あるなりたて冒険者の日常

第21話 プロローグ


「ハクナギ草にハクセン………マーナ草にミカゲの実………それとゴブリンの魔石ですか………見習いの時と代わり映えしませんね。見習いを卒業した意味、無かったのでは?」


「………ゴブリンの魔石以外は、どれもこれも、そこに貼ってある依頼書見て採ってきた素材なんだけど? 文句があるなら他に持って行ぞ?」


「………悪人顔のクロさんから素材を買取る奇特な組織が、冒険者ギルドここ以外に存在するとでも?」


「どうもすいやせん! ちょーしこきました! 文句はありませんので買取りお願いしやす!」


 俺の態度にイラッときたのか、寒々とした殺気を放ちつつ現実を突き付けてきたリリーヌ嬢に、俺は両手と額を受付台に叩き付け懺悔する。


 やっぱりこえーよこの人……心臓止まるかと思った。


 暫く、無言の査定タイムに入ったが、それで落ち着いたのか元のリリーヌ嬢に戻って俺に問を投げ掛けてくる。


「それで今後は如何なさるおつもりですか?」


「如何………とは?」


「今現在、見習い時代と代わり映えしないのは、向かっている先が、前と変わらないからでしょう? 森のもっと奥に入り込むなり、別な狩場を求めたりするつもりはないのですか?」


「それは考えなくもないけど、まだ戦闘能力に自信無いし、情報も集まってないし、伝手もないし………」


「その、悪人顔のくせに妙に慎重な所は、長所でもありますが短所でもありますね。あまり長い期間、同じ事をしていると応用力が身につきませんよ? ゴブリンや一角兎ばかりを相手してると、戦い方に変な癖が付く可能性があります。あと、食材がいつも似通っているせいか、料理のレパートリーが増えてないのでそろそろ飽きてきました」


「いや、それ、俺の知ったこっちゃないから! 俺、アンタの専属料理人じゃねえし! 飽きたなら他に頼めよ!」


「酷いですね、クロさんは。私の食生活が乱れてニキビが出来たら責任取っていただけるんですか? あ、責任って言うのは命で贖えるか………という話ですので変な誤解はしないでくださいね?」


「なんでたかが料理で………しかも素人のキャンプ飯で命賭けなきゃならねぇんだ! そんなに食生活を気にするなら、自分で………は作れないだろうから、作れる彼氏でもゲットし………ろ?」


 『彼氏』と言葉にした瞬間、周辺から波が引くように人の影が消え失せる。併設されてる酒場の客は慌てたように代金払って外へ飛び出し、リリーヌ嬢の同僚達は、見事な連携を見せながら、ギルドの建物の奥へと消えていった。


 そして、気付いたらシャキンと金属音が鳴り響いていた。どうやら目にも止まらぬ速さで抜き放たれた聖剣のようなものが更に目にも止まらぬ速さで横切って遂には目にも止まらぬ速さで鞘へと納められていたらしい。


 そして、俺はというと、納刀の音を聞いたその瞬間、膝から力が抜け落ちて、その場に崩れ落ちていたのだった。


「なななな何が………」

「秘剣……『魂喰いソウルスティール』………」

 

 こちらのセリフを遮りながら、技の名前を呟くリリーヌ嬢。確かその技は、リリーヌ嬢の決め技のひとつであるはずだ。肉体を切らずに精神だけを切り裂く秘剣だ。


「う、うご………」


 なんとか受付台に摑まって、疲労した肉体に鞭打ち立ち上がる。


「悪人顔なだけあって、生命力はゴキブリ並みですね」


「な、何故切られねばならんの?」


「悪人を叩き斬るのに理由が必要だと思いますか?」


「お、俺は悪人顔だが悪人じゃねぇぞ!」


「自分で悪人じゃないと否定されても、周りには信用されないと思いますが? それに、この世界にはまことしやかに囁かれるひとつの法とも呼べる真理があるんですよ」


「真理?」


「そう、それは『可愛いは正義』! つまりは、『可愛い』私が剣を振るった場合、それは正義の名の元に振るわれた剣になる………という事です。つまり、クロさんは悪人で合ってるのです」


「いや、ドヤ顔でんなこと言われても………そもそも可愛いってのは………い、いえ、アナタ様の仰る事を否定する訳ではないのですが………あああああの………か可愛いってのは否定いたしませんが………」


 無言の圧力に押し負けて、俺は視線を外しながら言葉を続ける。


「そそそそもそも、こんな事をよくしてるから、意気地の無い男どもは、リリーヌ様から距離を置くのではないかと愚考するのであります!」


 敬礼を捧げながらなんとか言ったその言葉に思う所があったのか、リリーヌ嬢は剣を納め、何事も無かったかのように先程までの話の続きを話し始めた。


「クロさんが、未だにカーフの森から抜け出さないのは、慣れた狩場で安全マージンを取りつつ、ちびちびとご自分の能力を上げていこうとしているからですね?」


「ま、まぁそうだね」


「その考え方自体は間違っていませんが、それで戦い方が固まってしまうのは危険です。冒険者になったのですから多少なりとも『冒険』をなさってはどうですか?」


「だ、だけど、ゴブリン相手でも、複数匹いたら苦戦するのに………」


「………そうでしたね。クロさんは、悪人顔の所為でソロまっしぐらでしたね」


「………」


「今後、クロさんに必要なのは共に背を預け合える関係となる仲間です…………と言いたかったのですが申し訳御座いません。悪人顔のクロさんでは無理なお話でしたね。今後もひとりで頑張って下さい」


「ちょぉぉぉっと待てぇぇぇい! またこの展開かぁぁぁい!」


 俺の魂の叫びは、ポイッと脇に捨てられ、この場は閉幕となったのだった。


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