第11話

 馬車に揺られること四時間――。


 その小さな建物は、森の奥深くにあった。


「はい、死の宣告終了〜っと。ここが、ガガさんの工房ですか?」

「お前さんの意味分からねぇ馬車について、色々と聞きたいことはあるが、まぁ、俺の工房がここかって聞かれたなら、そうだ」

「ほへー」


 何だろう。【鍛冶】のスペシャリストの家って話だったから、もっとこう、無骨で総石造りの砦みたいな建物かと思ったら、家の壁に蔦が這っていたりするような、ちょっと古めのお洒落ハウスだったよ。


 見た感じ、ジブ○の世界に出てきそうだねぇ。人は見かけによらないっていうのは、このことか。


「それにしても、何でこんな森の奥に工房を? 街にも職人街とかあるんでしょう?」


 一応、ガガさんの工房は、セーフティーエリア扱いらしく、モンスターも寄ってこないので、安心して気が抜ける。


 うーん、ずっと馬車で揺られてたせいか、まだ地面が揺れている気がするよ。


「そりゃ、簡単だ。街じゃ、武器防具の鍛冶職人の立場が弱ぇからな。良い場所を紹介してもらえねぇから、自分で作ったんだよ」

「はぁ? えぇ? そんなことあります?」

「あるから、こんな僻地に工房構えてるんじゃねぇか……」

「いや、でも、何で?」

「答えは簡単だ。武具を使って戦う魔物は弱ぇって思い込みが、魔物たちに根付いているからだ」

「そうなんです?」

「そんなわけあるか! 魔王様だって、四天王様だって本気で戦う時は、それぞれの得意武器を用いて戦う! だが、魔物の中には自分の身ひとつで戦うって奴が大勢いるんだ。そういう奴が武具を使う奴を馬鹿にして言うのさ。まぁ、実際に身ひとつで戦えるような奴にとっちゃ、武具なんて小細工のひとつにしか過ぎねぇんだろうがな……」

「そんなものかなぁ?」

「まぁ、お前さんには、あまり響いてねぇみたいだが……」

「いや、一番強い人が一番強い状態として武器を使ってるんだから、武器あった方が強いに決まってるじゃないですか。何で武器防具を馬鹿にするのか、意味が分からないですよ。というか、貧乏だから武具が買えないだけでは?」


 私がきっぱりと言い切ると、ガガさんは虚を突かれたような顔をしてから、おもむろに笑い出した。そして、私の肩をバンバン叩く。


「そりゃそうだ! 一番ツエー奴が武器使って一番ツエーんだから、武器使ってる奴が弱いって理屈は通らんよなぁ!」

「いや、ガガさん。叩くの止めて下さい。頭抜けそうです」

「またかよ! お前さんの頭抜け過ぎやしねぇか!?」


 うーん。来る途中に何度かガガさんのツッコミを受けて、ジョイント部が緩んでいるのかな? 強く押し込んでおこうっと。ぐいぐいっと。


「で、この工房で【鍛冶】を教えてくれるんですか?」

「おう、教えてやる。その代わり、お前さんには、俺の魔剣作りの手伝いをしてもらうぜ? 魔術も【錬金術】も、どうもお前さんの方が上らしいからな」

「いいですよー」


 むしろ、魔剣の作り方を手に入れるチャンス到来? 私的には、全く問題ナッシングだよ!


「とりあえず、家に入って飯にしよう。そろそろ昼だし、腹も減っただろう」


 おー、御飯!


 結構、山の中だから豪快なジビエ料理とか出てくるのかな?


 ■□■


「これからは、私が作ります!」

「え?」


 私は馬鹿だ! 大馬鹿だ! こんなガサツな鍛冶馬鹿にまともな料理が期待出来るわけなかったんだ!


 出てきたのは、硬い黒パンに、塩辛い干し肉をお湯で戻しただけの塩スープの二品だけ……。


 旨味も出汁もあったもんじゃない! 味も塩味だけだし、コクが全く足りない! 竜の微睡み亭で鍛えられた私の舌には、とてもじゃないけど堪えられない代物だ!


 せめて、野菜! 葉野菜や茸のひとつぐらいはスープに入れても良いんじゃない!? お肉がボソボソで美味しくないのなんのって!


 と勝手に憤慨してしまったので、もう駄目。これからの料理は私が作ることにしました。ある程度の材料は【収納】スキルで持ってきてるしね!


