第2話 ある見習い冒険者の初日


「無理ですね。魔力数値が規定に達してません」


 俺の冒険者生活第一日目は、冒険者ギルドの受付嬢のその一言から始まった。まぁ、厳密には見習い冒険者一日目な訳だけど。


「はい?」


「ですから、魔力数値が規定に達しておりませんので、冒険者ライセンスの発行は出来ません」


「どういうこと?! 魔力があれば冒険者になれるんじゃないの?!」


「魔力があるだけでは駄目なのです。ギルドが定める規定量に達していなければ、ライセンスの発行は出来ない規則になっているのです」


「なななな何故?!」


「直ぐお亡くなりなれるからです」


「………へ?」


「低魔力で冒険者登録した場合、それを過信して森や洞窟ダンジョンの奥へと足を広げ、気付いた時には取り返しのつかない状況へと陥ってしまいます。それを防ぐ為に、魔力数値が規定を超えていない場合は冒険者登録は不可とさせて頂いているのです」


「そ、そこを何とか」


「何ともなりませんよ。そもそもクロウ様は魔力だけではなく、武芸においても知識においても全く規定をクリアしてないじゃないですか。顔も悪人顔ですし」


「いや、悪人顔は関係無いよね?! ………よね?」


「魔力も確たる戦闘能力もそれを補う知識も万人受けする容姿も無しにどうやって冒険者を名乗るんですか?」


「そ、そこは秘めたる才能が突如として開花して………あと、冒険者に容姿は関係無いよね?」


「開花してからまた来て下さい。あと、悪人顔だと、仲間が集めづらくて孤立しがちになります」


 にべもなくそう言って深々とお辞儀をする受付嬢は、冷静に考えなくとも・・・・・・圧倒的に正しい。多分こんな輩に慣れているのだろう。彼女の対応は理に適ったものだった。


 だがこの時の俺は、先の見えない状況に心の余裕をちょっぴり欠いていた。故に、俺の鋼鉄で出来ているはずの自制心が音を立てて崩れ去り、ほんのチョット気恥ずかしいその後の反応に至ったのである。


「お願いしますぅぅぅぅぅ! ここで冒険者になれなかったら、俺は首括るしかないんすよぉぉぉぉぉ!」


「大変申し訳ございませんが、その悪人顔で泣いて取り縋られてもライセンスの発行は致しかねます。と言うか殺意が湧くのでこれ以上はやめた方が無難です」


 いや、この受付嬢かなり辛辣だな。まぁこんな扱い慣れてるから別に良いけど。


「クッ………そこをなんと……」

「何ともなりません」


 取り付く島もない。しかし哀れに思ったのか、一枚の申込み用紙を取り出し俺の目の前に差し出して来た。


「まぁ、ライセンスの発行は出来ませんが、通例として見習い冒険者としての登録は可能です。受けられる依頼は素材採取と低級モンスターの討伐のみとなりますが、それで経験を積んで、魔力を規定値まで上げ、再度、ライセンスの申込みをして下さい」


「クッ………俺が成りたいのは冒険者であって見習い冒険者ではない………」


「それでははこの話は無かったことに………」


 間髪入れずに見習い冒険者申込み用紙を引っ込めようとする21歳独身恋人募集中冒険者ギルド受付嬢リリーヌ………だから彼氏出来んのだと心の中だけでこっそり毒突く恋人に逃げられた18歳無職のこの俺クロウ………不毛だな。


 俺はその用紙をササッと奪い取り、さっと自分の名前を書き添え、視線を合わせないように注意しながらリリーヌに差し出した。


「………やらないとは言ってない」


「登録承りました。クロウ様は文字はお読みになれますよね? こちらが冒険者マニュアルです。見習いに関しての注意事項は前の方に書いてありますのでしっかりと読み込んておいてくださいね」


 俺はその冊子を受け取ると、逃げるようにその場をあとにした。


 こうして、俺の冒険者ライフ(仮)が始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る