第10話

「あら、早かったのね?」

「あはは……。とりあえず、今日のところは様子が確認したかったので……」


 まさか、パラパラと本を二冊捲っただけで、D級で覚えられる【調合】と【錬金術】の全てのレシピが登録されるとは思わなかったよ!


 明日からは、このレシピを使って、C級に上がる為のクエスト消化を頑張っていくしかないかな?


 うーん、何故だろう。気が滅入るね……。


 というか、もう少し生活に余裕があっても良いと思うんだ。


 あ、一応、スキルで【料理】は取ったよ?


 だって、毎日生産活動で遅かったりして、宿の食事を食いっぱぐれることが多いんだもん。


 なので、【簡易調理キット】ってのを買ってきて、勝手に調合室で料理して食べてます。


 あそこって、火とか、水とか使い放題だから、楽なんだー。


 で、ウキウキで料理してたら、ミレーネさんに見つかっちゃった。


 だけど、口止め料として、料理を振る舞ったら、「他の人が居る時はやらないでね?」という軽い注意だけで見逃してもらえたよ!


 まぁ、その代わり、ミレーネさんの分の夜食も準備する機会も増えたんだけど……。


 さて、とりあえずはD級にはなったんだけど……。


 私、この二週間は【調合】と【錬金術】と【料理】しかやってない!


 街も全然見て回ってないし、モンスターとの戦闘もそろそろやった方が良いと思うんだよね! じゃないと、もうモンスターとの戦い方とかも忘れ掛けてるもん!


 うんうん。


 というわけで、生産活動をプチ休止しようかなーと思っていたところだったんだけど……。


「かーっ! わっかんねぇなぁ! ねぇんだけど! 【獄炎草】の作り方!」


 何か、すっごい大声で叫ぶ人が一階に降りてきて、私の思考は完全にストップしちゃったよ。あれ、この人、さっき資料室で見かけた人だよね?


「ちょっと、いきなり大声で叫ばないでくれる?」

「おっと、わりぃ。えーっと……レミーヌさん?」

「ミレーネよ、ミレーネ! ギルドの幹部の名前くらい覚えときなさいよ!」

「いや、それより、ミレーネさん、資料室に【獄炎草】の作り方を書いた資料がねぇんだけど!」


 文句を言っているのは、バンダナを巻いた背の高い男性。見た目は、筋肉ムキムキの細マッチョって感じ。その額からは、二本の角が伸びてるところを見ると、オーガとか鬼とか、そういう種族なのかな?


「あなたの探し方が悪いんでしょ?」

「いや、そんなことねぇって! 資料がねぇんだって! ちゃんと確認してくれよ!」

「だったら、もしかして、C級の方にあるかもねぇ」

「それ、何とかならねぇの? 【鍛冶】ならB級なんだからよぉ……。【錬金術】のC級資料の閲覧許可出してくれよー」

「規則は規則だから、そういうわけにはいかないわねぇ」


 【鍛冶】……?


 【鍛冶】ッ!


 そうだ、忘れてた!


 私が元々生産職を希望したのも、【鍛冶】をやりたいからだった!


 それなのに、【調合】や【錬金術】に没頭していて、まるで【鍛冶】をやってこなかったよ!


 今更だけど、【鍛冶】がやりたいんですけど!


