ。


 …………。


 え? いや、待って待って。


 この子、なんでこんなに殺る気満々なの?


 ガガさんを襲ったことに関しては、すごく許せないけど……一命は取り留めたし、正直、剣を返してもらって、平謝りに謝るというのなら、水に流してもいいかなーって思ってたんだよ?


 ほら、言うじゃない。


 気の迷いとか、魔が差すとか、一発目は誤射かもしれない、とかって。


 だから、寛容な心が必要だって思ったんだよね。反省して、もうしませんって言うなら許してあげようかなーって。


 なのに、この殺気増し増しの敵対的な態度。


 開き直りにも程があるでしょーよ!


 というか、剣をあんな形で奪ったんなら、普通は追手が掛かるとか、衛兵に追い回されるとか、後のことを考えるよね?


 それを考えても、なお、剣を奪うことを実行したってことは、相応の実力者? もしかして、そういうイベントが発生したってことなのかな?


 現状、プレイヤーか、そうでないかは相手の実力や立場でしか推理することしかできない。


 タツさんが言うには、そういうのが分かるようになるスキルもあるらしいんだけど、運営がリアルな別世界を感じてもらうために、デフォルトではあえて分からないようにしているらしいよ?


 だから、私は目の前で敵対する女の子に対して、【鑑定】を行う。


 もし、実力のあるNPCであれば、相応の覚悟を持って戦う必要がありそうだからね……。


 ▶???を【鑑定】します。

 ▶【鑑定】に成功しました。


 名前 サラ

 種族 吸血鬼

 性別 ♀

 年齢 237歳

 LV 19

 HP 250/250

 MP 148/160

 SP 2


 物攻 154(+124)

 魔攻 102(+87)

 物防 27(+11)

 魔防 10

 体力 25

 敏捷 118(×1.8)

 直感 124(×1.8)

 精神 16

 運命 12

 

 ユニークスキル 【神速】

 種族スキル 【吸血】【夜の眷属】

 コモンスキル 【双剣術】Lv3/ 【剣術】Lv4/ 【回避】Lv2/ 【鑑定】Lv1/ 【悪路走破】Lv2/ 【風魔術】Lv2


 え……。


 弱っ!?


 というか、この子プレイヤーじゃん!?


 なんで、あんな自信満々に振る舞えてるのか、わからないんですけど!?


 NPCの衛兵とかに囲まれたらボッコボコじゃないの!? それで犯罪を犯す神経が理解できない!


 ステータスを見ると、攻撃力が凄く高いけど、それはガガさんの剣あってのものだし!


 あとは、敏捷と直感が100オーバーなくらい?


 でも、私、200オーバーだしなぁ……。


 そんなに驚くことでもないかな?


 いや、問題は物防とか体力とかの値だよ!


 なんなの! 27に25って!


 私(物攻219)の攻撃を普通に当てたら、一発でHPがレッドゾーンじゃん!


 むしろ、クリティカルでもしたら即死だよ!


 そしたら、デスゲームだし、私が人殺しになっちゃうよ!


 こんなところで人生終わらせたくないよ!


 タイーホは嫌だよ!


 うぅっ、なんて恐ろしい相手なんだろう……。


 こんなことなら、クリスタルドラゴンさんと、もう一回戦った方がマシだよ……。


「フフフ……」


 ぐるぐると周囲を回るサラさんが、余裕の笑いを漏らす。


 なんか、速度に緩急をつけ始めた?


 あれかな。


 スピード系の敵がスピードに緩急をつけることで分身を生み出すとか、そういうことなのかな?


 いや、どう見ても一人だけなんだけどね。


 サラさんは、自分がどれだけ間抜けなことをしているのか気付いてないんじゃないの?


 なんか、ぐるぐる回っているサラさんを目で追うのにも疲れてきちゃったよ。


「【アースウォール】」


 ごんっ、とサラさんが土壁に激突する。


 あ、顔面からいったね。


 ほら、そんなスピード感を出すために、忍者走りなんてしてるからー。


 土壁にあたって、ズルズルと崩れ落ちるサラさんが、がっと土壁に手を付きながら立ち上がる。


 結構、根性あるね。


 顔面を土と血とエフェクトで汚しながら、サラさんは凄い迫力ある表情で私を睨むよ。


「魔術なんて、卑怯よ……」

「そんなこと言われましても……」


 サラさんは、パッとポーションを取り出すと、それをそのまま嚥下する。あれは、ショートカットメニューでポーションを登録してあるのかな? 便利そうだね。


 サラさんの体から緑色の光が溢れて、ダメージが引いていく。まだまだやる気みたい。


 うーん。こっちは、すごく気を使わないといけないから大変だよ……。


 なんとか、簡単に終わらないかな?