「いや、何か、悪ぃ……?」

「あ、大丈夫です。私が期待しすぎていただけなので。全く問題ないです」

「お前さんって、そこはかとなく毒吐くよな?」


 ささっと食べ終わった後の食器を片付ける。


 うーん。カトラリーとか、銀食器は良い物使ってるんだよなぁ。


 これって、もしかして自作?


 だとしたら、ガガさんって【細工】とかの腕も良いんじゃ?


「さて、飯が終わったら、早速、【鍛冶】の作業に取り掛かるぞ!」

「分かりました」

「だが、その前に確認だ。お前さんは【鍛冶】に必要な三要素が分かるか?」

「えーと? 炉の温度、素材、水とかですか?」

「バッキャロー! 全然違う!」


 ゲンコツで頭を殴られた。


 でも、全然痛くない。


 痛そうなのは、拳を押さえて蹲るガガさんの方だ。


「テメェ、硬すぎんぞ!」

「そんなこと言われましても」

「とにかく正解を教えてやる! 正解は、物攻、体力、敏捷だ!」


 どうやら、その三つのパラメーターが【鍛冶】には影響するらしい。


「物攻と敏捷がねぇと、武具の強度が落ちるし、形が歪になる! 体力は熱い素材を弄っている間は常に消費されるんだ! だから、最低でもその三要素は育てとけ! 分かったか、アホンダラ!」

「はい、分かりました!」


 つまり、一流の鍛冶職人はその三つのパラメーターが抜きん出てるってことね。


 私はパラメーターが平たいんだけど、【鍛冶】やっても大丈夫かなぁ?


「つーか、火とか、水とか、素材なんざ、基本中の基本だ! そんなのは揃ってて当然なんだよ!」


 どうやら、私の答えは誰でも知っている大前提として話されていたらしい。


 うん。何となく分かっていたけど、ガガさん、教えるのが抜群に下手だよね? 大丈夫かな?


「とにかく、ごちゃごちゃ言うより実践だ! 体で覚えろ!」

「はい!」


 というわけで、実践という名の【鍛冶】チュートリアルの開始だ。


「まずは、作るものを決める。それで材料が変わってくるわけだが、今回はオーソドックスに【鉄のナイフ】を作んぞ。材料は【鉄のインゴット】がひとつだ!」

「インゴット? インゴットって何処で手に入れるんですか?」

「そんな事も知らねぇのか! ダンジョンとかで【採掘】すりゃ、【鉄鉱石】が手に入る! そいつを【錬金術】を使ってインゴットに変えれば作れる! 【鍛冶】で作ってもいいが、面倒臭ぇから【錬金術】の方がオススメだ! ってか、無いなら今日は俺の奴を使え!」


 ▶取得:【鉄のインゴット】


 ほうほう。鈍色に輝く煌めきが良いですねぇ。そして、スベスベでどこか冷たい。


 むふふ。コイツは良いインゴットだぁ……。


「お前、その気持ち悪い笑顔やめろ。そして、頬擦りするんじゃねぇ……」


 スッゴい引かれた顔でガガさんに睨まれる。


 そうは言われましてもー。


 私も『初』【鍛冶】なので、ちょっとテンション上がっちゃってるんですよー。


「ちっ、インゴットは、鉄の他にも色々あるが、今回は試しってことで一番安い鉄を使うぞ。インゴット以外は、炭と水を用意する。こっちは俺の工房で使ってる奴を使うから今は意識しなくていい」


 本来は、炭も水も幾つか種類がある中から選ぶとのこと。


 ちなみに、炭はガガさんの自作。家の裏に炭焼小屋があるんだってさー。リッチ〜。


「炉に火を入れたら温まるまで待つ。ちょっと魔術で火が点くのか確認してぇから【ファイアーボール】を炉の中に撃ってくれ」

「はーい」


 というわけで、炉に【ファイアーボール】を撃ったら、炭が吹っ飛んだ。どうやら、威力が高すぎたようだね。


「使えねぇじゃねぇか!」

「まぁまぁ」

「何でお前が慰める側なんだよ!」


 めちゃめちゃ怒られた。


 けど、何とかなだめすかして、普通に点火用の道具を使って火を点ける。


 そして、ここからがゲームとしての【鍛冶】パートの開始だ。


 どうやら、【鍛冶】作業は三つの工程からなるらしく、それを順番にクリアしていく事で武器や防具が作れるらしい。


 まずは、一つ目の工程である火入れ。


 インゴットを火鋏で持って炉に突っ込み、インゴットがオレンジ色のエフェクトを飛ばし始めるまで待つ作業。


 これを開始すると視界の左上にゲージが現れ、時間経過と共に徐々に減っていく。


 ちなみにこのゲージは、炉の近くに行けば行くほど減りが激しくなるが、インゴットの状態が早く変わるようだ。時短を狙ったり、体力に余裕があるのなら攻めても良いのかもしれない。


