第82話 下位冒険者は昇級に挑む その壱


 俺とティルルカとショルツは、ゴブリンを相手取った訓練を切り上げ、いよいよ豚人間オークを狙って狩場を変えることにした……と言うか、ギルドから、初心冒険者の狩場をこれ以上荒らすなと通達があり、変更を余儀なくされた。


 他の下位冒険者達からクレームが入ったらしい。悪人顔の冒険者がゴブリン共を殲滅し続けていたら確かに近寄り難かっただろうな。すまん。


 それでそろそろ昇級に挑もうと話合い、やってきたのは、豚人間オーク多くおーく生息するヤムルダの森……別にダジャレではない。


 そんなことはどうでも良くて、実はちょっとばっかし困った事態に陥っていた。今回の昇級を見越した討伐依頼の遂行に対して、見返りを求めてきた人間がいるのだ。


 その名をティルルカ・マルソー。俺が所有権を有している女奴隷だ。


「ご主人様……もし、無事に昇級を果たしたら……」


 上目遣いで、いつになく真剣にそう訴え出るそのご当人。


「……あ、ああ。分かってる」


 俺は目を逸らしながらそう答えるしかなかった。


 要求は……まぁご想像の通りだ。いつも訴えてきているアレを実現して欲しいって話だ。いつもと違うのは、その迫って来る様子だ。あんな真剣な表情で、涙を滲ませながら、恐れを抱いた様子で訴えられたらウンと言うしかないだろう。


 と言うか、コイツ、あんなこと出来んだな。初めからああした様子で迫られていたら、俺の理性は疾うの昔に陥落してただろう。残念な自称女肉奴隷で助かった。


 まぁ、今は依頼達成と昇級のことだけ考えよう。コイツの事だから、いざその時になったら、またいつもの様にその残念さを存分に発揮して有耶無耶になるに違いない。


「ルカ、豚人間オークは?」


「此処から北北西に一キロ進んだ先に、三体のオークがいます」


「よし、そいつ等狙うぞ。ショルツは周囲を警戒。豚人間オークもそうだが他の魔物モンスターが来て、数が多くなりそうなら調整してくれ」


「分かりました!」「ナァ〜」


 一人と一匹の返事を聞くと、ひとまず纏まって豚人間オーク達がいる方へと、周りを警戒しながら慎重に近寄って行く。怖いのは不意打ちで、豚人間オークばかりを警戒して、他の魔物モンスターに横槍を入れられると、俺とティルルカの二人では対応し切れずにヤラれかねない。


 まぁ、ショルツがいるので、いざとなったら迷いの森で惑わせて逃げを打つつもりだが。


 豚人間オークと遭遇するまで残り数百メートルといったところまで近付くと、俺でも豚人間オークの気配を感じる事が出来た。


「よし、行くぞ。俺はいつも通り奴等の背後に回る。ティルルカは正面から引き付けろ。ショルツは自由に動いて周りを警戒」


 俺の命令に、ティルルカは「了解しました!」と行って駆け出し、ショルツはいつものように「ナァ」と答えて森の奥へと消えていった。


 俺はそれを横目で見ながら豚人間オーク達の背後に回る。


あたしは愛にウォー生きるのですクライ!』


 発動スペルは同じ筈なのに、何故か毎回微妙に「なんか違くね?」と思う威嚇の咆哮ウォークライを唱えるティルルカ。魔物モンスター敵意ヘイトを集める手段として、ただ言葉を並べて魔力を飛ばす『挑発』より効果が高いのだが、なんか最近、アレを使ってるティルルカを見てると背筋に悪寒が走るんだよな。


『ブギィィィ!』


 一体の豚人間オークが、釣られてティルルカへと迫る。


『…………きたる権能 能わざるは白亜の絶壁 不動要塞フォートレススタンス!』


 対してティルルカは、足を止めて盾を構え、防御魔法を唱えて迎え撃つ。更には……


『悠久をたゆたう トキの象徴 舞え 我が一閃のもとに!』


 呪文詠唱マジックスペルをしながら、豚人間オークの一撃を大盾でガゴンッと鈍い音を響かせながら受け止め、続けて次の一撃を放つ。


暴風ハルク・アッシュ!』

『ブギィ?!』


 ゴブリン共を相手にした時よりも明らかに高威力の風魔法を乗せた一撃が、後続の豚人間オーク達に襲い掛かり、そいつ等は足止めを余儀なくされている。


 最初に接触した豚人間オークが、立て続けに攻撃を振るう中、ティルルカはそれを上手くさばき続けている。それを横目で見ながら、俺は足を止めた豚人間オークの内の一体に背後から忍び寄った。


 最後の一歩に魔力を込めて勢いを付け、更には腰の捻りや手首の捻りを付け加えながら短槍の穂先に向けてその勢いを伝えて行く。


瞬突閃スピアー


 背後からの完全な不意打ちは、正確に豚人間オークの心の臓を撃ち抜く。


『プギャァァァ!?』


 悲鳴を上げる豚人間オークを尻目に、俺は直ぐさま短槍を引き抜き飛び退いた。すると、それまで俺がいた場所に、棍棒が叩き付けられ、地面を叩く轟音と共に土煙が舞う。心臓を撃ち抜かれたはずのその豚人間オークが、振り向きざまに棍棒を振り下ろしたのだ。


 その後も、ブオンブオンと風切り音を放ちながら俺に向かって何度も棍棒を振るっていたのだが、流石にひと振りひと振りと進んでいくうちに、その勢いは減じて行って、最終的には豚人間オークはその場に崩れ落ちた。


 心臓撃ち抜かれて、ここまで動けるんだから、ホント豚人間オークの生命力って凄まじいな。


 先にティルルカと交戦に入った豚人間オークと、俺が今倒した奴と一緒に足止めされていたもう一体の豚人間オークは、ティルルカに向かって何度も棍棒を振り下ろしており、ティルルカに上手くあしらわれている。


 奴らがこっちに気付く前に、倒してしまおう。


「瞬動……」


 足元に集めた魔力を利用して、一気に地面を踏みしめ突撃する。


 しかし、今度は事前に察知され、二体の豚人間オークはこちらにチラリと視線を向けて来る。


 なら……


追跡の一閃スネイクスタブ


 敢えて威力の低い技で牽制を入れると、二体とも煩わしそうにそれを弾こうと棍棒を振るう。


『『ブキャィィィ?!』』


 短槍の穂先は蛇が獲物を狙うように軌道を変えながら二体の豚人間オークに襲い掛かり、武器を持つ方の手首を削り取るように撃ち抜いた。二体とも武器を取り落とした形になり、たたらを踏んでいる。


盾撃シールドバッシュ!」

『ブゴッ』『ブヒィッ!』


 そこにティルルカの大盾による一撃が襲い掛かり、片方がもう片方を巻き込む形で吹き飛び、『ブギッ』と苦痛の声を上げながら地面に叩き付けられた。


流墜衝ジャベリン

鎚撃ハードヒット!」


 そこに俺とティルルカが、二体の頭にトドメの一撃を叩き込んだ。


 二体の豚人間オークは、それでも暫く腕や足を振り回す動きを見せていたが、それも徐々に動きが弱り始め、バタリと動きを止めたのだった。


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