「あのー、私に【鑑定】かけてみます? 抵抗しませんから」


 そうすれば、自分が今、どれだけ無駄なことをやっているのか理解できると思うんだけど。


「【偽装】スキルで誤魔化しているPKのステータスなんて、見ても無意味でしょう?」


 PK?


 思わず、辺りを見回しちゃったよ。


 そしたら、直感さんが危ないっていうもんだから、一歩下がる。その目の前を剣の刃先が通り過ぎていくのが見えた。


 いや、不意打ちとかズルくない?


「また、運良く!」


 運より、直感だけどね。


 サラさんが一息で、私との間を離す。


 ヒットアンドアウェイが得意なのかな? それとも、私がひょいひょいと攻撃を躱すから戸惑っているのかな?


 でも、今ので良く分かった。


 サラさんは、私をPKとして勘違いしているみたい。そんなんじゃないのになー。


「私、PKじゃないですよ?」

「こんな夜中に、森の中で私を待ち受けておいて、よく言うわね……」


 自意識過剰が凄い!


 それとも待ち受けられるようなことを普段からしてるの? それも嫌な人生だね……。


 でも、シチュエーション的にはそうなるのかな?


 というか、ガガさんの体調も心配だから、そろそろ帰りたいんだけど……。


「あのー、そろそろ剣を返して、ごめんなさいしませんか? 私も暇じゃないので」

「盗っ人猛々しいわね。この剣が、もう自分の物になったつもり?」


 いや、元々私のものだよ!


 何で、盗っ人に盗っ人猛々しいなんて言われなきゃならないの!


「はぁー、もういいです」


 もう、実力差を見せて分かってもらって、剣を返してもらおう!


 私はツカツカとサラさんに近寄っていく。


 サラさんはそんな私を見て、面白そうに目を細めると、実に澱みのない動きで私に剣を振るう。


 これ、剣術が発動しているのかな?


 上からも下からも左右からも、縦横無尽に迫ってくる剣を、私はステータスに任せて、しゃがんだり、ジャンプしたり、ステップしたりして、全て紙一重で躱す。


 うん、余裕で躱せるね。


 無駄な動きが多いとは思うけど。


「馬鹿な! 何故、あたらない! あたれば、あたりこそすれば!」


 うーん。あたってあげれば実力差が分かってもらえるのかなー?


 私は足を止めて、覚悟の上で一撃を受ける。


 ガンッ。


「痛っ」

「は?」


 右腕で受けたけど、新聞紙を丸めて硬くした棒で殴られたぐらいの威力はあったよ。


 まぁ、私の物防は200を越えてるから、切断されるみたいな事態にはならなかったけど、刃物を腕で受けるっていうのは、想像以上に怖いね。


 それが、鎧部分だといっても、怖いものは怖い。二度はやりたくないよ……。


 そして、痛みに耐えた私を見て、一瞬呆然とした表情を浮かべたサラさんだけど、満面のドヤ顔を浮かべる。


「ふふ、受けたわね? この剣は、物理ダメージだけではないの! さぁ、燃え尽きなさい!」


 その言葉と共に私の腕から、勢い良く炎が噴き出す。


 おぉ! ガガさん、魔剣の製作に成功したんだね! これは、素直におめでとうだよ!


「物防に特化してビルドしてあろうとも、この剣で斬られたなら、とんでもない魔力ダメージが入る! これであなたは終わりよ!」


 凄く盛り上がっているところ悪いけど、私は意識して視界の端にHPバーを呼び出す。


 うん。言われないと気付かないレベルで減ってないんだけど?


 どうしよう。痛がった方がいいのかなぁ。


 というか、今、気付いた!


 超硬い私を剣で叩いたりして、剣が曲がったり、折れたりしないか、心配なんですけど!


 むしろ、耐久値が減る?


 いや、何で私のために打ってもらった剣を、私の高防御で耐久値を減らさなきゃなんないのさ!


「いや、うん。満足してくれたんなら、そろそろ剣を返してくれない? いや、本当、真面目な話」


 これ以上、無茶されて、耐久値減らされたくないんだけど?


「む、無傷……?」

「いや、ちょっと熱かったよ。熱って感じ」


 マグカップにコーヒーを注いで、取っ手を持たないでマグカップを掴んじゃったくらいには熱かったよ?