「チクショー、【錬金術】のランク上げるしかねぇかぁ! ……ん? っていうか、コイツ誰? 見ねー顔だな?」

「彼女は期待の新人、ヤマモトちゃんよ」

「あ、ヤマモトです。よろしくお願いします」

「おー。俺はガガってんだ。ヨロシクー。……ん? 期待の新人? あれ? ギルドではしばらく新人は取らねぇって言ってなかったか?」

「それを曲げてでも欲しかった人材って言えば……分かる?」

「ほぉ」


 キラーンとミレーネさんとガガさんの目が光った気がした。


 う、何か嫌な予感……。


「そういえば、ガガくんは【鍛冶】のスペシャリストだったわよねぇ? 依頼を選り好みしすぎてて、まだB級だけど、腕はほぼA級なのよねぇ?」

「面白くねぇ依頼は受けねー主義なんだよ。それに良い素材に普通の腕がありゃ、相応に良い武器は作れるだろ? 俺が打つ必要がない依頼なんざ、受けたくもねぇっつー話だ」

「それと、何? ガガくん、夢があったわよね?」

「あー、結構馬鹿にされっけどなぁ。俺ァ、S級目指してんだよ。だから、しょうもねー依頼に時間を費やしたくねーの。おい、新人、俺の夢、笑ったら殺すぞ?」


 いや、笑いませんって……。


 日本人が得意な曖昧な表情で乗り切るよ!


「ち、何考えてるか分からねぇ顔しやがって……」

「で? その夢のために【錬金術】を習い始めたんだったかしら? ただの【鍛冶】だけじゃ、絶対に届かない、究極の【鍛冶】を目指すために多角的な視点で【鍛冶】を考えたいのよね?」

「【鍛冶】仲間にゃあ、そんなの勉強する暇があるなら、一本でも良い武器を作った方が良いって笑われたけどな……。ふんっ、そんな奴らは全員ぶん殴ってやったけどもよぉ!」


 もしかしなくても、ガガさんって凄く喧嘩っ早い人だったりする? 江戸っ子か、キレやすい中学生レベルで短気な気がするんですけど?


「そう。それなら、面白い素材があるんだけど、鍛えてみない? 【調合】と【錬金術】をD級まで修めて、更に【鍛冶】のスキルまで持ってる異色の新人なんだけど?」

「ほーぅ?」


 ミレーネさんと、ガガさんの視線がこちらに向く。


 というか、そこに私の意見を挟める余地があるんですかね? 私の生産活動ぷち休止が、休止に追い込まれてるんですけど!?


「ガガくんが【鍛冶】を鍛えてくれたら、ガガくんが見たかったものを見せてくれるかもしれないわよ〜?」

「俺は、自分の目標には自分の脚で歩いていくんだよ。だから、他人に俺の目標を譲る気はねぇ。けどまぁ――」


 ガガさんの鋭い眼差しに、私は「うっ」と怯む。この人、喧嘩っ早いっていうより、常に真剣なタイプだ。冗談が通じないというか。私とは、相性が悪いと思うんだけど……。


「――テメェ自身が【鍛冶】を習いたいってんなら、教えなくもねぇぜ?」


 これは、試されてる……? やる気があるのか、無いのか。やる気があるなら、やる気を見せろってこと?


 いや、元々、【鍛冶】はやるつもりだったんだ! これは、渡りに舟と考えるべきでしょ! 休止なんて後でも出来る!


「【鍛冶】がやりたいです! 教えて下さい、お願いします!」

「ちっ」


 え、その舌打ちは何!? 頼み方間違った!?


「明日の朝、東門まで来い。案内してやる」


 そう言って、ガガさんはギルドを出ていってしまった。


 これって……。


「良かったわね。弟子入り許してくれるって〜」

「で、弟子入り……?」


 えーっと、これって一応、【鍛冶】を教えてくれる約束を取り付けたって事で良いんだよね? 弟子入り云々は良く分かんないけど……。


「そうなると、ヤマモトちゃんは明日の準備をしないとねー」

「明日の準備ですか?」

「そうよー。ガガくんの工房って、森の奥深い所にあるから、ちゃんと準備していかないと危ないわよ〜?」


 森の奥深く……。


 ――なんですとっ!?