 けど、今回はチュートリアルなので無理はしないでおこう。


 それにしても、私の時間ゲージって妙に長くて、減りが遅いんですけど? これもステータスによる恩恵なのかな? 火に炙られてもびくともしませんよって? そんな馬鹿な。あははは。


 で、インゴットが赤熱状態になったら、二つ目の工程である鍛造作業に移る。


 これは、金床に赤熱化したインゴットを置くと、急に曲が流れてきて、音ゲーが始まる。リズムに合わせてインゴットの一部が白く光るので、そこをハンマーで叩けば良いらしい。


 今回は作る物が簡単だからか、余裕を持ってカンカン出来ちゃうぜ! ちなみに、私、音ゲー得意だし、超余裕!


「よし、ここまでは問題ないな」


 ガガさんに太鼓判を押されたところで、赤熱状態のインゴット……もうナイフの形に変わってる……を水に浸けて冷ます。


 というか、インゴットをカンカンやっていた時にも、左上のゲージが徐々に減っていたので、もたもたやってると、この時点で作業失敗してるっぽいね。


 とりあえず、大まかな形が出来上がったら、最後の工程である研ぎを行う。


 どう見ても布にしか見えないようなヤスリで擦って、ナイフに刃を付けていくのだ。実際の刀鍛冶とかをゲームに落とし込むのは難しかったのか、この辺りの工程はなかなかのファンタジーである。


 しかし、この研ぎの工程がなかなかの曲者。


 研ぎを始めると、視界の右上に『斬・刺・叩』という文字と数字が表示され、それが私がナイフを研ぐ度に変わるのだ。


 多分、私の研ぎの結果によって、この鉄のナイフの性能が変わっているんだと思う。


 斬の数字が多ければ多い程、良く切れるナイフとなり、刺の数字が良くなればなるほど、突くのに特化したナイフとなるのだろう。


 叩はむしろ、斬れないナマクラということだけど、刃物じゃないものを作る時には必要になってくる要素かもしれない。


 というわけで、なるべく良い数値にしようと頑張っていたのだが、頑張れば頑張るほどに総合的な数値が下がっていくような……?


「あまり研ぎ過ぎると耐久値が下がるぞ」


 そういうマイナスな情報は早目に言って欲しいんですけど!


 というわけで、ある程度妥協して完成。


 うん、完成したんだけど、刃の部分だけなんだよね。持ち手の部分はただの細い鉄の棒でちょっと寂しい。


 と思っていたら、ガガさんが木で柄を作ってくれて、革で鞘を作ってくれた。おぉ、シンプルながらも良い感じ!


「意匠に拘るなら、【細工】【革細工】【彫金】あたりは取っとくんだな。【錬金術】でも出来ないことはねぇが、仕事が大雑把になる。細かくやるなら、さっき言った三つぐらいは取っとくことだ」

「はい!」


 うん、シンプル格好いい【鉄のナイフ】だけど、今の状態じゃ無骨といえば無骨だもんね。というか、柄が木なのでドスみたいに見えて仕方ないよ。


 いや、むしろ、包丁かもしれないけど。


 ちなみに、私の初作品である【鉄のナイフ】のデータはこんな感じ。


【鉄のナイフ】

 レア:1

 品質:中品質

 耐久:65/65

 製作:ヤマモト、ガガ

 性能:物攻+7 (斬属性)

 備考:何の変哲もないナイフ


 ロングソードの攻撃力が12って考えたら、攻撃力7のナイフの切れ味がどれだけ凄いか分かって貰えるだろうか?


 頑張って研いだからね! その代わり、耐久がちょっと低めだけども。普通の耐久は100ぐらいらしいよ?


「まぁ、インゴットも知らなかった奴にしては上出来だろ」


 はい、ガガさんからもお墨付きを頂きましたー!


「じゃあ、明日からもこの調子で頑張りますね!」

「頑張ってもいいが、インゴットぐらいはお前さんで用意しろよ? 無尽蔵で供給してやれるほど、こっちも蓄えがあるわけじゃねぇからな」


 …………。


 ……うぇえぇえぇ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る