 だけど、サラさんにとっては、攻撃が効かなかったことが相当ショックだったみたいだね。面白い顔を見せて固まっちゃってる。


 そして、ジリッと一歩下がったよ。


 いや、逃さないからね?


 慌ててサラさんの背後に移動すると、サラさんが驚いたように肩をビクッとさせる。


「!? き、消えた!? どこに!?」


 あ。


 結構、敏捷に差があると、相手の動きが見えなかったりするもんなんだ?


 でも、サラさんみたいにぐるぐるとは回らないよ?


 アースウォールによる危険性が既に証明されたからね。


「私、メリーさん。あなたの後ろにいるの……」

「ヒィィィィィィ!」


 冗談のつもりで、肩にポンっと手を乗せて、そう言ったら半狂乱で剣を振り回してきたんだけど!


 危ないなぁ!


 あたったら、耐久値減るじゃん!


 超至近距離での攻撃を全部躱しながら、私はどうしたら良いのかを腕を組んで考える。


 どうやら、そんな様子も怖いらしく、サラさんの攻撃速度がどんどん早くなってる気がするけど……まぁ、誤差だね。


「ば、バケモノめ! こっちに来るな!」


 一生懸命に剣を振るうサラさんに、実力差は分かってもらえたと思うんだけど、まだ剣を返してもらえない……。


 あとひと押しだと思うんだけどなぁ。


 あ、そうか。


 多分、サラさんは私が防御寄りの育て方をしてると思っているから、まだ心に余裕があるんじゃないかな?


 でも、現実は完全にオワタ式の場面に立たされているって理解したら、ごめんなさいをして剣を返してくれるんじゃないだろうか?


 だったら、私の攻撃力を見せないといけないよね!


 私はサラさんの周りを纏わりつくようにして避けていたのを止め、後ろに下がる。


 その様子を見て、滅茶苦茶に剣を振っていたサラさんがあからさまにホッとした顔をするが、本番はこれからだ。


 私は、地面に半ば埋まっていた大きめの石に手をかけると、それを引っこ抜こうとする。


 ん? ちょっと重い?


 でも、上がらない重さじゃないかな?


「ヨイショっと」


 もりもりもりっと地面が盛り上がり、結果として、私の手には五メートルを越える巨大な岩が掲げられていた。


 ……少し大き過ぎたかもしれない。


 それを見たサラさんの顔面は蒼白だ。


 そして、私はその巨大な岩の端っこを持ちながら、「避けて下さいよー」と言いながら投げる。


 ゴウッと風を切る音を残しながら、大岩はサラさんの傍らを抜けて、森の木々をボウリングピンのように薙ぎ倒して進み、そして最後にはどこかの山の中腹にあたって止まった。


 うん。


 私ってボールとか投げるのあまり上手くないから、当たるとは思ってなかったけど……結構ギリギリだったね。


 危なかったー。


 しかも、避けてって言ってるのに、サラさん一歩も動いてないし。腰を抜かしたのか、その場に倒れ込んでるし。


 チョロチョロチョロ……。


 え。


 サラさんを見ると、その股間が濡れている。


 嘘でしょ!?


 このゲームってそんなところまで実装してるの!?


 絶対、運営の中に変態がいるよ!


 頭オカシイんじゃない!


 あ。


 頭オカシイから、デスゲームなんて始めたのか……。


 納得したわ……。


「本当は、こんな事したくないんだけどね……」


 私はパシャリと眼の前の光景をスクリーンショットで撮って、デジタルデータとして保存する。


 そして、そのまま茫然自失といったていのサラさんのすぐ近くにまでいって、地面に転がっていたを拾い上げていた。


「今後、私やガガさんに危害を加えようとしたら、貴女の今の恥ずかしい状態の写真を掲示版にばら撒くから。だから、もうこれ以上関わらないでね?」

「…………」


 答えがないので、私は強引に両手で彼女の頭を掴むと、無理矢理にこちらを向かせる。


「わかった?」

「ひゃ、ひゃい……」

「よろしい」


 私は優しくサラさんの顔を離すが、彼女は未だ恐怖の呪縛から逃れられないのか、そのままコテンと地面へ倒れ込んでしまった。


 うーん。そんなに脅したつもりはないんだけどなぁ。


 それよりも、今はガガさんの方が心配だ。


 この剣を持って帰ることで、少しは元気になってくれると良いんだけど……。

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