 ■□■


 翌日、早朝――。


「おう、来たか、ひよっこ……って、何だそりゃ?」


 久し振りに【馬車召喚】して待ち合わせ場所に向かったら、ガガさんが変な顔で出迎えてくれた。


 うん。いきなり、馬もいない自律走行型の馬車を見たら、誰もがそんな顔するよね。


 でも、こっちだって久し振りのお出掛けにプラスして、森の奥深くまで行くっていうんだから必死だ。


 痛覚設定最大値にデスゲームという要素が加わって、勝手にビビり倒した結果、今の私はこんな感じになっている。


 名前 ヤマモト

 種族 ディラハン(妖精)

 性別 ♀

 年齢 0歳

 LV 11

 HP 1230/1230

 MP 1230/1230

 SP 0


 物攻 135(+12)

 魔攻 123

 物防 138(+15)

 魔防 136(+13)

 体力 123

 敏捷 123

 直感 123

 精神 123

 運命 123


 ユニークスキル 【バランス】

 種族スキル 【馬車召喚】

 コモンスキル 【鍛冶】Lv3/ 【錬金術】Lv3/ 【調合】Lv3/【鑑定】Lv3/ 【収納】Lv3/【火魔術】Lv3/【水魔術】Lv3/【風魔術】Lv3/【土魔術】Lv3/ 【光魔術】Lv3/ 【闇魔術】Lv3/ 【料理】Lv3


 えぇ、SPをステータスに全ブッパですけど、何か! いや、だって、怖すぎじゃん!?


 何か良く分からない強いモンスターに不意打ちされて、即死する可能性だってあるわけでしょ? だったら、死なないように強くなるしかないじゃない!


 というわけで、ステータスにSPを全て注ぎ込んだ結果、ステータスが二倍近くに強くなったよ!


 これでも、安心出来ないのは、デスゲームだから!


 うぅ、私の心の平穏を返してぇ……。


「何でぇ、これ? 馬のねぇ馬車なんかぁ?」

「あ、私、ディラハンでして。これ、自前の馬車です」

「馬車……。馬車かぁ……」


 先進的なデザインに唸るガガさん。


 まぁ、見た目はデンド○ビウムだからね。


「とりあえず、御者台にどうぞ。行けるところまで馬車で行きましょう。あと、道案内お願いします」

「ちっ、しゃあねぇ、邪魔すんぜぇ」


 ガガさん、口悪いけど、意外と素直なんだよ。うぷぷ……。


「何笑ってんだ、コラ」

「いてっ」


 殴られた。けど、全然痛くない。


 加減してくれたのかな? 意外と優しいね。


 私たちは、街の門を出てドリドリ〜と馬車で進んでいく。私のステータスが大幅にアップした影響か、馬車の方も邪魔な木の枝をへし折って進んでも、ビクともしなくなっているみたいだ。


 これなら、タツさんの時みたいに蛇行を繰り返さなくても進めそうかな?


「結構、豪快にいきやがんな……」


 私がバリバリと馬車を進ませていたら、ガガさんからそんな感想が。


 はっ!? 雑な奴だと思われてる!?


「移動は豪快ですけど、仕事は繊細ですよ!」

「とても信じられん……」

「この鎧の意匠を見てください! これ、自分でやったんですからね! ほら、見て、この細かな装飾!」

「分かった! 分かったから、前見ろ! また枝を圧し折って進んでるじゃねぇか!」


 フォローしたかったんだけど、駄目だったみたいだ。なかなか、人とのコミュニケーションは難しいなぁ。


 そんな事を思っていたら、モンスターが出てきたので轢き逃げアタック!


 そして、トドメの「【ファイアーストライク】!」――火の槍で貫いちゃうよ! ちなみに、【火魔術】のLv3のスキルがコレね!


「嬢ちゃんは、魔術も使えるんかい……」

「嗜む程度ですよ。そういうガガさんは使えないんですか?」

「鍛冶屋が魔術なんて使ってどうするってんだ」

「炉に火を点ける時に便利かもしれないですよ?」

「その程度だったら……いや、意外と炉に魔素が溜まって面白くなるか? ほうほう、なるほど……」


 何か思いついたっぽいね。


 私は邪魔しないように馬車を進めるよ。


「押し付けられたと思ったが、なかなかどうして面白ぇ発想をしやがるな。――おい、ひよっこ! お前さん、名前は!」

「ギルドで会った時に名乗りましたけど?」

「忘れたに決まってるだろ! 言わせんな!」

「でしたら、ヤマモトです、ヤマモト」

「ヤマモト……。お前さん、魔剣に興味はあるか……?」


 魔剣?


 その言葉に驚いて、思わず馬車の操作を疎かにしちゃったよ。


 おかげさまで、大木と正面衝突! まぁ、大木が大破したんで、大事はなかったんだけどね。


「おまっ、マジで前見ろよ!? 死んだかと思ったじゃねぇか!?」

「あ、大丈夫です。【ヒールライト】使えますから」

「そういう問題じゃねぇ!」


 ガガさんに、またポカリとやられる。


 でも、痛くない。遠慮してるのかな?


「テメェ、何か硬くねぇか……?」

「そうですか?」


 比較対象が無いから、なんとも。


 硬いのかな、私? 女の子だから、硬いって言われるより、柔らかいって言われた方が嬉しいんだけど……。


「それにしても、魔剣ですか?」

「おうよ」

「ガガさんは、魔剣専門の鍛冶師なんですか?」

「いや、魔剣は作ったことがねぇ」


 作ったことがないんかーい!


「というか、いねぇよ。魔剣を作れる鍛冶師なんて、魔王国にはな。世界中を探しても、ドワーフ国のお抱え鍛冶師とかそんぐらいだろ」


 え、魔剣ってそんな希少な物なの?


「顔に出やすいな、お前さん……。一応、魔剣自体は結構持っている奴がいるぜ? それこそ、高ランクの冒険者なんか複数持っていて、コレクション自慢してるぐらいだ」

「だったら……」

「けど、そいつは天然物だ」


 天然物?


「ダンジョンの宝箱とか、モンスターのドロップとかで、たまに出現する奴が天然物だ。けど、そいつらを人工的に作り出せる奴らはほとんどいねぇ」

「そうなんだ……」


 そっか。ファンタジーな世界だから、魔剣とか珍しくない代物だと思っていたけど、自分で作ろうとしたら相当厄介な代物なんだね。


 いいねぇ! 浪漫あるねぇ!


「俺はとりあえず、その魔剣を人工的に作り出せないか試してる最中なんだよ。【錬金術】を勉強したのも、魔剣が作り出せないか試すためだ」


 そういえば、ガガさんは【獄炎草】とかいうアイテムの作成レシピを探していたんだっけ?


 本人は見つからないとか言ってたけど、【錬金術】のレシピ一覧から【獄炎草】を探すと、普通に載っている。


 だから、あそこの資料室に本当に資料が無いか、ガガさんの探し方が悪いんだと思うんだよね。


「確か、【獄炎草】のレシピを調べてましたよね?」

「【獄炎草】は火の性質を持つ草だって話だったからな。【鍛冶】の素材に使ったら、火の魔剣とか作れねぇかなと思ったわけよ。まぁ、【獄炎草】のレシピ自体が無かったけどな」

「ありますよ、【獄炎草】のレシピ」

「は?」


 一瞬、フリーズした後で思い切り首を掴まれる。いやいや、そんなに頭を揺らさないで下さい! 取れちゃいますって!


「あったのか! 【獄炎草】のレシピ! 何で、それを早く言わねぇ! そして、俺に教えろ!」

「いや、ミレーネさんと話してましたし! ペーペーの私が口を挟むなんて、とてもとても! あと、頭をそんなに揺らさないで下さい。そろそろ抜けます!」


 あっ。


 言ってるそばから、スポンっと頭が抜けた。


 それを素早く片手でキャッチ。そのままアリウープっぽく自分の首とドッキングしてあげる。あー、視界が一瞬ブレて怖かった……。


「ほらー、言ったじゃないですかー! 抜けるってー!」

「何か、お前スゲェな……」


 ガガさんと親交を深めながらも、私たちは森の中を馬車で進んでいくのであった。

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